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同居人は戦いの女神さま  作者: あしのクン
シーズン1
45/72

黒猫にとっての安眠の地

 今朝の八時に起床。

 俺は業務用の耳栓を外し、枕元の頭髪の抜け毛を掃除した。

 リビングに敷いた布団を片付けると、俺よりも先に起きていた戦いの女神のいるキッチンに向かった。


 戦いの女神は朝刊を読んでいた。


「まだ、黒猫は帰ってないよね」

「精霊はまだ帰宅しておらぬ」


 よかった。

 起きる前に黒猫が帰宅し、キャットフードを食べ、また散歩に出かけてなくて。

 今度こそ頻繁に散歩に出かける理由とどこで夜を過ごしているかを訊いておかないと。


 黒猫が玄関の外で『ただいまニャー!』と鳴いたのは、起床してから五分後だった。


「おはようございますニャー!」


 家の中に入った黒猫が二本足で立つと、ムーンウォークをしながらハツラツと挨拶。

 ちょっと待て。いつムーンウォークを覚えたんだ?

 驚く俺をよそに戦いの女神はキャットフードを用意する。


 黒猫には可哀想だけど、キャットフードを食べさせる前に訊いておかないと。

 ムーンウォークをしながらキャットフードの入った皿に近づく黒猫を抱きかかえた。


「腹を空かせている時に悪いけど、キャットフードを食べる前に訊いておきたいことがあるんだ。どうして、そんなに散歩に出てるんだ。そして、どこで夜を過ごしてるんだ」


 俺は真剣に訊いた。

 戦いの女神が真剣に耳を傾けようとした。

 黒猫が真剣に床に置いてあるキャットフードを見た。


「キャットフードが食べたいニャー」

「うん。その辺は本当にごめんなさい。ただ、散歩に出かける理由と夜の過ごし方を教えてくれたら、すぐに食べさせてあげるよ」

「キャットフードは美味しくはないぞ。我は食したから存じているぞ」

「ドヤ顔でキャットフードを食べたことをばらしても、何にも得にならないからな。黒猫、教えてくれないかな」


 俺は頼み込むように言った。

 戦いの女神が朝刊のチラシを睨んだ。

 黒猫が前足一本を口に当てながら、キャットフードを見続けた。


「キャットフード……」

「いや、本当にごめん。キャットフード、食べたいよね。その前に家主様の俺に教えてくれないかな」

「おっさん、このチラシのドッグフードなる食品はキャットフードよりも美味なのか?」

「ドッグフードとキャットフードを食べ比べたことがねえから、わからねえよ。だいたい、どっちも食べたことねえし」

「キャットフードを食べたいニャア」

「教えてくれたら、家主様の責任で食べさせてあげるよ」

「おっさん、ドッグフードとキャットフードを混ぜ合わせたら、美味くなるのか?」

「食べ比べたことも、混ぜて食べたこともねえからわからねえって」


 そう返事をした直後だった。

 俺の目に爪が出た前足と牙を剥いた黒猫の顔が映った。


「キャットフードが食べたいニャア!!」

「ごめんなさい、ごめんなさい! いま食べさせてあげますので、爪で引っ掻かないでくださいね! あと、その鋭い牙で噛まないでくださいね!」


 俺は慌てて黒猫を床に下ろした。

 黒猫は俺に一瞥せずにキャットフードの入った皿に近づくと、キャットフードをガッツガッツガッツと食べ始めた。


 おー、こわ。やっぱり、腹のすかせた時は苛立つもんなんだね。

 人間や動物はまさにそうなんだけど、この黒猫の正体は精霊だ。

 その精霊でも腹を空かせると苛立つというのがわかった。


 俺と戦いの女神は、黒猫がキャットフードを食べ終わるのを待った。

 黒猫がキャットフードを食べ終わると、俺と戦いの女神は床に座った。


「さあ、教えてくれるかな。そんなに散歩に出かける理由と、どこで夜を過ごしているのか、とね」

「我もおっさんと同じ疑問を持っておる。今朝こそは怒りの説教で訊き出してやろうと思っておったが、おっさんがこのように訊いておるので説教はせぬ。精霊よ、答えよ」


 俺は真剣な眼差しで黒猫を見た。

 戦いの女神もエメラルド色の瞳で黒猫を見た。

 黒猫は俺と戦いの女神を交互に見た後、覚悟を決めたかのように髭を立てた。


「それなら言いますニャ。この家に安眠の時間がないですニャ。それが原因ですニャ」


 安眠の時間?


「夜は女神様の寝言と家主様のいびきがうるさくて眠れないですニャ。午後は女神様が昼寝をしたら、やはり寝言がうるさくて眠れないですニャ。だから、散歩に出たついでに安全な場所で寝ていますニャ。夜はこの家の物置で寝てますニャ。流石に夜は家から離れると、不安で眠れないですニャ。だから、女神様の寝言が微かに聞こえる物置で寝てますニャ」


 俺は思わず戦いの女神を見た。戦いの女神も俺を見ていた。

 黒猫からすると、安眠を妨害する原因同士が見つめ合っている状態だろう。


 しかしながら、頻繁に散歩に出かける理由とどこで夜を過ごしているかがわかった。

 黒猫は、日中は散歩のついでに安全な場所で安眠の時間を得ていた。

 夜は前足で扉を開け、物置という安全な場所で時間を得ていた。

 そして、キャットフードを食べに帰宅していた、と。


「女神様と家主様をこれほど驚かせるとは思ってもみませんでしたニャ。はっきりと伝えておけばよかったですニャ。ごめんなさいですニャ」


 黒猫が土下座して頭を下げた。いや、土下座の仕方もどこで覚えたんだ?

 いや、それはどうでもいい。

 黒猫が日中も夜も安全な場所で寝ているということがわかって、よかった。

 特に夜は俺の家の物置で寝ているということがわかって、本当に安心した。


 戦いの女神は黒猫の話を聞き終えた後、腕を組んだ。


「精霊よ、よくぞ申してくれた。我からおっさんに、いびきがうるさい、と怒りの説教をしてやる。安心するがいい」

「ちょっと待て。黒猫は戦いの女神の寝言がうるさいとも言ってたぞ。お前も黒猫の安眠を邪魔しているんだぞ」

「精霊よ。この家が安眠の地となるまで、散歩に出かけて安眠の地を見つけるがいい。そして、夜は物置を安眠の地として眠るがいい。我に任せよ。この家を精霊の安眠の地としてみせようぞ」

「俺のいびきだけ解消しても、この家が黒猫の安眠の地にはならないぞ」


 俺の抗議を無視し、戦いの女神が黒猫を家の外に出した。

 黒猫は散歩のついでに安眠の地を探すため、ムーンウォークで家から離れて行った。

 おい、本当にどこでムーンウォークを覚えた?

 というか、黒猫がムーンウォークしているのを誰かに見られたら、大騒ぎになるぞ。


 そんな心配をよそに黒猫が視界から消えた後、戦いの女神が俺にこう言った。


「いびきをどうにかしろ。どうにかせねば、黒猫はこの家で安眠できぬ」

「ちょっと待てって。戦いの女神の寝言もどうにかしないと、問題は解決しないぞ。俺が戦いの女神の寝言対策に使ってる耳栓が、業務用だと知ってたか? 業務用の耳栓をしていても、寝ている時にたまに戦いの女神の寝言が聞こえるんだぞ」

「我の寝言に抗議するな。おっさん、見苦しいぞ」

「俺は戦いの女神の寝言のせいで寝苦しい」


 黒猫の安眠を妨害している原因同士がいがみ合っていても、問題は解決しない。


 黒猫が散歩に出かけてまで安眠の地を求めないようにするためにはどうすればいいか、俺はGoogle先生の力を借りて調べ続けた。

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