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Vampire teller  作者: リタ
序章:吸血鬼騒乱編
6/32

始まりの吸血鬼5

【解放の決意】

 柔らかいそよ風と、気持ちの良い木漏れ日。ゆっくりと目を開けると、私は青空の下、木陰でお昼寝をしていた。視線を上へ向けると、見覚えのある――――いや、知り合いの面影がある知らない娘が、無表情で私の顔を見下ろしていた。

「管理人さん、ではないよね。妹かな?」

「否定。私はマスターのイディアの書。私に血縁は存在しない」

 起き上がりながら無表情の少女から答えを聞く。どうやら私はこの管理人さんそっくりだが、あきらかに管理人さんよりも幼い少女に膝枕してもらっていたらしい。

「イディアの書なの、あなたが?」

「肯定」

「本が美少女になることなんてある?」

「この姿はイディアが一番理解している姿をコピーした。マスターも知っている姿なので適切」

 管理人さんが中学生くらいのときはこんな感じだったのかな、と思いながら説明されても理解できない少女の話を聞き流す。

「マスターって誰かな、管理人さんのこと?」

「マスターはあなた。それと、私はポンコツではない」

 私のこと指差しながら、少女は自分のことを私のイディアの書だと自己紹介した。これまで不思議体験も死んだ体験もした私だ。本が意思を持っててもおかしくないのかもしれないと思い始めている。それに、どうやらここは現実世界ではないらしい。

 私は雲の上に座り込んでおり、雲からは大きな木が一本立ち、青々と輝いている。うん、これは夢だ。

「マスター、これを」

 イディアの書が、シロツメクサで作った花冠を渡してくれる。木以外は植物は一切ない雲の上だから、シロツメクサも周りには映えていない。

「なんでシロツメクサ?」

「マスターが望んだから、私はマスターと話しに来た」

 なぜシロツメクサなのか、私の質問には答えてくれなかったが、私とイディアの書がこうして対面している理由は、私が彼女と会話することを望んだかららしい。

「否定。マスターが望んだのは、私と会話することではない」

 声に出さずに頭のなかで整理していたが、イディアの書はこちらの考えていることがわかるらしく否定された。それなら、私はなにを望んだのだろうか。

「マスターの望みは、物語の改良。ハッピーエンド」

 一拍置いて、続けてイディアの書は言う。

「吸血鬼の双子の、運命の改変」

 それは、まさしく私が望んでいることだった。

「できるの?」

「マスターが望むなら、私はその方法を検索してマスターに伝える。それから、マスターが双子の物語について知る権利がある」

 吸血鬼の双子とは、アリスとレイカのことだろう。そっくりだしそうだと思っていたが、やはり2人は姉妹なのだ。

 そう思ったから私は2人の間に割って入ったのだ。姉妹が殺し会うなんて、いけないことなのだから。命懸けで動いたから、アリスにちゃんと伝えたいことも伝えられた。

「そうだ、2人はどうしたの!?」

 私が気を失ったあと、あの2人はまた喧嘩を再開していないだろうか、もし2人に何かあれば、私は悲しくて悲しくて、立ち直れないかもしれない。

「吸血鬼の姉はあのあと、すぐ姿を消した。場所はわからないが、吸血鬼の妹とその後に再会はしていない」

 イディアの書の回答に安堵の息を漏らす。良かった、2人とももう喧嘩はしていないようだ。

「特に姉の方は、マスターのために運命に抗っている。姉の持つイディアの書がここ数時間で2度書き変わった」

「運命に抗うって」

 先ほどのアリスの言葉を思い出す。「これの強制力はとんでもないんじゃ。従わなければ言い知れぬ苦痛で頭が壊れそうになる。それを乗り越えて終ぞ抗ったとしても、さらに酷い選択肢に書き換えられ、余計に死者と苦渋が増える」ということだ。イディアの書に書いてあることに逆らうのは、とんでもない苦痛を味わう。この娘の言う運命に抗うというのは、その苦痛に耐えているということなのだろう。

「どんな運命に抗っているかわかる?」

「否定。しかし推測はできる。おそらくは……マスターを殺さないようにしてる」

 私のためだと言われてた胸の奥が熱くなる。そんなこと、早くアリスと再会してやめさせよう。でも殺されたくはない。できればずっと一緒にいたい。

「どうすればいいかな。あ、イディアの書が2回書き変わったって言ってたけど、私が殺されない未来になったりするのかな?」

「否定。マスターが吸血鬼の妹の物語に登場しているなら、その立ち位置は変わらない」

 つまりは、私が殺される運命に変わりないのか、でも私のイディアの書には、私が殺されるという記載はなかったはずだ。

「それは私が、イディアから意思を持つことを許されたから。私は他のイディアの書とは違う」

 イディアの書とこうして会話ができるのは普通のことじゃないらしい。アリスやレイカのイディアの書は意思を持たないってことか。ポンコツ呼ばわりしてたけど、それは間違いで意思がある分、個性が出た文章になってしまったんだろう。こうして話している感じまだ幼い娘なんだと思うし、きっと花が好きなんだね。

「私に年齢的概念はない」

「それよりも、さっき2人の物語を知る権利があるって言ってたよね?」

 イディアの書はなにやら不服そうな声色で「……肯定」と呟く。

「2人の物語って言われても、2人から2人のイディアの書を借りるってこと?」

「否定。そんなことしなくてもイディアから直接、情報を引き出せば良い」

 イディアの書は何もない空間に向かって手を伸ばし、まるで本棚から指をかけて本を取り出すように、人差し指を宙にひっかける。指をその形のまま手を引くとどこからともなく本の角が徐々に姿を見せた。それは表紙の刺繍によく見覚えのあるものだが、表紙の色が明るく、かなり新しい本だ。

「これは双子の物語。マスターが双子と深く繋がったから、検索することができた」

「それが2人の話なら、……私は人の運命を覗き見できてしまうんだね」

 私は一瞬ためらったが、アリスを、2人を救いたいという思いからその本を手に取った。

「通常はできない。しかし、マスターは特別。マスターのイディアの書である私が、自由意思を持つことを許されたことが前代未聞。マスターなら、運命を変えれると推測」

 まっすぐと私を見るその瞳には、疑う余地がない強い想いを感じた。これは彼女の想いなのか、私の想いなのか。どちらにしても、私はこの娘のことを信じることしか考えられなかった。

「ありがとう。イディアの書……って、名前でいいの?」

「固有名詞はない。イディアの書は私たちであって私ではない。私はマスターが名付けてくれることを望む」

 名付け親になってほしいなんて言われてしまうと、気に入ってもらえる名前を頑張ってつけなきゃいけないと少し緊張する。

「ソフィアはどう?」

 ソフィアはUKでも人気のある名付けで、素晴らしい知識という意味合いを持つ。きっと彼女によく似合うだろう。

「ソフィア……。私はソフィア。マスター、ありがとう」

 ここまで話をしていて、少しもう動かなかったソフィアの表情が微かに動いた。愛らしい笑みを浮かべた。元が本だから、感情を表すのが苦手なのかもしれない。

「さっそく、2人の物語を見たいな」

「わかった。しかし、途中で辛くなると想定する。無理はしないで」

「うん、ありがとう」

 私は読書に集中し始めた。

「大丈夫、君ならきっとできるよ」

 まるで管理人さんの口調を真似たように、ソフィアがそう言って今度は私の膝に頭を預けた。


 とある国の田舎町に、生まれつき白髪の双子が生まれた。町の人々はその髪色を忌み嫌っていたが、幸いと言うべきか、双子の両親には権力と金があった。そのため、双子に友人はいないが、暴力が振るわれたりすることなく家庭の愛情を受けて育った。

 双子の姉は自由奔放で、どこへ行っても明るく楽しく過ごしていた。町の人々は最初は姉との関わりを避けていたが、持ち前の人懐っこさから徐々に姉は町の人々から受け入れられていった。姉は髪色が周りと違うことで自分が忌避されることを恐れず、多くの者と関わろうとした。

 双子の妹は姉とは対照的に大人しく、人見知りで外に出ずに本ばかりを読んでいた。姉のように人との関わりを持ってみたいと思いながらも、自身の髪色を恐れられることに恐怖を感じていたため、自分から関係を持つ勇気が持てなかった。

 正反対の姉妹だったが、双子はとても仲が良かった。互いに互いを好いていて、姉は妹の好きな本を読み、妹は姉の外で遊んだ話を聞いて、毎日互いの思い出を交換していた。

「今日はサーシャちゃんが川に落ちそうになってね、みんなで焦って引っ張ったんだ。本当におっちょこちょいだよね」

「サーシャは目を離しちゃだめだね。そういえば、お姉ちゃんが気になってたあの話だけど、新しい巻が出てたよ」

「本当!早く続きが読みたいな。でも、難しい漢字が多いのよね」

「任せて、わからなかったら私が教えてあげるよ」

「うん、頭が良い妹がいて助かるな」

 笑い合う双子は毎夜、寝るまでの間に語らう互いの話こそが、幼い彼女らの最も幸せな一時だった。

 ある日、姉のお弁当を届けるために珍しく外へ出た妹が、町の外れで老婆に出会った。老婆は魔女と呼ばれており、町の人々から距離を置かれていた。髪の色で忌み嫌われていた自分と重ね、妹はその老婆の元へ密かに通うようになった。大きな年の差がある友人関係を知っているのは、その老婆と双子だけだった。

 姉は町外れには獣が住むため、行ってはいけないと妹に言いつけたが、妹は初めて出来た友に会うため、姉の言葉を聞かずに老婆の元へ遊びにいく日々が続いた。姉の忠告は虚しく、妹は町外れで獣に襲われて亡くなった。

 姉は悲しみと怒りの末、老婆の元へ行く。自分と妹の違いにも気付かない老婆に妹が死んだことと、老婆のせいだと言うことを告げて罵倒した。

「あなたさえ居なければ、妹が死ぬことはなかったのに――――!!」

 老婆は責任を感じたのか、それとも実験のためなのか、その真意は老婆にしかわからないが、泣きわめく姉に蘇りの秘術を教えた。

 姉は半信半疑であったが、自分の半身とも言える妹にもう一度会いたくて、妹の死体を使い、蘇りの秘術を行った。本来、成功するはずのないその術は、運命の悪戯によって成功してしまい妹は蘇った。もちろん、蘇った妹は普通の人間ではなかった。

 妹は始めに家の使用人に噛みついた。次に家族を噛み殺し、町の人々を次々と襲った。響く怒号。泣き叫ぶ子供の声。荒れる町はどこかでランタンを倒したの火が上がり、それは燃え広がっていく。妹を止めようとした姉はその炎で崩れた家の残骸で頭を打ち、妹の目の前で死んだ。

 一晩で多くの人間が死んだ。血を吸う怪物となって蘇った妹は、渇望を潤す本能のままに、姉を奪われると恐れる嫉妬心のままに、自分にはない姉の友好関係を憎むままに、町のすべてを食らい尽くしたのだった。

 妹の目の前で死んだ姉は、町外れに住んでいたために無事だった老婆の手によって蘇った。妹と同じ化け物になり、姉は老婆をまず噛み殺した。そして姉は、悲劇の発端となった自分自身と妹を殺すことを求めた。

 その願いに応えるように、運命は彼女にイディアの書を授けた。その書には姉自身の弱点が書かれていたが、それは必然、妹の弱点でもあった。

 長い時を経て能力の研鑽し、やっと再会した妹はかつての自身のように、多くの仲間に囲まれて明るく笑っていた。自分のすべてを奪った、その力を頼られて。

 姉は妹を襲い、追い詰め、その弱点に目掛けて矛を放ち――――。

 ――――殺すことができなかった。どんなに憎くとも、殺したくとも、最愛の妹に手を出すことができなかった。

 自身の運命に逆らい、運命から逃げ続けて、故郷を捨てて生きた。一時の静穏や幸せ、新しい仲間との交流もあったが、姉は自身の運命に逆らったことで、さらに多くの人間を死なせた。イディアの書に記載された運命に抗うと、言い知れぬ苦痛を味わうこととなる。その苦痛に耐えても、イディアは人にさらなる試練を与えるように、その者の望まぬ運命に書き換える。決して、運命からは逃れられないと言うように。

 姉は、やがて妹を殺すまで、関わった人間を不幸にする呪いのような運命を呪った。

 妹も自身の運命を呪った。数えきれない虐殺。悲鳴と血飛沫が妹の心を壊していく。しかし姉をその手で殺すまで、妹は死ねないし、罰から免れることは許されない。

 白髪の双子は、互いを呪い殺す物語にその心を壊されていく。


 目が覚めると、自分の部屋の天井が見える。異様に重たい体を起こして、これまた重い頭を押さえる。布団に雫が落ちるのを見て、自分が泣いていることに気づく。これは、先ほどまで見ていた物語が残酷な運命をたどっているから、感情移入してしまったのだろ。なにせ、登場人物はよく知る人なのだから。

「いま何時かな?」

 私の部屋には時計がない。スマホさえあれば事足りるからだが、いつもスマホを置いているベッド脇のミニテーブルの上に見当たらない。

 部屋の中を見渡そうとして、すぐ目の前に弥生の姿を見つける。私のベッド脇の床に座り込み、肩から上あたりをベッドに預けて寝息を立てている。私の看病をしてくれているうちに眠ってしまったようだ。

 看病、というか、私はどうなったのだろうか。記憶ははっきりしている。アリスを庇ってレイカに刺された。そして、アリスに友達になってと告げた。

 今頃アリスは、私を殺さないようにどこかで苦痛に耐えているはずだ。はやく見つけないといけない。でも今再会しても私が殺される以外にアリスが苦痛から逃れる方法はない。

 私がやらなきゃいけないことは、アリスを見つけることと、アリスを運命から解放することの2つ。

「大丈夫、君ならきっとできるよ」

 ソフィアに言われた言葉を反復して、私は決意を固める。まずは、弥生を布団に寝かせてあげよう。

 起こすのはかわいそうなので、そっと弥生を抱き抱える。吸血鬼になったおかげか、弥生がすごく軽い。お姫様だっこなんて初めてしたが、寝ている人を抱えるにはバランスが取りやすくて良い。

「ね、姉さん。恥ずかしいです……」

「あ、ごめん。起こしちゃったね」

 起こさないようにするつもりだったが、弥生を布団に下ろしたタイミングで声をかけられる。顔を赤くして明後日の方向を見ている弥生はすっかり目が覚めてしまっていた。

「姉さんはそういうことするタイプじゃないと思ってました」

「起こさないように布団に上げるには良いかなって思ったんだよ」

 最近見た小説に影響されていることは言う必要ないよね。それよりも、私が倒れたあとのことを聞きたかった。

 弥生は布団の端に座り直し、私もその隣に座った。私の様子を見たかったのか、リモコンで電気を着けてから、私のパジャマの上着を剥かれた。

「いきなり大胆だね」

「そういうのはいいです。それよりも、怪我は大丈夫ですか?」

 弥生に剥かれて、自分でも自分の容態を確かめる。刺された傷は跡形もない。心臓辺りに刺さったはずだけど、痛みもない。

「吸血鬼の弱点は心臓を貫かれることじゃなかったっけ?」

「怖いこと言わないでください」

 弥生が涙目になってしまったので、「大丈夫だよ!」と頭を撫でる。

「ですが、姉さんは3日も寝ていたのですよ?」

「そ、そんなに寝てたんだね。心配かけてごめんね」

 泣きそうな弥生を安心させたくて抱き締める。あんまり無茶しすぎるとまた弥生を泣かせてしまうので、今後は慎重に動こうと思う。

 慎重に、けれど目標は絶対に達成しよう。

 それから、あの後のことを弥生から聞いた。血塗れの私をレイカが抱えて帰ってきたらしい。おそらく連れてきてくれたのは本物のレイカで、アリスはあのあとすぐどこかに行ってしまったのだろう。

 私を連れてきたあと、レイカは「本当にすまない」と一言残して姿を消したらしい。それなりの額を置いていったらしいが、慰謝料のつもりなのだろうか。

「お金なんていらないのに」

「こちらが何か言う前に去ってしまいましたから、困ります」

 レイカなりの気遣いなのだろうか?お金で解決するとかそういうつもりじゃないと思いたい。とりあえず、使わないでレイカに再会したら返そうと弥生と話した。

「それで、なにがあったのですか?」

「えーっと、アリスとレイカの喧嘩に割り込んだ。……あ、アリスはレイカのお姉さんなんだけどね」

「喧嘩で血塗れになる大怪我にはなりません!」

「そう言っても吸血鬼同士の喧嘩だし……」

 喧嘩と言い張る私に不満があるのか、弥生は可愛らしく頬を膨らませる。

「その、アリスさんが姉さんを殺した犯人ですか?」

「……うん、そうだよ。アリスは私を殺した人で、それから私の友達だよ」

「本気ですか?」

 私の言葉に怒りとか呆れとか、弥生は顔をしかめて頭をかかえている。

「はああ。姉さんはそういう人ですよね。ですが、私は許しませんからね」

 私の代わりに弥生が怒ってくれるから、私はあまり怒らない性格になったのかもしれない。弥生は「食べれますか?」と聞きながら私の部屋から出ようとする。私はお腹がすごく空いていることに気付いて頷いた。胃がびっくりしないようにうどんを作ってくれるみたいだ。

 弥生が部屋から出たあと、私は部屋を改めて見渡す。スマホは机の上にある。イディアの書、改めソフィアは枕の横にあった。開いてみると、一行書き足されている。

【9月4日20時、公園で吸血鬼と会う。】

 これはまた、具体的かつ重要な未来を書いてくれている。吸血鬼とはアリスのことか、レイカのことか、それともまた別の誰かなのか。今日は8月31日だからあと4日後が待ち遠しい。

 8月31日?

「明日から学校だ……」

 吸血鬼になって今まで通り学校生活が過ごせるかとか、夏休み最後の3日を寝て過ごしたとか、宿題やってないとかいろいろ考えつつ、弥生の真心こもったうどんを食べるために部屋から出た。


 チャイムが鳴り響き、頭の明るい先生が教室を出ていく。いつも眠たそうにしている私だが、授業中に寝るようなことはしない。それに日本の文化を学べる機会なのだから、他の生徒よりも質問を多めにしてしまっていた。

「花月は優等生だねぇ」

 お昼休みなので、葉月が私の元へお弁当を持ってやってくる。優等生で成績優秀な葉月にそう言われると、自分がちゃんと頑張っているという気分になる。

「日本の学校は面白いよ」

「内容ってそんなに違うの~?」

「んー、内容っていうよりは視点かな?それに日本は答えが決まってるから覚えやすいもの」

 私も弥生が作ってくれたお弁当を鞄から出しながら、葉月となんてことない会話をする。日常といった感じだが、ここ数日、実は気が気じゃなかった。

 吸血鬼の力は普通の人間とは比べ物にならない。体育の時間なんて本気を出してしまえば人間離れした動きになってしまいそうになるので大変だ。力を抑えつつ、今までの私と同様に振る舞う必要があるのだ。

「なんの話してんの?」

 葉月が私の前の机を動かしているところへ、クラスメイトの江尻桃子がコンビニ袋を持ってやってくる。その後ろには同じくクラスメイトの入江幸がお弁当の袋を持って立っている。

「花月はかわいいだけじゃなくて頭も良いって話だよ~」

「葉月がかわいくて天才で最高って話じゃなかったっけ?」

 葉月の過剰な誉め言葉に照れつつ、誉められて悪い気持ちはしない。なので私もお返しと言わんばかりに葉月を誉め称えた。

「おーおー、見せつけてるねえ。夏休み明けてさらに仲良くなったか?」

「というより、楠瀬さんがちょっと変わった感じがするよね」

 桃子が呆れつつ私と葉月の仲の良さを認め、幸が私をジッと見つめて観察する。

「そうだよねっ! 花月ったら夏休みの間にすご~く可愛くなったんだよぉ、恋人でもできたの!?」

 幸の言葉に反応した葉月が目を光らせて私に詰め寄る。葉月は恋ばなが好きなのだ。自分の恋愛話は一切ないのに、人の恋愛にはすごい興味津々だった。

「恋人なんていないよ。……まあ、想い人ならいるかもね」

「片想いっ! 誰かな、学校の人? それともイギリスの友達とか?」

「さあ、誰だろうね」

 葉月は「もったいぶらないでよぉ!」とハイテンションだ。想いと言っても、恋ではなく友人に対する想いだ。そもそも私が可愛くなったというのは吸血鬼の魅了の能力が働いてしまっているせいである。私の容姿が良くなったわけではない。本当はその能力も抑えたいのだが、私は吸血鬼として未熟なのだ。

「花月は別のクラスからも注目されてるから~、きっと片想いの噂がすぐ広まっちゃうねぇ」

「なにそれ、私の何に注目されてるの?」

 半年間、平穏に目立たず過ごしてきたはずだが、何をしたのだろうか。

「そりゃ、帰国子女なんて注目されんだろ」

 私の疑問に答えた桃子はメロンパンにかぶりつき、頬にパンの粉をつけている。それをティッシュで丁寧に取った幸が「そういえば……」と呟いて何かを思い出す。

「最近、変な噂が流れてるよね。街に不審者が出て、不良中高生を襲ってるって」

「急に話題が暗くなったな」

 幸の話題に桃子が冗談めかして答えると、幸は慌てて「ごめん」と謝った。話の腰を折ったことに対する謝罪だろうが、正直そちらの方が興味がある。

「それってショッピングモールであった殺人事件のこと?」

 弥生と葉月と買い物したあの日、アリスが大家さんを襲った事件のことに関連することかと思い質問した。もしかしたらアリスは私以外の誰かを襲っている、なんて可能性もある。私を殺さないようにするため別の誰かが犠牲になってしまうのはとんでもない。

「ううん、そっちはわかんないけど、不良たちが次々襲われてるって男子が話してたの。夜道で急にフードを深く被ってる人が現れて、たくさんいる不良グループを1人で相手にして勝っちゃうんだよ」

「ふーん、なんかダークヒーローっぽいな」

「不良って言っても夜に集まってるくらいで、犯罪をしたわけでもないのにって男子が怒ってたよ?」

「つっても不良に変わりないし、なんかしら迷惑かけてたんじゃね?」

 幸と桃子の話に、急に参加してきた人物がいた。

「そんなことねえよ! 矢島先輩は怖えとこもあるけど、迷惑なんてかけてねえ!」

 声を荒くして近づいてきたのはクラスメイトの田中淳だ。彼も髪を染めたりしてヤンチャなところがあるように、話題の不良グループに先輩がいるようだ。本人たちでは知らぬうちに迷惑をかけていた可能性もあるが、見知らぬ人を決めつけで卑下したのはこちらだし、軽く謝って終わらせよう。このままだと桃子が喧嘩腰に応えてしまいそうだし。

「なに――――」

「田中くん、知り合いの人を悪いってごめんね?噂が気になって盛り上がっちゃったんだ」

 桃子が何か言おうとしたところを遮って私が少し声を大きめに答える。先程の田中くんの声で教室のみんなが注目してしまっているため、言い争いに発展させたくない。

「あ、いや……俺こそ急に悪かったよ。先輩がフランケンの野郎にやられて気が立ってたんだ」

 私の謝罪を受けて冷静になったのか、自分が注目されていることに気付いて恥ずかしそうに少し赤くなる。彼からも謝罪してもらったので桃子も不服そうだが何も言わなかった。

「フランケン?」

 これで話を終わらせれば良かったが、田中くんの言葉に反応する。話題の犯人はそう呼ばれているのか。

「ああ、フードを深く被ってるから顔はわからないけど、ギリギリ見える腕や足にツギハギがあることや、力がバカみたいに強いからそう呼んでるんだ。フランケンシュタイン野郎ってね」

 私の疑問に答えたのは田中くんではなく、田中くんと仲の良いクラスメイト、井之上文之くんだ。田中くんとは対照的な優等生な印象で、彼が会話に参加したことで雰囲気が落ち着き、集まった注目も分散していく。

「へえ、フランケンシュタインって漫画に出てくる怪物だろ?」

「漫画にも出てくるけど、元々は外国の小説だよね?」

 桃子と幸も漫画が好きなため、会話に参加する。フランケンシュタインはUKの小説作家が書いた小説だ。私は読んだことはないけど、弥生が読んでいた。

「漫画だと全身皮膚がツギハギだよな。その噂のやつもそうってことか?」

「いや、全身かはわかんねえよ。暗かったし、バイクのライトでたまたま見えた手足がツギハギでキモかったらしいから」

 桃子の質問に田中くんが答える。喧嘩どころか、同じ話題で落ち着いた会話ができたのは途中からきた井之上くんの人望のおかげだろう。この半年クラスメイトとして接してきたが、彼はクラスの中心的人物だ。

「う~ん、私は花月の片想いの人の方が気になるなぁ」

 フランケンの話題がつまらなかった、というより興味がなかったようでずっと黙っていた葉月がまたその話題を掘り返す。その話しこそ男子たちには興味ない話題だろう。

「え、楠瀬さんの片想いの人!?」

 興味ないだろうと思ったら、田中くんがまたも声を荒くして反応する。あなたも恋ばなが好きなのか。葉月は恋ばな好きの田中くんがいたからこの話題を掘り返したようだ。そんなに私の想い人が気になるのか。

 田中くんが大きい声を出したため、クラスメイトの注目がまた集まる。そしてみな恋愛には興味津々なようで、気づけば私の周りには人が集まっていた。

「いや、そういうのじゃないから!」

「え~、さっきは想い人が出来たって言ってたじゃない?」

 私が否定しようとすると、葉月が逃がさないと言わんばかりに追撃する。興味なさそうなのは桃子だけで、私は逃げられないと覚悟して、どう話すが悩む。まさか、自分を殺した吸血鬼を想ってるなんて言えるわけない。

 その日の昼休みが終わるまで、私は弥生のお弁当を味わう暇がなかったのであった。


 そんな休み時間を乗り切った私は、残暑というには暑すぎる外気にうんざりしながら公園のベンチに座る。うんざりとは言っても、昼間に比べれば全然涼しいので、単に私が暑さに弱すぎるのかもしれない。

「さて、あと少しで20時か」

 私はソフィアに記載があった通り、吸血鬼に会うため公園にいる。アリスと会えるとは思っていない。ここ数日、ニュースや噂話、それらしいSNSはすべてチェックしていたが、アリスに関係しそうなものはなかった。アリスは人がいないどこかに潜んでいるんじゃないだろうか。私を襲わないため、私の代わりに誰かを襲わないために。これは私の希望でもある。

 スマホを操作していると、私に近づいてくる足音に気づく。その音の方向へ顔を向けると知った顔の人物が立っていた。

「……こんばんわ」

「ああ、まさかあのとき猫の話題で盛り上がった同士が、同じ敵を持つ同志となるとは思わなかった」

 弥生と葉月と買い物したあの日、小物売り場で話した身長の高い男性。まさかとは思うが、ソフィアの記載を考えれば、思い違いではないのだろう。

「あなたも吸血鬼なんですね」

 男性はため息をつきながら私が座るベンチの隣のベンチに座る。このまま会話に応じてくれるようだ。

「俺はヴァン・ブラウン。ヴァレンタインファミリーの一員で、レイカ様からお前のことを任されてる」

「いや、すみません。急に情報量が多すぎます」

 ヴァンさんに言われたことを落ち着いて整理しよう。レイカの名前が出たので、この人はレイカの知り合い。様付けだから私のようにレイカに吸血鬼にしてもらった人なのだろうか。ヴァレンタインはアリスとレイカのファミリーネームだが、ファミリーとはどういう意味?

「質問しても良いですか?」

「ああ。説明するために来たからな。それと、俺に敬語はいらねえよ」

 どこから取り出したのか、缶コーヒーを開けながらヴァンさんは答える。お言葉に甘えて、私も砕けた話し方が楽なので敬語はやめる。

「あなたはレイカの……部下なの?」

「呼び捨てか、さすが直属の眷族だな」

 質問したんだから答えてほしい。私がレイカのことを呼び捨てにするのについて、レイカは何も言わなかったから良いじゃないか。

「俺はファミリーの一員だから、レイカ様の部下なのは当たり前だろ?」

「ファミリーがわからないんだけど、え、マフィアなの?」

「マフィアか、まあ、表向きにはそう見えるだろうな。ファミリーはイディアの不条理の被害にあったやつらが集まった組織だ。半数が吸血鬼の血族で、主に俺やお前みたいなアリスの被害者だな」

 そこまで聞いて、私はアリスが説明していた組織のことを思い出す。アリスの被害にあった人たちが集まった、アリスに復讐することを目的にした組織。目的といっても、復讐だけではなく慈善活動なんかもしている組織だという。

「その組織については簡単に説明してもらってたけど、レイカもその組織に所属してるんだ?」

「あ?いや、レイカ様はファミリーのボスだよ。アリスの被害者を受け入れるためにレイカ様が組織したんだからな」

 まさかのレイカがボスだった。しかし、そうなるとアリスに聞いていた組織とは印象が違う。

「組織……ファミリーはレイカが作ったなら、ファミリーのみんなレイカの物語の登場人物だよね。みんなアリスに狙われてるの?」

 今アリスが殺そうとしているのは私だけだと思っていた。そして組織全員が狙われているなら、アリスは容易にその全員を殺せないのだからさら苦痛を味わうことになってしまう。

「あー、いや。そこはファミリーでもよく疑問に上がるんだが、レイカ様に関わった全員がターゲットとなるわけじゃないようだぜ」

「でもアリスの物語は【レイカの物語の登場人物を殺す物語】だよね?」

「そうなんだよな。でも俺は今までの何度かアリスと対峙したが殺されなかったし、今うちにいる連中もレイカ様を除いて見向きもされてない」

 物語の矛盾に、ヴァンさんは答えが出ないのか頭を掻いて悩んでいた。

「大家さんや隣人さんはターゲットになるのに、レイカの組織の人たちはターゲットにならない?」

 ターゲットになる基準がわからない。無関係な前者の2人こそが殺さなければいけなかった理由があったということだ。レイカの物語の登場人物というもの以上の何か。

「たぶんだが、ターゲットになるのは物語の進行に関わるやつなんだと思う。この街で誰か死なないといけなかったから、レイカ様に関わった2人がターゲットになったんだ」

「物語の進行……。この街で進行した物語ということは、私が死んでレイカに蘇生してもらったこと?」

「そうだな。正確には、レイカ様の眷族をアリスが殺すことによって、物語を進行させようとしたんだろう。レイカ様はここ100年、復讐に動こうとしてなかったし、新しく誰かと関わろうとしてなかった。だからアリスも誰も殺してなかった」

 100年、頑張って誰も死なないようにしていたんだ。それなのにイディアは、この街で、私を使って止まっていた物語を進めようとした。

 やっぱり、アリスもレイカも悪くないんだ。すべて、理不尽な運命のせいだ。

「まあ、お前が死ななかったおかげで物語もうまく進まなかったようだがな」

 私が死ななかったんじゃない。アリスが私を殺さなかったんだ。アリスが苦痛に耐えながら、頑張っているんだ。

「アリスがどこにいるかヴァンさんは知ってる?」

「知らねえよ。あの夜、レイカ様との戦いのあと、すっかり姿を消しちまった。レイカ様も本部に帰ったし、俺は日本で新人教育しながら人探しだ」

「人探し?」

「ああ、もともと俺とレイカ様が日本に来たのはとある人物を捜すためだ。危険な人物だからレイカ様が直接来たんだが、アリスも日本にきちまうとはなぁ。」

 缶コーヒーを一気に飲み干し、大きなため息を吐く。

「まあ、お前も新人教育が終われば俺の下で人探しの任務に着くと思うから、あとで詳しく教えてやるよ」

「私もファミリーに入ることになるんだ?」

 私としてはアリスに復讐したい組織に入るなんて絶対に嫌なんだけど、すでに入る前提になっている。

「ん?レイカ様の眷族なんだから当たり前だろ。そもそも主人には逆らえないしな。それにレイカ様から聞いたが、アリスを探してるんだろ。ならファミリーにいた方が情報が入るぞ」

 なるほど、レイカは私のことを思ってファミリーに入れるようにしてくれたんだ。ファミリーというからには、人も多いだろう。1人でアリスを探すよりも効率が良い。それに、例えばファミリーがアリスを襲うことになったとしてもその情報をアリスに渡すこともできる。

 復讐心を否定はしない。しかし、私はアリスの味方をするつもりだ。アリスを殺させはしない。

「わかった。私はレイカの眷族としてあなたに協力する。だから、アリスを見つけたら絶対に教えてね」

「ああ、レイカ様直属の眷族だからな。アリスと対峙するときはどっちみち力になってもらうぜ。よろしくな」

 協力するのは人探しだけだ。私がアリスに復讐するなんてあり得ない。

「よろしくね、先輩」

 ヴァンさんは「先輩か、いいな」となんだか感動しているが、それを放置して私は決意する。

 アリスを絶対に助ける。

 場所探しはこれで目処が立ちそうだ。もちろんファミリー以外の手段でも探すつもりだ。次は、アリスを救う方法だ。こればかりは今のところソフィアに聞くしかない。アリスとレイカの物語を教えてもらったあと、ソフィアにはアリスを救う方法を検索してくれると言っていた。

「ところで、探しているのはどんな人なの?」

 人探しを協力する上で、探している人が誰なのか知らないとどうしようもない。ヴァンさんは感動を落ち着かせて私に向き直る。

「ん、ああ。探してるのは――――」


「――――人類を滅亡させるかもしれない新しい神様だよ」



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