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山籠り

 某県某市にある山奥村。

 緑に覆われた深い山々に囲まれており、まるで外界と隔絶しているような土地だ。

「やっと着いたか」

 大きなリュックサックを背負っている文彦が、舗装されていない道をテクテクと歩いている。半日も山道を登り降りしていたせいか、少々疲労気味だ。

「想像以上の僻地だな」

 村内は一面が田畑になっており、建物は小さなものがポツポツとあるだけ。

 日が暮れかけているせいか、人の姿もほとんど見かけない。

「いちおう店もあるのか」

 道沿いに雑貨屋兼乾物屋のようなものがあり、

〝狒々饅頭あります 一箱600円〟

 という貼り紙がしてある。

「ヒヒまんじゅう……」

 その隣りは、古ぼけた木造平屋の役場になっている。

 出入り口の脇に〝ようこそ山奥村へ〟と書かれた看板が立っており、そこにコミカルなデザインで描かれているイラストも狒々である。

 さらに看板の横には、

〈山奥村 音声案内板〉なるものがある。

「誰が来るんだ、こんなところ」

〈古井戸〉やら〈お稲荷さん〉やらいくつかあるうち、〈狒々〉のボタンを押してみる。

 スピーカーから、若い女性の音声で解説が流れる。

「狒々とは日本に古くから伝わる妖怪で、大きな猿の姿をしています。山中に棲んでいて性格は獰猛。十人力の怪力で、人間を襲うとされています。わが山奥村では古くから目撃例が多く、別名〝狒々村〟とも呼ばれています」

                                         

                                         

                                              

 緑に覆われた山の中腹。

 道着姿の文彦が、木々の間を右へ左へとすばやく駆け抜ける稽古をしている。

山奥村の山に籠って一カ月、すっかり髭面でワイルドな面相になっている。

「128! 129! 130!」

 ランニングを終えると、高い木の枝で懸垂をしたり腹筋をしたり。

 さらには太い木の幹にバンッ!と蹴りを放ち、衝撃で落ちてきたすべての木の葉に、

 パン! パシ! パシ!パン!

 とパンチやキックをヒットさせるというメニューをこなしたりする。

 食糧調達さえ鍛錬を兼ねている。

 例えば魚採り。

 まず膝まで川に浸かり、

「いた!」

 魚影を見つけるや素早く水中で蹴りあげ、

 バシャッ!

 と魚が飛び出てきたところをキャッチするのだ。

 また例えば山芋掘り。

 山芋は折れやすいうえに細く長く土中に潜り込んでいるため、ふつうなら掘り起こすのにかなり根気が必要だ。

 だが文彦は山芋の葉を見つけるや、

「アタタタタッ!」

 と左右交互の〝破邪地獄突き〟を土中に放っていく。

 そのすさまじい勢いの突き入れで周囲の土をバッサバッサと地面にまで跳ねあげ、あっというまに山芋を無傷でゲットする。

                                        

                                        

                                             

 山頂付近に、文彦が自作した粗末な掘っ立て小屋がある。

 そばには、〝狒々出現スポット〟と書かれた役場の看板が立っている。

 文彦はここで、奇妙な技の型を稽古していた。

 両手には、なぜか温かそうな羊毛(ムートン)の手袋をはめている。その掌部分を道着の胸あたりに擦りつけるようにして、両腕をすばやく上下に動かしているのだ。

 滑稽な動きだが、本人は真剣そのもの。

                                        

 ザラザラザラ!

 ザラザラザラ!

                                        

 道着に擦りつけている両掌を、さらに速く激しく動かす。

 だが何の変化も起こらない。

 文彦はあきらめ顔になり、稽古をやめる。

「なにがダメなんだ……!」

 

                                      

                                       

 文彦は掘立小屋の中においてあるリュックサックから、無蔵から借り受けたUSBメモリをとりだす。その小さなアルミボディには、〝奥義書〟と手書きされたシールが貼りつけてある。

 切り株の上にノートパソコンがおいてあり、そのUSBを側面のソケットに差し込む。

 画面に、

〝最終奥義 破邪雷神拳の章〟

 というタイトルの見開きページの画像が表示される。

 右ページには解説文が、左ページには墨絵による素朴なタッチで技の型が二図描かれている。

 一つ目は、手袋をした両掌を道着に擦りつけるようにして腕を動かしている図。

 二つ目は、普通の正拳突きのような図だが、手袋をした拳から青白い光のようなものが放たれている。

 解説文は草書体で記されているが、現代語訳もちゃんと併記されている。(無蔵が人を雇って奥義書を全ページスキャンさせたうえに翻訳までさせたのだ)

「〝17代目正統後継者の鋼吉郎は、村を襲う妖怪狒々を退治することでこの奥義を会得した〟」

 文彦は口に出して解説文を読んでみる。

「ヒントはこれだけか……」

 山籠りをはじめて二カ月が過ぎたが、いまだ奥義会得には至っていなかった。大きな壁にぶつかっている。

「やはり狒々と闘うしかないのか」

 


                                       

                                 

 夕方。

 文彦は石に腰を下ろして、川で獲った魚を焚火で焼いていた。

「ふぁ~あ……」

 そのうち、ウトウトして眠ってしまう。

                                       

 ガサリ──

                                       

 物音がして、ハッと目を覚ます。

「……!」

 すぐ目の前に、狒々が立っている。

 体長2・5メートルはあろう巨体の大猿。看板のコミカルなイラストとはちがい、獰猛そうな毛むくじゃらの野獣である。

「グルゥゥ……!」

 威嚇の唸り声をあげて、文彦のことを睨んでいる。

「やっと現れたか……!」

 文彦は立ち上がると、道着の上衣の内ポケットから羊毛の手袋をとりだし、両手にはめる。

「よし、奥義を試すぞ!」

 掌を道着に擦りつけるようにして、両腕を上下に動かしはじめる。

「ウガァ!」

 だがそれを邪魔するように、狒々は長い両腕を伸ばして襲いかかってくる。

「チッ!」

 文彦はすばやくよけるも、狒々の攻撃は矢継ぎ早で途切れない。巨体のわりに敏捷なのだ。どうやら文彦の体をつかもうとしているらしい。

 不意に狒々の動きが止まったかと思うと、

「ギシャーッ‼」

 とひときわ大きな咆哮を浴びせかけてくる。

「!!」

 たまらず文彦は両手で耳をふさいでしまう。

 その一瞬の隙をついて、狒々は文彦の道着を片手でわしづかみにし、軽々と抱えあげて投げ飛ばす。

 文彦は背中からドーン!と木の幹に激突し、地面に倒れ込む。

「ヒヒッ!」

 まるで人間のようなイヤらしい笑い声をあげ、倒れたまま動かなくなった文彦に迫ってくる。

 文彦は狒々がそばまで来たとたんに目を開け(敵を油断させるために気絶したふりをしていた)、向う脛を蹴りつける。

 狒々は悲鳴をあげ、脛を手で押さえてもがき苦しむ。

「今だ!」

 ふたたび両掌を道着に擦りつけるようにして、両腕をすばやく上下に動かしはじめる。

                                       

 ザラザラザラ!

 ザラザラザラ!

                                       

 道着がパチパチと音を立てはじめる。

「あと少し……!」

 さらに両腕を速く激しく動かす。そのスピードは常人では目で追えないほど。

 文彦の髪の毛が、だんだんと逆立ってくる。

「よし、いける!」

 ドサッ──

 だが不意に、文彦は意識を失って崩れ落ちる。

 バターン!

 続いて、まだ向う脛を痛がっていた狒々も意識を失って横倒しになる。

 文彦と狒々の背中には、麻酔銃の矢が刺さっている。

                                      

 ガサガサ──

                                      

 草木をかき分けて、4人の男女が姿を現す。

 そのうちの二人は麻酔銃を手にし、一人はビデオカメラを手にしている。手ぶらの男がリーダーらしい。

 全員が、背中に〝自然保護団体 Land Shark〟(略してLS)と書かれている制服を身につけている。

 そして敵意のこもった顔で、意識のない文彦のことを睨みつけている。

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