5話:スキル発動
「・・・グラッツさん、私は正直、あの勇者のこと気に食いません。」
「ニール、急にどうした。」
「召喚の儀でのあの態度、王族方に対して横柄すぎます。」
「・・・確かに、随分と自信のあるような態度ではあったな。
だが、勇者というのは強大な力を持つ。彼自身もその力をすでに感じ取っているのかもしれん。
なおかつ彼らにとっては急に異界から召喚された状況、尊大な態度となるのも無理はないだろう。」
「っ・・・いや、そう言う意味ではないのです・・・!
彼は力から来る尊大さというよりも・・・そう、まるで全てを見下すような傲慢さが気に食わないのです・・・」
「おいおい・・・これから俺たち親衛隊員は勇者と長く過ごすことになるんだ。
それに王族方も勇者の態度に関して特に気にはされていないご様子。後で何か言伝でもあれば別だが・・・
上官の立場として、少なくとも表向きは仲良くやってもらわなきゃ困るぞ。」
「・・・分かっています。職務は全うしますよ。グラッツさん以外にはこんなこと言いませんしね。」
「分かっているなら何も言わんさ。
お前も結婚したばかりだろう。上司として気にかけているんだから、馬鹿なことは考えるなよ。」
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下着の上からバスローブを羽織って脱衣所から出た俺は、侍女に紅茶を淹れて欲しいと頼んだ。まだ能力測定までは時間があるようだ。
デスクと揃いのデザインの肘置きが付いたサロンチェアに腰を下ろした俺は、大窓越しに夜空と城下町を眺める。
分かったことがいくつか。
まず、俺の身体は20代半ばに調整されているようだ。
身長は地球の俺と同じく175cm前後といったところで、体格は細身だが必要な筋肉はしっかりとついて左右のバランスも完璧に整っている。
顔立ちは地球の俺とは違うが、こちらの世界で(昔と価値観が変わっていなければ)一般的にかっこいいと言われる部類だろう。
要するに、何もかも最後に俺がこの世界を後にした時の体の状態ということだ。
むしろあの時は魔素も枯渇し全身傷だらけで欠損部位もあったから、今の方が理論値で言えばほぼ過去最高というところだろう。
あとは魔法と体術の感覚を思い出す必要はあるが、何日か演習場にこもれば取り戻せるだろう。
淹れ終わったようで、侍女がサービングカートを運んでくる。
デスクにティーカップを置くと、目の前で紅茶を注ぎ始めた。
彼女は侍女と言うことだが、実際はおそらく諜報部隊か暗殺部隊のエース級の一人だ。
ミリ単位の身のこなしや全身の筋肉量から言って、相当な戦闘経験を積んでいることは間違いない。
今日召喚されてから会った人物の中では、最も強い人間の一人だろう。
「砂糖とミルクは使われますか?」
「いや、いい。
ズズッ・・・・うまいな。」
「ふふっ。ありがとうございます。」
紅茶を啜った俺は、侍女に話しかけてみることにした。
「まだ能力測定までは時間がありそうだが、あとどのくらいだ?」
「はい。今が23:30ですので・・・あと30分ほど時間がございます。」
「そうか・・なら少し話をするか。あんた名前は?」
「申し遅れました。メリーと申します。」
「メリーか、あんたはこれからずっと侍女として俺に付く予定なのか?」
「侍女は基本交代制となっておりますが、メインでは私が付く予定でございます。勇者様のご希望があれば、侍女の交代や可能な範囲で指定の人間を付けることもできます。」
「なるほど・・・ああ、俺のことはリックと呼んでもらって構わない。
明日以降、今後のスケジュールはどうなるかわかるか?」
「承知いたしました。基本はこの王城にいる間、リック様は第三王女のアシュリー様と共に行動していただく予定です。詳細なスケジュールはアシュリー様から直接ご説明されるまでお待ちください。
ただ現在アシュリー様は召喚時の負担により休養されておりますので、数日お待ちいただく可能性がございます。ご承知おきください。」
「なるほど、分かった。
でもなんで第三王女なんだ?」
俺はあえて分かっていることを聞く。
「勇者様は魔王を倒すお方。王族方自らもてなされるのが習わしとなっているのです。」
よく言うな・・・と思いながら、表には出さず適当に相槌を打つ。
「そういうことか。
第三王女が来るまでの数日間は特にやることはないって感じか?」
「今のところ特に決まっておりませんので、何かある場合はおそらく明日の朝あたりにご連絡させていただく形になるかと思います。
取り急ぎ明日の朝食はこの部屋で取っていただきます。起床から身支度まで全て我々が行いますので、ご自分で何かされる必要はございません。」
「分かった。ところで・・・
・・・ああ、紅茶ありがとう。下げてくれて構わない。」
いくつか事務的なことを確認した後で、メリーにティーカップを下げていいと伝える。彼女はサービングカートを裏へ下げていく。
チェアに深くもたれた俺は、頭の後ろで手を組み大窓に広がる星空をぼんやりと眺めた。
勇者一人にこれだけの手練れをつけると言うことは、それだけ育成に本気なのか、警戒されているのか。
いずれにしても、彼女の目がある間はあまり大きい動きはできなさそうだ。
慎重に動くべきか大胆に動くべきかはまだ情報が少なすぎて判断がつかないが、一つ言えるのはこの国で一度警戒されたら平穏に切り抜けるのは難しいということだろう。
勇者として、宗谷陸翔として、やることは山積みだが資金も人脈もない。時間もどれほど残されているかわからない。
確かなのは、かつて立ちはだかった敵は想像をはるかに超えた強さだったということ。強い仲間と装備、情報、綿密な準備とあらゆる協力が必要である。
ただ急いでも仕方ない。どこまで行っても、たかが一人の人間にできることは限られている。そのことは身に沁みてわかっているつもりだ。
この世界では王都でも無数の星が輝き、まるで宇宙にいるかのような錯覚に陥る。改めてこの世界に戻ってきたのだと実感する。
数日中、できれば今すぐにでもやるべきことがいくつかあるが、まずは目下の能力測定を気にしなければならない。
確認していないが、俺のステータスはそのまま見られたら確実にまずい。あと10分ほどで能力測定に向かうまでに細工をする必要がある。
魔法というのは使い勝手はいいようで、なんでもできるというわけではない。
できないこともたくさんあるし、勇者クラスであってもスキルをバレずに発動することはなかなか難しい。
魔力を直接操作して周囲を把握するくらいなら、熟練すればバレずに行うことは可能だ。逆に言えばバレずにできるのはそのくらいと言える。
先ほどメリーから聞いた通り、お手洗いへ向かう。
今のところ周囲の監視はメリーと天井裏の一人、少し離れた壁裏の一人だけだ。
トイレ内なら、十分に隠蔽すれば魔法に気づかれることはないだろう。
俺はトイレの鍵を閉めると、今回この世界に来て初めてのスキルを無詠唱で発動する。
(暗殺領域・・・!)
右手の平に小さく魔法陣を生成し魔力が漏れないよう握りつぶす。
慎重に魔力を注ぐと、トイレの壁に沿って長方形のフィールドが展開される。このフィールドは、あらゆる音、光、匂い、振動を遮断してくれる。
当然ながら本来は暗殺を行うための魔法で、暗殺者の称号を極めると得られる超上位スキルとなっている。これからはこのスキルをかなり重宝することになりそうだ。
無詠唱なのに加えてこの魔法自体結構な量の魔力を食うので、初っ端にしては少し身体への負担がある。
ごそっと魔力が持っていかれる感覚があった。慣れるまでは気をつけないとふらついたりしそうだ。
しっかりと暗殺領域が保持されているのを確認してから、今度は自分の左手首を見つめて目的のスキルを詠唱、発動する。
「鑑定」
左手首に魔法陣が光り、自分のステータスが空中に映し出される。
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ソウヤ・リクト 25歳 男性
Lv:1(加算値8,357)
体力:基礎値10(加算値7,679,563)
魔力:基礎値23(加算値5,181,472)
攻撃力:基礎値9(加算値3,231,085)
防御力:基礎値8(加算値3,806,221)
速力:基礎値18(加算値4,200,945)
[称号]
勇者:転生者スキル獲得、Lv補正200%、対魔族へのダメージ補正200%、対魔王装備獲得 ※追放されしものにより無効
賢者:知識の殿堂解放
聖者:聖域解放
特級暗殺者:分身、隠密、探知、暗殺領域解放
極めしもの:全転生者スキルツリー統合、全基礎スキルツリー統合、全応用スキルツリー統合、加算値解放
魔王を喰らう者:魔王固有スキル獲得
復讐者:復讐対象との戦闘時能力値補正150%
New→ 追放されしもの:勇者の効果無効
New→ 時空規則違反者:時空ゲート通行不可
[スキル]
・全転生者スキル:統合済
・全基礎スキル:統合済
・全応用スキル:統合済
・知識の殿堂:必要魔力300
・聖域:必要魔力1,500
・鑑定:必要魔力1,800
・五層展開:パッシブ
・アーセナル:パッシブ
・フルタスク:パッシブ
・オールラウンダー:必要魔力1,500
・分身:必要魔力1,000
・隠密:必要魔力1,000
・探知:必要魔力1,000
・暗殺領域:必要魔力3,000
・能力偽装:必要魔力20,000 ※魔王固有スキル
・先見:必要魔力80,000 ※魔王固有スキル、時空規則違反
・重力反転:必要魔力150,000 ※魔王固有スキル、時空規則違反
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「ちっ、なるほど・・・」
全てを説明している暇はないが、いくつか今回の転移で追加された称号がある。あまり・・・いや、だいぶ良くない称号が。
【追放されしもの】か・・・、試してみないことにはわからないが、勇者としての対魔族優位性をほとんど失ったようだ。
幸い転生者スキルは獲得済みだから、言語とかは分かるままのようだ。
そしてなにより、【時空規則違反者】・・・。正直心当たりはあるが、これはとんでもないペナルティになるかもしれない。
「クソが・・・一筋縄では行かないようだな・・・っ!」
俺は防音の壁を殴り、奴らに向けて人生でもう幾度目の悪態をついた。
・・・起きたことはしょうがない。今できることをやるしかない。
俺はステータスを偽装するため、魔王から得たスキル【能力偽装】を使うことにする。
このスキルも相当魔力を使う。ふらついたりしないといいが・・・。
「能力偽装・・・っ」
一瞬で全身の力がごっそり抜け、貧血のような感覚になる。壁に両手を突っ張って踏ん張る。
一気に大量の魔力を使う魔法は、魔法酔いを引き起こす。
勇者も例外ではなく、特に俺は魔法酔いが激しい方だから気をつけないとならない。久しぶりの感覚は決して気持ち良いものではないが懐かしい。
・・・なんとか大丈夫そうだ。
宙に浮かぶステータスの上を、いくつかの小さな魔法陣が回転しながら這い回り文字を書き換えていく。ひとまず偽装は完了した。
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リック 25歳 男性
Lv:1
体力:10
魔力:23
攻撃力:9
防御力:8
速力:18
[称号]
勇者:転生者スキル獲得、Lv補正200%、対魔族へのダメージ補正200%、対魔王装備獲得
[スキル]
・言語翻訳:パッシブ
・文字翻訳:パッシブ
・初級
ファイア
ウォータ
ウインド
ロック
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これで能力測定は大丈夫そうだ。
俺はステータスを閉じると、【暗殺領域】を解除し用を足してからトイレを出た。
「リック様、そろそろお時間です。こちらにお着替えください。」
出たところで、メリーから麻でできた藍色のゆるい上下を渡される。
数着あるようなので、王城では今後この格好でいることになりそうだ。正直服とか分からないので助かる。
ちょうど着替え終わったところでドアが開いて、先ほどのニールとグラッツが戻ってきた。
・・・コンコン
「失礼いたします。能力測定の準備はよろしいでしょうか?」
「ああ、問題ない。」




