3話:召喚の儀
――建国紀4586年 4月 イセラ王国 聖殿迷宮 召喚の間――
「・・・それではこれより召喚の儀を執り行う!
王宮魔導士団長!準備は良いか!」
「はっ!準備は整っております!」
「・・・・アシュリーよ、準備は良いか?」
「・・・・万全にございます。」
「良いか!勇者は我々の魔力を糧にして、神から与えられた装備と共にこの地に降り立つ!
・・・皆のもの、心してかかれ!!」
「御意!それでは召喚陣への魔力供給を開始します!」
人の胸ほどの高さの石台に20メートル四方の大きさで描かれた召喚陣の周りを、選りすぐりの王宮魔導士たちが取り囲む。
彼らのちょうど胸の前には魔力供給のための魔導石が設置されていた。
国王の音頭によって、魔導士達はありったけの魔力を注ぎ込んでいく。
ゆっくりと呼吸をするように魔法陣が明滅を繰り返し、少しずつ陣に魔力が満たされていく。
やがて魔法陣が煌々と輝き出すと、それはとてつもない量の魔力を喰らい始める。
王国随一の魔力量を持つ魔導士達であっても、あるものは急速に吸い取られる魔力に片膝をつき、あるものは顔面蒼白になりながらも歯を食いしばって必死で耐えるしかなかった。
その魔法陣の中心部で唯一術式に直接触れ、ただ一人祝詞を唱え陣の起動を行う人物こそ、王女アシュリーその人であった。
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俺は奇妙な感覚の中を押し流されていた。
激流の中で手足の存在や音、視界、全ての肉体的な感覚は失われていたが、肌には熱湯と冷水が交互に入り混じったような水流に似た感覚があった。
何も見えなくとも、激流の流れつく果てには小さく眩い光が感じられた。
感覚というのは人間に備わった非常に重要なセンサーだという事を、俺は身に沁みて知っていた。
一瞬の、あるいはとてつもなく長い流れの中で、
感覚が研ぎ澄まされるにつれて俺は地球の肉体を剥がされていく。
やがて、光に向け一直線に俺を押し流していた激流が途絶えると、魂だけとなった俺は何もない宇宙のような空間に放り出される。
漆黒に塗りつぶされた世界で、唯一その光だけが俺の方へ手を差し伸べている。
俺は慣性の法則に従ってゆっくりと、煌々と光を放つあちら側の世界へと飲み込まれていく。
俺はこちらからあちらへ、無事受け渡されたようだった。
急降下するような流れの中で、俺は時間をかけて肉体的感覚を取り戻しつつあった。
そして俺の魂は、もうそこにある感覚を明確に感じ取れるようになっていた。
もう何年も味わっていなかった久しぶりの感覚。
そこで俺は、肉体に頼らなくとも全てを視ることができ、感じることができた。
感覚というのは、この世界で生き残るうえで最も重要なセンサーである。
俺は勇者として、もう何年も失っていた魔力の感覚をその手に取り戻したのだった。
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轟々と音を立て、尋常ではない光を放ちながら発光する魔法陣。
壁には交代を繰り返した王宮魔導士達がへたり込んでおり、陣を囲むものは皆土気色の表情で魔力を陣へと分け与えていた。
王女は真下を向き表情は見えないが、膝をつき両手を陣に押し当てたまま、長らく身動きをとっていない。
発動し続ける魔法陣だけが、彼らが生きていることの証左だった。
大量の汗溜まりの中、既に王宮魔導士と王女は疲労困憊の様子であった。
「へ、陛下・・・お話が・・・」
「・・・治癒術士長か、話せ。」
「・・・・・これほど長い召喚の儀は、未だかつて聞いたことがありません・・・
王宮魔導士達には交代を取らせておりますが、王女殿下は休みなく詠唱と魔力供給を続けておりこれ以上は持たないかと・・!
既に王女殿下は長時間の魔力欠乏状態にあり、回復も間に合っていない状況です。いくら殿下といえども、生命の危険があると思われます・・・!
「・・・うむ・・・
しかし召喚の儀は一度始めてしまうと再起動までに長い年月を要する・・・
万一失敗したとなれば、魔王を食い止める手立てを我々は失うことになるぞ・・・!」
召喚の儀は既に一昼夜続いており、魔導士達と王女は限界を超えていた。
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「陛下!王女殿下の魔素欠乏が深刻なレベルになっています!」
(・・・・・止むを得んか・・!)
「・・・聞け!皆のもの!召喚の儀はこれにっ・・!!」
時は突然訪れる。
轟音がピタリと止むと同時に召喚陣の光がふっと消え、地面が大きく揺れると魔導士達の多くが倒れ込んだ。
それまで強烈な光と音に慣れていた室内の人間は、あまりの静けさと暗闇の中に自分以外誰もいないような錯覚にすら陥った。
やがて壁際の一人の魔導士が、残った微かな魔力をたよりに初級魔法でトーチを点火する。
何人かが続いて初級魔法を使い、部屋が仄かに明るさを取り戻した。
「ひっ」
召喚陣の中央、ボロボロのかつて鎧だったものを纏った青年に一人の魔導士が気付く。
青年は魔導士達を見渡した後、その視線を放心している王女に向けた。
青年は興味深そうに、何かを思い出すように王女を見つめていた。
「・・・?」
それから、ゆっくりと目を見開いた王女が立ち上がり、口を開いた。
「・・・・・あっ・・・・さ、早速ですが、あなたには世界を救っていただきたいのですわ」
「・・・・・・・・・・アッシュ?」
「な、なぜ私の名を・・・?」
「あ、ああ。何でもない。大丈夫だ。任せてくれ。」
「・・・へ?
・・・・あ、ああ。
ぜひよろしくお願い致しま・・す・・・わ・・・・」
疲労からか倒れ込む王女を、青年が抱き留める。
いつの間にか陣の近くまで歩み寄っていた国王が、護衛と共に陣への石段を上がる。
親衛隊と呼ばれた者たちに王女を引き渡すと、国王が口を開いた。
「青年よ、我が名はラインハルト。ここイセラ王国で国王をしておる。
お主の名は何というのだ。」
「・・・・・リックと呼んでくれ。」
「リックか!改めてよろしく頼むぞ。
さて、此度、東方の地で魔王が復活した。
お主には魔王を討伐してもらいたいのだ。
おぬしのような召喚された人間には、勇者という称号が授けられている。
勇者は魔王を倒すための称号であり、数々の恩恵を受けられるだろう。
例えば、わしの言葉がわかるのも恩恵の一つだな。
ここでの生活、不安に思うこともあろうが何も心配せずとも良い。
お主のことを国を挙げて歓迎する。生活に何一つ不自由はないと約束しよう。
当面の間お主には王城で生活してもらうことになる。
細かいことや分からないことは、案内役を付けるからそこで聞いてくれ。
本来であればそこな娘、我が三女アシュリーが早速お主の案内役となるはずじゃったが・・・
見ての通り、勇者召喚で魔力を使い果たしてしまったようでな。
数日は代わりのものがお主に付くことになろう。
この世界のため、ぜひ魔王を倒してくれまいか。」
「・・・・さっきも言ったが、問題ない。任せてくれ。」
「良い返事じゃな!気に入ったぞ。
さて、来て早々で申しわけないんだがの。早速だがこの後お主の能力測定を行いたい。
我が親衛隊員に王城まで案内させよう。
ニール、グラッツ、頼んだぞ。」
「ハッ!」




