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Vampire teller  作者: リタ
序章:吸血鬼騒乱編
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始まりの吸血鬼1

【炎天下の吸血鬼】

 拝啓、夕立を心待ちにしたくなるような猛暑の毎日ですが、お父様、お母様におきましてはいかがお過ごしでしょうか。お仕事が忙しいことと思いますが、お体に気をつけていただきたいと思います。

 私ども姉妹は元気に過ごしております。変わったことといえば、あの子は私にも敬語を使うようになりました。あの子も年頃、中学2年生になったのでそういった自分では抑えられない感情があるのかもしれません。丁寧な言葉使いなのでむしろ良いことなのですが。。。

 期末テストの結果は送らせていただいた通り、姉妹揃って問題ありません。前にも言ったような気もしますが、勉学を教え合える学友にも恵まれて、健やかに暮らしておりますのでご心配はいりません。

 ああ、でもあの子は少し寂しそうにしているときがあるので、たまにはメールだけではなくて電話をしてください。

 炎暑の毎日ですが、夏負けなどなさらないようお祈り申し上げます。 敬具


 少し長くなってしまった両親への手紙を便箋に入れ、一緒に写真も数枚同封して糊をつける。別にスマホでメールをすれば済む話なのだけれど、母さんは手書きを好んでいるため、月に一度はこうして綴らなければいけない。ちなみにこの面倒な書き方も母さんの希望で、私は毎月例文を適当に検索しては手紙の内容に四苦八苦している。

 机の引き出しを開けて切手を取ろうとして、備蓄がもうなかったことに気づく。この暑さの中、わざわざ買いにいかなければいけない。私はあくびをひとつしてから、ゆっくりと家を出る準備を始めた。

 自室から出て洗面所へ向かうことにする。夏休みなので、太陽がずいぶん高くなってしまったが、私はまだ起きて間もない。いや、目が覚めたのはもう少し前だが、冷房の効いた部屋での布団は私をなかなか離してくれなかった。

 自室の扉を閉じると、カランと木製の室名札が揺れる。「花月」と私の名前が書いてある。廊下を歩いてとなりの扉には、「弥生」と妹の名前が書いてあった。

 洗面所で顔を洗い、すっきりして顔を上げた。しかし鏡に映っている自分の姿は、重い目蓋を頑張って開いている眠たそうな少女だ。肩にギリギリ届く程度の長すぎず、短すぎない黒髪は内ハネ癖が強い。金色の瞳は、重い目蓋で半分見えるか見えないか、少々タレ目気味なのも実はあまり好きではない。平均的な容姿だとは思うが、この目をどうにか開かなくては妹のような美人さんにはなれないだろう。だけど私は実際、眠くて仕方ないのだ。

 ふわっとまたあくびをすると、洗面所の戸が開いた。

「おはよう。弥生」

「おはようございます、姉さん。もうお昼ですけど」

 弥生は私の妹だ。母さん譲りのまっすぐで癖のない髪は肩よりも少し長い。なんの影響なのか日本にきてからは黒に染めている。そして父さん譲りのキリッとしたつり目はしっかりと開いていて金色の瞳が私をまっすぐ見ている。もう一度言うがとても美人さんだ。2歳しか変わらないが、この子の将来が楽しみで成長が待ち遠しい。

 弥生は私の髪を両手で撫でるように整えてくれる。私の身長が弥生より高いので、整えてくれるのならやりやすいように、と思って少し前かがみになった。

「もう、ちゃんと整えてください」

「うん、ありがとう」 

 ふたり暮らしになってから、弥生は私の世話を焼きたがる。私はお姉ちゃんなのだけれど、献身的な弥生に甘えてしまっている。仕方ない、かわいい妹が世話を焼いてくれるなんて、幸せなことなのだから。そんな面倒くさがりな私の言い訳を感じ取ったのか、弥生はワシャワシャと整えたばかり私の髪を少し力強めに散らした。

「ちょちょっ!? やめて、禿げちゃうから!」

「いっそ剥げてしまえばいいと思います」

 なんだか私の禿げるとニュアンスが違うような気がして恐怖を感じる。弥生が手を離したので、自分で改めて髪を整えた。

「ごはんできてますから、ちゃんと食べてくださいね」

「うん。あんまりお腹すいてないけど、弥生の作るごはん美味しいから食べるね」

 弥生は誰に対しても、私や両親にも、敬語というか丁寧語を使っている。去年までは普通にしゃべっていたのに、このしゃべり方になったのは日本のアニメの影響なのだろうと勝手に思っている。敬語を使うのは良いことだろうと思い、言葉使いを直させようとはしない。


「ありがとう。ごはん食べたら郵便局に行くから、ついでに買ってくるものはある?」

 食卓に座り、そうめんを持ってきてくれた弥生にそう伝える。日本に来てから弥生は日本食にはまっているので、最近ではすっかり日本食に慣れていた。……そうめんって日本食だよね?

 弥生も定位置に座って自分の分を箸で掬いながら、私の問いに答えてくれた。

「とくに大丈夫です。でも、珍しいですね、姉さんが昼のうちに出掛けるなんて」

「うん。母さんからメールが着てね。いい加減に今月分の手紙を寄越せって言うの。国際郵便の切手は近所のコンビニで売ってないから、買いに行ってくる」

 弥生は「なるほど」と納得する。いま、両親はイングランドで仕事をしているから、手紙を送るのにも一苦労だ。

 扱うのが苦手な箸を使ってそうめんを掬う。つゆは弥生が自分で研究したらしいレシピで、柑橘の良い香りが食欲をそそる。弥生の料理はどれも美味しいのだ。そうめんの上には野菜も豊富に乗っており、私の好きなパプリカもある。

 美味しい朝ごはん、もといお昼ごはんを食べ終えて、ショルダーバッグに手紙と、弥生が渡してくれた水と飴を入れる。夏休みは大好きだが、夏は嫌いだ。はやく冬になってほしいと思いつつ、冬は冬で寒さに文句を言うのだろう。

「いってきます」

 玄関を出ると耳障りなセミの鳴き声と、微かに車の走行音が聞こえる。体にまとわりつくような湿った熱のせいで、家を出たばかりだというのにもう汗が噴き出しそうだった。

 もうすでに帰りたい。振り返って自宅を見るが、また母さんにメールでしつこく催促されると嫌なので、諦めて目的地の郵便局を目指した。

 離れていく我が家は自分で言うのもあれだが、それなりの大きな家だ。お金持ちというよりは裕福な一般的な家という印象を感じる家で、娘ふたりで暮らしているので父さんはセキュリティにかなり気を使ってくれた。

 父さんはそこそこに有名な建築家だ。和風と各国特有のデザインの組み合わせが海外の人には需要があるらしく、いまはイングランドで大きなプロジェクトをしている。母さんはイングランドに本社を構える企業の、社長の娘らしい。仕事で父さんと出会って恋愛結婚した。社長の娘"らしい"という言い方なのは、私はお爺さんやお婆さんがどんな仕事をしているのか直接聞いたことがないからだ。それに嘘つきの母さんの言うことを信用しきっていないという気持ちもある。

 私も去年までは両親の、主に父さんの仕事の関係でイングランドに住んでいた。仕事によってヨーロッパ各国をけっこう引っ越したが、たぶん一番長く住んでいたのはイングランドだろう。日本語は父さんから教えてもらったから、こちらに来てからはそこまで言語的な支障はない。弥生は父さんというよりは日本のアニメや漫画を教科書にしていたような印象が強い。ちなみに母さんも父さんから日本語を習っている。

 母さんの希望により私たちの国籍は日本人だ。そして私自身は日本で暮らしてみたかったため、高等学校は日本の自宅から通えるところを選んだ。私が日本に住むと言うと、弥生も着いてきた。正直に言えばひとりよりも弥生がいてくれた方が寂しくないから嬉しかった。

 郵便局への近道をするために大通りから脇へ逸れて、階段を上がり、大きな公園の中を横切ることにする。道路よりも木々がある分、涼しい気がした。あまり歩いていないのに、もう水を飲みたくなって木陰のベンチを探す。公園の端に木々が並ぶ小道があり、その先にいくつかベンチがあったが、そのうちのひとつにもう先客がいることに気付く。

 ぐったりとベンチの上で横になっている人が、ヒューヒューと心配になる息の仕方をしている。

「だ、大丈夫ですか!?」

 慌ててその人に近づき声をかける。大丈夫とは思えないが、そう聞くしかない。

「ああ、すまぬ。儂は大丈夫じゃ」

 その人は低音でクールな印象だが、可愛らしさも感じられる声色で私に答える。私と同年代くらいの少女だ。サラサラの透き通るような銀髪はおそらく腰まで長く、ベンチに横になっているせいで座面から溢れた毛先が地面についてしまっている。弥生よりもきつめのつり目で、紅い瞳をしていた。整った顔立ちは同性でも少しドキドキしてしまう愛らしさがあった。

 見たところ汗をかいていないようだが、特段赤くなっているわけでもない白い肌をしている。しかし明らかに暑さにやられて具合が悪そうだ。おまけにフリフリが重なった白黒のゴスロリ風ワンピースは熱が篭りそうだった。

「飲んでください。熱中症になってしまいます。塩飴もありますから」

「ありがとう。だが、気持ちだけで良い」

 水分と塩分補給は専門家でなくとも今や誰もが知っている大事な熱中症対策だろう。弥生が渡してくれたものがはやくも活躍する場面だった。だったのだが、銀髪の少女は受け取らなかった。ゆったりと身をお越し、枕にしていたのだろう厚さのある古びた本を取り膝の上に置く。印象的な刺繍が表紙に描いてあり、目を引く本だった。

 いまは本のことを気にしている場合ではない。遠慮しているなら無理やり飲ませた方が良い。

「遠慮しないでください。倒れてしまいますよ。」

「いや、大丈夫じゃから――――」

「飲んでください!」

 ずいっと、しつこく水を進める私を見て、必死さが面白かったのかクスッと少女が笑った。その笑みにはなんとも妖艶さがあり、大きく心臓が跳ねて顔が熱くなる感覚を覚えてしまう。

「ふむ、本気で心配してくれてるんじゃな。それならお言葉に甘えて、お願いがある」

「は、はい。なんでしょうか」




「お主の血をくれないかのぉ?」




 少女からのお願いは、よくわからないものだった。

「……はい?」

 少しの間を置いて出た言葉は気の効かない短いものだった。私は言葉の意味がわからずに首を傾げて考える。いや、もしかしたら聞き間違いかもしれない。

「儂は実は吸血鬼でな、暑さにやられて参っていたところじゃ。お主の血を飲ませてもらえたら日差しもどうにかできるので、飲ませてほしいのじゃ」

 聞き間違いではないことを確信させた彼女の言葉は、弥生と同じ病を患っているとしか思えない要求だった。しかしニヤリと笑った口から見えたのは、人のものではありえないほど鋭く長い犬歯。そして紅い瞳の中で瞳孔が猫のように細長くなった。

 カラコンとつけ歯だと思うが、彼女の言葉には嘘ではないと思わせる凄みがあった。

「なんて、冗談――――」

「わかった」

 私は「えっ?」と驚く彼女の隣に座り、腕を差し出した。変な要求をされたためか自然と敬語をやめてしまうが、こちらの方が話しやすい。

「はい、どうぞ。あ、それとも首筋から?さすがに首は少し怖いんだけど……」

 私の腕と顔を交互に見た彼女は、私が「血をあげる」と言ったことを理解して、やっと口を開く。

「いや、いやいや。普通はそんな反応しないじゃろう?お主は儂が本当に吸血鬼だと思うのか?」

「嘘なの?」

 至極当たり前の彼女のツッコミに、私はそう答える。私としては最終的に水を飲んでくれればいいし、この病は肯定も否定もしない、という対処方法を妹で学んでいた。

「嘘ではないが、お主は変わっているのぉ」

 彼女が苦笑しながら述べた感想は、なぜか私がよく言われる言葉だった。「それがあなたの良いところ」だと親友は言ってくれたので、きっと悪い意味ではないはずだと思う。

「では、いただきます」

 私の腕を優しく掴み、口を近づける。おや?と思ったが、いまさら腕を引くことはできなかった。

 ぶつりっと皮膚を破り、先ほど見た鋭い犬歯、もとい牙が私の腕に突き刺さる。痛みが走り眉が自然と寄るが、腕を動かさないように我慢する。

 噛み傷から溢れてきた血をこくり、こくりと数口飲み込んでからペロッと私の傷を舐めた。黒いハンカチで私の腕についた唾液を擦らないように拭いて、彼女は満足そうに上品なため息をはいた。

「ふむ、本当にありがとう。おかげで夜を待たずにここから動けそうじゃ」

 先ほどまでの具合の悪さが嘘のようにスッキリした顔の彼女は、元気に立って私の正面に来た。

「……本当に吸血鬼だったの?」

「やっぱり嘘だと思っていたのか」

 呆れたような顔をして、色白で細く長い指で私の腕を差す。示した部分は先ほど彼女が歯を突き立てた場所なのだが、なぜかすでに傷は塞がっていて、少しくぼんでいる程度の痕が残っているだけだった。

「お主、名は?」

「私は花月だよ」

 不思議体験をしていると、まるで他人事のように考えながら名乗る。顔をじろじろ観察されて、整った彼女の顔が不意に近づくので、またもドキドキしてしまった。私は別に、同性を恋愛対象としていることはなく、いままでだって別にそういった節はなかったはず。人生で1度も彼氏ができたことはないし、友人たちが恋ばなに花を咲かせているときにはあくびを噛み殺して睡魔と戦っていたような恋愛ごとには疎い人間である。いや、それはあまり関係ないか。

「よし、覚えたぞ。カヅキよ、儂はレイカじゃ。レイカ・ヴァレンタイン。お主は気軽にレイカと呼ぶと良いぞ」

「うん。よろしくね、レイカ」

 挨拶は大事なので、いろいろ質問したいことはあったがとりあえずそう伝える。

「まあ、そうは言ってもお主とはもう二度と会えないかもしれないがのぉ」

 一瞬寂しそうな顔をしてレイカはつぶやくが、間髪入れずに笑顔を見せ、私の隣に座り直した。そして手に持っていた本をパラパラと流し読みし、何か考え込んでいるようだ。

「えっ、もう会えないの?」

 公園にいたからと言って近所に住んでいるわけではないかもしれない。しかし、いまは誰もがスマホなど電子端末をあたりまえに持っている時代だし、こうして知り合えたのだから連絡先の交換くらいしたいと私は思う。

「お主は一般人のようじゃし、儂の物語には関わりなさそうじゃからのぉ」

 一般人や物語と、普段はあまり聞かない単語に、やっぱりレイカは病を患っているようだと勝手に思う。もう噛まれた痕すらなくなってしまった腕が不思議だが、吸血鬼というのも、中途半端に古い話し方も彼女の中の設定に違いない。

「さて、あまり関わりすぎてやつに目を付けられてもいかんし、儂は行かせてもらうかのぉ。カヅキよ、本当にありがとう。お主も暑さにやられぬように気を付けるのだぞ」

 別れの挨拶ということなのか、レイカは再度顔を近づけ、私の頬に唇を軽くつける。ちゅっとわざと音を立てて笑うと、先ほどまで静かだったのに強い風が急に吹いた。一瞬目を閉じて、次に開けたときにはレイカはいなくなっていた。

「――――さようなら?」

 噛まれたこと。傷がすぐに塞がったこと。すごくドキドキする笑顔。一瞬で姿を消したこと。不思議なことが多くて考えがまとまらないが、なにより挨拶のつもりだったのだろうが、最後の頬への口付けが、私の思考を完全に停止させていた。

「白昼夢でも見ていたのかな?」

 すっかり跡形もなくなってしまった腕の傷を眺めながら、私は少しの間そこで呆けてしまった。

 これが、私と、私の主人となるレイカとの初めての出会いだ。



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