AIvs黒猫(精霊)
本日はテレワークの日。
朝の遅い時間帯から振り出した雨の音を聞きながら、仕事を進めた。
午前中、戦いの女神は筋トレや槍と鎧の手入れや昼食の準備などをし、精霊……黒猫は雨のせいで散歩に出かけず、居間の片隅で体を丸めて眠っていた。
昨夜の夕食の残りを昼食として食べたあと、戦いの女神がジャージに着替え、そのジャージの上に透明色の雨合羽を羽織り、俺に、散歩に出かけてくる、と伝えてきた。
「雨が降ってるのに?」
「多少の雨くらいで散歩を休むわけにはいかぬ。それに真冬の雨とは違い、冷たくも寒くもないからな」
「ついでに雨に濡れた桜の花も見ておいで」
「ああ、そうする」
雨の中の花見と散歩に出かける戦いの女神を見送ったあと、俺は黒猫の姿を探した。
精霊は眠たげな目でムーンウォーク、バク転、ヘッドスピン、そして再びムーンウォークと連続技を決めながら、居間の片隅に向かおうとしていた。
午前中と同じように居間の片隅で眠りに就くつもりだろう。
俺は黒猫を背後から抱え込むように持ち上げ、膝の上に乗せた。
「どうしましたかニャー?」
黒猫は俺にそう尋ねてきてから、大きく口を開けて欠伸をし、顔を回して猫耳とひげをピョンピョンさせた。
暖かくなってきたことも影響してか、たいへん眠たそうだ。
春眠暁を覚えずは人間だけではないらしい。
実は俺も眠い。
しかし、俺は午後の仕事が残っているから寝るわけにはいかない。
黒猫ももう暫くは寝かせるわけにはいかない。
戦いの女神の暴挙を止める対策を講じるべく、協力をしてもらわないと。
「うん、実は戦いの女神のことで黒猫に協力してもらいたいことがあるんだ」
「なんの協力ですかニャ? 女神様の寝言を止める協力ですかニャ?」
「寝言じゃないんだ」
俺は黒猫に戦いの女神とAIについて話し始めた。
AIとは、AIチャット『ChatGAT』のことだ。
戦いの女神は論破目的でAIとチャットをしている。
是が非でもAIを論破して勝利したいらしい。
昨日、AIの息の根を止めるために俺のノートパソコンを破壊すればいいとまで言った。
しかし、それはノートパソコンが破壊されるだけで、AIはノーダメージだ。
ダメージを受けるのは、AIではなくノートパソコンを破壊された俺なんだ。
だから、俺が仕事で家にいない日は戦いの女神の行動を監視してほしい。
拳か槍でノートパソコンを破壊しようとしていたら、全力で止めてほしい。
これは家主からの心からの協力要請だ。
また、戦いの女神の破壊行為を全力で止めるのは黒猫の精霊としての務めだ。
その務めを果たすことは、我が家にとって平和をもたらすことなんだ。
お前は平和をもたらす黒猫なんだ。
お前はタンゴよりも赤いリボンがよく似合う黒猫なんだ。
そうだろう、黒猫? 違うかな、黒猫? タンゴを超えてみろよ、黒猫?
そんな感じで話を終えると、黒猫は表情を険しくさせた。
あれ? 怒ってるのか? 寝るのを邪魔したからか?
「ご主人様にお願いがありますニャ!」
黒猫が毛を逆立て、爪を立て、牙を剥いて吠えた。
うわぁ、怒ってらっしゃる。
ここは謝らないと。
「ごめん、ごめん! 寝たかったんだよね? 普段は赤いリボンをしてなかったよね? 寝るのを邪魔してごめん! お願いはあとで聞くから! 今はゆっくり眠って! あと、黒猫はタンゴをとうに超えていたよ!」
「それで怒っているわけではないですニャ! そのAIについてですニャ!」
爪を立てた指で俺の顔を指差してきた黒猫。
そんな黒猫の言葉を聞いて、呆気に取られた俺。
「……AIについて?」
「そうですニャ!」
黒猫曰く、こうだ。
女神様が論破目的でAIとチャットしても構わないですニャ……おっ、寛容だねぇ。
ご主人様のノートパソコンをお守りすることもできますニャ……おっ、頼もしいねぇ。
しかしながら、AIが私を差し置いて女神様に何かを教えていることに嫉妬しているですニャ……そっ、そうなんだ。
そのことをずっと不満に思っていましたニャ……そっ、そうだったんだ。
女神様をお教えお助けするのは、AIではなく精霊であるこの私ですニャ……そっ、そうだろうね。
家主様、憎きAIをプログラム的に破壊してくださいニャ……いや、それは……。
「無理だよ」
俺は即答した。
「俺はハッカーじゃないし、ハッカーができそうなほどの技術を持っていたとしても、犯罪に手を染めたくないよ。だから、どっちにしろ、無理だよ」
戦いの女神は意味がないけれど、AIを物理的に破壊しようと企んだ。
黒猫はこれも意味がないけれど、AIをプログラム的に破壊してくれと懇願してきた。
タンゴも二本足で駆けて逃げていくほど、過激な言動だ。
AIは戦いの女神と黒猫に不評ということが、はっきりわかった。
そして、戦いの女神も黒猫もAIに戦いを挑んでいるということも。
戦いの女神は、神という立場として。
そして、黒猫は戦いの女神を教え助ける精霊の立場として。
「無理ですかニャ?」
黒猫が険しい表情を一転させて、愛くるしい笑顔で念押ししてきた。
タンゴはときどき爪を出して少年の心を悩ませたが、黒猫は愛くるしい笑顔で俺の心を悩ませてきた。
思わず愛くるしい笑顔を左右から両手で包み込んでモフモフしながら、そこまで言うならやってみるよ、と口走りそうになったが、そこは悩みを投げ捨てて、
「ごめんね。俺、警察に逮捕されたくないから。戦いの女神と黒猫を路頭に迷わせたくないから」
可哀想だけど、そう断るしかない。
黒猫はがっかりと肩を落とし、
「そうですかニャ……これからもAIは私を差し置いて、女神様にお教え続けるんですかニャ……嫉妬する日が続くニャー」
うーむ。
戦いの女神にノートパソコンが破壊される恐れはなくなったけれど、今度は黒猫が心配になってきた。
嫉妬が溜まって爆発しないように、対策を講じないと。




