内緒
実は今夜は何も書きたくない気分だ。
部屋の片隅で体操座りをし、カーテンを見ながら缶ビールを飲み続けたい気分だ。
「おっさん、我が悪かったと申しているであろう」
背後から戦いの女神の困惑したような声が聞こえた。
俺も悪かった。きちんと教えていなかった教育係のワタクシメにも非があった。
でも、ショックが大きすぎる。
「黒猫も心配しているぞ」
「ニャー」
背後から黒猫の切なそうな鳴き声が聞こえた。
ごめんな、黒猫。こんな寂しい背中を見せてしまって。
でも、特上マグロの刺身は美味しかっただろ?
「おっさんが黒猫に食べさせる食品を我に教えてくれなかったのも悪い。しかし、我もおっさんに訊かなかったのも悪かった。そう申しておるではないか」
いいんだよ、戦いの女神。
黒猫にキャットフードを食べさせるように教えなかった俺が悪かったんだから。
「我はノートパソコンで黒猫に食べさせる食品を調べた。猫に魚類を食べさせるとよいと知った。だから、ショッピングモールのスーパーで特上マグロの刺身を買い、黒猫に食べさせた」
俺はコンビニ以外での買い物の仕方を戦いの女神に教えていない。
戦いの女神はノートパソコンでスーパーでの買い物の仕方を調べたらしい。
「我は箸で特上マグロの刺身一切れを抓み、小皿に置いた。黒猫は美味しそうに食べた」
みんな、覚えているかな。
箸の持ち方や使い方を教えた人を。
数日に亘り、小皿が食器乾燥機の中のあったのを。
「しかし今日、おっさんが教えてくれたおかげで、黒猫に特上マグロの刺身を食べさせずとも、キャットフードで十分であると知った。感謝しているぞ」
みんな、覚えているよね。
昨日、明日(つまり、今日)の予定は黒猫に必要な物を買いに行くことと書いたことを。
そんなみんなに教えたい。
ひとりで買い物に出かけようとした俺に戦いの女神が『黒猫に食べ与える特上マグロの刺身を買ってきてくれ』と言い放った時の衝撃を。
あの小皿は黒猫に特上マグロの刺身を食べさせるために使ってたんだ、と察した時の衝撃を。
「おっさん、そう情けない背中を見せてくれるな。おっさんは我らの家主だぞ。その家主が情けない背中を見せてどうするのだ。我はおっさんに感謝をしておる。今後、黒猫にはキャットフードを食べ与える。キャットフードがなくなったら、キャットフードをおっさんの金で買おう」
「ニャー! ニャー!」
戦いの女神が俺の背中を拳でグリグリしてきた。
黒猫が俺の背中を肉球でギューギュー押してきた。
「……」
なんだろうな。
一人暮らしでは考えられなかったトラブル。
一人暮らしでは有り得なかった衝撃。
一人暮らしでは感じなかったグリグリとギューギュー。
一人暮らし歴が長いから、余計にこういう感情が芽生えるのかな。
俺は体の正面の向きをカーテンから戦いの女神と黒猫のほうに変えた。
そして、戦いの女神と黒猫に芽生えた感情をはっきりと伝えた。
……どんなことを伝えたかは内緒。
ただ、戦いの女神が嬉しそうに笑いながら頷き、黒猫が『その通りだニャー!』と前足で拍手したのだけは教えたい。




