名前のない怪物 1
【神様捜し】
深夜の街を、少し大人びた格好でゆったりと歩く。夜でも若者が集まっているこの繁華街を通ることは、私には少し緊張してしまうことだ。すれ違う人々が通り過ぎ様に私をチラ見するのは、場に似合わない餓鬼が歩いているだからだろうか。その人々も品行方正とは言い難い見た目をしている人が多い。もちろん、全員が全員、不良とは言わない。多少遊んでいる程度、今の私のように背伸びしている人もいるだろう。
そう、私は夜の繁華街へ遊びに来たのだ。
「お姉さんカワイイじゃん!俺らと遊ばね?」
テンプレートのような挨拶を頂きながら、金髪青年が私の前に立ちはだかる。お姉さんて、どう見てもあなたのほうが年上だし、かわいく見えるのは吸血鬼の魅了の能力が働いているからである。まあ、弥生にメイクをお願いしているから今は魅了の効果も上がっていると思うけど。
私は最近覚えた魅了の扱い方を実行してみることにする。
金髪の青年と、その後ろにいる2人がしっかりと私の眼を見ているのを確認し、眼に魔力を込める。きっと私の瞳が金色から深紅に変わっただろう。そのことに一瞬驚いたが、魔力を込めたことにより、魅了の能力が通常のときよりも強くなり、3人へその効果を発揮する。目の前の3人は瞼が半分落ち、心ここにあらずといった感じでぼーっとしている。テレビで見る催眠術のようなもので、今3人は私の言葉には逆らえなくなっている状態のはずだ。
「遊ばないけど、教えてほしいことはあるの」
「ああ、なんでも聞いてくれ」
先頭の青年がヘラヘラと笑顔を浮かべて応える。少し長い話になりそうだったので、私は近くのガードレールに腰を掛ける。青年たちは遠慮しているのか私の横には座らず、私の前に綺麗に横並びになった。
さて、私が夜の街に遊びに出たのにはもちろん理由がある。それはこれから、彼らにも聞く予定の、フランケンシュタインについて情報を得るためだ。なぜフランケンの情報を集めるのかは、数日前のヴァンさんからの新人研修のときに遡る。
吸血鬼としてこれから長い時間生きていかなければいけないので、私は吸血鬼の能力についてヴァンさんからレクチャーを受けることになった。とは言っても、ソフィア曰く、私の能力はソフィアがすべて認識しており、あの夢の世界でソフィアから教わることができる。そして私にとってはそちらの方が理解できるし、夢の中の方が試しやすいそうだ。だが、現実での感覚を知っていた方が良いだろうということで、ヴァンさんから一度だけ教えてもらい、あとは夢の中や自主練で研鑽していこうと思う。
ちなみに、ソフィアとは毎晩夢の中で会っている。あの娘は私と一心同体と言ったところで、私の見たものや聞いたもの、感じたものはすべて共有しているし、私の記憶も私が忘れているところまで把握しているのだとか、もうそこまで来たら羞恥心なんて感じていたらキリがないので、ソフィアに対してあれこれ言うことはない。ないが、やはり自分だけの秘密を知られるのは恥ずかしい。
「んじゃ、魔力を手に集中させて、その集めた魔力で爪延ばしてみな?」
ヴァンさんは「こんな風に」と右手の爪を鋭く延ばす。アリスやレイカもやっていたので、吸血鬼の基本的な能力なんだろう。でも用途はおそらく相手を傷つけることだし、私は戦闘能力なんてほしくないのだが。
「いや、魔力がなにかわからないし、爪伸ばしてみな?で出来ることじゃないからね」
「魔力はあれだよ、体の底から溢れ出てくるエネルギーみたいなもん。それを自在に操れるようにならないと吸血鬼ってもなにもできないからな」
そのエネルギーみたいなものがどういうのかわからないのだから、操るも何もない。よくわかってないけど私の体にもそのエネルギーがあるみたいだから、それを理解する必要がありそうだ。
いや、魔力を感じたことはたぶんある。アリスとレイカに血を上げた時に、力が抜ける感覚がたぶん魔力を分け与えた感覚だ。あれをちゃんと感じ取れるようになれば、魔力を操る第1歩かもしれない。
「魔力を手に集中させて爪を延ばしたり、背中に集中させればこうして――蝙蝠の羽を出すこともできる。怪我をしても傷は魔力によってすぐに癒えるし、眼に集中させて相手の眼を見れば、強力な魅了をすることができる」
ヴァンさんの背中から昔図鑑で見たような蝙蝠の羽のような大きな翼が出てくる。腕を横に広げたくらいの長さ、胴体くらいの太さ、蝙蝠の羽らしく薄い。大きな、と言ったがこの大きさで人の体を飛ばすことができるのだろうか。
「傷が癒えたり、相手を魅了したりするのは普段意識してなくともできてるよね」
魅了に関してはむしろ抑えたい。
「まあ、人間にとってこの力は刺激が強いんだろうな。吸血鬼は夜目を働かせるのにも、視力を強くするにも眼に魔力を込めるから、魅了も一緒に発動しやすいんだ。レイカ様でも夜目と魅了を完全に分けて発動させることは難しいみたいだな」
つまり、魅了を抑えてしまうと今みたいに夜でも明るく見える状態もなくなってしまうのか。私は月明りしかない周囲を見渡して、しっかりと昼間のように見えていることを確認する。今は吸血鬼の夜目が発動しているため、一緒に魅了も発動しているのだろうなと思う。ちなみにヴァンさんに魅了は効かないし、ヴァンさんの魅了も私には効かない。同じ吸血鬼だと耐性があって、アリスやレイカのように魔力が莫大じゃなければ同種には通用しないと聞いた。
「どうすれば魔力を感じられるの?」
「うーん、俺のときは腹に大穴空けられてマジで死にそうなときに本能的に治癒能力を強めたからな。そのときに感覚を掴んだ」
「死にかけるのは嫌だなぁ」
「んじゃ、大量に血を吸って魔力をオーバーさせてみるかだな。そうなったら暴走するけど」
ろくな方法を教えてくれない。この先輩に教わって大丈夫だろうか。
「まあ、魔力を操れるようになるのはあとだな。吸血鬼の能力を説明しておくぞ」
ヴァンさんは蝙蝠の翼を消して、近くの木を蹴り倒して即興のベンチを作る。街道にあるような樹木くらいの木を軽々と蹴り倒してしまう辺り、やっぱり吸血鬼の力の強さは人間とは比べ物にならない。
「さっきまで教えてたのは魔力を使って身体を弄る能力だが、吸血鬼の能力のメインは血だ」
そう言いつつ、どこから出したのか小さいナイフを取り出し、ヴァンさんは自分の手のひらを切って血を出した。
「治癒しないように魔力を抑えてるから、このまま出血するが気にするなよ」
見ていると痛々しくて自分の手も切れているようなゾワゾワした錯覚を覚えるが、今は能力を理解することに集中しよう。
「吸血鬼の血は魔力の塊だ。魔力をある程度操れるようになれば、こうして、血を自在に操ることもできる」
手のひらに溜まった血が、まるで生きているかのように起き上がり、伸びて蛇のようにうねうねと宙を舞い始める。
「血は空気に触れると固まるものだが、吸血鬼の血は固まらずにずっと液体のままだ。だが、魔力の塊だから、操ることによって液体のまま強固な武器にもできる。こんな感じで棒状に固定すれば、金属バットよりは頑丈な鈍器にはなるな」
そう言いながら手のひらの上で血をバット状に変形させ、近くの木を殴り付ける。スイングしたのではなく、片手で横に軽く振った感じだったが、電柱くらい太かった樹木が大きく凹み、砕けて、そこから激しい音を立てて倒れる。
「鋭くすれば剣とか、構造なんかを知ってれば銃なんかも作れるかもな。あ、火薬が必要だから無理か」
「そもそも銃の構造とか知らないかな」
ヴァンさんは血をくるくると、体操のリボンのように振り回し、近くの木に当てて傷つけている。
「こうやって鞭にもできるし、ロープの代わりに相手を拘束することもできるな。万能だろ?」
「うん、血がこんな風になるのはすごいね」
「武器の形にすることもできるが、液体一滴でも人間くらいなら殺せる。吸血鬼の血は人間にとって毒なんだ」
私は毒と聞いてゾッとした。しかも、一滴で殺せるくらい強力なものなんだ。料理とかしてるときにうっかり手を切ってしまうと、料理に血がつくかもしれない。そんなものを弥生に食べさせてしまう可能性がある。
「なんで毒になるの?」
「そりゃ、魔力の塊だからな。人間が必要以上にエネルギーを体内に入れてしまえば大変なことになるだろ。個人差はあるだろうが、大抵は体が魔力に耐えられず心臓か脳が破裂して死ぬな」
「破裂……えぇ……」
「水とかで薄まれば違ってくると思うがな。あとは、レイカ様がやってるような影操作だな」
月明かりの微かな影を2、3度踏み、私の視線は自然と足元へ向く。
「微かな影でも、そこに影があるならレイカ様はそれを物質化させてあらゆる形状に操作できる。そして自身を影のなかに落とし、影を蝙蝠のようにさせて姿を消したまま長距離移動なんかも容易だ」
アリスが影を円錐形して見せてくれたし、レイカも私の影の中に潜んでいた。見たことあるからイメージしやすい。
「影の中に潜んで長距離できるなんてすごいね」
「そうだな。だが俺にはできなかった。ファミリーでもできるのは今やレイカ様だけだ。俺が所属する前はレイカ様直属の眷族が何人かできたらしいが、その人たちもアリスに殺されていないしな」
アリスに殺されて、というところで心臓が跳ねる。今も私を殺さないようにどこかで耐えているアリスは大丈夫だろうか。
「お前はレイカ様の直属だし、いずれ影操作もできるようになるかもな」
「その前に、まずは魔力を感じるとこからだけどね」
吸血鬼の能力はすべて教えてもらったので、その日はヴァンさんの能力を観察しながら魔力を感じ取れるようになることに専念した。結局、感じ取れるようにはなれなかったが、吸血鬼のことを理解できたので良かった。
日付が変わった頃、ヴァンさんはペットボトルの水を買ってきてくれて、2人で休憩をしているときに聞きたかったことを聞いてみる。
「ところで、私に戦闘能力を教えてくれたのはアリスと戦うため?それとも――――」
私の質問に、水を一気に飲み干したヴァンさんは真剣な表情で答える。
「アリスよりも、気にするべきは神様だな」
人類を滅亡させるかもしれない神様。現在、神話として語り継がれているような神様ではなく、まったく新しい神様が、この街で誕生する。それを聞かされたのは先日、ヴァンさんと公園で再会したときだ。
その神様は相当危険な存在のようで、ほぼすべてのイディアの書にその存在が記載されているらしい。
私のソフィアにはほとんど記載はないし、ヴァンさんもファミリーの人が持つイディアの書に記載があるのしか知らないから、ほとんどの、と表現したのは推測に過ぎなのだけど、それでも多くのイディアの書に記載があるなら、どんな物語にも登場する影響力があるのだろう。
そんな存在がこの街に誕生するなんてどんな冗談だろうか。
「もともと、レイカとヴァンさんが日本に来たのもその神様を捜すためだったよね」
「そうだ。今のところ手がかりはないし、見つけたところで何が出来るかもわからない。だが、イディアの書を見る限り敵であることに違いないからな」
ヴァンさんは自分のイディアの書をパラパラと捲り、その記載を私に見せてくれる。
【破滅をもたらすその新神、ファミリーを壊滅させてヴァンはイディアの真意を知る。】
「ファミリー壊滅って、私まだ所属して間もないのに」
「まだ俺の物語の進行度的に時間があるだろ。それまで些細なことでも何かヒントを見つけないとな」
ソフィアにはほとんど記載がないので、私の物語の進行がわからない、いや、まだ4、5行しかないから序盤も序盤だろうけど、進行具合でいつその未来が来るのかわかるのは素直に有用だと思う。今日眠ったときにソフィアにその辺のことも聞いてみよう。
何か些細なことでも、ヒントはなかっただろうか。この街で、人類を滅亡させるようなもののヒント。ヒントと言えば事件とかSNSの噂とか。
「そういえば、フランケンシュタインが出るらしいよ」
噂といえば、最近聞いたばかりのとある噂をヴァンさんに伝えてみる。夜な夜な不良に暴行をしているフードの不審者。
「フランケンシュタインっていうか、人造人間だろ。ヴィクター・フランケンシュタインは怪物を作り出した科学者の名前だ。フランケンシュタインは完璧な人間を産み出そうとして、身体能力も知力も高いが容姿が醜悪な怪物を産み出したんだよ」
「へえ、そうなんだ?」
「お前、本好きなくせにフランケンシュタイン読んでないのかよ」
弥生は読んでいたが、私は結局読まなかった。たぶん、イングランドの家にあるのでこちらで見るなら新しく買わないといけない。
「フランケンシュタインの人造人間はフィクションだが、似たような研究は多くあるし、イディアの書を持つ科学者なら怪物を作り出すくらいできるだろう。そのフランケンとやらを調査してみるのもありかもな」
「フランケンがその神様かはわからないけど、ヒントは得られるかもしれないしね」
「そういうわけだから、頼んだぞ」
「……ええ?」
私はファミリーに所属してから初めてのミッションとして、フランケンの調査を行うことになった。ヴァンさんはフランケン調査を助けてくれる気はなさそうだが、まさか猫カフェに行くのに忙しいとかそんなことないよね?
「俺は別にやることがあってな。なかなかめんどくさいことになってるんだ。そっちは頼んだぞ」
ヴァンさんは気だるそうにため息をつきつつ、後頭部をガシガシと搔いている。ちゃんと仕事だったようで、疑っていたことを反省しつつ、初ミッションを受け入れることにした。吸血鬼としてこれから生きていく上で、初ミッションから失敗した者として尾を引きたくはないので頑張ろうと思う。
目を開けると、水の中にいる。肌に触れる感触は間違いなく水だし、体を動かすと抵抗感もあるが、息は出来るし視界もボヤけない。そう、ここは夢の中だ。
すっかり夢の中の感覚に慣れてしまっているので今さら驚かない。私は真上をフヨフヨと漂っている日本のスクール水着に身を包んだソフィアを見つけた。
「その水着、現実で始めて見た」
「マスターが気に入ると確信して用意した。興奮するかい?」
確かに日本好きとしては実物を見れて感動したが、私は変態ではないので、いくらちょうぜつ可愛いソフィアが着ていても興奮はしない。うん、してないよ?
「マスター、吸血鬼の能力を練習する?」
「あ、そうだね。まずは魔力を感じ取りたいかな」
「任せて」
そう言うとソフィアはクルリと宙転して、私の目の前にくると、私に抱きついた。立ち位置というか、座標的にソフィアは私よりも高い位置に居たため、抱きついてきたソフィアの胸が私の顔に押し付けられる。小さいが柔らかい感触が顔面に伝わる。
「感じる?」
「なにを!?」
「エネルギー。吸血鬼が称する、魔力のこと」
羞恥心を抑えつけてソフィアの胸――――じゃない、ソフィアの言っている魔力を感じ取ろうとする。なんとなく、ソフィアから私の額あたりに何かが流れ込んでくるような感じがした。
「魔力とは、イディアの書、ひいては無意識から人体へ移動するイディアのエネルギーのこと。イディアの書を持つ登場人物たちは能力を発動させるためにイディアからエネルギーを貸し与えられて、実行できる」
「もともと魔力はイディアにあったものなんだね」
「肯定。だからイディアの書である私がマスターに魔力を流し込むのが、一番効率良く魔力を理解できる」
私の頭を抱えるソフィアの手に向かって、魔力が流れていくのも感じる。ソフィアの胸から受け取った魔力がそのままソフィアの腕へ流れ、循環しているのだろう。ヴァンさんが言っていたが、大量に血を吸って魔力をオーバーさせると魔力の感覚がわかりやすい。しかしそんなことすれば暴走してしまうらしいが、ソフィアがこうして私に流れた魔力を外に逃がしてくれるから暴走せずに大量の魔力を感じ取れるのだろう。
「マスター、この魔力をマスターが操ってほしい」
練習は次の段階だろう。ソフィアに言われるがまま、魔力を操るように意識を集中する。しかし、なんともうまくいかない。
「マスター。治癒能力も、夜目の能力も、魅了の能力も普段は無意識に行っているが、能力が発動しているときその感覚を意識してみれば良い」
そう言われて、私は試してみることにする。しかし傷ついてるわけでもないし、今は夜目も発動しないほど明るいから、魅了の能力を使うしかない。ということは相手が必要で、相手になりそうなのはソフィアだけだ。
私はソフィアの胸から顔を少し離し、ソフィアの目を見つめる。いまこうしているときも私の魅了の能力は発動してしまっているはずだ。先ほど魔力を感じ取ったように、眼に意識を集中させる。ソフィアを魅了させようと、視線を向けるのと同時に魔力もソフィアに向けているのだろうか。
そこまで意識してみると、私の中の魔力がわずかに移動していることがわかった。なるほど、この感覚だと思い、私は意識的に魔力を眼に移動させ、そのままソフィアに魅了の能力を発動する。
「どう?ソフィア」
「ま、マスター!?」
表情の変化が乏しいソフィアだが、明らかに頬を染めて動揺している。これは成功しているようだ。
「マスター、その気になればこの空間を暗くして夜目を試せた。何も相談せずいきなり私を魅了するのはおかしい。肯定、やはりマスターは変態。スクール水着に興奮している」
「違うよ!? 暗くできるなんて知らなかっただけだから!」
「しかし、私を魅了したのは事実。変態マスター」
私が変態をマスターしたいるみたいな言い方はやめてほしい。今さらだけどイディアの書であるソフィアにも魅了が効くんだなと、自分が変態という話題を反らすために思考する。
「で、でもこれで魔力の操り方がわかった気がする。もう少し試して良い?」
「つまり、また私を魅了する?」
「この空間を暗くして!? 夜目を試してみるから!!」
「肯定。少し残念」
ソフィアは魅了されたかったのだろうか?私を好いてくれている良い相棒だ。暗くなった空間で私は気が済むまで魔力を操る練習をした。
そう言った練習を経て、人間を魅了するくらい簡単にできるようになってしまった。まるで物語に出てくる男性を騙す悪女みたいだ。まあ、催眠をかけて根掘り葉掘り情報を聞くだけなんだけどね。
目の前に立つ3人の青年に聞くのは、もちろんフランケンの話だ。フランケンは夜な夜な不良を襲っているのだから、夜に遊び歩いているこういう人たちが一番情報を持っているだろう。
そう思ったが、残念なことにこの3人はほとんど良い情報を持っていなかった。唯一聞けた有用な情報が、近くの店に入り浸っているこの人たちのお兄さんがフランケンの被害にあったことがあるそうだ。さっそくその人からも話を聞いてみたくて、3人に案内を頼んだ。着いた店は明らかにお酒を提供している店だ。
「あなたたち成人してるの?」
「俺らは19歳だぜ。でも関係ないだろ?」
魅了の効果で素直に答えてくれたが、本心か未成年だけど良いや、って思っているのだろう。私は絶対お酒は飲めない。
「おう、お前らずいぶん美人連れてるじゃねえか」
「こんばんわ。あなたがこの人たちのお兄さん?」
「へへ、お兄さんってーか、こいつらの兄貴分だな。なんだい、俺に会いに来てくれた……の、か」
さっそく魅了の能力でお兄さんとその取り巻きを催眠状態にする。周りからは、若者が集まり楽しくお酒を飲んでるように見えるよう、先ほどの3人とお兄さんの取り巻きの女の子に談笑するようにお願いした。
「フランケンか、あいつはバイクに乗ってた俺たちの前に急に出てきてよ。停まるつもりがなかったから轢き殺してやろうとしたんだ。そしたらあいつ、片手で俺のバイク停めやがって、急に停まったもんだから俺は前にぶっ飛んじまって、それで息できなくて倒れてたんだよ。まあ、そのおかげであいつに直接殴られはしなかったがな。仲間たちがバイク停めてそいつ殺そうとしたら、そいつ異常に強くて誰も歯が立たなかった。倒れながらそれ見てるとき、そいつの腕や足首に縫い付けたような傷があって、昔バイクで転んで脚4針縫ったときみたいな傷だったから、そいつがツギハギのフランケンシュタインだとわかったんだ」
噂に聞いた通りの怪物じみた力と特徴的な傷痕。バイクの前に急に飛び出したみたいだし、意図的にそういう人たちに向かっていっているようだ。
「顔は見なかった?あと、フランケンが何か話してたなら知りたいな」
「そういや、微かにだがそいつが『違う』って言ってたな。倒れてる仲間たちを見ながら呟いてたと思うから、誰か探してのかもしれないな」
誰かを探している。なるほど、もしかしたら良い情報を得られたかもしれない。微かに聞こえたということだから、他にも同じ体験をした人がいないかもう少し探してみよう。
「ありがとう、良い情報だったよ」
お礼を伝えてその場から離れようとする。私が居なくなっても少しの間は催眠状態が続くとソフィアが教えてくれたし、人間なら催眠状態前後は記憶があやふやになるらしいから、私のことを彼らが思い出すこともないだろう。
店から出ようとした私の前に、急に横から立ち塞がる人物がいた。それは顔見知りで、私の顔を見て目を見開いて驚いている。
「花月、こんなとこでなにしてんだ?」
「と、桃子こそ。未成年がこんな時間にだめじゃない」
桃子は「お前に言われたくねえよ」と笑いながら呟き、私を連れて店の裏口から路地裏に出た。
桃子は学校で見るよりも髪をさらに明るく染めており、短髪と整った中性的な顔立ちも相まってかっこいい。服装はバーテンダー風のスーツ?衣装で、先ほどのカウンター内の人に声をかけてから外に出ていたのでお店の関係者だろう。
「桃子、バイトしてたんだ。バーテンダーなんてかっこいいね」
「誰にも言うなよ?停学になりたくねえし、花月だって実は夜遊び好きなんて知られなくねえだろ?」
路地裏に置かれた休憩用の椅子に2人で腰を下ろし、互いのことを探る。探ると言っても桃子は明らかにバイトだし、ご両親が放任主義だと聞いていたので自由に楽しんでる、といったところだと思う。
「私は夜遊び好きじゃないよ。こんな格好初めてだし、今日だってすごく緊張したんだから」
「じゃあ、なんでこんな店であんなやつらの相手してたんだ?」
変に誤魔化すより、素直にフランケンの噂を調べていたと伝えた方が良いだろう。調べていた理由は、例えば身内に被害者が出たとか。でも私が弥生と2人で日本に来たことを知っている桃子に身内と言うのはおかしいか。じゃあ知人だな。
「知人がフランケンに襲われたの。噂のフードの不審者だよ。だから見つけ出して、警察に付き出したいんだ。そのために話を聞いてたの」
友人に嘘をつくのは嫌だが、自分が吸血鬼ってことを話すわけにはいかない。完璧な言い分を聞いて、桃子は納得した様子だ。
「その知人って、もしかして片想いの人のこと?」
「え? いや、違……」
いや、そういうことにしておけば桃子からも詳しく話が聞けるだろうか?待って、桃子なら同情的な理由がなくても普通に教えてくれそうだ。
私は一瞬そんな風に躊躇ったが、素直に違うことを告げることにした。
「違うよ、関係ない人」
「ふーん、花月は一途なタイプなんだな」
桃子は私が否定したにも関わらず、ニヤニヤと笑みを浮かべてそんなことを言う。一瞬、言葉を詰まらせたのが肯定したと捉えられたらしい。桃子は恋ばなに興味ないと思っていたが、そんなことなかったみたいだ。
「うちの店はたぶんフランケンにやられたって知り合いが多いと思うから、カウンターで聞き耳立ててるといいよ。ついでにその片想いの人について詳しく教えてくれてもいいぜ?」
「片想いはいいからっ! でも、ありがとう。私そんなにお金ないよ?」
「サービスしてやるよ」
私たちは店に戻り、私はカウンターの席へ、桃子はカウンター内でお客さんからの注文を受けている。私が今飲んでるのはシャンディ?なんちゃらというカクテルだ。カクテルと言ってもノンアルコールで作ってくれたので、飲酒はしていない。
お店の中は賑やかだが、吸血鬼になって優れた五感を得た私はなんなく、周りの会話が聞き取れる。うん、聞き取れるけど、あちらこちらの会話がごちゃまぜにならないようにかなり集中する必要がある。
『店員がムカつく態度だから胸倉……』『中には年間このくらい稼ぐ人が……』『彼の浮気相手と……』『あそこの人綺麗……』『フードの男が路地でぶつかってきて……』
私は会話の1つに気になる単語を見つけてその会話に集中する。
『たぶん酔っぱらいだと思うんだけど、今フードの不審者が出るじゃん?だから怖くて走って逃げてきたの。ほら、ここから駅に向かう途中の電気屋の手前にある路地。そこでフラ……』
「おねーさん、1人?俺らと遊ばない?」
大事なところで声をかけられる。というかあなた、さっきの金髪の青年じゃないか。1日で2回も同じ人物にテンプレート挨拶をしないでほしい。
「あれ、お客さん。さっき――――」
「悪いけど、1人で飲んでるから邪魔しないで?」
先ほどまで一緒の席にいたはずなのに、青年がまるで初対面の人に声をかけたようなリアクションをしたため桃子が疑問符を浮かべている。青年が余計なことを言わないうちに、桃子に見えないようにまた魅了の能力を使って追い払った。
「あの人は――――」
桃子に適当な言い訳をしようとしたとき、店の外で大きな物音と女性の悲鳴が微かに聞こえる。
「やだ、なにかしら?」
「店長、私見てくる」
お姉さん口調のかっこいいバーテンダーさんが裏口の方を見て怯えているのを見て、桃子が裏口へと駆ける。
「桃子、1人じゃ危ないよ! すみません、入らせてください」
私は桃子を追いかけて、店長さんに一言かけてから裏口に向かう。後ろから「気をつけてぇ」と聞こえたので、お店の奥に入ったことをあとで怒られることはないと思う。
路地裏に出てみると、2つ隣の建物の辺りで、数人の人影が倒れている。そして真ん中にはフードを被った人物。
「おい、何があったんだ?」
そのフードの人物へ桃子が近づき声をかけていた。
フードの人物は桃子に声をかけられ、振り返り様、桃子へ目掛けて殴りかかる。
「桃子っ!」
私のとっさの叫びに反応してフードの人物は顔を少しだけ上げ、桃子の顔寸前でその拳を止めた。とてつもない速度で、吸血鬼の眼だったから見ることができたと思うその腕は、止まった瞬間音を立て、当たってないはずの桃子を後ろへ飛ばした。
「大丈夫!?」
飛ばされて倒れた桃子を抱えて声をかけてみたが、気を失っているようだ。鼻血が出ているし、倒れたときに頭を打ったかもしれない。救急車を呼ばないといけない。
しかし、目の前に立つこの人物を放置するわけにもいかない。サイズの合っていない大きなパーカー、ボロボロのダメージジーンズ。先ほど腕を振るったときに見えた肌と、ダメージジーンズから覗く肌に縫ったような傷痕。噂のフランケンシュタインの怪物だ。
「ひぃ! ひぃ!」
視界の端で座り込み失禁している派手な女性がいる。おそらく最初に悲鳴をあげた人だろう。
「救急車呼んで!」
「えっ……あ、え?」
パニックを起こして私の言っていることがわからないらしい仕方ないので、私は吸血鬼の魅了能力で彼女に催眠をかける。
落ち着きを取り戻させて、すぐに救急車を呼ばせてから、私は桃子を優しく寝かせてフランケンシュタインの怪物と対峙した。
先ほど魅了をかけたときに魔力を眼に集中させたままだったので、視界がさらにクリアになる。吸血鬼の夜目は魔力を込めれば込めるだけ、視界が明瞭になるのだ。その分、魔力を込めると瞳が深紅に染まり光るので人間からかけ離れた存在感が強くなる。
私の紅く光る眼を見て、フランケンシュタインの怪物はフードをさらに深く被り自分の目を隠した。顔を隠したかったのだろうか。確かによく見えるようになったこの眼ならフードの僅かな隙間からでも顔が見れたかもしれない。
さて、会話に応じてくれるだろうか。私が探しているのは神様であって、全然関係ない人なら関わる必要はない。いや、友人に怪我をさせたのだから思うところはあるけど、しなくていいなら喧嘩はしたくない。そもそも喧嘩なんてしたことないからボコボコにされそうだし。まあ、そこは相手の出方次第だろう。魅了の能力が効くのなら楽だったが眼を合わせてくれない。もしかして魅了の能力対策でフードを深く被り直したのだろうか。
「とりあえず、こんばんわ。私は……通りすがりの吸血鬼です」
敵意はないと伝えたくて挨拶してみる。警戒しているのか何も返してはくれない。先ほど聞いた話だと「違う。」と呟いていたから日本語が通じないわけではないと思う。
「あなたは、神様ですか?それとも――――」
「――――フランケンシュタインの怪物かな?」
ストレートに相手の正体を訪ねてみると、怪物と言った途端に距離を詰められる。吸血鬼の眼でもギリギリ見えるくらいの速度で拳を振り上げられる。殴られるっ!ととっさに目を瞑ってしまい、腕を前に出して防御体勢を取った。すると防御に出した腕ではなく、側頭部に衝撃を受ける。衝撃と共に目を開けると、私の頭を蹴る姿が映った。
視界が一瞬暗くなり、体のバランスを保てなくなる。無理に対抗してしまったため、飛ばされることなくその場に崩れ落ちそうになった。
『マスターっ!!』
意識が落ちそうになった瞬間、脳裏に鮮明な声が聞こえ、一気に視界が戻ってくる。若干の吐き気は残るが、それもすぐ回復する。
『マスター、回復させたから立って』
ソフィアの声だ。私は視界の端に映った追撃を避けるために足に力を込めて、座り込んだ状態から後方へ跳ぶ。自分で思っている以上に跳んでしまってそれはそれでバランスを崩しそうになるが、空振った勢いのままフランケンシュタインの怪物はさらに追撃をしてくる。このままだともう一撃受けて、今度こそ気を失ってしまうかもしれない。
『マスター、爪で反撃して』
ソフィアにそう言われて、知らぬ間に手に魔力が集まっていることに気づく。ソフィアが魔力を操って準備してくれていたみたいだ。吸血鬼の夜目と魅了の能力は練習したが、爪を延ばす能力は1回も試していない。ぶっつけ本番になってしまうが、ソフィアがこのタイミングでそう言うなら、やらないわけにはいかない。
『目を閉じないで、よく見て』
先ほどは目を閉じたせいで側頭部への蹴りをモロに受けてしまったので、意識して相手の行動をよく見る。
格闘技なんかの競技をまったく見ないが、フランケンシュタインの怪物の動きはどことなく綺麗で、型とか、そういうのに乗っ取ったものじゃないかと勝手に思う。その拳が付き出され、私の胸辺りに向けて穿たれる。
『マスター、今!』
穿たれるその動きに合わせてソフィアが叫び、私は手にこもった魔力をさらに先端、爪に集中させ、爪を鋭く、堅く、延ばすようにイメージしながら力を込める。
『力いっぱい引っ掻いて!』
指を軽く曲げ、鋭くなった爪を動物のように振るう。どこに当たるかとか考えずに、目の前の脅威を振り払うためだけにした行動だった。だから、フランケンシュタインの怪物が私へのパンチを無理やりやめて、私の爪から必死で避けるように後ろに大きく跳ねる。しかし、避けきれずに私の爪がパーカーを裂き、インナーを裂いて、フランケンシュタインの怪物の腹部より少し上の辺りに引っ掻き傷をつける。
フランケンシュタインの怪物がもう少し避けるのが遅れていたら、私の爪はあのツギハギの肌と筋肉を引き裂いて内臓を落としていたかもしれないと思うゾッとした。
パーカーが裂けて見えた肌も縫い合わせたような傷痕があったが、それよりも目を引いたのはフランケンシュタインの怪物の、胸のところだった。
裂けたパーカー部分から、それなりに大きな胸の下側がちらりと見える。いや、胸と言っても見えたのは可愛らしいブラジャーだ。
フランケンシュタインの怪物は女性だった。
彼女は慌てて、自分を抱き締めるように両腕でお腹辺りを抑える。私の方へは目もくれず、その状態のまま振り返って一目散に逃げていった。その様子を唖然としたまま眺めながら、遠くから救急車の音が近づいてくることに気づき、爪をもとの長さに戻す。
実践してみて気づいたが、本当に爪を延ばしているのではなく、爪がある位置に別の何かを生やしているみたいだ。魔力の塊とかなのかもしれない。正直、どんなに頑丈でも爪をあんなに延ばして振るったら剥がれちゃうんじゃないかと心配だったが、本物の爪じゃないなら大丈夫だろう。
「ところでソフィア、夢の中じゃなくても話せるの?」
『この声はマスターにしか聞こえないから、マスターが独り言呟いてるようになるよ』
そ、そうなんだ。もともとソフィアは私の考えていることわかるし、話したいときは頭の中で会話するとしよう。それで、夢じゃなくても会話できるんだね?
『肯定。マスターが頑張ったから、マスターに魔力が馴染んで魔力を通じて話せるようになった。いつでも、私を頼って』
わかった。さっきは助けてくれてありがとう。
ソフィアのおかげで切り抜けられたが、結局のところフランケンシュタインの怪物と話ができなかったため、彼女についての情報は得られなかった。それは仕方ないが、相手は私の顔を知っているから、もしかしたらまた襲ってくるかもしれない。ヴァンさんに相談して弥生の安全を確保してもらえないか聞いてみよう。私はともかく、弥生が巻き込まれる事態はさけたい。
「それよりも、桃子は大丈夫かな」
近くに横になっている桃子の様子を見る。息は整っているし、すでに鼻血も止まっている。医療の知識なんて皆無だからこの状態でいいのかもわからないが、もう目の前に救急車が着ているので、プロに任せることにした。
ちなみにこのあと、私は警察に思いっきり補導されることになり、イングランドに住む母さんから電話でこっぴどく怒られた。