黒猫と戦いの女神と俺と
朝、出勤のために外に出ると、地面に転がり、手足を曲げた黒猫がいた。
ゴロニャン!ポーズの黒猫と視線が合うと、可愛さアピール満載の眼差しを向けてきた。
今度は俺のほうから視線を外し、車に乗り込んだ。
ごめんな。俺、犬派なんだ。飼ってあげられなくてごめん。
昼、後輩に連れられていつもの牛丼屋に食べに行った。
後輩が、ハルマゲドンってなんすか? と質問してきた。
俺は、春巻きみたいなもんだよ、と適当に嘘をついた。
ごめんな。俺、今日は中華料理屋店で春巻き定食を食べたかったんだ。意味は知っていたけど、教えなくてごめん。
夕方、仕事から帰宅すると、家の中に戦いの女神の足元ゴロニャン!で転がる黒猫がいた。
視線が合うと、これからもよろしくニャン!アピール満載の眼差しを向けてきた。
今度は俺のほうから視線を外し、戦いの女神に、夕食のおかずに春巻きを買ってきた、と伝えた。
ごめんな。俺、どうしても春巻きが食べたかったんた。黒猫が喜ぶマグロの刺身を買ってこなくてごめん。
って、おい。
「どうして黒猫がここにいるんだ?」
俺はキッチンで小皿を洗う戦いの女神に訊いた。
洗っているその小皿は、寿司や刺身を食べる時に醤油を注ぐ皿だ。
「我がこの家に住むことを許可したからだ」
戦いの女神は平然と言い放った。
おい、この家の家主は俺だぞ。
「勝手に許可するなよ」
「そう怒るな。怒ると抜け毛が増えるらしいぞ」
「マジかよ」
抜け毛を防ぐために頭髪を押さえる俺。
そんな俺に抱きかかえた黒猫を見せる戦いの女神。
「お前は昨夜、この黒猫が『新しい飼い主と屋根付きの家を欲しがっている』と申しておったな?」
俺は昨夜のことを思い出す。
「ああ、言った。その黒猫が捨て猫だと思ったからな」
「実はな、今日、散歩をしようと外に出たら、庭先に黒猫がおったのだ。相手にせずに通り過ぎようとしたら、我の行く手を阻み、地面に転がり、足を曲げ、腹を見せる格好をしたのだ」
ああ、地面に転がるゴロニャン!ポーズだね。
「我は黒猫を避け、散歩に出かけた。しかしだな、黒猫はささっと我の前に出て行く手を阻み、庭先で見せた格好をしてみせた。そればかりではなく、我に助けを乞うような眼差しを向けてきた」
たぶん、可愛さアピール満載の眼差しを向けられたんだろうね。
「我はその不憫さ極まる眼差しを向けられ、この黒猫を助けてやらねばならぬと思った。そこで、昨夜のおっさんの言葉を思い出した。『新しい飼い主と屋根付きの家を欲しがっている』という言葉を」
「うん、それで?」
「我がこの黒猫の新しい飼い主となり、我が屋根付きの家で匿ってやろうと」
「いや、ちょっと待て」
突っ込みどころが満載だ。
戦いの女神は俺に匿われている立場だ。
匿われている立場の戦いの女神が俺を差し置き、黒猫の新しい飼い主になるって、どういうことだ。
それに、俺はこの家は両親から受け継いだ家主だ。
匿われている立場の戦いの女神が家主である俺を差し置き、黒猫に屋根付きの家で匿おうなんて、どういうことだ。
「俺は戦いの女神を匿っている。それに、この家はおんぼろだけど、大切な思い出が詰まった家なんだ。だから、勝手な真似をしないでくれ」
少しばかり感情のこもった声で言うと、戦いの女神がムッとした。
「貴様の言い分も理解しよう。しかし、助けを乞うような眼差しを向けられたら、それを見捨てていられようか? 我は女神ぞ!」
「いや、そういうことじゃないんだ。黒猫を買いたいなら、まずは同居人である俺に相談して……」
「にゃあっ!」
俺の言葉を遮るように黒猫が鳴き、戦いの女神の腕から俺に飛び移った。
そして、手の柔らかな肉球で俺の胸をぷにぷにと押した。
「……この話は後にしよう」
なんだか気分がしらけて、ぽつりと呟いた。
すると、俺に飛び移った黒猫を優しく撫でながら
「……承知した」
そうは言ったものの、戦いの女神は明らかに不機嫌だった。
さっさと夕食を食べ、さっさと入浴し、さっさと寝室に入った。
どうしたものかな。
俺はリビングに敷いた布団に寝転び、閉じられた寝室のドアを見ながら黒猫を撫でた。
黒猫も閉じられたドアの向こうを見るように見つめていた。




