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同居人は戦いの女神さま  作者: あしのクン
シーズン1
44/72

黒猫はいずこに?

 昨夜、黒猫は帰宅しなかった。

 朝、出勤する前も姿を現さなかった。


 そんな黒猫に戦いの女神はさぞかし心配しているだろうと思ったが、違った。


「精霊め……我に何も申さずに何処かに行き、帰宅せぬとは……それでも我の忠義高きシモベか!」


 めちゃくちゃ怒っていましたね、はい。


「匿われている身とはいえ、この家がおんぼろな家なので住み心地が悪かったのか。おっさん、このおんぼろな家をリフォームしろ!」


 うるせえな。俺に八つ当たりするなよ。おんぼろな家って言うなよ。

 リフォームするにも金が掛かるんだ。というか、リフォームという言葉をいつ覚えた?


 それはともかくとして、出勤途中、車のハンドルを握りながら黒猫の姿を探した。

 もちろん、運転に集中:黒猫の姿を探す=99:1、の割合でね。

 黒猫の姿を探すことに集中して事故ったら、元も子もない。


 結局、会社に到着するまで黒猫を発見することはできなかった。

 戦いの女神からの電話もスマホには掛かってこなかった。


 その戦いの女神の電話がスマホに掛かってきたのは、夕方だった。

 ちょうど仕事が終わって車に乗り込んだ時だった。

 車のエンジンを始動する前に電話に出る。


「もしもし」

『我だ。お前はおっさんか?』


 戦いの女神の声を電話越しに聞くのは初めてだ。

 生で聞く声とやっぱり違うな。


「おっさんだ」

『声が違うな。お前は本当におっさんか? 我を騙しておらぬだろうな?』


 戦いの女神も俺の声を電話越しに聞くのは初めてだ。

 生で聞く声と違うことに、電話に出た相手を疑っている。


「本当におっさんだって」

『信じられぬ』

「信じられないって疑われてもなあ……戦いの女神が電話を掛けた先の電話番号は、おっさんである俺の電話番号だろう?」


 自分で言って、そりゃそうだよな、と不思議に思った。

 俺は戦いの女神に俺のスマホ以外の電話番号を教えていない。


『それもそうだが、しかし、おっさん以外のおっさんが電話に出たかもしれぬ』

「疑うなあ。よし、わかった。俺がおっさん以外の本物のおっさんであることを証明するよ。戦いの女神は槍と鎧を大切にしている。そして、おっさんの俺は高価な養毛剤を大切にしている。どうだ?」


 戦いの女神が槍と鎧を戦いの女神のあかしとして大切にしていることを知っているのは、俺と黒猫以外にはいない。ほかは読者の皆さんかな。

 そして、俺が養毛剤をそれはァそれはァ大切に使っているのも、俺と黒猫と読者の皆さんしか知らない……はず。


 行方不明中の黒猫が俺に代わって、この電話に出るわけがない。

 読者のみなさんも俺に代わって、この電話に出られるわけがない。


『まさにおっさんだ。この電話の相手は、まさに我の知っているおっさんである』


 読者のみなさん、やりました。

 戦いの女神は電話に出ている俺をおっさん以外の本物のおっさんである、と認知してくれました。


「それで、なにかあったのか? 黒猫が見つかったのか?」

『その通りだ。精霊が見つかった』

「よかったじゃん。それで、黒猫はいま家にいるのか?」

『いや、おらぬ。帰宅はしたが、精霊はまた散歩に出ておる。本日はもう帰宅せぬ』

「はっ?」

『詳細は帰宅後に伝える。よって、早く帰宅しろ』


 意味がわからない。

 帰宅した黒猫をそのまま散歩させるなんて、よくわからない。

 とりあえず、俺は電話を切った後、車を自宅に走らせた。

 もちろん、安全運転:車の速度=99:1、の割合でね。

 速度超過で事故ったら、元も子もないからね。


 帰宅すると、戦いの女神が『我は不可解な気持ちだ!』という表情で出迎えてくれた。

 不可解な気持ちなのは俺のほうだ。


「黒猫に怪我はなかったか?」

「精霊は怪我などしていなかった」


 黒猫はどうやら事故や危険な目に遭うことなく、無事だったようだ。

 それを確認できて、胸を撫で下ろした。


「いつ頃、帰宅したんだ?」

「おっさんが仕事に出てからだ。キャットフードを食べに帰宅したそうだ」

「それで?」

「そう急かすな」


 戦いの女神が言うにはこうだ。


 黒猫はキャットフードを食べた後、戦いの女神に散歩に出かけたいと言ったそうだ。

 戦いの女神はすぐに帰宅するだろうと思い、家の外に出した。

 しかし、黒猫はすぐに帰宅しなかった。


 戦いの女神の怒りが頂点に達しようとしていた昼頃、黒猫が帰宅してきた。

 帰宅した目的がまたしてもキャットフードを食べるため、だったそうだ。

 そして、食べ終わった後に、散歩に出かけたい、とまた言ってきたそうだ。

 戦いの女神は怒りの説教をしてやろうとしたけど、昼食を食べた後の眠気に襲われて昼寝に入りたかったので、黒猫を外に出した。

 帰宅後に、黒猫に怒りの説教をしてやろうと思ったらしい。


 昼寝を終えた後に目覚めても、黒猫は帰宅せず。

 帰宅してきたら、今度こそ怒りの説教をしてやろうと思っていた時に、黒猫が帰宅してきた。

 黒猫が帰宅したのは、夕方前。

 やはり、キャットフードを食べるための帰宅だったそうだ。

 今度こそ怒りの説教をしてやろうと思ったが、槍と鎧の手入れが残っていたので、先に黒猫にキャットフードを食べさせた。

 キャットフードを食べ終わった後に、今度の今度こそ怒りの説教をしてやろうと思ったが、黒猫に『散歩に出たいニャー。明日の朝にまた戻るニャー』と言われ、外に出して現在に至る。


「駄目じゃん」


 俺は溜め息を吐いた。


「何が駄目なのだ?」


 戦いの女神が首を傾げた。


「黒猫が帰宅した時点で、俺のスマホに電話を掛けろよ。朝の時点で俺に電話を掛けることができただろ」

「おっさんの仕事の邪魔をしてはならぬと思ったから、電話を掛けなかったのだ」

「そりゃどうも」


 戦いの女神は戦いの女神なりに俺に配慮してくれた。

 それはそれで、受け止めなくちゃいけないことだ。

 しかし、ほかの駄目な部分を突っ込まないといけない。


「どうして黒猫に怒りの説教をして訊き出さなかったんだ?」

「何をだ?」

「何をだ、じゃないよ。どうして黒猫がそんなに散歩に出かけるかの理由だよ。キャットフードを食べるためだけに帰宅して、あとは散歩に出かけるなんて不可解じゃないか」

「案ずるな」

「はっ?」

「精霊は帰宅した。そして、我にきちんと散歩希望の意思を伝えた。明朝、また帰宅するとも申した。それならば、明朝に怒りの説教をして訊き出せばよい」

「三回も訊き出せるチャンスを逃しておきながら、そのドヤ顔はないからな」


 俺がそう言うと、戦いの女神は『我は不可解な気持ちだ!』と言わんばかりの表情を浮かべた。

 だから、不可解なのは俺のほうだっつーの。


 とりあえず、黒猫は今日はもう帰らない。

 明日の朝、キャットフードを食べるために帰宅した時に俺が訊き出せばいい。


 明日は土曜日で仕事が休みだから、ゆっくりと朝寝坊したかったんだけどな。

 黒猫は俺たちの家族の一員だから、しかたがない。


 明日の朝、帰宅するまで無事でいてくれ。

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