後輩と牛丼屋へ
今日の昼。
後輩を連れて牛丼屋に昼飯を食べに行く。
「昨日は彼女さんとのデートで忙しかったっすか?」
「俺に彼女はいないって土曜日にも言っただろう。しつこいぞ」
注文した牛丼が運ばれてきたので、二人とも無言でかっこむ。
俺よりも先に食べ終わった後輩が一口水を飲んでから、
「先輩はラノベで描かれてるような異世界があると思いますか?」
「ラノベで描かれているような異世界?」
「そうっす。先輩も異世界ラノベを読んでるんすよね? イメージっするんよ、イメージ」
そう言われてもなぁ。
これまで異世界に転生や転移する異世界ラノベを何冊か読んできた。
小説版『このすば』は繰り返し読んでいる異世界ラノベ。
小説投稿サイト『未来のラノベ作家が紡ぐ物語集』に登録し、異世界ジャンルを数作ブックマークして、時間がある時に読んでいる。
各作品には各作品なりの異世界の世界が描かれており、ひとつに絞り込んでイメージすることができない。
「イメージするの無理そうっすね。年取って頭の回転が遅くなってるんじゃないっすか?」
黙り込んでいると、後輩が勝手にそう判断した。
勝手に判断するな。年取ったとかいうな。
「俺はこう思うっす。先輩が異世界に追放されたら、途方に暮れるって」
追放とはなんだ、追放とは。
どこかの戦いの女神と一緒じゃないか。
「誰だって異世界に追放されたら途方に暮れるだろ、普通に考えても」
「途方に暮れた先輩は街に行って、状況を知るために街の住民に話しかけるはずっす。でも、誰からも相手にされず、また途方に暮れることになるっす」
「どうして誰からも相手にされないんだよ。俺が追放された奴だからか?」
「違うっす。先輩がおっさんだからっす。理由はそれだけっす」
そんなことを言うなよ。
昨夜、戦いの女神からキモいおっさんみたいなことを言われたんだぞ。
おっさんをもっと労わってくれよ。
若い君らが想像している以上には、おっさんはキモくないぞ。
「先輩、泣きそうな顔にならないくださいよ。俺にとっての先輩は仕事のできるおっさんなんすから」
「それはありがとうよ。それで、俺がどうなるか、話を進めてくれ」
「誰からも相手にされない先輩は飢え死に寸前まで落ちぶれるっす。でも、先輩は飢え死にする前にある女性か助けられるっす。先輩はその助けてくれた女性と過ごすことになるっす」
「俺を助けてくれた女性?」
「そうっす。天界から下界に追放された女神っす」
思わずむせた。
天界から追放された女神という設定、どこかの戦いの女神と同じじゃないか。
そして、追放された者が誰かと一緒に過ごすという設定も。
違っているのは追放された先が下界か、この世界だけだ。
なんだ、この後輩。
実は俺と戦いの女神のことを知っているんじゃないのか、この後輩。
一昨日の土曜日、ショッピングモールで俺と戦いの女神を目撃した、みたいなことをLINEで送ってきたしな、この後輩。
怖いもの見たさで訊いてみるぞ、この後輩に。
「その女神はどういう理由で天界から追放されたんだ?」
「そんなの知らないっす。自分で考えてくださいよ」
なんだよ、それ。
どうして、投げやりなんだよ。
「いい加減だな。まっ、いいや。俺と女神が過ごし続けて、どうなるんだ?」
「エンディングっすか? そうっすね。仲睦まじく過ごしましたとさ、でいいんじゃないっすか?」
「一応、ハッピーエンドなんだな」
「そうっす」
後輩の頭の中では、異世界に追放された俺は女神と仲睦まじく過ごすそうだ。
それなら、異世界の天界から追放された戦いの女神は俺と……考えるのはよそう。
戦いの女神は、俺に一時的に匿われているだけだから。
いずれは異世界の天界に帰るのだろうから。
「ハッピーエンドなのにどうして寂しそうな顔をするんすか?」
首を傾げた後輩に俺は何も答えず、器に入った牛丼を一気にかっこんだ。
仕事から帰宅すると、戦いの女神は日本語を書く練習をしていた。
日本語を読んだり聞いたり話したりはできるが、書けないと不便だからだという。
「おっさんよりも素晴らしい文章を書かなければな」
昨夜、俺の書いたエッセイの文章と比較して、とのことらしい。
書く練習に張り切る戦いの女神に俺は、そうだな、と答えた。