自家用車と拳と戦いの女神と
戦いの女神の好奇心は続く。
「おっさんが寝泊まりしている自家用車を見せてもらいたい」
仕事から帰宅後、戦いの女神にせがまれた。
昨夜は家の中にある物しか説明していなかった。
自家用車を見せるついでに、外の空気も吸わせてあげよう。
ずっと家の中にいるから、気分転換になるかもしれない。
俺は戦いの女神を連れて外に出て、自家用車の前に立った。
戦いの女神は自家用車を興味深そうに拳で叩きながら、ぐるりと回った。
どうして何でもかんでも拳で叩くかなぁ?
俺も自家用車に凹みがないかを確認しながら、ぐるりと回った。
凹みなしっ! ヨシっ!
「どうして、何でもかんでも拳で叩くんだ? 壊れたり、凹んだりしたら困るよ」
「馬鹿にするな。我はおっさんの物を壊したりせん。感触を確かめておるのだ」
そんなドヤ顔で言われても。
感触を確かめていると言われても。
いい気はしないなあ。
「おっさん、自家用車の中に入ってみたい」
「拳で叩くなよ」
「わかっておる。我は物を壊したりせんと申したであろう」
その言葉を信じ、戦いの女神を助手席に乗せた。
俺は運転席に座り、戦いの女神の様子を見る。
ぎゅっと固く閉じている拳がぷるぷると震えていた。
叩くのを我慢しているようだ。
偉いぞ。戦いの女神。
「おっさんは自家用車に乗って会社という場所に仕事に行っているようだが、自家用車は動くのか?」
「動くよ。エンジンを掛けてみようか」
キーを回し、エンジン音が響き、車全体が振動し、戦いの女神の拳が俺の太腿を砕かんとばかりに振り下ろされた。
「急になにするんだよぉ! 痛いじゃないか!」
涙目で抗議すると、戦いの女神も涙目になって、
「我を驚かせた貴様が悪いッ! 聞いたこともない唸り声と大地が震えたような揺れで驚かせおってッ!」
「驚かすつもりはなかったんだ! エンジンを掛けたらエンジン音が聞こえるし、車全体もエンジンで振動する!」
「それなら先にそう申せッ! この卑怯者ッ!」
戦いの女神が殴りかかってきたので、俺は拳を手で掴んで防御した。
もう片手の拳が飛んできたので、同じく防御。
お互いの力が均等のようで、攻守の体勢は微動だにせず。
しばらく、お互いの両手が組み合っている体勢が続いたが、
「いい加減、俺は腹が減った。夕食を食べないか?」
「奇遇だな。我もサンドイッチを食べたいと思っていたところだ」
「じゃあ一時休戦で」
「承知した。夕食後にもう一戦交えようぞ」
俺と戦いの女神は家に帰って夕食を食べた後、再び自家用車に乗り込んだ。
お互いの両手が組み合う前に戦いの女神にシートベルトを掛け、エンジンを掛け、駐車場から道路へと車を走らせた。
もちろん、法定速度を守って。
「な、なんたる速さ……馬よりも速く……笑うなッ! 我がこれしきのことで驚くわけがないだろうッ! この自家用車は空に舞えるのか? ……舞えぬとは笑止ッ!我が乗っていた馬は自由自在に空を舞い……おい、なぜ止まったのだ? 赤信号? 赤信号は止まらないといけない? 青信号になるまで待て? ……。おっさんッ! 正面に二つの眩しき光がッ! え? 対向車? 車線が違うから衝突しないし、攻撃してこない? ……。おっさんの申した通り、通り過ぎて行ったな。我らは無敵なりッ! おっさん、案ずることなく、この暗き道をどこまでも駆け抜けよッ!」
戦いの女神が助手席ではしゃいでいる。
動く車に驚いて拳で殴られると警戒したけれど、杞憂に終わった。
これなら明日、助手席に乗せて買い物に出かけても大丈夫そうだな。




