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同居人は戦いの女神さま  作者: あしのクン
シーズン1
40/72

会議室にて

 会議室の時計を見たら、午後七時を回っていた。

 会社には俺と後輩しか残っていない。

 後輩はノートパソコンのキーボードに指を置いたまま、画面を睨んでいる。

 俺は隣に座り、もう三十分も微動だにしない後輩を睨んでいる。


 俺はいま、後輩の始末書の作成に付き合っている。

 午後五時過ぎに上司の許可を貰い、二人で会議室で軽い夕食を食べ、そのまま始末書の作成に入った。

 後輩はこれまで何回か顛末書や始末書を作成してきたから、夕食を食べて一時間以内に作成し終えるだろうと思っていたが、甘かった。


 三十分も微動だにしない後輩のノートパソコンの画面を覗き込む。

 まだ半分も終わっていない。

 これはまだまだ時間がかかりそうだ。


 俺は後輩にアドバイスをする。


「……わかったっす」


 後輩がようやくキーボードを打ち出す。

 俺はキーボードを打つ音を聞きながら、今日のことを思い出す。


 今朝の後輩は元気よく出社してきた。

 そんな後輩は、上司と同じ部署の先輩たちに雷を落とされた。

 そのあと、上司のまた上司、そして、上司のまた上司のそのまた上司に呼び出され、雷を二回も落とされた。

 とてつもない落雷を三回も受けた後輩は流石にブルーになった。


 午前中に取引先に上司、俺、後輩の三人で謝罪に行った。

 会議室で出迎えた取引先の役職の付いた社員の人数は五人。

 もう『激怒しています』オーラが半端なかった。

 俺は取引中止になることを覚悟したね。そして、後輩とともに退職する覚悟も。


 けれど、最終的に穏便に終わった。

 俺たちの謝罪を受け入れ、逆に励まされた。

 取引が中止にならずに済んだ。後輩とともに退職せずに済んだ。


 実はこれにはからくりがある。

 俺たちが土下座して謝罪したからではない。

 上司の寝癖のおかげだ。


 俺の上司はいつも寝癖を作って出社してくる。

 しかも、いつも後頭部。

 そして、いつも円を描いたような寝癖だ。

 Qを逆にして尻尾が頭側といえば、イメージが付くかな。

 上司が頷く度に、そのQ逆バージョンの寝癖がピョンピョンと揺れた。


 その同じような寝癖が今日は前髪にもできていた。

 そのまんまQ。しかも、円のサイズが後頭部の寝癖よりも広いバージョン。

 どうすれば、前髪にそんなに綺麗に寝癖を作れるのかなって。

 出社前、鏡を見てなんとも思わなかったのかなって。


 それはともかく、寝癖ダブルQの上司と謝罪に行ったでしょ。

 取引先の激しい糾弾の矢面に上司が立つでしょ。

 矢面に立った上司が相槌を打つように引き攣らせた顔を上下に振るわけでしょ。

 そうすると、そのまんまQ拡大バージョンの寝癖とQ逆バージョンの寝癖が同時にピョンピョンと揺れるわけだ。

 上司の頭の前後で摩訶不思議な寝癖がピョンピョンとさ。

 もうピョンピョン祭りだよ。


 それが可笑しくてさ。

 でも、声を出して笑うわけにはいかないから、顔を俯かせて堪えていたわけだ。

 後輩もそのピョンピョン祭りに気付いて、顔を俯かせて必死に笑いを堪えていた。

 顔を真っ赤にして。肩だけではなく、もう全身を震わせながらね。

 後輩のその姿を目にしたら、俺も顔が熱くなり、肩だけではなく全身が震えてきちゃってさ。


 そんな俺と後輩の態度を取引先は真摯に反省していると受け止めたんだろうね。

 俺と後輩が顔を赤くさせ、全身を震わせながら泣いていると思ったんだろうね。

 取引先は俺たちの謝罪を受け入れてくれた。逆に励ましてくれた。

 勘違いしてくれた取引先に心の中で感謝と土下座。

 寝癖で笑わせてくれた上司にも心の中で感謝と土下座。


 ただ、後輩は大失敗を犯したね。

 取引先から会社に戻る途中、上司の前後の寝癖を指差しながらこう言ったんだよ。


「その寝癖、変っすよ。上司の威厳がないっすよ」


 取引先への謝罪が穏便に終わったから、安心し切っちゃったんだろう。

 いつものように軽口を叩いちゃった。

 もちろん、道中で上司に雷に落とされて、再びブルー状態に。

 道中で軽口を叩いたせいで、道中にも、後輩は会社に戻っても、昼食中にも、午後の業務中にも上司に雷を落とされ続けた。

 ピョンピョン祭りのち落雷祭りだね。


「……先輩、なに笑ってるんすか?」


 キーボードを打っていたはずの後輩に声を掛けられた

 後輩はキーボードを打つのを止め、俺の顔を見つめていた。


 いかん、いかん。今日のことを思い出して、無意識に笑ってしまっていたようだ。

 これでは、先輩としての威厳に傷がつく。

 俺は怒ったような表情を作り、ちょっと強めな口調で後輩にこう言った。


「うるさいな。というか、はやく始末書を作成しろよ。こんなんじゃ、いつまで経っても帰れないぞ。付き合っている俺の身にもなれよ」

「……わかったっす」


 後輩がキーボードを打ち出す。


 後輩は俺とは違ってまだ若い。

 三十代後半の俺よりも伸びしろがあるし、可能性も秘めている。

 どんなに成長しても怒られる時があること。

 ミスはしてもいいけれど、致命的なミスは絶対に避けること。

 どうしても心身ともにきつい時は、思い切って会社を休んでリフレッシュすること。

 これは後輩が成長していくために大切なことでもあり、俺が先輩として仕事を通じて教えてあげないといけないことでもあるんだよな。

 それは後輩のためではなくて、いずれはできる後輩のその後輩のためにも


 俺は会議室の窓に打ち付ける雨音に耳を傾けた。

 今日は朝から雨が降っていた。

 戦いの女神は今日も雨の中を散歩し、途中で傘を閉じ、全力で走ったのかな。

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