前触れ
練也「......ふう。」
時刻はもうすぐで日を跨ぐところまで来ていた。月はほぼ真上にあって、まるで自身に向けてのみ月光を照らしているかのよう。今の時間が、少し特別な感じに思えてならない。友人との飲み会も無事に終わって、帰路についた後こうしてランニングを1人黙々とやっている俺は、少々変わっていると人は言うだろう。だがそれでもかまわない、それが俺だ。ゆっくりと駆ける俺の身体の熱は、徐々に高まりウォーミングアップもばっちりと言ったところで、本腰を入れてトレーニングに勤しむ。
練也「......っしょ。」
借用している鍵を使い、誰もいなくなった神社の屋内に上がり込んで特設で設けた自主練スペースでトレーニングを始める前に、本殿に座り神様に対して挨拶をする。
練也「御無礼を御承知の上、本日も失礼いたします。」
口上を述べた後に、2礼2拍手1礼をしてから、特設スペースへと向かう。因みにいうと、ここの神社の神様は戦の神様....。飯縄権現の神様を祀っている。俺もいざって時の為にこうしてトレーニングを積んでいるわけだし、それを目的として打ち込んでいるんだから、常識非常識はともかく、妥当と言えば妥当だろ?さあ、....今夜もやるぞ!
練也「シュッ....シュッ、シュッ!」
俺が拳を放つ度、風を切る音と共にパンッという音が辺りに響く。サンドバックにめがけてボディーブローやフック、上中段のストレートを浴びせていく。ウィンドブレーカーを脱いだその下は半袖のシャツだが、既に汗が床に向かって滴り落ちるほどに濡れていた。トドメと言わんばかりに、サンドバッグ目掛けて上段回し蹴りを見舞おうとするが、これに関しては上手いと言えたものじゃない。
練也「ぅおお!?っ。」
後ろを向いた状態で一挙に反転し、その勢いを利して遠心力を付けて渾身のカウンターハイキック.....、は決まらずに中段のミドルキックに留まり軸足がぶれてバランスを崩しその場で転倒した。まさにこれはダサいと一言言われても仕方がない。
練也「......。はぁ....、上手くいかねえ....。」
ミットに背を向け、近くのベンチに向かって歩いていき水分を補給する。滴る汗が、その場で数滴程床に落ちた。タオルで拭って顔を覆い、俺はふと仕事終わりにした神主との会話を思い返した。
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神主「この神社にはね、代々から伝わる謂れがあるのさ。それによれば、この神社の宝物庫のどこかに自身の潜在能力を覚醒させる為の秘薬が眠っているそうだ...。」
練也「秘薬って...。どれぐらい前の代物何ですか....?」
神主「室町時代とかに遡ると、私は聞いたことがある。まあ、謂れだけしか残っていないということもあるがね....。佐藤君の悪いところは、すぐそうやって人の話を何でも大真面目に聞き過ぎるところだよ。」
練也「.....はい....。」
神主「冗談冗談!あははっ!」
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練也「....俺が真に受けすぎているだけなのか....。それとも.....、この世の中にはまだ理解を超えたものが存在するとすれば....。」
顔を拭った後にシャワーを浴びてから、俺はすぐさま支度を整えて宝物庫へと向かうのであった。