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Vampire teller  作者: リタ
序章:吸血鬼騒乱編
4/32

始まりの吸血鬼3

【死の運命と殺す物語】


 バチッと、体が勝手に跳ね上がるような衝撃が走り、目が自然と開く。

 私はなにやら硬い床の上に仰向けになっているみたいで、痛む体を起こした。服が張り付いて気持ちが悪い。汗でもかいていたのか、濡れている感覚がある。

「痛っ……」

 体が激しく痛む。それから頭もずきずきして、咄嗟に頭を押さえようとして、手のひらが一瞬視界に入り、その手が不自然に赤くなっていたので手を止めた。

 恐る恐る自分の手を見てみると、赤いドロッとした水気のあるもので濡れていた。

「これ、血?」

 自分の手が血まみれになっている。それだけではなく、よく自分の体を確認してみると、服やズボンも、手も髪も、血で真っ赤になっていた。周りを見てみると、自分が仰向けになっていたところを中心に、広がるように地面には血だまりができていた。

「えっうわっ……まさか、これ私の血?」

 体のあちこちは痛むがケガをしているところはなさそうだ。現状血は出ていないし、本当に私の血なのだろうか。

「どうしよう、とりあえず救急車?でも自分でもびっくりするくらい元気なんだけど……」

「救急車を呼ぶ必要はないぞ。お主はどこも怪我してないからの」

 不意に聞き覚えのある声が背後から聞こえる。振り向いてみると、そこには銀髪を輝かせ、紅い瞳でまっすぐ私を見ているレイカがいた。

「レイカ? こんにちは」

「……うむむ、ずいぶんと落ち着いておるの。っと、それよりも、血まみれのところを見られる前に移動するぞ」

 状況を飲み込めないが、とりあえず挨拶は大事なので、こんにちはと言ったが落ち着いているわけではない。ちゃんと混乱している。混乱しつつも、確かに、こんな血まみれの状態を見られれば普通びっくりして警察を呼ぶ。

「そうだね、移動しようか。えっと、レイカ? とりあえずうちに来る?」

「ああ、説明が必要じゃろうし、お邪魔させてもらうのじゃ。ああ、それと、これを返すぞ」

 レイカはイディアの書を私に手渡してきた。どうやらレイカのものではなく私のイディアの書のようだ。

 私は受け取りたかったが、自分の両手が血まみれだったので受け取るのを躊躇った。

「イディアの書は汚れないから安心して持つと良い」

「いや、でも私の手すごいことになってるから」

「大丈夫じゃて、試しにほれほれ」

 レイカはイディアの書を私の手に無理やり押し付けてグリグリ動かす。しかし、言った通り本が汚れることはなかった。

 私は立ち上がりレイカからイディアの書を受けとって礼を言った。それから周りを見渡してみて、ようやくここが家の近くにある公園だと気付いた。なぜ、私はこんなところで寝ていたのだろう。

 なにも思い出せず、靄がかかって視界がぼんやりしているみたいな、そんな感じで頭が働かない。

「あれ?街灯がついたままだね」

 レイカを連れて、家に帰るために階段を下りていると、ふと目線の先に灯りがついたままの街灯があった。仕組みはわからないが、暗くなると勝手につくし、明るくなると消えるものだろう。それなのに明るい内からついてしまっている。

 そういえば、今日は日差しが全然暑くない。曇っているからだろうか。公園で遊んでいる子供もいない。通行人も、車の音もしない。鳥と飛んでいないし、セミも静かだ。

 階段を下りきって、少し先に見える自宅がうっすら明るくなっているように感じた。よく目を凝らしてみて、家の電気がついていることに気づき、私はやっと気付いた。

「――――夜、なんだね」

 今は夜なのだと気づいて、振り返りレイカに問いかける。なにも言わず、うなずいて答えてくれた。

 血塗れの身体。朧気な記憶。夜なのに異常に見えている目。

 さすがの私も、わかってしまう。

「ああ、なるほど。私は一度死んでしまったんだね」

 口を少し大きめに開け、はしたないが手で自分の牙に触れる。おそらく紅くなっているだろう瞳で明るい夜の景色を眺める。

 私の後ろで小さなため息ついたレイカに視線を向けると、心なしか悲しそうな、哀れんだような目をこちらに向けていた。


 私の運命を遡ると、それは私が死んだ日のお昼頃。弥生と一緒に居間で本を読んでいた。

 一緒に、とは言うものの同じ本を読んでいるわけではない。ソファに座って本を読んでいる弥生の膝に、勝手に頭を預けて、私はスマホで吸血鬼について調べていた。

「ふーん、黒死病が起源なんだね。その時代の人たちは病気になった上で吸血鬼扱いされてしまったんだ」

「そういう話もありますが、実際に人の血を吸った人物もいるんですよ。時代は違いますが、ちゃんと名前まで記録に残っています」

「でも吸血鬼じゃなくても、吸血鬼扱いを受けていた人の方が多いし、血を吸うだけなら私にもできるよ」

 ただの人間でも血を吸って飲むなんてできる。美味しいかとか、倫理的にとか、そういうのは抜きにしての話だが。

 パタンと、本を読み終わった弥生は、それを横において私の顔を見おろす。無表情なので何かしらお小言を言われそうな雰囲気を感じた。

「ところで姉さん、今日があの本に書いてあった日だというのにずいぶん悠長ですね」

「あ、そっち? 膝を勝手に貸してもらってることへのツッコミかと思った」

 起きてきたら弥生が真剣に本を読んでいるものだから、ついついいたずらしたくなった。なぜ真剣な人にはちょっかいを出したくなるのだろうか。しかし、つついても撫でても反応してくれないので飽きて、うっかり弥生の膝を借りていたのである。そのついでに吸血鬼についても調べていた。

「と言ってもどう対策をすればいいのかもわからないしね」

「もう少し意識してください。それだけでも咄嗟の動きが違うものですよ」

 弥生は逆に気を張りすぎなのだ。起きてきたときから本に目を落としてはいるものの、どことなくそわそわしている雰囲気が伝わってくる。

「話は変わるけど、弥生も吸血鬼について調べてくれてるんだね」

 弥生が先程まで読んでいたのは吸血鬼というタイトルだった。流し読みしていたので、一度読んだことのあるものなのだと思う。わざわざ探してきてくれたんだろうか。

「新しい情報は特にありませんでした。あ、でも昨日話していないじょうほうがありましたね」

 弥生が話してくれたのは、吸血鬼には相手を魅了する能力と、血を吸った相手を眷族にする能力もあるというもの。眷族というものはよくわからないが、魅了という言葉に私は納得したところがあった。私が恋する乙女かのようにレイカが気になって仕方なかったのは、魅了されていたからだったようだ。

「眷族というのは、要は同じ吸血鬼にして従わせるということですね。他にも野犬やただの蝙蝠なんかも眷族にして従わせることができるみたいです」

 弥生はパラパラと本をめくりながらさらに情報を上げていく。

「流水が苦手とか、鏡に映らないともありますね。特徴が多すぎてどこまで本当なのかわかりませんけど」

「情報量がありすぎてパンクしそうだよ」

 そもそも、何度も言うが本当に吸血鬼が来るかもわからない。

 私は起き上がり時計を見る。もうすぐ自分の死ぬ時間が迫っている。イディアの書を再度開いて時間を改めて確認した。16時52分にいったい何が起きるのか、それともやっぱりただのいたずらなのだろうか。

「実は、先程警察に電話しまして、不審者がいたという嘘をついてしまいました」

「嘘はダメだけど、弥生なりに対策してくれたんだね」

 不審者の情報でお巡りさんが少しでも巡回してくれれば、仮に殺人犯が近くにいたとしても犯行はしづらくなる。

「これは吸血鬼対策に用意してくれたの?」

 居間のテーブルには積まれた本以外に、木の杭と金づちが置いてある。

「それからこれですね」

 弥生は首もとに手入れ、服の中にしまっていた十字架のネックレスを取り出した。もちろん、私もつけている。

「セキュリティもオンになってたし、戸締まりも2人で確認した。誰か来ても絶対に玄関は開けない!どうすれば殺されるんだって聞きたくなるくらいに準備万端だね」

「そうですね。どんな方法でも姉さんは絶対に私が死なせませんが」

 気休めではなく、私は本当に大丈夫だと思っている。2人でこんなに準備したのだ。私は絶対に死ぬつもりはない。絶対に。


 時計は16時52分を示す。そして結局、そのまま53分、54分と時間が過ぎた。間違いがないように私のスマホと、弥生のスマホでも時刻を確認したが、55分、私は呆気なく生き残った。

「やっぱり、なにもなかったね」

 私がそう言うと弥生も気が抜けたのか、ぼふっと隣に座っていた私の膝に頭を預けてきた。さっきまで膝枕させてもらっていたお礼にそのままにしてあげた。

「本当に、よかった、です」

 気を張っていて疲れたのか、もしかしたら昨日はきちんと眠れていなかったのかもしれない。時間が過ぎて安心したから、弥生は眠ってしまった。軽く寝息を立ててる弥生を撫でて、私はイディアの書を取る。取ろうとしてテーブルから床に落としてしまった。

「おっと」

 弥生に膝を貸している状態だと拾えなかったので、いったん弥生にどけてもらうことにした。少し揺すって起こし、まだ目が空いていない弥生を膝から下ろして立つ。弥生はそのままソファに横になって寝てしまった。

 本を拾い上げると後ろの方のページが開いていて、そこに変なシミがついていることに気づく。これは指紋だろうか、汚れた指先で触れたりするとつきそうなものだ。

「まあ、いいや」

 それよりも、人が死ぬとか言い出したページを開くことにする。この通り、全然生きてますよと抗議しようとして、書いてある内容が変わっていて言葉を失う。

【楠瀬花月 8月7日16時57分 吸血鬼により殺害される。】

 まるで当然の権利かのように、5分延長している。そんなスポーツの試合じゃないのだから、テレビ番組が如く予定を変更しないでほしい。

 まさか、これから!?と身構えて時計とにらめっこしていると、57分、58分、59分と、またも何事もなく時間は過ぎた。

 本にもう一度視線を戻すと、文言は変わっていない。じっと見つめていたが変化なし。試しに一度しっかり閉じてから、再度開いてみる。

【楠瀬花月 8月7日17時2分 吸血鬼により殺害される。】

 また延長してきた。5分ごとに更新するのはやめてほしい。

 さらに言えば、この延長はこのあと3回繰り返される。7分、12分、17分となり、さすがの私もそれには不満を覚える

「しつこいな! いつまでも延長するならいっそ時間なんて書かなきゃいいじゃないの。いい加減な設定だな」

 このまま結局死なないんじゃないかと楽観的に考えていると、ついにイディアの書も面倒くさくなったのだろうか。

【楠瀬花月 吸血鬼により殺害される。】

「あれ、日付もなくなっちゃった」

 もしかして、この本は私の言葉を理解している?いや、本に意識があるわけない。しかし開くたびに文章が変わるおかしな本なのだからあり得るかもしれない。

「……死にたくないんだけど、どうすればいいですか?」

 本を閉じて、そう聞いてみる。本相手に真剣な声色で敬語なんかも使ってしまった。しかし、本を再度開いたが、やはり文章は変わっていなかった。

「まあ、さすがにそうだよね」

 問題は、時間が外れても私が死ぬということに変わりない、というのがこの本の主張だ。これでは怖くてまともに外にも出られないし、時間指定がないならいつまでも外に出たくない状況が続いてしまう。さっきのように楽観視して本を信用しなければいいのだが、ここ数日の不思議体験や本の文章がコロコロ変わる様を見てしまっては完全に信じないというのはやめた方が良いだろう。

 悩んでいると、庭から音が聞こえてくる。うちの居間には庭側に大きな窓があり、そこから外に出るとウッドデッキがある。ウッドデッキの周りは芝生で、そのさらに外は防犯砂利が敷いてあり、外から侵入するにはまず、その砂利を踏めなければいけない。石が互いに擦れるカチカチとした音が、今まさに鳴っている。

 自分が死ぬと言われ続けたので警戒しながら、恐る恐る窓の外を見る。侵入者ならすぐに警察に連絡しよう。レースカーテンの隙間から庭、音の鳴るところを確認すると、そこには見覚えのある人がいた。

「レイカ!」

 私は窓を開けて声をかけ、自分の考えなしの行動にハッとする。吸血鬼を自称しているのは私の周りでこの人だけなのに、なぜ声をかけてしまったのか。

 でも、声をかけないわけもいかなかったのだ。私の目に映ったレイカは、先日とは違って髪も服もボロボロで腕からは血も出ていた。

「む、お主は……カヅキか。すまぬな、勝手に敷地に入ってしまってのぉ」

 フラフラとウッドデッキのところまでゆっくり来て、だいぶ疲れているようでウッドデッキの階段に座り込む。少し迷ったが、私もサンダルを履いて、タオルを持って外に出た。

「なぜこんなにボロボロなの? ええっと、飲む?」

 腕の血を止めようとタオルで押さえる。服の切れ目から腕に傷があるのが見えた。傷を押さえている手と反対の腕をレイカの前に出し、血を飲むかと聞いてみる。

「いや、何度ももらうわけにはいかぬからのぉ。わしなりにルールがあるのじゃ。それに、もうヤツが来てしまう」

「ヤツ?」

「お主、あまり首を突っ込むな。わしは恩人を死なせるつもりはないからのぉ」

 私を押し退け、レイカさんは立ち上がる。そのままフラフラと敷地の外、公園の方へ向かっていく。「なるべく遠くへ……」と独り言を呟いていた。

「死なせるつもりはない、ということは……」

 それほど危険な人に傷つけられ、追われているということだ。

 部屋に戻り、弥生の様子を見る。やっぱり昨日は眠れなかったのか、ぐっすり眠ってしまっていた。次にイディアの書を開いてみる。内容は変わらない。私はイディアの書を持って、玄関で靴をしっかり履いてから外に出た。


 私は運動部に所属していたことがないので、同年代の子と比べると比較的に体力はない。しかし、別に体を動かすのが苦手なわけではない。平均よりは早く走れるつもりだ。

 近所を走り、レイカを探す。暑さも相まって汗が出るが、構っている場合ではなかった。すぐにレイカを追いかけたのにどこにもいない。でも先日は近くの公園にいたのだから、この辺りに住んでいる人のはずだ。

 通行人にも見なかったか声をかけたり、あんなに血が出ていたので跡がないか探しながら、気づけば時間は19時を過ぎていた。日が長くともこの時間になるとさすがに暗くなってくる。

「はあっはあっ、なんで私、こんなに必死に、なってるん、だろう」

 レイカをどうしても放っておけない。あの人の下へ行き、役に立ちたい。役に、役――――

「――――落ち着け! 私は吸血鬼に殺される役だ!」

 自分の思考が何かに埋め尽くされそうになって、慌ててそんな独り言を叫んだ。街灯の下で立ち止まり、イディアの書を開く。文章は変わっていない。

「レイカのこと、なぜか放っておけない気持ちだけど、死にたいわけじゃない」

 ちゃんと自分の本心を言葉にして、自分の感情に矛盾が生じていることに気味の悪さを感じる。

 なぜレイカを放っておけない?私は死体役だから、役を全うできるようにレイカを探してしまっていた?自分から殺されるために動いている?

 冷静になればなるほど、私の行動はむちゃくちゃだ。自分が死ぬかもしれないのに何をやっているんだ。

「殺されてしまう前に急いで帰――――痛ッ!」

 家路に着こうとすると、頭に酷い痛みが走り、その痛みが話しかけてくる錯覚を覚える。【レイカを探せ】と、【レイカを追いかけろ】と、誰の声でもないが、頭の奥深くから激しく怒鳴り付けられている。

「うるさい!」

 あまりの痛みに、私も怒鳴りながらイディアの書を睨み付けた。すると、声が消え、頭痛が引いていく。物語の通りに動かされようとしていたとなんとなく思った。今さらだが、その運命に恐怖心を感じてきたので、私は一刻も早く帰りたい気持ちが強まった。


 例のごとく、近道になるので今日も公園を横切る。さすがにこの時間になると子供も通行人もいない。人の気配もなく公園は薄暗い。

 不意に、後ろから押される感覚で、前のめりに倒れてしまう。

「わっ……なに?」

 公園の真ん中で、私は膝をついた。

 誰かに後ろから押されたようだが、振り返ってもそこには誰もいない。走りすぎて疲れてしまったのだろうか、こんななにもないところで転んでしまうなんて、恥ずかしい。

 足に力を入れようとして、体中が脱力感に包まれている。汗をかいたせいで脱水症状になってしまったのかと焦ったが、どうやらそうじゃないらしい。

 地面についていた手にヌルッとしたものを感じた。

 虫でも触ったかと反射的に手を跳ね上げて地面を見ると、黒い水が視界に入る。その水はどんどん広がっていく。

 徐々に寒さを感じてくるが、背中がやけに熱い。息が苦しい。頭が働かない。

「えっ……え? なん、これは」

 座ってすらいられず、崩れるように横に倒れる。べちゃっと水溜まりに頭から突っ込む。寒い、熱い。

 鉄臭さと、水溜まりの感触でなんとなくそれがただの水じゃなくて、血なんだろうな、なんて他人事のように考えた。

 大音量で音楽を聴いたあとのように、耳が聞こえずらいが、微かに足音が聞こえる。見上げてみると銀髪の髪をした人が、紅い目で私を見下ろしていた。

月明かりに照らされ、夜風に揺れる銀色の髪と紅い眼がとても美しく、意識が遠退く間際だというのにずっと見ていたいと思ってしまう。

「レ……イカ――――」

 声も思うように出ないが、彼女の名前を呼んだ。表情はよく見えないが、悲しんでいるような気がした。

 それから私は数秒もせず意識を失い、きっとそのまま亡くなった。


 やっと、自分が死んだときのことを思い出した私は、家に入ってまず弥生がいるか確認する。靴がない。寝てる間に私がいなくなったから、探しにいってしまったのかもしれない。

「弥生を探しに行かないと」

 そう思い、また外へ出ようとしたが、レイカが止める。

「待て待て、お主は着替えると血を洗い流せ。ふむ、儂が探してこようか」

 私は血塗れで服もボロボロだ。この状態で近所を走り回り、そんなところを見られたら私は引っ越さなきゃいけなくなるだろう。

「でも、レイカは弥生の顔知らないよね?」

「お主の血縁ならわかる。それとも、やっぱり儂では不安かの?」

 不安かと聞かれて、レイカが言いたいことがなんとなくわかってしまう。正直、少し疑っている。

 レイカの格好は私と同じようにボロボロだ。それから、手には血がついている。乾いていないので、もしかしたら私の血なのかもしれない。

「……わかった。弥生をお願い」

 レイカは頷いて弥生を探しに家を出る。私はイディアの書を居間のテーブルに置いて、まずはお風呂に入った。血で濡れた服が肌に貼り付いて脱ぎづらい。しかもところどころ破れているせいで、力をこめて脱ごうとすると裂けてしまったりした。

 なんとか脱いで服を見ると、背中の部分が派手に引き裂けていた。今日着ていたものは全部捨てなきゃいけなさそうだ。

 服も下着も脱いで、鏡に目をやると、首から十字架のネックレスをかけたままなことに気付く。これは目立った汚れはなかった。外して洗面台の上に置いた。

 それから、自分の目がレイカのように紅くなっている。金色の目は影も形もなくなっていた。もはやこれは、疑いようがないだろう。

 受け入れるのには少し頭が混乱している。シャワーで物理的に頭を冷やすことにした。

 服をすべて適当な袋に入れて、浴室に入る。弥生が選んでくれたシャンプーはダメージを押さえてくれながら、しっかりと汚れを落としてくれる。さすがにこびりついた血を流すのに2回洗うことになったが、髪についた血は綺麗になった。

 体を洗っていて、背中の違和感に気づく。手を背中に頑張って回し、触ってみると肌が凸凹している。手探りで状態を確認して、どういう状態か理解した。

 よく熊とかライオンとか、そういう危険な動物が付ける、ギザギザした5本の線のような爪痕。そんな感じの痕が背中に残っているのだ。

 きっとこれが原因で私はあんなに血を流していたのだろう。

 痕は残っているが傷は完全に塞がっているようだ。泡が染みたり、触れて痛かったりはしない。

 お風呂から上がり、血塗れの服が入った袋を燃えるごみの底に押し込む。靴も一緒に捨てた。玄関から居間、脱衣所までところどころ血が垂れ落ちていたのでなるべく綺麗に拭いた。

 一通り終えて、居間に戻りイディアの書を見る。表紙には血の汚れなどはない。開いて中を確認しようとすると、本に手をかけたタイミングで玄関が開く音がした。

「姉さん!」

 居間に駆け込んできた弥生は、私に強く抱きついた。

「どこにいっていたんですか! 心配したんですから!……もう、私は探していたというのに、お風呂に入っていたんですね」

 私の体から石鹸の匂いを感じたのか、涙目で頬を膨らませて、抱きついたまま私を見上げている。なるべく髪と片手で目が見えないようにしつつ、私も弥生を空いてる片手で抱き締め返した。

「心配かけてごめん。私は大丈夫だよ」

「大丈夫じゃない、ですよね」

 弥生の言葉にドキッとしてしまう。私は普通にしているはずなのに、弥生はなにかを察したようだ。

「カヅキよ、話があるのじゃが」

 弥生に遅れて、レイカさんが入ってくる。弥生はレイカを睨むように見た。

「彼女はレイカ。私の知り合いだよ」

「先程、挨拶は済ませました」

 弥生はレイカを警戒している。心配していた姉を探しているときに急に現れた怪しい人だ。服もボロボロ。手には血痕。姉は殺される未来予知。レイカを睨みつけても弥生としては仕方ないのだろう。

「うむ。それで、カヅキと2人で話したいのじゃが?」

 そうだ、公園でのことを話したい。だけど、この話を弥生には聞かれたくない。私とレイカの2人で会話ができればいいのだが、弥生は何かを察しているようだし納得してくれるだろうか。

「メールを送りますので、その方とお話しする前にお読みください。あとは、姉さんにお任せいたします。私は部屋に戻っておりますので」

「え、うん。わかった。終わったら声をかけるから」

 弥生はすぐにスマホを操作して、居間から出ていった。階段を上がり自室へ行ったことが微かな音でわかる。

 居間のソファでレイカと対面していた。居間にはいつも私と弥生か並んで座っている長めのソファと、長テーブルを挟んで対面に一人用の椅子が2つ並んで置いてある。ソファも椅子もテーブルも、同じデザインのものだ。長いソファには私が座り、対面の椅子にレイカが座っている。

 私は弥生から着たメールの内容を確認して、その内容に若干混乱しつつも、自分の状況を知るために話を始めることにする。

「一応聞きたいんだけど、私って生きてるのかな?」

 すでに察しているが、きっと私は一度死んでしまっている。それはわかっているのだが、何があったのかをすべて知っている目の前の彼女の口から聞かなきゃいけないと思った。

「お主は一度死んだぞ?」

 自分の体を抱き締めて、ブルッと震えた。室温が低い訳じゃないのに、首裏が痛いくらいに寒かった。

「でも、今は生きてるよね?」

「うむ。儂がお主を生き返らせたからの」

「それは……どうやって?」

 レイカは一瞬躊躇い、何か考えている様子だ。2、3分迷った後に決心したようで答えてくれた。

「お主に儂の血を分け与えて、吸血鬼にした」

 やっぱりそうなんだ、と口に出したつもりだが、声にならなかったらしい。

 あれほど私は死なないと弥生と話していたのに、結局私は死んでしまって、人間ではない存在になってしまったようだ。いや、生き返らせてもらっただけ良いのだろうか?でも今後どうすればとか、頭が混乱したままでは考えはまとまらない。

 深呼吸を数度、ゆっくりとして自分を落ち着かせてから、さらに聞かなければいけないことを口にする。

「私を殺したのは、レイカ?」

 目の前の少女はまた長く考えて、ゆっくりと首を横に振った。その瞬間に、私の感情が色々と、なんというか、爆発しそうになる。死ぬ寸前に見たあの姿は?あなたが殺したわけではないのか。でもレイカに殺されたわけじゃなくて良かったと安堵の気持ちもある。

「じゃが、原因ではあるな」

「原因とは、どういうこと? 私を殺したのは誰なの?」

 犯人捜しをしてどうするとかは考えられないが、私を公園で殺したのは誰だったのか尋ねるしかできない。知る権利くらいはあると思う。

「お主を殺したのは、アリスだ」

「アリス? 知らない人だけど、なぜ私は殺されたの?」

「お主がイディアの書を手にしたからじゃな」

 私のイディアの書は目の前のテーブルの上に置かれている。そういえば、死んでからまだ一度もこの本を開いていない。改めて、この本を受け取ったときのあの人の言っていたことを思い出す。私がレイカの物語の登場人物になってしまったから、アリスという人に狙われることになったということなのか。どうして私はレイカの物語の登場人物になったのだろう。

「それが理由になるんだね?」

「なんと言えば良いか、イディアの書に書かれている物語とはそういうものなのじゃ。『レイカの物語の登場人物を、アリスが殺す物語』というのが、アリスのイディアの書に書かれている」

 なんだ、その理不尽な物語は。私は童話でも流行りの小説でも、ハッピーエンドが一番だと思っている。人が死ぬことが目的の物語なんて、最初から最後まで誰も幸せになれないじゃないか。

「やっぱり公園で血をあげたから、私はあなたの物語の登場人物になったのかな?」

「ふむ……そうじゃな、それしか思い付かんの」

「そうなんだね。うーん、結局は私の自業自得か」

 レイカは最初は、本気で私からも血をもらうつもりはなかった。いや、まあ、私もあのときは本気であげるつもりで腕を差し出したわけじゃなかったけど、自分の決定がこの状況を作り出していることに変わりはない。

「いや、お主の責任ではないだろう!なぜそんな達観した結論を出せる?」

「自分の決めたことだから。私はあのとき、あなたを放ってその場を離れるようなことはできなかったよ」

 公園で倒れそうになっていた人を見捨てられるような肝は私にはない。あとから絶対後悔するだろう。思い返してなぜ助けなかったのだろうと悩む。だから、あのときレイカに血をあげたこと事態に後悔は死んだ今もしていない。

「お人好しじゃな」

 呆れたのか、私の言葉に少し笑いが漏れている。私の頑固な意見に、レイカの表情がうちに来てから一番和らいだ。さっきからレイカはどこか緊張した面持ちだった。笑みを溢したレイカを見て私もちょっと落ち着いてきた。

「それから、遅くなったけど、私を生き返らせてくれてありがとう」

「いや、すまなかったの」

 レイカに関わったから殺されるなんて理不尽な状況を、レイカのせいだというのは違うと思うが、一旦は謝罪を受け取っておこう。その方が弥生も納得してくれそうだ。

「私はこれからどうすれば良いのかな。吸血鬼って太陽だめなんだよね、学校とかやめないといけないのかな」

「ん? 別にそんなことない。今まで通り暮らしていけるぞ」

 私の今後の悩みに、そんな返しがきて呆気に取られてしまう。いや、そういえばレイカは普通に昼間でも外に出ていた。最初のベンチは木陰だったが、庭で会ったときは雲もかかっていない晴天だったはずだ。

「太陽の光を直接浴びると吸血鬼は灰になるって調べたらあったんだけど?」

「ふむ、そんな話もあったの。別に灰になんてならない。まあ、能力がほとんど制限されてしまうが、日常生活に影響はないだろう」

 とりあえずは安堵した。それなら昼間に外に出てもなにも問題ないだろう。

「他にはたしか、木の杭……は、人でも普通に死んじゃうので置いておいて、あとはニンニクかな」

 十字架は、今も首から下げているがなにも問題ない。これも結局、吸血鬼の弱点ではなかったようだ。

「木の杭もそもそも牧師がやらないと意味ないが、ニンニクはそれぞれじゃな。人よりも五感が鋭いから、苦手な者は余計に苦手になるの」

 それじゃあ、私はきっとダメだ。そんなに苦手ではなかったけど、臭いと思うのだからそれが強くなるなら嫌だ。

「五感が鋭いんだ。夜なのに外が明るく見えたのはそういうことなんだ」

「いや、夜目が効くのとは別じゃ。吸血鬼は基本、夜の方が能力が高まるからの」

 吸血鬼は夜行性らしい。夜更かししていることが多いので、対して今までとかわらないんじゃないだろうか。これなら今まで通りに過ごせそうだ。

「目はカラコンでどうにかできるね」

 牙は隠せるが、目の色ばかりは隠せない。金色のカラコンを買うか、病気で目の色が変わったことにでもしてしまうか。

 ちなみにさっきお風呂に入ったとき、目が紅くなっていることは確認できた。そういえば吸血鬼の特徴にあった流水が苦手と鏡に映らないはお風呂に入ったことで間違いだったとわかった。

「ああ、目だが、もう元の色に戻っておるぞい」

「え、そうなの?」

 てっきりレイカみたいに常に紅いものだと思っていた。

「これは魔力が高まってるときになるんじゃ。先程のように夜目が効いているときなどでなければ、紅くはならぬよ。わしは魔力に満ちているのでずっと紅いままじゃがな」

 なんだかファンタジーな単語が出てきた。いや、吸血鬼も十分にファンタジーだ。

「魔力なんてものもあるんだ」

 ゲームに出てくるような、魔法を使うためのMPみたいなもので良いのだろうか。吸血鬼がいるんだから、魔法を使う魔法使いや魔女が居ても驚かない。

「日本では神通力というんじゃったな」

「いや、わからないよ」

「む、そうか? 魔力は能力を使うためのエネルギーじゃな。感覚としては体内から溢れ出てくる感じで、それを消費して色々できるんじゃ」

 そう言いながらレイカさんはスーッと床に沈んでいった。

「え、どうなってるの!?」

「影の中に入ったんじゃ。ほかにもほれ、影を伸ばすこともできるぞ」

 スーッと床、もとい影から上がってきて、今度は影から黒い何かがレイカの身長くらいの長さに円錐形に伸びた。この円錐形の黒いものは影らしい。

「消費した魔力は寝たり食べたり、単純に時間経過すれば回復する。わしら吸血鬼なら一番効率が良いのは、やはり吸血じゃの」

「あれ、吸血鬼の食事って血だよね?」

 レイカの魔力を回復させることについての説明だと吸血と食事が別物のような言い方だ。

「いいや、普通の飲食もできる。血は効率が高いだけで、実は吸わなくても生きていける。まあ、血を吸いたい衝動はたまにあるがの」

 血を吸わなくてもいいのは意外だが、すごく助かることだ。うっかり弥生や葉月を噛んでしまったら私は自殺してしまうのでないだろうか。

 一通り質問を終えて、休憩としてため息をついた。

「なんか、現実じゃないみたい」

 今更だが、こんな非現実に自分が踏み入れるとは思いもよらなかった。私はこの前まで名前すらないモブだったというのに。

「でも、今まで通り過ごせると言っても、いずれ普通ではなくなってしまうんじゃない?寿命とか、老化速度とか、普通ではないよね」

「……そうじゃな。儂ももう400年近く生きておるが、この通り歳すら取らん。いずれはカヅキもこの地を離れて、一ヶ所に留まらずに生きることになるじゃろう」

 レイカは改めて「すまない」と謝罪する。一ヶ所に留まらずに生きることになるとは、どういうことだろうか。

「長い期間、同じところにいれば普通の人からはおかしいと思われてしまうからの。転々と居住先を変えて、誤魔化していかなければいけなくなるんじゃ」

 レイカは「今の儂のようにな」と締めくくり、私の疑問を解消してくれる。どこか悲しそうに見えた。

 そうか、そうなると弥生や両親とは、いずれ一緒にいれなくなってしまうんだ。いや、そもそも私の寿命が普通よりも長いのなら、弥生や親友が死んでからも生き続けることになるんだ。

「好きな人が死んでからも、生きてしまうんだね」

 私は、自分のイディアの書を手に取り、例のページを開く。

【楠瀬花月 吸血鬼により殺害された。】

 記載は過去形に変わっており、さらにその下に一文追記されている。

【始祖により吸血鬼として蘇生する。】

 こんな後付けで追記されても今さら遅い。都市伝説でいうような未来のことが書いてある、なんて、嘘にもほどがある。それとも私のイディアの書がポンコツなだけだろうか。あと始祖とはなんだろうか。

「まあ、確かに将来的には大変そうだけど、今のところ吸血鬼になって問題があるわけではなさそうだね」

 吸血鬼であることを隠して過ごすことになるが、無理やりポジティブに現状を理解した。将来的には、最終手段は自殺してしまおう。木の杭で死ぬって痛いだろうか。

「それが、申し訳ないんじゃがな。たぶんお主はまだ狙っておる」

「狙われてるって、私はもう殺さたんだけど?」

 アリスという人は私になんの用があるのか。いや、私はレイカの物語の登場人物であり、アリスはそんな私を殺さなければいけないという物語なのだった。ということは殺されて未だに、私はまだレイカの物語の登場人物のままなのだ。

 私のイディアの書ではその物語が書いていないから、どんな物語になっているのかすごく気になる。

「私が狙われる理由、私がレイカの物語の登場人物だからだね。レイカの物語ってどんなもの?」

「それは、儂のイディアの書を見せろということか?」

「え、まあ、そうなる? 教えてもらえれば読む必要はないけど」

 レイカは「むむむ……」と悩んだあと、意を決してレイカのイディアの書を影の中から取り出した。

「カヅキよ、イディアの書は持ち主の運命じゃ。その者のすべてと言っても過言ではない。つまりは、これには儂の弱点や能力が書かれている。じゃから……」

 レイカはばつが悪そうな表情でイディアの書を渡すか悩んでいる。私のイディアの書には2文しか書かれていないので知らなかったが、レイカ曰くイディアの書は他人に見られてはいけないもののようだ。

 そんな大事なものなら見なくてもいいと思う。私がどんな役回りなのかさえ教えてくれれば良いのだ。そのことを改めてレイカに伝えると、レイカはまたばつが悪そうに首を横に振った。

「イディアの書には自分以外の登場人物の名や役割まで細かく載ってないんじゃ。互いのイディアの書の内容を確かめて、共通点から互いがどんな関係かを確認しなければいけない」

「それは……矛盾してない?細かい記載がないなら、アリスはなぜ私がその登場人物の対象だとわかるの」

 レイカとは面識があったが、私はアリスとは会ったことがない。アリスが顔も知らない私のことを最初に殺したとき、どうやって標的にできたのか理由がわからない。

「こればかりはイディアの書を持っている者にしかわからない感覚だが、なんとなくわかるんじゃよ。会った瞬間にこの人は私の物語に登場していると。誰かを殺すことはわかっていたが、それが誰かはわからない状態だったはずじゃ。そんなときに主と会い、対象は主だとその場で理解した」

 少し混乱してきた。なんとなくわかる以上の説明はできないようだったので、そこを言及するのはやめた。

「で、私はまだレイカの物語の登場人物?」

「そうじゃな。お主が死んだとき、お主に血を分け与えて吸血鬼にした。それが物語に必要なことじゃた。ということは、そうして吸血鬼になったお主は物語の登場人物に違いないじゃろう」

 私を吸血鬼にして生き返らせてくれることも、レイカの物語の一部だったようだ。詳細が書いていないのに、そういうことがわかってしまう。このイディアの書に踊らされているような気分だった。

「アリスは延々と追いかけてくる。そして、関わった者を傷つけているんじゃ」

「ストーカーかな」

 それはまたとんでもないものに目をつけられてしまった。昼間にレイカがボロボロだったのも、アリスに傷つけられたということなのだろう。

「ストーカーか、ちょっと違うとは思うが、まあ、そういう理由じゃから、本当に巻き込んですまないと思っているよ」

 あの日公園でレイカと話したときから、私がアリスに狙われることは決まってしまったということだ。だが、それでレイカに謝られるのは違う。レイカも被害者なわけだし、アリスの物語が悪いのだ。なぜそんな物語に従っているのだろうか。

「そういえば、アリスとはどういう関係なの?」

 レイカとアリスの関係をよく理解していなかったと思い、質問してみる。

「そうじゃな、狙われても仕方ない関係性じゃな。じゃが、どうにかカヅキには手を出させないようにしてみせよう」

 私が意図した質問の回答にはなっていないが、レイカはそう言うと立ち上がり、玄関の方へ向かう。「邪魔をした」と言って、うちを出てアリスに会いに行くみたいだ。

「レイカ、私もアリスと話したい」

 慌てて、レイカの前に立つ。このまま帰してしまっては、レイカの問題はなにも解決しない。お人好しと言われても良い。私はやっぱり、この目の前の少女のことを放っておけないのだ。

「話してどうする気じゃ? 危ないから連れていけぬ」

「対面してみない何を話せばいいかもわかんないけど、ダメと言われても勝手に着いていくよ」

「言っておくが、儂は居場所を知らんぞ。物語で繋がっている限り、いずれはまた遭遇するがの」

「そうなんだ。でも、解決するまで一緒に行動させて。うちには弥生がいるから、私と弥生の2人のときにアリスと会う方が、私は怖いから」

 居場所がわからない。でもアリスはうちを知っているかもしれない。アリスがレイカのもとへ素直に行くなら私の問題は解決するかもしれないが、レイカのもとへ行かず、私を傷つけるためにこちらへ先に来るかもしれない。弥生を巻き込んでしまうかもしれない。そう考えると問題が解決するまで私は弥生と離れ、レイカと一緒にいた方が良いはずだ。

 私の言いたいことがわかったのか、レイカは「む、確かにそうじゃな」と呟く。

「……アリスの容姿って、もしかしてレイカのように長い銀髪?」

「そうじゃな、同じくらいの髪の長さで、銀髪じゃ」

 私は先程の弥生からの届いたメールを開き、意を決してその画面をレイカに見せる。

「これ、この街で起こった殺人事件のニュース記事。昨日のショッピングモールでの事件と、同じ犯人の犯行と思われる事件なんだけど、記事のコメントに犯人の目撃証言があって、銀髪の女性って書いてるんだ」

 レイカはニュース記事を呼んで、明らかにびっくりしている。しかし、私が考えていたこととは別の理由で、レイカは驚いていた。

「なんと、オオヤとリンジンではないかっ」

「え、誰ですか?」

「オオヤは、儂が居住しているところのオオヤじゃ。もう一人は儂の部屋の隣人じゃよ」

「えーっと、大家さんとその隣人さんが事件の被害者ということ?」

 レイカは頷く。このニュース、昨日の時点では噂程度だったが、殺人事件だったという話だ。なんでも鋭い爪で引き裂かれたような傷が残っていたはずだ。まさかその犯人というのは。

「アリスじゃな。まさか、隣人となんて少し話をしただけなのじゃが……。その程度の関わりでもだめなのか!?」

「そんな程度でも殺されちゃうなんて、ということは!?」

 弥生もすでに狙われているんじゃないだろうか。巻き込まないようにしたかったが、レイカと弥生もすでに会話くらいしているだろう。

 それから、大家さんと隣人が死んだのだから、レイカは完全に重要参考人だ。今の住居に戻るとまた大変な目に合いそうだ。

「む、むむむ……」

 レイカはどうしようもなさそうに黙ってしまった。私はその場で思い付いた提案をレイカにしてみる。

「レイカ、よければうちにいて。アリスがきたとき、レイカがいれば私も弥生も、すぐにアリスに殺されることはないんじゃないかって」

 レイカは家に帰れないのだから、どこか寝れる場所を確保しなければいけないが、ホテルとかも目撃証言のせいで長居できないだろう。うちなら部屋も余っているし、すでに狙われてる私や、もしかしたら標的かもしれない弥生も、レイカの近くの方が安全なはずだ。

「こういう言い方はしたくないけど、私は弥生が一番大事だから言うね。私の妹を巻き込んだんだから、ちゃんと守って」

 こんな言い方はすごく卑怯だ。レイカ自身も被害者なのに、巻き込んでしまったという負い目を利用してレイカに弥生を守ってもらう。そうまでしても、私のなかで弥生が最優先なのだ。

「わかった。お言葉に甘えて住まわせてくれんかの。こうなってしまったら、2人は儂が命に代えて守ろう」

 レイカは申し訳なさそうだったが、気持ちを切り替えて私たちを守るといってくれた。

「ありがとう。弥生を呼んでくるから」


「弥生、さっきの記事ありがとう。それから、少しの間、レイカさんをうちに滞在させても良いかな」

 弥生に居間まで来てもらって、レイカが家に居ても良いか許可を得ようと聞く。最悪の場合、レイカは私の影に潜っていると言っていた。能力を使い続けることになるので疲れてしまうらしいが、他に方法がなければやるらしい。

「そういう結論になったのですね。納得できませんが、わかりました。それよりも、姉さん」

 あっさりと許可してくれた弥生は、私にまっすぐ視線を向け、きちんと目を見ている。緊張しているのか、深呼吸を数度している。なんだか告白される寸前みたいで私も緊張してきた。

「私は、何があっても姉さんの味方です。姉さんが普通の人じゃなくなっても、これからどんな大変なことになろうとも、私は姉さんが帰ってきてくれる場所でいたいと思っています」

 そう言い終わると、弥生は私にはまた抱きついた。私がどういう状況なのか、オカルト好きも相まって察してくれたのだろう。私がレイカと話をしている間、いろいろ考えてくれたのかもしれない。

「弥生っ、本当に、本当にありがとうっ!! 私は、何があっても弥生のことが一番大好きだよ」

 抱き締め返して、溢れてくる涙を止められない。そうだ、私も、最後には弥生がいてくれるこの家に帰ってきたい。

「仲が良いの。水を指すようですまんが、あまり力をこめてはいかんぞ。人間のときよりセーブが聞かなくなっておるはずじゃからの」

「そ、そうなんだね。ごめん、痛くなかった?」

 レイカさんの忠告に慌てて力を緩める。弥生は「大丈夫です」と答えて、さらにぎゅーっと私に抱きつく力をこめた。

「姉さん、話は変わるのですが、血塗れの服をごみ袋の底に押し込まないでください。ちゃんと洗ってなるべく血を落とさないと、あとから騒ぎになります」

 隠していたはずの私の服が見つかっていた。弥生は帰ってきてすぐに私のもとへ来たし、そのあと、すぐに部屋に行ったはずなのにいつの間に見つけたのか不思議である。でも確かに他の事件と同様に、背中を切り裂かれてあんな血の池が出来ていたのだから、ゴミを調べられるかもしれない。あんなもの出てきたら大騒ぎだ。

「あの、背中は大丈夫ですか? 服の破れ方がひどかったのですが。お風呂入ったときに沁みたりとかしませんでした? 消毒とか必要ないんでしょうか?」

 弥生が改めて心配になったようで、私の服の端を掴む。そのまま捲り上げられそうな雰囲気だが、私は大丈夫だと答える。

「痛みはないし、血も出てないよ」

「うむ、吸血鬼の治癒能力は高いからの。あのくらいの傷なら問題ないじゃろう」

 弥生はホッと胸を撫で下ろす。こんなに心配させてしまって、私は心苦しくていっぱいだった。たぶん弥生はもっともっと私に対して心配事はたくさんあるはずだ。どうにかその不安を失くせないだろうか。

「吸血鬼、ですか。オカルト好きとしては複雑ですね。とりあえず、この人を空いている部屋に案内しますので、姉さんは休んでください。身長も近いので、服は私のをお貸しします」

 弥生に連れられて、レイカは「すまん」と言いながら客間へ向かった。雰囲気から弥生はレイカをかなり嫌っているようだが、喧嘩せずにいてくれそうですごく助かる。弥生は中学生なのに大人だな、と子供っぽい私はつい弥生に甘えてしまうのだった。

「吸血鬼か、やっぱりこの喉の渇きはそういうことなのかな?」

 そんな独り言をつぶやきながら台所へ向かい、ウォーターサーバーから水を汲んで飲み干した。潤ったような気もするが、なんだか水では物足りない。もう一度飲む。やはりなんだか物足りない。

 試しにコップをいくつか取り出し、オレンジジュースやコーヒー、牛乳、野菜ジュースをそれぞれのコップに注ぐ。端から順に飲み干していった。

「姉さん、なにしてるんですか?」

「ごくごく……ぷぁ。喉が渇いたからいろいろ飲んでただけだよ」

 レイカを案内し終えた弥生が戻ってきて、テーブルに並んだコップに若干引いていた。

 弥生もコップにコーヒーを淹れ、席に座って一服する。だいぶ疲れているようで、少しうとうとしているようだった。

「ありがとう、私のこと必死に探してくれたんだね」

 弥生の頭をなでると、抵抗はせずに気持ちよさそうに目をつむっている。

「ソファでうたた寝してしまい、目が覚めたら姉さんがいなくて、すごく焦って近所中探しても見つからなくて、隣の駅まで探しに行ったんですよ」

「うん、ごめんね」

「何があったんですか?」

 弥生は眠そうながらも、真剣な目で私を見上げている。私は弥生が昼間に寝てしまってからこれまでのことを話した。あまりきつい表現は使わず、なるべく柔らかい言い方を心掛けた。

「なんとなく、わかりました。それで、姉さんはそのアリスさんと会ってどうしたいのですか?」

「わからないけど、とにかく話がしたい。このまま放っておくこともできないから」

 放っておけないというのはレイカのことだけじゃない。アリスの物語がどうしても気になったのだ。レイカとアリスの関係がどういったもので、昔なにがあったのかまでは聞けなかったけど、同じ銀髪という点から、もしかしたら血縁関係なんじゃないかと思った。

 それなのに、アリスは自分の物語に従ってレイカに関わる人を殺してるなんて、どれほどレイカのことを憎んでいるのだろうか。まだそんなにレイカのことを知っているわけではないけど、私がレイカから受けた印象は誰かにそれほど憎まれるような人ではなかった。

 レイカに傍にいてもらうよう頼んだ手前、こう思うのはあまり良くないけど、実はレイカもそんなに信用していい人じゃなかったりするのだろうか?どのみち、私だけじゃなくて弥生も巻き込んでしまっているのだから、レイカとアリスの物語を正さないといけない。

「姉さん、頑張ってください」

 さっきのお礼という感じで、弥生は背伸びをして私の頭を頑張って撫でてくれる。

「ありがとう、弥生」

 私は絶対に弥生のことを守ると誓った。


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