偶像崇拝
「二回戦第2試合。なんとも形容しがたい対戦が実現しました!」
象形拳の達人ウォン・シャオティエンと南米の人喰い部族カチャンが、闘技場の中央で相対している。
カチャンはシャオティエン翁にむかって、大口を開けて舌をベロンと出し、〝おまえを喰ってやる〟といわんばかりの挑発的なジェスチャーを披露している。
一部の悪趣味なファンをのぞくと、観客席はイヤ~な不安に包まれる。
リングアナも怯えながら、
「せ、凄惨な事態にならないことを祈るばかりです!」
ドーン!
一回戦のときとはちがい、カチャンは持ち前の野生動物のようなバネで、シャオティエンの周囲をビョンビョンと跳ね回っている。
「アチョンカポラッ!」
意味はわからないが、威嚇らしき言葉を発している。
例によってシャオティエンの身に異変が起こり、ブルブルと身体を痙攣させ、おぞましく白目を剥く。
「おおっと、達人にまた何かが憑依したようです!」
カチャンは警戒して、大人しく様子をうかがっている。
異変がおさまると、シャオティエンは拳をネコ科の獣の爪の型にして構える。獰猛にしてしなやかな動き。
「これは虎! 虎拳のようです!」
さすが虎だけあって、シャオティエンはまっこう力攻めでカチャンに襲いかかる。
その勢いに気圧されたのか、カチャンは虎爪からピョンピョンと逃げ回る戦法。
「カチャン選手、弱気です! 猛虎に怖れをなしたか!」
と思いきや一転して、矢のような勢いで虎シャオティエンにショルダータックルをかます。
意表を突かれてまともにくらい、小柄な達人は吹っ飛ばされる。
ダメージは大きいらしく、シャオティエンはマット上でのたうち回っている。
「ラティンパッ!」
それを目にしたカチャンが勝ち鬨をあげる。
「さすがの達人も、これは立ち上がれないかーっ」
だがここへきて、またもシャオティエンはブルブルと身体を痙攣させ、白目を剥く。
「達人、次の憑依で起死回生なるか! しかし虎より強い動物がこの世にいるのでしょうか?」
異変がおさまるとシャオティエンは平然と立ち上がり、また拳をネコ科の獣の爪の型にして構える。
「これは? また虎拳のように見えますが……」
実相寺がリングアナにボソボソと耳打ちする。
「実相寺総裁によりますと、あれは豹拳なのだそうです」
言われてみれば、虎爪よりも拳の握りを少しだけ小さくまとめているように見える。
「しかし虎でも苦戦したものが、果たして豹で勝てるのでしょうか?」
だが達人に豹が憑依したとたん、カチャンの様子がおかしくなる。
「カッパコチョルルビ!」
意味はわからないが、なぜか激しくうろたえているようだ。
そしてついには、シャオティエンの前にひざまずき、額をマットにこすりつけてひれ伏す。
「おっと、これはどうしたことだ カチャン選手がとつぜん戦意喪失したように見えますが……」
審判が声をかけると、カチャンはなにやら強く訴えはじめる。
そこへカチャンのセコンドが駆け寄ってきて、代わって審判に説明をする。
カンカン! カンカン!
「カチャン選手が棄権した模様です!」
シャオティン×山藤戦のときとおなじく、観客は事情がよくわからずざわついている。
実況席に、係員からメモが届けられる。
「ご説明いたします。棄権した理由ですが、カチャン選手の部族では豹を神と崇める伝統があるそうです」
観客たちは、へぇへぇとトリビア的に納得する。
「さらにカチャン選手本人の弁によりますと……」
ここでリングアナは言いよどむが、なんとか気力をふりしぼって、
「〝豹様と闘うくらいなら、朝飯に自分の……息子を2、3人、ぶつ切りの蒸し焼き料理にして食べたほうがまし〟ということだそうです」
「うぐっ!」
観客席の木下は、吐き気をもよおしてあわてて席を立つ。
一回戦のときと同じく、憑依が抜けたシャオティエンは観客席にむかって丁寧にお辞儀をしている。
「それにしてもおそるべしは達人シャオティエン選手! これで2戦続けて相手方の試合放棄となりましたが、けっしてラッキーによるものではありません。当意即妙に適任の獣を憑依させるという、唯一無二の名人技による勝利なのです!」