黒猫の正体
三連休最終日の午後。
戦いの女神が散歩に出かけた後、俺は真相を確かめるべく、行動に移した。
目標は黒猫だ。
戦いの女神の槍と鎧を眺めていた黒猫を抱えた。
黒猫の水晶玉のような双眼が俺を見つめる。
「黒猫、俺はわかっているんだぞ。お前が人間の言葉を話すことができ、人間のように前足を使うことができることをね」
俺は小さな子供に向けるような優しい微笑みを浮かべて言った。
黒猫は俺から視線を外し、にゃあ?と鳴いた。
「一昨日の夜(十月八日)、俺はこの目とこの耳で確認したぞ。黒猫が『その通りだニャー!』と人間の言葉を言い、前足で拍手したのをね」
俺は上司に向けるような作り笑いをして言った。
黒猫はなぜか首を傾げ、にゃん?と鳴いた。
「十月六日の深夜三時頃かなぁ。俺が寝ている布団の中で、黒猫が前足で耳を押さえながら、戦いの女神の寝言にぼやいていたっけ。黒猫、戦いの女神の寝言は騒音レベルだよな?」
俺はミスした後輩に叱る前の引き攣った笑顔で言った。
黒猫は俺の顔を見て、ニャアオ?と鳴いた。
黒猫は尻尾を出さない。
これは奥の手を使うしかない。
俺は営業スマイルで言った。
「特上マグロの刺身とキャットフード、美味しいのはどっちだ?」
「特上マグロの刺身ニャ!」
手足をピンと広げた黒猫がすっげえ笑顔で答えた。
にんまりと笑う俺を見て、黒猫が恥ずかしそうに前足で顔を覆った。
「やっぱりね。黒猫が人間の言葉を話し、人間のように前足を使ったのは、俺の勘違いじゃなかった」
俺は戦いの女神の嬉しそうな表情を見た時と同じような笑顔で言った。
黒猫は恥ずかしそうに前足で後頭部を掻き、舌を出した。
「女神様と家主様には、うまく誤魔化せたかニャと思っていましたニャ。こりゃ、参りましたニャ」
「家主様って、俺のことだよね」
「そうですニャ。女神様は女神様ですニャ」
「黒猫、もう家主様の俺には誤魔化しきれないぞ。この家から追い出さないから話してくれ」
「わかりましたニャ」
黒猫は腕組みをしながら、このように俺に話し始めた。
黒猫は異世界では戦いの女神に仕える精霊。
猫のような姿をした精霊が仕えていたという戦いの女神の話と一致する。
黒猫は冒険者たちよりも魔王を倒そうとした戦いの女神を止めようとした。
戦いの女神が異世界を炎上させた話と一致。
黒猫は魔王や魔物を近寄らせない結界を通って、戦いの女神の眠る洞窟に潜入。
これも戦いの女神が言っていた話と一致だね。
戦いの女神の傍で眠って目を覚ましたら、異世界とは違うこの世界に転移。
戦いの女神は俺の家に現れたけれど、黒猫は別の場所で目を覚ましたようだ。
戦いの女神を探して街中を歩いていると、俺と戦いの女神が走っているのを目撃。
俺が戦いの女神に散歩に誘われた日(九月三十日)のことかな。
散歩をしている戦いの女神を見つけて後をついて歩き、住んでいる場所を確認。
そして、この家に俺と戦いの女神が出入りするのを観察。
黒猫はその観察で戦いの女神が俺の家にいることを確信したそうだ。
「ちょっと、俺からも訊いていいかな」
腕組みをしながら、これまでの思い出を振り返るように頷く黒猫に俺は尋ねた。
「いいですニャ」
「魔王や魔物が近寄れない結界を張ったのは、戦いの女神か?」
「そうですニャ。その結界で魔王や魔物はその洞窟には近寄れないですニャ」
「黒猫のような精霊や天界の神々はどうなんだ?」
「通れますニャ」
だよな。通れなかったら、黒猫が異世界からこの世界に来れないものな。
「戦いの女神が洞窟で寝ていたの、よくわかったね」
「女神様が拗ねた時、いつも引きこもっていた洞窟ですニャ。だから、わかったニャ」
一度でいいから見てみたい。戦いの女神が拗ねて洞窟に引きこもる姿。
「はぐれた戦いの女神を探し回ったことは忠犬……ごめん、言い間違えた。忠猫と呼ぶに相応しいと思う」
「ありがとうニャ。そのように褒められると、女神様に尽くす誇りを持てますニャ」
「でも、散歩中とかに戦いの女神に正体を伝えることができたのに、どうしてそれをしなかったんだ?」
「それはですニャ、」
黒猫が前足で口を押えて笑ってから、
「鎧を着ていない女神様の御姿がとても美しかったからですニャ。思わず見とれてしまったですニャ」
「まあ、顔つきは美形ではあるよな」
「それと家主様と楽しそうにお話されている御姿にじーんと来ましたニャ。そのような御姿を天界で見たことがありませんでしたニャ」
「どうして?」
「いつも戦っておられましたからニャ」
「まあ……戦いの女神、だからな」
黒猫は俺の見たことがない異世界での戦いの女神の戦う姿を目にしてきたんだろう。
異世界での戦いの女神の姿を見たことのない俺は、黒猫の言うことを信じるしかない。
ただ、信じられないことは訊く。
「戦いの女神が言っていたんだけど、この世界で魔法を使えないらしいんだよ。それなのに、、黒猫が人間の言葉を話したり、人間のように前足を使えるのはどうしてだ?」
「それがですニャ、」
と、黒猫が後頭部を掻きながら、
「わからないですニャ。女神様と家主様の言葉を理解したり、その言葉を話すことができたり、前足を家主様のように使えたりするのは、私もわからないですニャ」
黒猫にもわからないらしい。
そういえば、異世界から追放されてきた戦いの女神と通じ合う言葉で話したりするのも、よくわからないことだ。
俺と戦いの女神や黒猫との間に信じられないことが起こる。
でも、後輩はこう言っていたっけな。
『社会人になってわかったことは、世の中は信じられないことが平気で起こることっす。その中には、受け入れたくないこともあるっす。でも、受け入れたいこともあるっす。それは楽しいことっす』
俺にとって、戦いの女神と黒猫との間に起こる信じられないことは受け入れられないことか?
いや、そんなことはない。
万が一、そうであれば、俺は三連休最終日の午後をひとりで過ごしていたに違いない。
俺は黒猫に顔を近づけた。
「戦いの女神は、黒猫が人間の言葉を話すことも、人間のように前足を使うことも、忠義を持って仕えていた精霊ということも気付いていないんだよな」
「そう思いますニャ」
「明日の夜までそうしておいてくれ。明日の夜、俺が仕事から帰ったあとに正体を明かしてやれ。戦いの女神、きっと驚くぞ。楽しいことになるぞ」
「分かりましたニャ!」
明日の十月十一日。
戦いの女神がこの世界に来て、ちょうど一か月の日。




