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決戦

 白虎の選手控室。

 ザ・ワンこと根岸は長椅子にぐったりと腰かけている。

 息は荒く汗だくで、試合中よりもはるかに疲労困憊しているようだ。

「所長、ダイジョーブすっか?」

 付きそっている斎藤が、医療用のペンライトで根岸の瞳孔をチェックする。金色が銅色に濁ってしまっている。

「やっぱ、ヤバイっすよ。これ以上続けんのは……」

「問題ない! あと一試合だ。やれ!」

「は、はあ……」

 斎藤は薬箱からUSの薬瓶を取り出して、根岸の太い腕に注射する。

 とたんに全身の筋肉がグググッと音を立てて強靭にパンプアップし、瞳の金色の輝きが復活する。

                                       

 グゥボォバアアアァァッッッーー‼

                                       

 そして苦痛とも快楽ともつかない獣のような唸り声をあげる。

 その声に驚いて、カバンを取りにきていた仮面ライダーこと枡田はロッカーの反対側でビクッとなっている。

 斎藤は息を飲んで、

「もしかして、決勝で最終形態っすか……!」

「当然だ。おれのウルトラ・ステロイドの真の力をやっと発揮できる」

 根岸は憎悪をあらわにし、

「あいつならば、その実験台にちょうどいい!」

 斎藤も根岸本人も気づいていないが、このとき背中の筋肉の一部が、意思とは無関係にボコボコッと瘤のように隆起していた。

                                         

                                         

     


                                         

「これより、〈天下一闘技会〉決勝戦を行います!」

                                       

 オオオーーッッ‼

                                        

 期待と興奮で、観客の盛りあがりは最高潮にたっしている。

「いよいよ最後の試合! 本大会にふさわしい実力者同士の対戦となりました!」

 電飾を駆使した決勝用のド派手な演出で入場してきた二人が、闘技場の中央で相まみえる。

 文彦とザ・ワンは、昼休みのトイレでの一件もあり、火花を散らすように睨み合っている。

「おおっと、両選手とも、さすがに気合いが入っています!」

「所長……」

 白虎のコーナーで、セコンドの斎藤が不安そうに見つめている。

「青馬、破邪神拳の真価が問われるのはこれからだぞ」

 観客席の木下も、手に汗握っている。

「破邪神拳の青馬選手と流派不明のザ・ワン選手。勝敗の行方はまったく予想がつきません!」

 文彦は目の前の根岸を指差し、

「おまえを倒して、破邪神拳こそ世界最強であることを証明する!」

「片腹痛い! おまえなどおれの敵ではない!」

 ザ・ワンは自信に溢れ、堂々としている。

「また10年前のようにみじめに負かせてやる。この骨皮筋右衛門め!」

「な、なにを~~‼」

 黒歴史をまた蒸し返され、たちまち昔の根岸にもどってしまう。

                                        

 ドーン!

                                        

 ザ・ワンはブチ切れて、パワーまかせのパンチでガンガン押してくる。

「青馬選手、ザ・ワン選手の猛攻の前に早くも劣勢です!」

 地響きのようなうなりをあげる剛腕パンチはすさまじく、文彦はガードの上からでもダメージを受けてしまう。

「体験したことのない強さだ! だが……!」

 感情的になりすぎているせいか、ザ・ワンの攻撃は雑でパンチの空振りも目立つ。試合開始直前の文彦の挑発はこれが狙いだったのだ。

「今だ!」

 文彦は一瞬の隙をついて、〝破邪首折り落としジャンピング・ネックブリーカー・ドロップ〟を食らわす。

 ザ・ワンは後頭部をマットに強打する。

 間髪いれず、文彦はザ・ワンの右腕をつかんで関節技にもちこむ。

「おおっと、腕ひしぎ逆十字が完全に極まったーっ!」

 たちまち形勢逆転。

「この技は絶対に脱出できん! おれの勝ちだ!」

 ザ・ワンの金色の瞳が不気味な光を放ったかと思うと、一瞬で全身がグワンッ!と一回りも膨張する。

「なに⁉」

「今のはなんでしょうか⁉ ザ・ワン選手の体が突然サイズアップしたように見えましたが?」

 リングアナも困惑している。

 ザ・ワンは、完全に極められている右腕をグググッと力まかせに曲げていく。

「パワーが増して……!」

 ついにはガッチリとつかんでいた文彦の両手が、ザ・ワンの右手首から外れて脱出されてしまう。

 そのまま返す刀で、解放された右腕の裏拳でアゴを殴られる。

「ぐっ!」

 脳震盪を起こし、文彦はそのままダウン状態に。

 ザ・ワンはゆっくりと立ちあがる。

 そのとたん、またさらに全身が、ブワンッ!とこんどは二回りも膨張する。道着のズボンがビリビリに破れ、ドラム缶のような両脚もあらわになる。

「なんだこれはーっ⁉ ザ・ワン選手が、人間とは思えない肉塊のマッチョ怪物と化したーっ⁉」

「最終形態……! ヤベェよ!」

 斎藤は完全にビビッている。

 ザ・ワンは、まだ意識が朦朧としている文彦の道着の襟を片手でつかむと、グルグルと風車のように回転させて加速をつけてから、真上に放り投げる。

 文彦は天井のライトに激突してから、ドーン!とマットに落下する。

 受け身もとれず、全身を強打してしまう。

「グヴァハハハハッ!」

 ザ・ワンは高笑いするが、その声はもはや人間のものではない。

「情報によりますと、ザ・ワン選手は自家製ステロイドの常用者のようです。しかし本大会ではドーピングさえ違反ではありません!」

 リングアナは熱弁するが、もはやこの程度のことでは観客も驚かなくなっている。

 ザ・ワンはのしのしと文彦のほうに近づいてくる。

 口元に不気味な喜色をたたえているが、わずかに呼吸が不自然に荒い。

「……破邪神拳の名誉のため、薬漬けの化け物なんかに負けるわけにはいかない!」

 文彦は気力をふりしぼって立ちあがると、道着の内ポケットから羊毛の手袋を取り出して両手にはめる。

「今こそ最終奥義を使うときだ!」

 掌を道着に擦りつけるようにして、両腕を激しく上下に動かしはじめる。

                                       

 ザラザラザラ!

 ザラザラザラ!

                                        

「青馬選手のこの不可解な動きはなんでしょうか? 技の型でしょうか?」

「……?」

 ザ・ワンも異変を感じ、立ち止まって不可解そうに見つめている。

「筋肉ダルマめ! ここまでだ!」

 文彦の腕の動きは速すぎて残像しか確認できない。                                      

 道着がパチパチと音を立て、髪の毛が逆立ってくる。

「破邪雷神拳!」

 渾身の気合いを込めて正拳突きを繰り出す。

 拳から青白い光が放たれ、ザ・ワンを直撃する。

「やった!」

「なんだ今のはーっ⁉ 放電現象のように見えましたが、あれも破邪神拳の技なのでしょうかーっ!」

「……?」

 だが当のザ・ワンは、ポカンと無傷で立っている。

 青白い光はとっくに雲散霧消していた。

「……効いてない? まだ技が不完全だったのか⁉」

 文彦は呆然と立ちすくむ。

「なぜだ! なぜなんだっ⁉」

 文彦はイメージする──

                                        

 法廷の証言台で狒々が、

「邪心を捨てて闘え」

 と意味ありげにアドバイスの言葉を口にする。(あくまで文彦のイメージなので人間の言葉をしゃべっている)

 次にゴルフ練習場の打席で無蔵が、

「破邪魂で頑張るのじゃ……!」

 と熱意を込めてアドバイスする。(あくまで文彦のイメージなので実際よりも美化されている)

                                      

 ザ・ワンはダッシュし、一直線に文彦にむかってくる。

 はじめはドスドスと鈍重だったのが、途中から急激に加速し、

「!」

 気づいたときには目の前にまで迫っていた。

 肉壁のようなアックスボンバーをまともに食らい、文彦は完全に意識を失う。

                                        

 カンカン! カンカン! カーン! カーン‼

                                        

 試合終了を告げる拍子木が、けたたましくアリーナに響きわたる。

「けっちゃーーく! ザ・ワン選手の優勝です!」

 観客たちは二人の激戦をたたえ、歓呼の声をあげる。

「歴史に残る名勝負! 伝統の〈天下一闘技会〉にふさわしい幕切れですっ‼」

 リングアナも感激して絶叫している。

「グレート! アメージング!」

 実相寺もスタンディングオベーションして絶賛している。

「終わった……!」

 マットに横たわっている文彦を見下ろしたまま、根岸は満悦の表情を浮かべていた。

 だが滝のような大汗と病的に荒い息が治まらない。

 さらには身体のあちこちの筋肉が意思とは無関係に、ボコボコ、ボコリと異常な陥没をくり返している。


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