全力疾走
今日は自宅でのテレワークの日だった。
午前中の仕事を終えて軽めの昼食を食べ終わると、戦いの女神にこう尋ねられた。
ちなみに戦いの女神は箸を使って白米のご飯を食べた。
「午後からの仕事まで時間はあるか?」
「午後からの仕事はそれほど忙しくはないから、時間的に余裕はある」
「我は散歩をしたい」
「散歩?」
「そうだ。今朝の朝刊で健康になる散歩の特集記事を読んだか?」
「その記事なら俺も読んだ」
その特集記事で散歩のメリットが事細かに紹介されていた。
戦いの女神曰く、こうだ。
おっさんの仕事の日は、我はひとりでこの家にいる。
ひとりでこの家にいると、気が滅入るし、体がなまるし、退屈である。
今後、我はひとりで時間を掛けた散歩をし、心身ともにリフレッシュしたい。
よって、おっさんはこれより我と散歩をせよ。
そして、我がひとりで散歩のできるコースを案内せよ。
「コンビニに歩いて買い物に行ってるじゃん」
「あれでは健康になる散歩と言えぬのだ」
確かに健康になる散歩と言えるのは微妙かもしれない。
歩いていく時間と距離が短いし。
ただ、ひとりで散歩の出来るコースは見当がつかない。
俺は日ごろから散歩をするようなタイプの人間じゃないからね。
ただ、戦いの女神がひとりで歩ける散歩コースなら、交通量の少ないコースを選択するしかない。
仕事で家にいない日に事故にあったら大変だ。
俺は掛け時計を見た。
時間にまだ余裕がある。
「あまり遠くまで行けないけれど、散歩に行こうか」
「感謝する」
「これから歩くコースをしっかり覚えておいて」
「承知した」
俺は戦いの女神を連れて、家の外に出た。
交通量の少ないルートを選びながら、散歩を進める。
空を見上げれば、秋の青い空。
秋の散歩にはもってこいの天気だ。
「たまに散歩をすると気持ちいいもんだな」
「そうであろう。あの特集記事に記していた通り、散歩をすれば健康的になるのだ。どうだ、おっさん。歩く速度を上げてみないか?」
「わかった」
俺と戦いの女神はまるで競争し合うかのように歩く速度を速めた。
これくらいの速度なら大丈夫だ。
「我の歩く速度についてくるとは。おっさん、褒めてつかわすぞ」
「馬鹿にするな。これくらいの速度なら、俺でもついていける」
「それなら、これはどうだ」
戦いの女神が軽く走り始めた。
軽くても走り出したら、それ、散歩じゃないじゃん。
でも、戦いの女神と並んで軽く走った。
だって、俺が戦いの女神に散歩コースを教える立場だし。
戦いの女神の挑発に乗らないわけにはいかないし。
「息が上がっているではないか。もう疲れたのか?」
「馬鹿にするなって。まだまだ着いて行けるさ」
「おっさんのくせに強がりを申すな」
「強がってなんかないよ。おっさんを舐めるな」
「そうか」
戦いの女神は意地悪そうに笑うと、走る速度を速めた。
本格的な走りだ。
戦いの女神との距離がだんだんと開いていく。
でも、負けてられない。
おっさんを舐めるな。
おっさんの意地をいま示す時だ。
俺は必死に走りながら、距離が開いていく戦いの女神の背中に叫んだ。
「おっさんに容易く勝てると思うなよ!」
それで結果はどうなったか。
「おっさん……今にでも死にそうではないか」
自宅に戻った俺は自家用車の隣で大の字になった。
そんな俺を先に到着していた戦いの女神が呆れた表情で覗き込んだ。
戦いの女神はうっすらと汗をにじませただけで、ケロッとしていた。
「はぁはぁはぁ、おっさんを馬鹿にするな、はぁはぁはぁ」
「いまは何も申すな。まずは呼吸を整えよ」
「はぁはぁはぁ、俺の教えた散歩コースを覚えたか、はぁはぁはぁ」
「何も申すではない。見苦しい。それにおっさんは我の追いかけてきただけではないか。おっさんからは、散歩コースとやらを教わってはいないぞ」
「はぁはぁはぁ、それでも俺は走って自宅に到着したぞ、はぁはぁはぁ。おっさんの頑張りを認めろよ、はぁはぁはぁ」
「意地を張るな。まったく仕方がない奴だな」
戦いの女神は呆れた顔で笑うと、自宅に入り、ノートパソコンを持って戻ってきた。
「おっさん、午後からの仕事も頑張るがいい。我は昼寝する」
俺も昼寝したい。




