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魔剣士と終わりゆく世界  作者: 巫 夏希
第一章 世間知らずの姫
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第一章3  酒場での情報収集②

 酒場は美味い酒があるだけでそこに行く理由が出来る。聞いたことがある話ではあったけれど、それを実行しているところが実際に存在しているとは思わなかった。


「まあ、少しは楽しんでもらえないとな。お客さん、ここに泊まってくれているんだろ?」


 どうしてそれを――と思ったが、良く考えればさっき女性が酒場は父親が経営していると言っていたような気がする。


「あ、ああ。そうだが……」

「ここは雪が降るととても神秘的な光景がすると話題でね。とはいえ観光客は大半が正門前の宿屋エリアに集中しちまうんだよ。ここは少し一本入ったところにあるからか、人の入りも悪いしな。昔はそれでも人は入ったんだが……」

「でも、居心地が良いですよ。人が少ないからかもしれませんが」


 お世辞でも言って良いのかどうかは分からなくとも、メリットは大々的に打ち出しておいた方が良い。

 正確には、これから情報収集をしていくに当たり、主のご機嫌は取っておくのがマストだ。


「……そうそう。少しばかり話をしたいなと思っていて。私、ここの街のことを何も知らないんですよ。調べただけじゃやっぱり全然分からなくて……。可能だったら教えて頂けます?」


 こういう時は下手に出るのが一番だ。

 何故ならそれによって相手を気持ち良くさせることが出来るからだ。そうすれば後は欲しい情報を上手く引き出せば良いだけの話。


「構わないよ。ええと……、それなら外せないのはここを治めているエッダー家の話からかね」


 そうして、マスターはバーガンズのことをあれやこれやと話してくれた。

 エッダー家は日夜パーティーを開催している。これは私が調べていた情報の一つだ。

 そして聞き出すことが出来たのは、その詳細についてだ。庶民が食べることも飲むことも出来ないような食材や、出会えることのない人々を多く招いているらしい。


「例えばどんな?」

「最近で言えば旅芸人のウルかな。名前ぐらいは知っているんじゃないかい?」


 名前どころか実物も見たことはある。

 ウルという旅芸人は世界を旅しながら、人々に笑顔を振りまくためにサーカスを開いていると言われている。サーカスと言っても個人で出来る範囲には限界があるだろうし、確か魔法を使った曲芸をしているとかどうとか。魔法を使えて剣の腕も一流というのだから、かつては冒険者だったのか、それとも旅芸人の腕を磨く最中で身につけたのかは定かではない。


「……旅芸人がやって来たのは?」

「つい数日前だったと思うぜ。何せ俺達のような庶民ですら名前を知っている人間だ。門前が人でごった返していたよ。そして全員に握手をしてパフォーマンスをして……。城に辿り着くのに一つ(注釈:二時間)は掛かったそうだ」


 そんな山道を登る訳でもあるまいし、一つも掛かるのはあまり現実的な話ではないな。

 きっと体力も相応に使ったことだろう。


「旅芸人はいつまでここに居るつもりなんだろうねえ。一度私もお目に掛かりたいものだよ」

「それなら、明日ぐらいには出て行くんじゃないか? 数日は滞在すると話していたらしいし、それについてはやっぱり売れっ子の旅芸人だからな。スケジュールを空けるのも難しかろう」


 確かに、ウルのスケジュールはかなり先まで埋まっていて、お金でそれを解決するとか言っていたような気がする。

 となるとあの旅芸人、相当な金額を貰っているということか。良いねえ、旅芸人は気楽で。


「エッダー家は、ずっとこの土地を治めていたのか?」

「だと思うぜ。俺みたいな庶民には到底想像出来ないぐらい昔からこの街を治めていたはずだ。だからといって最近は傲慢さが目立つけれどな。いつ俺達の堪忍袋の緒が切れるかも分からねえよ。……おっと、これは旅人さんには関係のない話だったな、忘れてくれ」

「いや、別に構わないよ」


 エールを少し呷って、さらに話を続ける。


「それに面白いじゃないか。そういう負のエネルギーを使うような話――というのは」

「がっはっは。面白いことを言うじゃないか、旅人さんよ。……実はエッダー家はな、税金を多くせしめているんだよ」

「重税を課すのは、意外と何処の国でも聞いた話ではあるが?」

「例えば今月の売上が金貨三枚だとするだろう? ……それのうち金貨二枚をせしめていくのが税金ってことだよ。金貨一枚で家族二人が食っていける訳がない。いや、それだけじゃない。酒も手に入れなくちゃならねえし食べ物も確保しなければならない。いわゆる『経費』って奴だな」

「それを許容してくれない……と?」


 良くあるケースではあるが、『良くあるケース』で片付けてはいけない話ではある。


「おうよ。だから今はそれを商品やサービスの価格に上乗せするしかなくなっちまう。例えばうちの宿泊費用は一泊銀貨五枚だが、経費を考えると倍の金貨一枚じゃなければやってられねえ。けれど、それじゃうちは太刀打ち出来ない。何故なら相手の大きい宿屋は、それなりの販路を確保していて金貨一枚で十分過ぎるぐらいのサービスを提供出来るからだ。うちは到底出来やしねえ。従業員も新たに雇うことは出来ねえからな」

「それなら、どうするんだ? クーデターでも起こすか?」


 私の言葉に、マスターは深い溜息を吐く。


「それが出来たら苦労しねえのよ。結局、権力を持っているのはエッダー家で、その大きな権力とお金をもってして強い軍隊を確保している。要するに力での押しつけであり、それが出来なければクーデターが起きることは向こうだって分かりきっている話なのさ」

「……何も言えないが、難しい話だな。こちらとしてはお金を落とすしか道がないんだろうが……。他の街へ逃げようとするのは?」

「無理だな。許可が下りねえし、夜逃げしようにも夜中は門が閉ざされる。事前に許可を得た人間しか街の外に出ることは許されねえ。そうなったら、俺達は一生飼い殺しされるだけよ」


 何ともまあ、ここまで人間の悪いところを煮詰めたか――という感じの状態だ。

 いつクーデターが起きて破綻しても何らおかしくはない。


「逃げようとするのは考えなかったんだな?」

「逃げることが出来るのなら、いつだって逃げようとしたよ。でもそれは無理だな。一つはさっき言った通りで、もう一つは……やはりここが生まれ故郷だからだよ。ここで生まれたからには、ここに骨を埋めたいのが人間ってもんだ。違うかい?」


 そうかね。

 私の故郷は既に私が居たことを忘れ去っているに違いないだろうがね。

 まあ、その感情を抱く抱かないというのは人それぞれだし、別に私がどうこう言う筋合いもない。


「……それにしても飲みっぷりが良いねえ、旅人さんよ。もう一杯飲むかい?」


 すっかり美味しいエールだったからジョッキを一杯飲み干していた。

 そして私はもう一杯ぐらいなら、と思いその言葉を聞いて頷いたのだった。



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