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裁判

 法廷。

 裁判の真っ最中だ。

 文彦は被告席に立たされている。

「被告は山奥村の山中にて、絶滅危惧種である妖怪狒々を虐待しました」

 有能そうな検察官が雄弁に起訴状を読みあげている。

「野生動物保存法違反の現行犯であります。極めて悪質であり、厳重な処罰を要求します!」

 傍聴席に座っているLSのメンバー4人は無言で拳を振りあげて、文彦への怒りを露わにしている。

 老練そうな裁判官は文彦にむかって、

「検察官が読み上げた事実について、なにか間違っているところはあるかね?」

 文彦は声を荒げ、

「自分は虐待なんかしていません! こんな裁判はナンセンスだ!」

 LSのメンバーたちがブーイングで応酬する。

「静粛に!」

 裁判官が、日本の裁判所では使われていないはずの木槌をカンカンと打ち鳴らす。

 弁護人席のほうに目をやり、

「弁護人の意見はどうかね?」

 頼りなさそうな国選弁護人の山田が立ち上がり、

「ひ、被告は、きゅう、ふいに狒々に襲われて……」

 吃音者らしく、たいへん聞きづらい。

「……あ、あくまで自衛のために防戦したの、のにすぎません。む、む、無実です」

 検察官がすぐさま反論する。

「被告の目的は、希少種である狒々を捕獲して、裏ルートでコレクターに売り飛ばすことであることは明らかです。でなければ2カ月ものあいだ、山中の掘っ立て小屋ですごしていた理由が説明できません」

「被告はなんの目的で山中にいたのかね?」

 と裁判官。

「い、い依頼人はぶとうかで、山に入ったのは踊りの練習を……」

「〝舞踏家(ぶとうか)〟じゃなくて〝武道家(ぶどうか)〟!」

 文彦がツッコむ。

 山田はあわててメモ帳を確認しながら、

「し、失礼しました。ブドウの練習の間違いでした」

「異議あり! 昔の劇画じゃあるまいし、いまどきそんな時代錯誤な人間はいません!」

「山での修業は武道家の基本です!」

 文彦は確固たる信念を持って検察官に反論する。

「静粛に! 被告は許可なく発言しないように」

「……すいません」

 文彦はしぶしぶ口をつぐむ。

「それでは陪審員の皆さん──」

 裁判官がいよいよ締めに入る。

 山田はオロオロして、

「ま、待ってください。ま、まだ証人が到着していません」

「もう時間だ。あきらめなさい」

 陪審員席に顔をむけて、

「では陪審員のみなさん、判決を」

 6人の陪審員は全員がクイズ大会で使うような札を手にしている。表と裏に、それぞれ

(有)または(無)と書かれている。

                                        

(有)(有)(有)(有)(有)(有)

                                        

 いっせいに札を上げると、全員一致で有罪という結果となる。

「イエース‼」

 LSのメンバーたちは、勝ち誇って小躍りしたりハイタッチしたりしている。

「被告は有罪につき、懲役一年の実刑に──」

 文彦はさすがに動揺して、

「待ってください! 自分はもうすぐ大事な大会があるんです!」

 そのとき、バタンと後ろのドアが開く。

 警備員が入ってきて、

「弁護側の証人が到着しました」

「そうか。では入廷しなさい」

 身をかがめてドアをくぐり、のそりと法廷にその威容をあらわしたのは、体長2・5メートルはあろう巨体の大猿だった。

 さっそく若い女性の金切り声があがる。

「………」

 文彦も驚きの色を隠せない。まちがいなく、山中で死闘を演じたあの狒々なのだ。

「証人は証言台へ」

 裁判官はさすがベテランだけあって平然としている。

 首輪に繋がった鎖を警備員に引かれ、狒々は証言台にむかって二本足で歩いていく。

 みんな目を見張り、ざわついている。

「首輪は虐待だ!(日本語訳)」

 LSのメンバーたちが的外れな非難の声をあげるが、当然無視される。

 狒々は大人しく証言台に立つ。人間の言葉がわかるようだ。

 山田は狒々にむかって質問する。

「ひ、ひひひ、狒々さん、あ、あなたは山の中で、ひひ、被告人から虐待を受けましたか?」

「ヲォウ、ワォォウ、オゥ」

 狒々はすぐに答えるが、ただ獣が呻いているだけにしか聞こえない。

 検察官は嘲笑って、

「こんなの証言にならない!」

 裁判官は警備員にむかって、

「すぐに通訳者を」

                                        

 ──20分後。

 狒々のそばには、一頭のゴリラと女性の手話通訳者が立っていた。

「も、もういちど伺います」

 と山田。

「狒々さん、あ、あなたは山の中で被告人から虐待を受けましたか?」

 狒々は再び証言をはじめる。

「ヲォウ、ワォォウ、オゥ、フヲフヲフヲ──」

 やはり獣が呻いているだけにしか聞こえないが、となりで静かに耳を傾けていたゴリラが、その言葉を手話で表現する。

 それをさらに手話通訳者が読み取り、口頭で裁判官に伝える。

「〝彼との闘いは戦士同士の正々堂々たるものだった。一方的な虐待などでは決してない。彼は尊敬できる戦士だ〟」

「狒々さん……!」

 文彦は感動して涙ぐむ。

「陪審員のみなさん、もう一度判決を」

                                        

(無)(無)(無)(無)(無)(無)

                                        

 一人だけ有罪をあげかけたが周りを見てあわてて差し替え、全員が無罪の札をあげる。

「こんな証言は無効です! こいつはただの猿だ!」

 検察官が血相を変えて異議を唱える。

「その発言は動物差別だ!(日本語訳)」

 例によってLSのメンバーたちがヒステリックな声をあげる。

「やかましい! さっさと国へ帰れ、環境テロリストども!」

「ファッーク!」

 LSのメンバーたちと検察官はつかみ合いの大喧嘩をはじめる。

「被告人は無罪。これにて閉廷!」

 裁判官は仕事を終えると、とっとと奥へ引っ込む。

「初めて裁判で勝った……!」

 山田は一人、感動に浸っている。

「狒々さん!」

 文彦は狒々のほうに駆け寄ろうとするが、ワッと押し寄せる他の者たちに弾かれてしまう。

 みんな、狒々をアイドル扱いして取り囲み、うれしそうにスマホで撮影している。

 文彦は腕時計に目をやり、

「早く帰って大会のしたくをしないと!」

                                        

 文彦はあわただしく廊下を走って、出口にむかっている。

「青馬さん!」

 後ろから呼ばれて立ち止まる。

 駆け寄ってきたのは、手話通訳者の女性である。

「なんですか?」

「狒々氏から伝言です」

「え?」

「〝邪心を捨てて闘え〟とのことです。伝言はこれだけです」

 そう言うと、さっさと法廷のほうへもどっていく。

「邪心を捨てる……?」

 文彦はキョトンとした顔。


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