とある還暦おじさんの話
深く考えちゃ駄目。
ーーこれは、とある男の話。
男の名前は常陸重朗。還暦過ぎの強面おじさんだ。
彼はある日、交通事故で命を落としてしまった。彼を轢いたのは、彼と同じ歳くらいの男で、その男はお酒を飲んでいたんだ。意識が朦朧とするまでお酒を飲んでいたらしい。お酒飲んで運転しちゃ駄目だよ。絶対に。
まぁ、この話はどうでもいい。重要なのは次だ。交通事故で命を落とした彼は、気が付いたら真っ暗な空間に居た。目の前には木製の椅子が1つ。椅子の上にはA4サイズの紙が1枚置いてあって、紙には彼の名前と年齢と死因が書かれていた。
紙を手に取ると、突然声が聞こえてきた。甲高い女の人の声だ。彼はキョロキョロと首を動かして声の主を捜した。彼女は彼の背後に立っていた。わっ!と驚いて、彼は椅子にどかりと座った。必然的に彼女を見上げる形となり、彼は眉をひそめる。
女の人は彼をじっと見つめていた。金色の綺麗な髪に同じく金色の瞳。彼よりもずっと若いであろう容姿の彼女は、彼を睨み付けるように見つめていた。服は着ている。西洋風の衣服だった。
彼女は自分の名前をリビュース・ミラーと言った。金色に光る鋭い眼光で彼を睨み付ける彼女は、彼が何かを言う前に素早く言葉を続けたんだ。
「……ーー貴方には2つの選択肢がある。このまま地獄に堕ちるか。異世界に転生して、二度目の人生を歩むか」
「……………、はぃ?」
彼は混乱した。女の人が言った言葉の意味が理解出来なかったんだ。前者は、まぁ、わかる。地獄に堕ちるんだ。後者は、なんだ? 異世界に転生? 転生とは何だ? 異世界とは何だ? 彼は混乱した。ぐるぐると頭の中で言葉が回ってた。
女の人は、もう一度言った。もう一度言った所で今度は理解したかと言われれば理解はしていない。まず、異世界とは何なのか教えて欲しかった。女の人は、それ以外何も言わなかった。
……どうやら私は、選択しなければいけないらしい。彼は考えた。
地獄に堕ちるか。
それとも、異世界に転生するか。
彼は、迷わなかった。
彼の選択を聞いた女の人は意外そうな表情を浮かべて、そして、彼の言葉を受け入れた。彼から紙を受け取り、懐から取り出した判子でポンッと印を押す。名前の隣に押されたそれには"地獄行き"と記されていた。
彼は、地獄に堕ちる事を選んだ。理由は簡単だ。"異世界"という言葉が、彼にはわからなかったからだ。彼は地獄に堕ち、そしてそこで何故自分に地獄に堕ちるという選択肢が来たのかを知った。
彼は、知らぬ間に罪を犯していた。ただ普通に生きていただけの彼だったけど、それこそが罪だった。
……ーー彼の命は本来、あってはならない命だった。神がちょっとした悪戯で生み出した"遊びの魂"と呼ばれた命。それが、彼の命だった。
その事実を聞かされた彼は、その後どうしたか。
……どうもしなかった。
ただ普通に、平穏に地獄で暮らし始めた。悪戯で生み出された命だとか、遊びの魂と呼ばれた命だろうが、今の彼にはどうでもよかったのだ。還暦過ぎてるし、おじさんだし、生まれた瞬間から罪を被っていたなんて言われてもよくわからないし、強面だし。
……ーーそして、地獄に堕ちるという選択をしてから数千年後、彼は突如として地獄から姿を消した。何処へ行ったのかは、誰にもわからない。
もしかしたら、数千年地獄で生活している内に、急に神に苛立ちを覚えたのかもしれない。おのれ神。人間様の命を何だと思っているんだ。許せん。成敗してくれる。って具合に。
……まぁ、それはあり得ないけどね。彼は良い人だから、そんないきなり頭プッツンにはならない。それに、それ聞かされたの随分前だから、彼ももう覚えてないでしょ。そんな話もあったなぁ、ははは。って、笑い飛ばすよきっと。ここに彼が居たらね。きっと言うよ。
さて、この話はもうおしまい。
この話にタイトルを付けるとするなら、……そうだな。
「とある還暦おじさんの話」
これでどう?
え、駄目? なかなか良いと思うんだけど。
でも、もう駄目だよ。もう決めちゃったから。タイトルはこれで決まり。おじさんにも許可は取ってるし。
え? 彼と知り合いなのかって?
うん。知り合いだよ。
彼の知り合い。それと、あのリビュースって女の人とも知り合いだよ。
何でかって?
ふふ、それはね……。
「僕が、おじさんとリビュースさんの孫。だからだよ」
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