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再会

 午後の試合開始まで、あと半時間ほど。

「トイレはどこだ?」

 文彦は会場の廊下をウロウロと歩いていた。

「お、ここか」

〝関係者用男子トイレ〟の貼り紙がしてあるドアを見つけ、中に入る。

 小便器の前に立ち、ジョーと音を立てて放尿しはじめる。

「……!」

 先にとなりで用を足していた人物に気づき、

「ザ・ワン選手!」

 ぶしつけに声をかけ、いったん小便を止める。

 ザ・ワンも同様に中断し、金色の鋭い視線を文彦にむける。

「破邪神拳の……」

 威圧感のある重低音ボイス。試合で見せた強烈な殺気を今も全身から放っている。

 文彦はその顔をジッと見つめて、

「やっぱり根岸先輩ですよね! おれですよ。道場でいっしょだった青馬です」

「……人ちがいだ」

 あきらかに焦っている顔色。

 文彦はなおもフレンドリーな調子で、

「それ、カラコンですよね。キャラ立ってますよ。ザ・ワンて、リングネームもかっこいいですよね」

「だから人ちがいだと!」

 むきになって否定する。

 だが文彦は聞く耳を持たない。

 クスクスと半笑いで、

「顔はそんなに変わってないけど、体格はむちゃくちゃ良くなりましたね。昔の根岸先輩ときたら──」

 

                  *

                                       

 ──10年前。

 竹國邸裏庭の破邪神拳道場。

 現在の道場と様子は変わっていない。

                                         

 パン! タンタンッ! パシン!

                                         

 その日は、文彦と根岸が試合形式の組手をしていた。

「ガンバレ、アオマッち!」

「勝てる! 勝てる!」

「もっと蹴りを出して!」

 それを小学男子の門下生たちが、やんやと囃し立てるように見学している。

「両者、もっと気合いを入れて!」

 審判役は師匠の無蔵である。

 このとき文彦は10歳で根岸は21歳。小学四年生と大学生だ。しかも根岸は上背が180センチもあるので、二人の身長差は実に40センチだ。

 にもかかわらず、この組手を非常識と捉える者は一人としていなかった。

 なぜならこの当時の根岸は、現在からは想像もできないほどの超虚弱ヒョロヒョロ体型だったからだ。

「は! ひ! や!」

 根岸本人も自分の体力のことは承知していたので、全力を出して懸命に闘っている。

 だがあまりに筋力が弱すぎて、たとえ打撃がヒットしても、小学生相手にさえまるでダメージをあたえられないのだ。

「とりゃ! せやっ!」

 対照的に文彦は元気いっぱいで、パンチとキックを積極的に放っていく。

並の10歳児のパワーだが、小枝のように痩せている根岸にはガードの上からでも十分効いており、なんどもよろけさせる。

 見学の門下生たちは、根岸が無様にやられるたびにワッと盛りあがる。

 劣勢の根岸はとっさの判断で、文彦が懐に飛び込んできたところを、身長差を利用して覆いかぶさるようにして背中から抱え込む。

「ほお!」

 無蔵も思わず声をあげる。

 このまま持ち上げれば、大技の〝破邪大地落下(パワーボム)〟を放てる体勢なのだ。

「う~ん……!」

 だがどんなにふんばっても、根岸は小学生一人を持ち上げられない。

「うりゃ!」

 逆に文彦のほうが、〝破邪大地落下返しリバース・スープレックス〟で、自分の上体を反らして根岸を後方に放り投げる。

 根岸は空中で風車のようにブンブンと2回転してから、畳床に落下する。ほとんどギャグマンガである。

 見学の門下生たちは、そんな根岸を指差して爆笑する。

「そこまで! ぶははっ!」

 師匠の無蔵までもがたまらず大笑いする。

「よっしゃー!」

 文彦は勝ち誇ってはしゃいでいる。

 床に這いつくばっている根岸は、悔しくて情けなくて涙ぐんでいる。


                  *

                                        

 文彦は上から目線で、

「いやあ、強くなりましたね。何か特別な筋トレをしたんですか? 高いプロティンを飲んでるんでしょう。あの頃の根岸先輩ときたら──」

 また昔の無様な姿を思い出してふきだしそうになる。

「小、学、生に、ふつうに、負け、て……!」

 ふきだすのをこらえるたびに、何度も小便がビッ、ビッと音を立てて短く出てしまう。

「そういえば、すぐに道場を辞めたみたいだけどどうしてですか?」

 他意なくたずねる。

 根岸は怒りのあまりこめかみに癇癪筋を浮かせ、ブルブルと震えている。

「ぼ、ぼくはたしかに生まれつき体力に乏しい。様々な武道・格闘技を試してみたけど、どれもぼくを強くはしてくれなかった」

 威圧感のあるザ・ワンの重低音ボイスから、上ずった早口の素の根岸にもどっている。

「とくに破邪神拳は最悪だった! あれはインチキ武道だ!」

 文彦はその言葉にカッとなり、

「たとえかつての先輩でも、破邪神拳の侮辱だけは許せない!」

「ぼくはウルトラ・ステロイドを開発して自ら投与し、超人になった。武道も肉体鍛錬ももはや無用の長物だ! 最強なのはまちがいなく頭脳と科学の力だ! この大会で優勝して、それを証明する!」

 文彦は売り言葉に買い言葉で、

「ならばおれは、破邪神拳こそ最強であることを証明するために優勝する!」

「決勝まで上がってこれるかも怪しいものだ!」

「そっちこそ!」

 文彦と根岸はしばらく無言で睨みあうも、どちらともなく我慢していた小便を再開する。 

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