ザ・ワンVS総合王者
リングアナはペットボトルの水をゴクゴク飲んでから、
「これより一回戦最後の試合をはじめます!」
おきまりの和太鼓の音色が鳴り響きはじめる。
「青龍から、オリンピックレスリング最重量級金メダリストにして、UFC王者のマーク・ゴールドマン選手の入場です!」
観客席は割れんばかりに沸きあがる。
〈青龍〉の入場口から、ゴールドマンが堂々たる風格で登場する。
ウオオーーッッ!
歓声がまたさらに大きくなり、ゴールドマンの人気の高さをうかがわせる。
「そして白虎からは、ザ・ワン選手の入場です!」
〈白虎〉の入場口から、ザ・ワンが現れるが対照的に観客の反応は薄い。
「じつはザ・ワン選手は、予選枠でも招待枠の選手でもありません」
「なんだそりゃ?」
観客席の文彦は売店で買ったチュロスをかじっている。
「本来招待していたのは有名なサンボのチャンピオンだったのですが、ザ・ワン選手が道場破りにて病院送りにしたため、特別に代わりの選手として認められたのです」
観客はどよめき、ザ・ワンに興味をおぼえはじめる。
「本大会は、このような無法さえ許容いたします。なおザ・ワン選手の流派、戦歴などはまったく不明とのことです」
闘技場の中央で、ゴールドマンとザ・ワンが対峙する。
身長は192センチあるゴールドマンのほうが10センチ以上高いが、体重はザ・ワンのほうが重いだろう。筋骨隆々のゴールドマンより、さらにもう一回りも全身の筋肉が分厚いのだ。
「まさに筋肉の鎧! ザ・ワン選手の肉体は、ミスターオリンピア級のボディビルダーも顔負けです」
ちなみにザ・ワンは、上半身裸で下はズボンタイプの黒道着というスタイルだ。
「ゴリゴリマッチョか。あんなに筋肉を重くして闘えるのか?」
文彦は売店で買ったチーズいかをかじっている。
「ん?」
ザ・ワンの顔をジッと見つめて、
「あれはたしか……」
おぼろげな記憶を掘り起こしていく。
「実力未知数のザ・ワン選手、優勝候補の筆頭であるゴールドマン選手にどこまで健闘できるか!」
ドーン!
立ち上がり、ゴールドマンは距離をとった牽制パンチで小手調べする。
相手が積極的でないと見るや、一気に距離を詰めて本気のパンチを繰り出す。
ザ・ワンはそれらを、まうしろに下がりながらかろうじてかわす。まるっきりアマチュアレベルだ。
そこへすかさずゴールドマンは矢のような鋭いタックルを放ち、ザ・ワンをつかまえる。
「でたーっ! アマレス仕込みの高速タックル! 得意のパターンだあ!」
「……⁉」
前屈みの姿勢のまま、ゴールドマンは驚きの表情。
観客もどよめいている。
ザ・ワンはタックルをまともに食らっても、ビクともせず直立不動の姿勢のままなのだ。
そのままゴールドマンを背中から抱え込むと、力まかせにブオンッと上にむかって放り投げる。
観客は驚嘆し、誰もが自分の目を疑う。
ゴールドマンの大きな体躯が、軽々と天井近くまでとどいているのだ。
「ジーザス!」
落下しながら体勢を立て直し、ゴールドマンはなんとか足から着地する。
「……!」
だが衝撃が強すぎて、左足首を脱臼してしまう。
強烈な殺気を放ちながら、ザ・ワンはゆっくりとこちらに近づいてくる。
左足をかばいながら、ゴールドマンは必死で立ち上がろうとする。
──だが間に合わない。
ザ・ワンは片膝状態のゴールドマンの間近で、ものすごいバルクの右腕を天高く振りあげている。
「ノーッ!」
半ば本能的恐怖から、ゴールドマンは両腕を交差させて頭部をかばう。
そのガードの上から、ザ・ワンは超剛腕ラリアットを、
ドカーーーン‼
と振りおろす。
叩きつけられたゴールドマンは、上半身がマットを突き破って床下にめりこんでしまっている。ピクリとも動かない。
「………!」
「………!」
「………!」
観客たちは息を飲んで静まり返っている。
カンカン! カンカン! カーン!
試合終了を告げる拍子木がアリーナに響きわたる。
「戦慄! 戦慄の結末! 総合の世界王者がなすすべなし! ザ・ワン選手、おそるべき超怪力です!」
ゴールドマンのもとに担架が大急ぎで駆けつける。なんとか息はあるようだ。
ザ・ワンは口元に満足気な笑みを浮かべ、さっさと闘技場から去っていく。
文彦は真剣な顔つきで、
「……技術は粗削りだが要注意の敵だな」
「注目の二回戦は午後2時からの開始になります。ご昼食は売店で販売している各種の特製お弁当をどうぞ!」