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魔剣士と終わりゆく世界  作者: 巫 夏希
第一章 世間知らずの姫
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第一章6  侵入

 次の日は、あまりにも寒かった。

 寒過ぎて何度も目を覚ましてしまうくらいだ。布団はかなり暖かいはずだったのだが、そんなことは幻想だったらしい。


「……朝食も付いているとか言っていた気がしたな」


 朝は苦手だが、朝食のためならば起きるしかない。

 カーテンを開けると、昨日よりも雪がしんしんと降り積もっているように感じられた。


「何というか生活するだけでも大変だな、この街は……」


 先ず、雪かきをしなければ何も始められないのではないだろうか?

 だとしたらそれだけで体力は持っていかれるだろうし、かといって自動で雪を溶かすような物なんてある訳もない。マシーナならそういった類の代物はとっくに開発されていて、実用化していそうなものだが、それをおいそれと他の国に簡単に提供出来る程、世界情勢もシンプルなものではない。

 後はまあ、機械そのものを嫌っている人間も居る。私はそれを古臭い価値観であるとは思いつつも、それが駄目だとは一言も思わない。何故ならば価値観は皆違うから良いのであり、価値観が全員一律のものであったならば、それは人間としてのアイデンティティを失いかねない。


「暖かい物でも食べられると良いんだがなあ……」


 何なら温めたアルコールでも構わない。

 一先ずそんなものに期待を寄せながら、私は部屋を後にするのだった。


 ◇◇◇


 朝食は堅焼きのパンだった。サラダに目玉焼き、そして野菜を煮込んだスープまで付いていた。

 家庭的な料理を出す――なんてことは昨夜言っていたような気がするが、ここまで拘っているとは思わなかった。それはそれでメリットの一つとして挙げることが出来るだろうし、もっとこの宿屋が人気になってもおかしくはなさそうだった。やはり場所の問題か?

 宿屋を出たのは、陽の二つ(注釈:午前八時)のことだった。流石にこの時間にもなれば人が出歩いていそうなものだったけれど、寒さと雪に負けてしまった人間が大半だったのだろうか、昨日よりは少ない。


「とはいえ、これはチャンスではあるか……」


 私という存在が城に向かったという事実を確認されないためには、ある意味好都合ではあった。

 私は神という存在を信じてはいないが、こういうときぐらいは信じてやっても良いのかもしれないな。

 雪が降り積もる街の景色を見ると、観光客が押し寄せる理由も何となく分かる気がしてきた。私は芸術というものには疎く、過去の思い出でもそれが出て来たケースというのはあまりなかったはずなのだが、しかしながら人の感性というのは変わっていくものであり、こうやって以前理解し難いものを理解出来るようになるのもまた人間というものの在り方なのかもしれない。


「寒くなければ、観光にうってつけなんだが」


 しかし、それは冬の季節であることを鑑みれば、何を言っているのだ――と馬鹿にされるかもしれないことだった。仕方ないと言えば仕方ない。されど、それが現実味を帯びていないものであったにせよ、理想ぐらい掲げても良いのではないだろうか。

 観光にうってつけの天気であることを分かっている観光客も中には居るようで、ばっちりと防寒対策を整えた服装で出歩いている人間もちらほら居る。多分そういった人間は寒いから良いのではないか、などと思っているのかもしれない。あくまでも、私の勝手な認識だが。

 山を登る道中に、大きな鉄の門があった。兵士が駐在しているところを見ると、ここから先がエッダー家の土地といったところか。


「……おい、止まれ。ここに立ち入って良いのは招待された人間と関係者だけで――」


 兵士の言葉を予想していたので、私はそいつの目の前に招待状を見せつける。

 にしても私はそんなに怪しく見えるのかねえ? 或いは危険なオーラでも感じ取ったか。だとすりゃ、その兵士はやり手ではあるな。


「――確認した。通るが良い」


 しかし先程の行為を謝罪することはなく、兵士は頭を下げるだけだった。そうだよ、招待客には敬意を持って接しないとな。私は偽者だがね。

 門を抜けるとさらに山を登る道が延びていた。道の両端には木々が雪化粧を纏っている。美しい光景とでも言うのかもしれないが、生憎ここで芸術鑑賞をしている暇はない。

 私が今ここでやるべきことは――復讐だけだ。

 それ以外のことを考えてはならないし、実行してはならないし、諦めてはいけない。

 私は何のためにここまでやって来たのか――そう自問自答し、足を一歩ずつ前へと進める。

 ゴールは、目の前だ。

 そう思うと、何処か足取りも軽いように感じられた。


 ◇◇◇


 城の中に入ると、思った以上に警備は薄かった。

 大方監視されている気分がして楽しめないなどと言ったゲストでも居たのかもしれない。私からすれば至極有難いことで、私が来るためにお膳立てでもしてくれたんじゃないかなどと思ってしまう気分だ。

 しかしこの城は迷路のように入り組んでいる。地図を頭の中に叩き込まないと、何処に何があるのか分からなくなってしまうぐらいだ。

 さりとて、今はそんな余裕などない。綱渡りになってしまうのは致し方ないことではあるが、前に進む。

 何故ならこの城の何処かにトール=エッダーは居るはずなのだから――。


「……あらぁ? そこで何をしているのかしら?」


 血の気が引いた。

 背後から聞こえたのは、少しばかり高い声だった。しかし女性のような声ではない。何というか、無理矢理男性の声を女性の声に当てはめたような、そんな声だった。

 私は直ぐに考え始める。

 問題はその人間が敵であるかどうかだ。兵士の一人であるとするならば、口封じをしてしまった方が早いかもしれない。或いは、誤魔化すことでどうにかその場をやり過ごすか、だ。

 一先ず、私が取るべき行動は――。


「あら。どうしたのかしら? 体調でも悪いの?」


 踵を返す。

 そこに立っていたのは、赤と白の縞模様の服を着た男だった。男にしては髪も肩にかかるぐらいはあるし、髪質も良さそうだ。遠目で見てもツヤツヤであることが分かる。


「いや、ちょっと迷子になっちゃって……」


 私は直ぐに誤魔化した。

 何故なら、その男の雰囲気が――あまりにも読めなかったからだ。

 女性みたいな声を出した、女性のように美しさを追求しようとしている男。それだけ考えるならばきっと腕力は強くなく、そのまま捻じ伏せてしまえば良いと考えるかもしれない。

 現に、私もファーストインプレッションはそう感じていた。

 しかし、雰囲気が読めなかった。どういう態度を取って、どういう行動を仕掛けてくるかが読めなかったからだ。

 だから動けなかった。

 だから誤魔化すしか道がなかった。


「あら。そうなの? パーティー会場から抜け出そうとしているのか……或いは別の何か、他の理由があってわざと迷子の振りをしているのかと思ったわよ」


 図星なんだよな。

 何でそう的確にこちらの思考を読み取ることが出来るのかが分からなかったが、しかしそこで取り込まれてはいけない。そこで相手の雰囲気に取り込まれては、向こうの思う壷だ。どうにかして脱出しなくてはならない。


「……そういうあなたこそ、どうしてここに?」

「あら。私のこと分かんない? それともここに最近やって来たばかりなのかしら」


 いいえ、知っていますよ。

 知っているからこそ、ギャップに驚いているとでも言えば良いかな。


「いや、知っていますよ。あなたは……旅芸人のウルさんですよね? 世界を飛び回って、数多くの街で公演を成功させてきた、旅芸人の第一人者だとか。そんなあなたが、どうしてこんな雪深い街にやって来たんですか?」


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