科学の怪物
街中にある三階建ての小さなビル。
テレビCMでもおなじみの、〈カユミトメ~ル〉という塗り薬の大きな広告看板が出ている。
正面出入り口のドアには、〈根岸薬品研究所〉というネームプレート。
その地下一階。
どうやら研究室らしい。
医療関連の最新機器がところせましとならんでいる。
ベッド型の未来的な検査機器に、根岸学が静かに目を閉じて仰向けに寝ている。
パンツ一枚の身体には、コード付きパッドがびっしりと貼りつけられている。それにしても凄いマッチョ体型で見るからに強そうだ。
ほどなくして検査機器パネルから、結果のデータがプリントアウトされる。
だが助手の斎藤亮介は携帯ゲームに夢中でまるで気づかない。
根岸は目を閉じたまま、
「おい、もう終わりだろ!」
イライラと怒鳴る。
「あ、うぃーす」
斎藤はあせる様子もなく、携帯ゲーム片手に検査機器の電源をOFFにする。いちおう科学者の助手らしく白衣は着ているものの、どうにもチャラさは隠せない。
「検査終了でーす」
根岸は目を開く。瞳が金色である。
自分でパッドを取り外し、検査機器から下りる。
「結果はどうだ?」
斎藤が手にしているプリントを奪い、自分で確認していく。
「筋力に変化はないっすね。でも副作用はちょっとヤバくないですか、これ」
「この程度なら想定内だ。投与してくれ」
「あ、はーい」
薬品棚から、ラベルに〝US〟と書かれた薬瓶を取り出す。
それを注射器に注入し、
「いくっすよ」
「ああ」
根岸の太い腕に注射する。
全身の筋肉が、グググッと音を立ててさらに強靭にパンプアップし、金色の瞳が不気味に光を帯びる。
根岸は苦痛とも快楽ともつかない獣のような唸り声をあげ、
「わが肉体の咆哮を──」
パピンポパ♪ ピンピン♪ パピンポパー♪
机上のパソコンが、チャラそうなラップのメロディーを響かせる。
「………」
「あ、メールだ」
斎藤は新着メールを確認する。
アラビア文字の文章。添付ファイルをクリックして開く。
大きな画面で動画が再生される。
画面には、中近東系の三十男が二人映っている。
「ドクター根岸! 薬をわれわれに売れ!」
神経質そうな男がカメラ目線で流暢な日本語でまくしたて、小太りの男がアタッシュケースに詰まった札束をカメラにむけている。どうやら神経質そうな男のほうが兄貴分で、小太りが弟分らしい。
「金なら用意してある! われわれと取引しろ!」
兄貴分の男は札束をなんども指差してアピールしながら、さらに激しい調子でまくしたてる。
「まーた、あいつらですよ。しつこいっすね」
「無視しろ。ウルトラ・ステロイドは売りもんじゃない」
根岸は〝US〟の空瓶を手にして、
「これは格闘技の世界においても、科学こそが最強であることを証明するために開発したんだからな」
根岸はパンチ力計測器のほうに近づいていく。
ゲームセンターにある、パンチングマシンそっくりのデザインだ。
構えさえとらずに、根岸は計測器のパッドをちょこんと軽く小突く。
ドガーーンッツ!
[3000]kgという凄まじい数字が表示される。
根岸は憎悪を込めて、
「〈天下一闘技会〉で優勝し、体力バカどもに復讐だ!」
薬品棚の中には、〈天下一闘技会〉と書かれた招待状がたてかけてある。ぶっそうなことに、飛び散った血がべったりと付着している。
さらに棚のそばの壁には、研究資料として根岸自身のウルトラ・ステロイド使用前使用後の写真が貼ってある。
驚くべきことに使用前の写真は、ひ弱そのもののガリガリ体型である。