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秘武器

「これより、準決勝第1試合をはじめます!」

 大会もいよいよ佳境に入り、観客はなおいっそう盛りあがっている。

 闘技場の中央では、青馬文彦とウォン・シャオティエンが面とむかっている。

「伝説の達人と拳を交えられるとは光栄です」

 文彦は慇懃に挨拶する。

「ホッホッホ……」

 シャオティン翁は朴訥な笑みでこたえる。

                                       

 ドーン!

                                        

「!」

 文彦の目の前で、いきなりシャオティエンの身に異変が起こる。例によってブルブルと身体を痙攣させ、白目を剥く。

「ああっと、シャオティエン選手、さっそく憑依される模様です!」

「なんでもこい!」

 文彦は強気である。

「おれは狒々とも互角の闘いを演じた男だ。どんな野獣だろうが怖るるに足りず!」

 憑依完了したシャオティエンは、両腕を大きく広げて片足をあげる構えをとる。

「おっと、これは有名な鶴の拳だーっ!」

「鶴の拳? だったら間合いさえ気をつければ──」

 シャオティエンは広げた両腕を素早く上下に動かしはじめたかと思うと、ありえないほどの跳躍を見せる。

「達人が飛んだーっ!」

「なにぃ!」

 鳥がバタバタと羽ばたいて、ほんとうに飛翔しているとしか思えない光景。

「さすがシャオティン選手の象形拳は本物に忠実です!」

 観客もその神技にどよめいている。

 鶴シャオティエンは頭上という断然有利な間合いから、文彦のほうに迫ってくる。

「なんの!」

 だが文彦はあせらず、地上から〝破邪両足飛び蹴り〟を放って迎撃する。

 胸部に命中し、鶴シャオティエンは背中から叩き落ちる。

「青馬選手の打ち上げ式ドロップキックが鶴を撃ち落としたーっ!」

 文彦は勝ち誇って、

「伝説なんてこんなていどか!」

 達人はゴホゴホと咳き込みながらも立ちあがり、再び憑依されはじめる。ブルブルと身体を痙攣させ、白目を剥く。

「またかよ!」

 無粋ながら、文彦は憑依の最中を狙って〝破邪脳天唐竹割り〟をくらわそうとする。

 だが意識は残っているらしく、白目状態のままかわされてしまう。

「こんどはなんだ⁉」

 黒目にもどると、シャオティエンは五指をくっつけて伸ばした両掌を頭の上におき、ピョンピョンと飛び跳ねはじめる。

「おっと、これはウサギだーっ! 意外にも兎拳です!」

「な、なんで……?」

 文彦はたちまち動揺する。

「それにしても達人は、なぜ弱いイメージのあるウサギを憑依させたのでしょうか?」

 文彦の目には、シャオティエンが〈人間の老人〉から〈ウサ耳シッポ老人〉に変化し、ついには〈本物のウサギ〉と化したように映る。

 大蛇に怯えた山藤も、豹にひれ伏したカチャンも、同じような幻影を見せられていたのだ。

 兎シャオティンは後ろ脚の背面飛び蹴りで、文彦に激しい連続攻撃をくわえる。

「うぐぅ!」

 文彦は防戦一方だ。

 リングアナは怪訝そうに、

「青馬選手、どうしたんでしょうか? シャオティエン選手の兎蹴りは大味で、反撃の隙はいくらでもあるように見えるのですが……」

「ダメだ! ウサギを傷つけることはできない!」

 文彦は激しく懊悩する。

 ピー太郎をはじめとする数々のウサギたちとの思い出が、走馬灯のように回想される。幼少の頃から、三度の飯よりウサギが大好きだったのだ。

 その間にも、シャオティエンの兎蹴りを受け続け、ダメージを蓄積してしまう。

「まてよ……!」

 ハッと閃く。

「これしかない!」

 文彦は即断し、五指をくっつけて伸ばした両掌を頭の上におき、ピョンピョンと飛び跳ねはじめる。

「おっとこれは……シャオティエン選手の兎拳です! そのまんまパクッています」

 兎シャオティエンも困惑し、いったん攻撃をとめる。

「目には目をということでしょうか? しかし達人の神技を付け焼き刃で模倣できるとは思えません」

 だが文彦のウサギっぷりは、けっして兎シャオティエンにも引けをとっていない。

「他の動物ならいざ知らず、ウサギならばおれにもできる!」

 そう、文彦にはウサギへの溢れる愛と、ふだんからピー太郎と過ごしていることで、その生態に関する知識も備わっていたのだ。

 その証拠に本家達人の目にも、今の文彦の姿は本物のウサギに映っていた。

 兎シャオティエンはふたたび後ろ脚の背面飛び蹴りをくわえてくるが、文彦も負けじとおなじ技でやり返す。同じウサギ同士であれば反撃は可能なのだ。

「まるでオスウサギの縄張り争いのようです!」

 だがすぐに二羽は離れて、相手の様子をうかがう膠着状態に陥る。

「やはり同種間では、相手を本気で倒すところまではいかないのでしょうか?」

 観客は焦れて、ブーイングが起こったりする。

 そのとき、またも達人の身に異変が起こる。

「この試合、これで三度目の憑依となります!」

 憑依完了したシャオティエンは、拳をイヌ科の獣の爪の型にして構える。獰猛にしてシャープな雰囲気。

「ワオーーン!」

 さらに遠吠えまで披露する。

「おっと、これは狼! 狼拳のようです!」

 兎文彦は脱兎のごとく逃げだす。

「ウサギにとって狼は天敵! 青馬選手の判断は当然でしょう」

 それを狼シャオティエンが猛然と追いかける。

「逃げるウサギを追いかける狼! 試合というより、肉食獣の狩りを見ているようです!」

 兎文彦は闘技場を半周したあたりでついに狼シャオティエンに追いつかれ、背後からのしかかられてしまう。

「捕まったーっ! 青馬選手、これまでかーっ!」

 だが狼シャオティエンは次の瞬間、

「キャン!」

 という悲痛な鳴き声をあげてマットに倒れ込む。

 両手で鼻を押さえ、苦しそうに転げまわっている。

「突如、達人が苦悶! 何があったんだーっ⁉」

 間髪入れず、文彦はシャオティエンを背後から抱え込み、後頭部を床に叩きつける大技〝破邪岩石落とし〟を放つ。

「敬老精神ゼロの強烈なバックドロップがキマッたーっ!」

 達人は完全に失神し、ずっと白目を剥いている。

                                        

 カンカン! カンカン! カーン!

                                        

 試合終了を告げる拍子木がアリーナにこだまする。

「手強い相手だった……!」

 文彦は感慨を込めてつぶやく。

「青馬選手の劇的勝利ですが、勝因がいまいちよくわかりません!」

 文彦は自分の髪を触りながら、

「〝破邪秘武器〟の極意が役に立った」

 秘武器とは、身体に隠し持つ事が出来る小さな武器の総称で、暗器とか隠し武器などとも呼ばれる。

 シャオティエンの象形拳ならば嗅覚も本物の動物並みに敏感になるはずと考え、万が一に備えて、すり潰した唐辛子を頭髪にたっぷりと塗り込んでおいたのだ。

「大方の予想を裏切り、予選枠出場の青馬選手が決勝進出をきめましたーっ!」




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