新しい家族の一員
「先輩! ハルマゲドンは春巻きじゃないっすよ! 春に髷を結ったどん兵衛のことっすよ!」
一部の人に聞かれたら、間違いなく激怒されそうな後輩の珍説を背に帰宅を急いだ。
家に帰ったら、戦いの女神と話し合わなければいけない。
黒猫を家族の一員として受け入れるか入れないかの話だ。
俺は犬派だ。
好きなペットは?と質問されたら、高速で、犬!と噛み付く勢いで答えるほどの犬派だ。
これまで何匹との犬を飼ってきた。
けどニャー。
ニャンていえばいいのかニャー。
あの黒猫のゴロニャン!ポーズといい、可愛さアピール満載の眼差しといい……。
犬もいいけど、猫もいいニャーなんて!
おっと、いかんいかん。
今は運転中だった。
あのポーズと眼差しの可愛らしさを幾度も思い出し、仕事が手に付かなかった勤務中とは違う。
事故るわけにはいかない。
帰宅後、家に入って黒猫を探した。
食器乾燥機の中に小皿があったけど、気にしない。
まずは黒猫がどこにいるかだ。
黒猫は、リビングで槍をタオルで拭っている戦いの女神の傍にいた。
黒猫は帰宅した俺にゴロニャン!ポーズを見せた。可愛いニャー。
戦いの女神は朝と同じように、不機嫌そうなツンとした目で俺を見た。
「仕事、ご苦労。疲れたであろう。夕食と入浴をさっさと済ませ、休むがいい」
俺は初めてリビングで土下座した。
「戦いの女神に言いたいことがある。その前に謝らせてくれ。昨晩は言い過ぎた。申し訳ない」
俺は初めてリビングの畳に額を付けた。
頭を上げると、戦いの女神は驚いたように俺を見ていた。
黒猫はゴロニャン!ポーズをしたまま、曲げた手足を揺らした。可愛いニャー。
「我も言い過ぎたかもしれぬ。今後は気を付ける。おっさん、もう何も気にせずにゆっくりと休め」
「そうはいかない。気にしなきゃいけないことがある。決着しなきゃいけないことがある。それは黒猫を家族の一員として受け入れるか入れないかということだ」
戦いの女神が槍をタオルで拭うのを止め、黒猫を切なそうに見つめた。
「我は覚悟ができておる。我はおっさんに匿われている身だ。そして、このおんぼろな家の主はお前だ」
「おんぼろな家とか言うな」
「我はおっさんの申すことを受け入れなければならない。さあ、この黒猫をどうするかを申してみよ」
黒猫との別れを覚悟したように目を伏せた戦いの女神。
俺は四つん這いになって戦いの女神に近寄り、黒猫を抱きかかえた。
「黒猫を家族の一員として受け入れる。今日から黒猫は家族だ」
抱えられた黒猫が喜びを表現するように手足を広げた。
戦いの女神がキラキラと輝いたエメラルド色の目で俺を見た。
「それは本当か? 嘘ではあるまいな?」
「本当だよ。戦いの女神を匿い、この素晴らしい家の家主の俺がそう言っているんだから、信じなさいって」
そう言うと、戦いの女神がさらに目をキラキラさせた。
「おっさん、感謝する。良かったな、黒猫。おっさんに感謝するのだぞ。こんなおんぼろな家でも、外よりは安心して過ごせるぞ」
「おんぼろな家とか言うな」
戦いの女神に腹を撫でられた黒猫が、にゃあ、と心地よさそうに鳴いた。
「我はこの黒猫を見捨てよと言われると思っておった」
「実はさ……今日、黒猫のことを思い出して、仕事にならなかったんだ。それなのに、また見捨てちゃったりしたら、可哀想で仕事どころじゃなくなるよ」
俺はありのままの気持ちを口にした。
戦いの女神は黒猫の腹を撫で、残る手で作った拳で俺の頬をグリグリしながら、
「おっさん、感謝するぞ。おっさんを見損なっておった我自身が恥ずかしい」
「痛いんで、頬をグリグリするのやめて? どうせなら、黒猫と同じように撫でて」
「我は天界の神々と同じように、助けを求める者を見捨てるわけにはいかないのだ」
「あの、俺の話、聞いてます?」
「実はな……我が天界にいた頃、この世界でいう猫のような姿をした精霊が我に仕えておってな」
「うん、そうなんですか。痛いんですけど」
「その精霊は我によく尽してくれた。心残りは、その精霊に何も言わずにこの世界に来てしまったことだ。申し訳ないことをした」
「いま申し訳ないことをされているのは、俺なんですけど。痛いんですけど」
「それ故に、この黒猫にその精霊の姿を重ね合わせてしまい、感情的になった。不愉快な思いをさせてしまったな、おっさん」
「わかった。わかりました。ですので、グリグリするのやめてくれませんか?」
「しかし、黒猫よ。お前は愛い奴じゃ」
その後、夕食と入浴、晩酌を済ませると、戦いの女神と黒猫は寝室に入った。
俺は頬の痛みを感じながら、リビングに敷いた布団に潜り込んだ。




