一か月目の記念日と再会
仕事が終わると、さっさと会社を出た。
途中でスーパーに立ち寄り、高級ワインと特上マグロの刺身、いつもの缶ビールよりは値段の高い缶ビールを買った。
高級ワインは戦いの女神への贈り物。
特上マグロの刺身は黒猫への贈り物。
値段の高い缶ビールは俺への贈り物……自分が自分に贈り物というのは変な表現だな。
まっ、それらを買って家に帰った。
「仕事、ご苦労」
「ニャー!」
戦いの女神と黒猫が出迎えてくれた。
俺は高級ワインを戦いの女神に渡し、黒猫に特上マグロの刺身を見せた。
高級ワインを手に取って目を丸くする戦いの女神。
特上マグロの刺身に目を輝かせる黒猫。
「このワインは値段の高そうな品だが……どうしたのだ?」
「贈り物だよ」
「贈り物?」
「戦いの女神がこの世界に来て、今日でちょうど一か月。つまり、俺と戦いの女神と出会って、今日でちょうど一か月。今日はその記念日。その贈り物だ。本来は一年ごとに記念日を祝うんだけどね。でも、俺と戦いの女神の出会いは特殊だから、その辺はいいかなって」
俺は照れ隠しのために後頭部を掻きながら、戦いの女神に伝えた。
女性に贈り物をして、これと似たようなことを伝えるのは十何年ぶりになる。
そりゃ照れるよね……おっさんになっても。
「この世界にはそのような風習があるのか」
「風習と呼んでいいのかどうかはわからないけれど、そういうことをやるよ」
「そうなのか。我は下界の者たちから品を献上されたことはあるが、天井の神々からもこのように贈り物をされたことがなかった」
「そうなんだ」
「なにか……胸の内に温かいものを感じるな」
戦いの女神は、しばらく手に持っている高級ワインを見つめた。
そして、今まで見せたことのないような笑顔を俺に見せた。
「おっさん。贈り物に感謝する。嬉しいぞ。そして、出会ってから今日までのことにも感謝する。そして、これからも頼むぞ」
「ま、任せとけ!」
思わず、言葉が詰まってしまった。
そりゃ、あんな笑顔を見せられたら動揺するよな。おっさんになっても。
「それで特上マグロの刺身は黒猫に食べさせるのか? キャットフードでなくてもよいのか?」
「これも黒猫への贈り物だ」
「贈り物?」
「そうだ。黒猫もこの世界に来て一か月だ」
「一か月?」
戦いの女神が不思議そうに首を傾げた。
俺はそんな戦いの女神に笑ってから特上マグロの刺身をテーブルに置き、しゃがみ込んで黒猫を撫でた。
「黒猫。昨日の約束を守ってくれたか?」
昨日の約束とは、俺が帰ってくるまでは戦いの女神に正体を明かすなという約束だ。
黒猫は、にゃあ!と鳴きながら、何度もうなずいた。
「黒猫、偉いぞ。キャットフードよりも特上マグロの刺身のほうが美味しいよな?」
黒猫は、にゃあにゃあ!と鳴きながら、何度もうなずいた。
そんな黒猫の様子を変に思ったのだろう。
戦いの女神がテーブルにワインを置いてから、俺の隣にしゃがみ込み、
「黒猫がおっさんの問いに返事をしたように見えたのだが……この世界には空飛ぶ馬はおらずとも、人間の言葉を理解する猫がおるのか?」
「人間の言葉を理解する猫はいると思う。けれど、この黒猫は人間の言葉を喋る。黒猫、もう正体を明かしてやれ。そして、この世界に来たいきさつも教えてやれ」
「はいニャ!」
黒猫は二本の足で立ち、二本の腕をピーンと広げた。
そんな黒猫を見て、戦いの女神が驚きを伝えるように拳で俺の太腿を二回殴った。
なんだよ、もう。痛いなぁ。
「おい、おっさん! 黒猫が人間の言葉を話したぞ! もしや、空飛ぶ黒猫なのか?」
「黒猫、空は飛べるのか?」
「空は飛べないですニャ!」
「こやつ、また人間の言葉を話したぞ!」
「痛いって。太腿を拳で殴るなよ。黒猫の話を聞いてやれって」
「女神様、再会できて嬉しいですニャ! 私は天界で仕えていた精霊ですニャ!」
黒猫は、昨日、俺に聞かせてくれた話を戦いの女神にも聞かせた。
話が進むにつれ、戦いの女神の表情が変わっていった。
驚いていた顔が柔らかくなり、話が終わった頃には懐かしむような笑顔になった。
「そうか、そうか。精霊も我を追って洞窟で眠り、この世界に来たのだな」
「そうですニャ!」
「よくぞ、我を捜してここまで来てくれた。精霊こそが忠義高きシモベぞ」
「私も女神様に再会できて、本当に嬉しいですニャ!」
戦いの女神が黒猫をぎゅっと抱き締める。
抱き締められた黒猫は嬉しそうに目を細め、肉球で戦いの女神の頭を撫でる。
いいなあ、いいよなあ、感動の再会だよなあ。
戦いの女神に拳で殴られた太腿はまだ痛いけれど、俺だけ後輩からの旅行の土産を貰えなかったので心が痛いけれど、なんか、いいよなあ。
俺は戦いの女神と黒猫を残し、家の外に出た。
戦いの女神と黒猫の再会の時間を邪魔しちゃいけないと思ったからだ。
外に出て、夜空を見上げた。
月が明るく輝いていた。
星が瞬いていた。
そんな夜空の下で鈴虫が鳴いていた。
戦いの女神が呼びに来るまで、俺は夜空を見上げていた。
俺を呼びに来るまで、戦いの女神と黒猫はどんな話をしたのだろう。




