『ノーアウト満塁のサヨナラのチャンスに打席に向かったのは、ピッチャーの戦いの女神! さあ、戦いの女神は勝利の女神を微笑ますことができるか!?』
本日まで、おっさんの代わりに書く。
おっさん曰く、『一昨日から書いてくれた文章、明日、読むよ』。
我の文章力の上達ぶりに驚くがいい。
夕方、おっさんの部下である後輩が紙袋を持って我が家に来る。
おっさんはまだ帰宅しておらぬが、と我が伝えると、後輩曰く、『先輩はいまも会社で仕事中っす』。
おっさんはまだ会社にいるようだ。
後輩を家の中に招く。
黒猫の姿をした精霊が後輩に『今晩はですニャ!』と礼儀正しく挨拶。
後輩は精霊の挨拶に『先輩には信じられないことばかり起こるんすね』と笑顔。
後輩から紙袋を渡される。
後輩曰く、『旅行の土産っす。女神さん、黒猫さん、先輩の分っす』。
有難く土産という名の献上品をいただく。
しかし、不思議なことだ。
後輩は仕事を終えて、我が家に来ておる。
だが、おっさんはまだ会社で仕事中だ。
「本日もおっさんは仕事で忙しく、仕事の帰りが遅そうなのだが?」
「浮気をしているわけじゃないっす。仕事っす」
「浮気?」
我は浮気という言葉の意味を知らぬ。
不勉強だ。
よって、我は浮気の意味を後輩に尋ねた。
「浮気は最大の裏切りっす。絶対にしちゃいけないことっす」
「最大の裏切り……!」
「あんな先輩でも、そこまで酷い男じゃないっすよ」
当然であろう。
おっさんが我や精霊を裏切り、魔王や魔物に寝返るような奴ではないと信じておる。
我は後輩の意見に同感し、大きく頷いてみせた。
「後輩に尋ねる。おっさんの帰宅時間がこれほどまで遅くなったのは、我が世話になってからは初めてだ。それほど仕事が忙しいのか?」
「仕事そのものは忙しくないっす。俺の仕事の面倒なミスと俺の仕事を、全部、先輩に押しつけたからっす」
「そうだったのか」
我はまたしても大きく頷く。
部下である後輩のために夜遅くまで働くおっさんが浮気などするわけがない。
万が一に浮気をすれば、魔王や魔物を勢い付かせないために、我は精霊とともにおっさんを退治せねばならぬ。
「女神さん、ひとつ訊いていいっすか?」
「何なりと申せ」
「いつ異世界に帰る予定なんすか?」
我は答えに窮した。
我が世界に戻る手段を知らぬからだ。
精霊も困ったような表情をしていたので、その手段を知らぬと見る。
「わからぬ。戻る手段を知らぬのだ」
「そうっすか。それなら、先輩とずっと暮らすことになるんすよね?」
「……戻る手段がなければな」
戻る手段を知らぬが、天界の神々や精霊たちがこの世界に来るかも知れぬ。
精霊は我と同じようにあの洞窟からこの世界に来た。
この世界に新たな者が来たら、その者が我が世界に戻る手段を知っておるかもしれぬ。
「そしたら、女神さんは先輩と事実婚の相手ってわけっすね」
「事実婚とは?」
「事実的に結婚しているってことっす」
「結婚の意味はわかっておる。しかし、事実的に結婚しているとはどんな意味か?」
「そのまんまっす」
「勘違いするな。おっさんとは結婚できぬ。我は神ぞ」
我は困惑する。
天界の神々同士で結婚はできても、神ではないおっさんとは結婚できぬ。
困惑していると、後輩が笑顔でこう申した。
「女神さん。腹が減ったんで、先輩のお土産の分のビスケットを食べていいっすか?」
「もう食べておるではないか」
「一枚だけ残すんで、気にすることはないっす」
「そのビスケットはおっさんへの献上品であろう。献上品を勝手に食べたお前におっさんは罰を与えないであろうか?」
「それはないっす。パワハラをするような先輩じゃないっす。だから、大丈夫っす」
「そうか」
不勉強な我はパワハラという言葉の意味は知らぬ。
しかし、おっさんが後輩にも寛容であるのを知った。
結婚はできぬとも、そんなおっさんをこの世界に残し、我が世界に戻れようか……?
我は後輩がくれたビスケットを食しながら、こう思う。
おっさんは我と精霊を裏切って浮気をするような者ではなく、部下の後輩に対して寛容な者であり、精霊と同じく忠誠高き我がシモベである。
そのおっさんを我が世界に連れて行かない理由がないのではないだろうか。
「このビスケットは美味であるな」
「最後の一枚っす。俺と女神さんで半分に分けて食べたいっす」
「承知した」
我は半分に分けられたビスケットを食して思う。
おっさんの分の献上品がなくなっても、後輩に罰を与えることはないであろう。
そして、我と精霊を裏切って浮気をするということもだ。
「女神さん。これから彼女とデートなんで帰っていいっすか?」
「ああ、帰るがいい。献上品をありがたくいただく」
「先輩によろしくっす」
後輩の帰宅後。
我は精霊とともに夕食と入浴を済ませる。
おっさんのいつも座っている椅子に座り、ノートパソコンでこの文章を書く。
明日、我の書いた三つの文章をおっさんが読んでくれる。
我の文章力の上達に驚くがいい。
おっさんよりも先に三つの文章を読んでくれた者たちには感謝申し上げる。




