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怪物VS怪物

「これより準決勝第2試合をはじめます!」

 観客席ははちきれんばかりに盛りあがっている。

「まにあったか」

 試合を終えた文彦が、早くも観客席にもどってくる。

「超バニラ味、うめ~!」

 売店で買ったカップアイスをさっそくパクつく。

 闘技場の中央では、ザ・ワンこと根岸と草刈遼が対峙している。

 草刈は中量級の体格で、ザ・ワンより三回りほども小柄である。だが臆することなく、余裕の笑みを浮かべている。

「ザ・ワンVS草刈遼! 両選手とも、キャリア不明の謎の選手同士です」

「キャーッ!」

「草刈さーん!」

「ギャーッ!」                                        

 あいかわらず、草刈への女性ファンの声援は熱烈である。

 関係者席のわきには、やはり眼鏡で白衣の科学者風の男二人がいる。あいかわらず一人はものものしい特殊カメラで試合を撮影し、もう一人はなにやらバインダーの書類にメモ書きしている。

                                       

 ドーン!

                                        

 和太鼓が試合開始を告げると同時に、ザ・ワンがいきなり猛攻を仕掛ける。

 テクニックの凡庸さを補って余りある、パワーとスピードを兼ね備えた凄まじいパンチの連続だ。

 草刈は両腕でいちおうガードのかっこうをしているが、顔面やボディに何発もまともに食らっている。

「ああっと、草刈選手、これはいきなりのピンチだあ!」

 文彦は不可解そうに、

「妙だな。わざと殴られてるみたいだ……」

「またも秒殺KO劇かー⁉」

「……?」

 ザ・ワンは違和感に気づき、怪訝な顔。

 戦法をパンチから組み技に切り替える。

 正面から草刈の腰回りを両腕で抱え持ち、フロント・スープレックスの要領で脳天からマットに叩きつける。

                                        

 ドゴーーンッッ‼

                                        

 草刈の首から上はマットを突き破り、床下にまでめり込む。

「ゴールドマン戦に続いて、またも沈めたーっ! これは二人目の死者が出てしまったかーっ!」

 だが草刈はすぐに床下からズボッと頭を引き抜いて、平然と立ち上がる。

「草刈選手、無事でした! なんというタフさだあ!」

「たいしたことないね」

 涼しい顔の草刈。

「……!」

 ザ・ワンは動揺の色を見せる。

「そろそろ俺のターンだな」

 こんどは草刈がパンチで攻勢をかけ、ザ・ワンが守勢に回る。

 パンチが肩をかすめただけで肉が裂けて出血し、ボディに食らうと肉にめり込む。

 仕上げのラリアットで、ザ・ワンの巨体が軽々と吹っ飛ぶ。

「ザ・ワン選手、ダウン! 信じられません! 草刈選手、なんというスーパーパワーだーっ!」

 ザ・ワンはダメージを受け、すぐには起きあがれない。

「さあて、フィニッシュ・ホールドは何がいいかな?」

 試合中とは思えぬニヤニヤ笑いを浮かべて、草刈がゆっくりと近づいてくる。

「……?」

 ザ・ワンは草刈の右の上腕に、ぱっくりと開いた大きな傷口を見つける。自分がこの試合で負わせたもののはずだ。

 にもかかわらず、血が一滴も出ていない。

 ザ・ワンは立ちあがろうと、なんとか片膝立ちになる。

「俺も投げ技をやってみるか」

 草刈はザ・ワンの頭をアイアンクローでつかみ、強制的に立ち上がらせる。

 ザ・ワンはその隙をついて草刈の右腕をつかむと、傷口に指を差し入れて皮膚を引っぺがす。

「!」

 皮膚の下から、高性能そうな金属製の機械の腕があらわになる。

 さらに草刈の両目に指を突っ込んで、顔全体の皮膚もいっきにベリッ!と剥ぎとる。

 観客席から複数の女性の悲鳴があがる。

「ひぃっ!」

 木下も甲高い悲鳴をあげ、ショックでまた気絶する。

 やはり顔の皮膚の下からも、金属製の機械があらわになる。

 この異様すぎる光景に、アリーナは騒然となる。

「まるでSFホラー! 何がいったいどうなってるんだーっ⁉」

 化け物のような姿となった草刈だが、皮膚を剥がされた顔面や右腕をさわって冷静に状態を確認している。

 ザ・ワンは警戒して、草刈から距離をとって様子を見ている。

 そこへ実況席に、係員からメモが届けられる。

「ここで情報が入りました。草刈選手は、大手機械メーカー製の全身を義体化した強化サイボーグだそうです!」

 観客席はどよめき、ついで大ブーイングが巻き起こる。

「本大会には、改良のための実践データ収集が目的で出場したそうです」

 白衣の科学者風の男二人は、自分たちのことがアナウンスされても何の反応もなく、あいかわらず黙々と研究作業を続けている。

「しかしこれは大会運営側も承知のこと。本大会では、全身武器とも思える強化サイボーグでさえ反則ではないのです!」

 さらに二枚目のメモに目を落とし、

「さきほどの大ダコ戦で見せた茹でダコ殺法も、強化サイボーグならではの熱攻撃だったようです」

「格闘技の試合だぞ。さすがにこれはないだろ」

 ザ・ワンでさえも不満を漏らしてしまう。

「卑怯だぞ!」

「失格だ!」

 観客のブーイングはおさまらず、激しいヤジも飛び交う。

「わたしは今、非常にショックを受けています!」

 突然、草刈が観客にむかって悲痛に訴えかけはじめる。

「こんな不当な差別を受けるなんて!」

 コーナーにいるセコンドから何かをうけとり、すべての観客に見えるように高く掲げる。

 障害者手帳である。

「幼い頃に遭った交通事故! 大手術! 必死のリハビリ! 身体障害者として、こんなにつらいことはありません!」

 観客のブーイングがさっとやみ、みんな気まずそうに黙りこむ。

「おおっとこれは、夏目選手の試合に続いてデリケートな社会問題がからんできました!」

 草刈のにわか女性ファンの中には、ハンカチで涙をぬぐっている者もいる。

「たしかにパラリンピックにおいても、スポーツ用の義手・義足の選手が大活躍しております」

 そうこうしている間に、機械剥き出しの草刈の右腕がガチャガチャン!とすばやく変形していき、ついにはミサイル発射モードとなる。

「くたばれ!」

 草刈はそれが本性らしい実にゲスな顔で、ザ・ワンにむかって右腕からバシュッ! とミサイルを発射する。

                                        

 バーーンッッ‼

                                        

 ザ・ワンに正面から命中し、大爆発する。

 闘技場に黒煙がもうもうと充満し、一時的に視界が遮られる。

「なんてことだ! まるで戦場です! ザ・ワン選手が木っ端微塵に……」

 黒煙はだんだんと薄まっていく。

「切り札、使っちまったな」

 草刈は愉快そうにニヤついている。

 だが黒煙が完全に晴れたとき、

「!」

 自分の背後に、ぬううぅ!とザ・ワンが立っていた。

 ザ・ワンは草刈が振りむくより先に、両腕ごと胴体をガッチリと抱き締める。

「なんということだぁ! ザ・ワン選手にはミサイルさえ通用しません!」

 こんどはスープレックスではない。ザ・ワンはさらに両腕に力を込め、草刈の身体をギシギシと締めあげていく。力を込めれば込めるほど、ザ・ワンの両腕の筋肉はモリモリと肥大していく。

 そしてついには、

 ベコンッ!

 と音を立てて、金属ボディを抱き潰してしまう。

 ザ・ワンはポイッとぞんざいに草刈をマットに放り捨てる。

 意識はあり苦痛も感じていないようだが、草刈はウィーンウィーンと異音を漏らしながら、手足をバタバタと誤作動させてもがくことしかできない。

                                    

 カンカン! カンカン! カーン!

                                        

「草刈選手の故障により、ザ・ワン選手の勝利です!」

 科学者風の男二人は闘技場に入り込み、倒れている草刈に近づく。

 助けるふうでもなく、惨めな姿になった草刈を冷淡にジッと見おろして、あいかわらず一人は特殊カメラで撮影を続け、もう一人はバインダーの書類にメモ書きしている。

「今入った情報によりますと、草刈選手は莫大な報酬目当てで好き好んでサイボーグ手術を受けたそうです」

 大型スクリーンに、インスタグラムの投稿画像が何枚か映し出される。

 全身に無数のピアスやタトゥーをほどこして嬉しそうにはしゃいでいる、過激でマゾヒスティックな若者の姿。数年前の草刈である。

「しかもそもそも身体改造マニアで、趣味も兼ねていたようです」

 さらにインプラントでコブのような角を生やしたり、手術で舌先を二つに割ったりして、どんどんエスカレートしていく。現在のさわやかなルックスとは大違いである。

 観客席からは生理的嫌悪感からくるうめき声がもれる。その中には、草刈のにわか女性ファンもふくまれている。

「ザ・ワン選手が見事決勝に駒をすすめました! 果たしてその名のとおり、自身が№1であることを証明できるでしょうか!」

 花道を引き返している根岸の姿を、文彦は闘志をみなぎらせて睨んでいる。

「やはり強い! いよいよ最終奥義を使わねばならないようだな!」

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