黒猫と白猫と両親との思い出と
「黒猫は今日も白猫を連れてくると言ったんだよな?」
「精霊は我にはそう申した。いつもなら、まもなく現れる時間帯だ」
気持ちのいい春の青い空が広がった今日の今後二時半。
俺と戦いの女神はキッチンの窓を少し開け、外の様子を監視した。
窓の隙間から、門と俺の車と物置に行ける小さな庭が見える。
戦いの女神が言うには、黒猫は白猫を連れて門から入って小さな庭を通り、ここからは見えない家の裏にある物置へと向かっているらしい。
今日は黒猫と白猫を見るため、このように窓を少し開け、その様子を監視しようとしているというわけなんだ。
「黒猫が白猫を連れてくるようになったのが、今週の月曜日からだったっけ?」
「そうだ。おっさんは知らなかっただろうがな」
戦いの女神が残念そうな口調で答えた。
なんだ、こいつ。
「それで、お前が黒猫のあとを追ってきた白猫が野良猫だと思って追い払おうとしたら、黒猫が『私の恋人ですニャー』と言ったんだっけ?」
「そのとおりだ。それもおっさんは知らなかっただろうがな」
戦いの女神がまた残念そうな口調で答えた。
なんなんだ、こいつ。
「そう言われたお前は驚き、精霊と猫の恋愛についてネットで検索したり、AIにチャットで質問してみたりしたけれども解決しなかったから、今週の水曜日に俺に打ち明けてきたんだよな?」
「それもそのとおりだ。おっさんは知らなかっただろうがな」
「残念そうに言うなよ! 知らなかったのは、当たり前だろ! 話を詳しく聞かされたのは、今週の水曜日だったんだからさ!」
今週の水曜日だった三月二十九日、閑散とした夜の公園で戦いの女神から黒猫の恋人の存在を初めて聞かされた。
そして、その白猫が今週の月曜日の三月二十七日から姿を現すようになったという話を聞いたのは、公園から自宅に戻る帰り道だ。
俺はその話を聞いて、すぐにでも黒猫に白猫について訊きたかったけれども、ちょうど年度末と月末が重なって仕事が忙しかったことや、訊き出す前に白猫を見てきたかったことという理由で、今日まで動くことはしなかった。
戦いの女神も黒猫に白猫のことをあれやこれやと訊き出すこともしなかったし、黒猫も白猫のことを俺に打ち明けることもなかった。
黒猫が白猫のことを俺に打ち明けなかった理由を、あとで訊くつもりではいる。
「大きな声を出すな。白色の猫がおっさんの大声を聞いて逃げ出したりしたら、どうするつもりだ」
「それなら大きな声を出させないようにしてくれよ」
「猫は警戒心を抱いた人物や場所に近寄らなくなると聞く。白色の猫がおっさんの大声を聞いて警戒心を抱いてしまったら、どうするのだ」
「わかったから。気を付けますから」
「白色の猫がおっさんの大声に警戒心を抱いてこの家に近寄らなくなったら、精霊は白色の猫を追って姿を消してしまうかもしれぬ」
「駆け落ちかよ。でも、それも有り得るな」
黒猫は俺のいびきと戦いの女神の寝言に睡眠が妨害され、その理由を明かさないままに行方不明事件を起こした過去がある。
それを考えると、白猫を追うという理由を明かさないまま、黒猫が行方をくらませる危険がある。
「そうであろう。よって、大声を出すな。精霊がいなくなっては、おっさんは心配するであろう?」
「そりゃ心配するよ。俺たちの家族の一員だもん」
「我も心配するし、困る。何故なら、精霊はおっさんと同じく忠義高きシモベなのだからな」
「俺は黒猫と同じレベルかよ」
「何を怒っておるのだ。精霊はこの世界では黒色の猫の姿をしておるが、我らのいた世界では神々に仕えし精霊のひとりぞ。神々のひとりである我に仕えし精霊ぞ。おっさんはその精霊と同じ位におるのだ。この世界でその精霊と同じ位におる人間は、おっさんしかおるまい」
「……ありがとうございます???」
俺が精霊と同じ位置にいる人間だという話を他人に話したり、SNSなんかに書いたりしたら、間違いなく宗教的炎上を起こしそうな戦いの女神に言葉に戸惑いながら、俺は黒猫と白猫の登場を待った。
しかし、黒猫と白猫がなかなか現れない。
一時間が経っても、現れない。
もう待ちくたびれたよ、と文句を言おうとした直前、戦いの女神がふとこう呟く。
「我は白色の猫をこう名付けたのだ」
「……はっ?」
「我は白色の猫をタマと名付け、そう呼んでおる。精霊も白色の猫をタマ様と呼んでおる。白色の猫はそのような名で呼ばれると、愛くるしい返事をしてくれる。よって、おっさんも白色の猫をタマと呼ぶがいい」
「ちょっと待て。もしも白猫が野良猫じゃなくて飼い猫だったら、もう名前があるはずだろ。戦いの女神は飼い主でもないのに、勝手に名前を付けてもいいのか?」
「構わぬ」
いや、構わぬ、とドヤ顔をされても、ねぇ……。
「そうかい。そんで、どうして付けた名前がタマなんだ? ネットで猫につける名前ランキングを検索したり、AIとチャットしたりして決めたのか?」
「違う。日曜日に放送されているサザ〇にタマと言う名の白色の猫が登場するであろう?」
「ちょっと待て。サザ〇と呼び捨てにするな。あのアニメは国民的アニメだぞ。サザ〇さんはそのアニメの主人公だぞ。呼び捨てにしていいアニメキャラじゃない」
「我はこの世界では人間の姿をしているが、我のいた世界だと神々のひとりぞ。その我に抗議をするな」
「その理屈は俺たちと読者のみなさんにしか通じないけどな」
「白色の猫はタマと瓜二つなのだ。よって、我はタマと名付けた。おっさんも白色の猫を目にすれば納得するであろう」
「そうですか。白猫が登場するのが楽しみですよ。白猫がサザ〇さんに出てくるタマに似てなかったら、お前があちらの世界で神々のひとりであっても、きっちりと抗議させてもらいますからね」
「我を疑うな。逆にタマと瓜二つであったならば、どうするのだ」
「潔く謝罪します」
そう言い切ってから、十五分後。
白猫が黒猫を追って現れた。
まずは読者のみなさんへ。
ごめんなさい。本当にごめんなさい。
タマでした。白猫はサザ〇さんに出てくるタマそのものでした。
実写版のタマそのものでした。
そして、戦いの女神へ。
「ごめんなさい。白猫はサザ〇さんに出てくるタマそっくりでした」
「だから、我が申したであろう。白色の猫はタマと瓜二つである、と」
「俺も白猫をタマと呼ぶことにします」
「そうするがいい」
俺の惨敗、そして、俺と戦いの女神に監視されていることを知らずに黒猫は白猫……ではなくてタマに、
「今日は暖かいですニャ。でも、物置の中はもっと暖かいはずですニャ」
「私と一緒に住めば、安住と安眠の地を得られまニャ。物置を我が家としたら、この暖かさと同じようなあたたかな家庭を築けますニャ」
「女神様も家主様もタマ様をあたたかく迎え入れてくれるはずですニャ。だから、なにも心配せずに私と一緒に住みましょうニャ」
と、身振り素振りを加えながら話していた。
タマはその一言ひとことに、ニャー、と実に猫らしい声で愛くるしく返事をしていた。
まるで人間の言葉を理解しているような感じだった。
また、人間の言葉を離す猫である黒猫にも警戒心を抱いていないようだった。
黒猫とタマは監視している俺と戦いの女神に気付かすに小さな庭を通り過ぎて、姿を消した。
そして、物置の戸が開く音がして、まもなく戸が閉まる音が聞こえた。
その直後、
「おっさん、どうするのだ。精霊はタマと物置を我が家とし、家庭を持とうとしている」
戦いの女神が俺に訊いてきた。
俺は高校生時代にできた彼女を家に連れてきた時の両親の行動を思い出した。
「今日はそっとしておこう」
「物置に向かわなくてもよいのか?」
戦いの女神が不満そうな表情を浮かべた。
でも、俺は両親の行動を心の中でしっかりと思い出しながら、
「黒猫とタマの時間を邪魔しちゃいけないよ」
「しかし……」
「いいんだ」
俺はなおも不満そうな表情をしている戦いの女神にそう言ったあと、こう続けた。
「明日の午前、黒猫にタマのことを訊いてみる。戦いの女神も同席してほしい。黒猫の話を聞いてから、いろいろと決めても遅くはないよ」
戦いの女神は俺の続けた言葉を聞いてから、しばらくは不満そうな表情をしたままで無言だったけれど、ふっと表情を緩め、
「おっさんがそう申すのであれば、我はそれに従う。我も精霊に訊いておかねばならぬことがあるからな」
タマが物置から出て行ったのは、夕食の前だった。
黒猫は何食わぬ顔をして家の中に入ってきて、目の前にある特上マグロの刺身に、今夜もご馳走ですニャー、と喜んだ
そんな黒猫に戦いの女神は余計なことを言わなかった。
俺は、今日は特上マグロの刺身を食べさせる日じゃないんだけどな、と頭の中で財布の中身の金額と貯金額を計算しながら、喜んでいる黒猫を見守った。




