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象形拳VS柔道王

「これより一回戦第4試合をはじめます!」

 観客席はあいかわらず盛りあがっている。

 闘技場の中央で相対してるのは、オリンピック最重量級金メダリスト〝柔道王〟こと山藤功(やまふじいさお)と中国拳法象形拳の達人ウォン・シャオティエンである。

 脂の乗りきった30代の巨漢と70代の枯れきった小兵。実に対照的な二人だ。

「両選手の年齢差は40歳、体重差は実に80キロあります!」

 だがけっして山藤は油断しておらず、呼吸法によって集中力を高めている。

 逆にシャオティエンは、試合直前とは思えない好々爺然とした笑みを浮かべている。

「ヤバイな。あの、おじいちゃん投げ殺されるんじゃないか?」

「いや、そこは達人だから……」

 観客は期待と不安でざわめいている。

「ぎりぎり間に合ったな」

 試合を終えた文彦が観客席にもどってくる。

 売店で買ったいちごミルクの缶ジュースをすすりながら、

「あれが伝説のウォン・シャオティエンか……!」

 敬意と敵視を込めてつぶやく。

                                        

 ドーン!

                                        

「さあ、注目の一戦! 勝つのは中国武術か、それとも日本武道か!」

 山藤は柔道の定石通り、腕をのばして相手の動きを捕えようとする。

 それをシャオティエンは熟達した摺り足でかわしていく。

 だがすぐに疲労の色が見えはじめ、足取りは鈍くなっていく。やはり老齢であることのハンデは大きいようだ。

「シャオティエン選手、捕まってはいけません! 大木をも引き抜くといわれる柔道王の投げが待ち構え──」

 リングアナが言い終わるより先に、シャオティエンは山藤に右腕をつかまれてしまう。

 とたんに達人の身に異変が起こる。ブルブルと身体を痙攣させたかと思うと、おぞましく白目を剥く。

「なんでしょうか⁉ シャオティエン選手が突如発作のようなものに襲われています!」

 山藤も気持ち悪がって攻撃の手をとめてしまっていたが、すぐに気合いを入れなおして豪快な一本背負いを放つ。

 シャオティエンは素早い前方宙返りで投げから脱出し、身軽に着地する。

「キ、キキッキ!」

 そして猿そっくりのちょこまかしたユーモラスな仕草を見せる。

「これはサル! 猿拳です!」

 山藤はふたたびシャオティエンを捕えようとするが、異常にすばしっこくなっていて追いつけない。

「シャオティエン選手の象形拳は、たんに動物の動きを模しているだけではありません! 実際に身体に霊を憑依させ、動物憑き状態になるのです。これが究極の達人技と呼ばれているゆえんなのです!」

「キキキキキーーッ!」

 達人は猿ジャンプし、顔面猿パンチからの猿キックを放つ。

 だが一瞬の隙をついて、山藤は猿シャオティエンを捕え、あっというまに柔道の必殺技、裸締めを極める。

「おおーっと、さすがは柔道王! 寝技も超一流だーっ!」

 両脚でガッチリとシャオティエンの胴体を挟み込み、右腕も喉に食い込ませている。

「達人、万事休すかーっ! ここから脱出するのはどう考えても不可能です!」

 だがまたしてもシャオティエンの身に異変が起こり、ブルブルと身体を痙攣させ、白目を剥く。

 とたんに山藤の右腕から、スルッと達人の頭部が抜けてしまう。

「?」

 山藤は何が起こったかわからない。

 さらにシャオティエンは胴体をクネクネとくねらせはじめる。山藤の強靭な両脚でガッチリとホールドしてあるはずなのに、やはりスルスルと抜け出ていってしまう。

「これはいったいどうしたことか⁉ シャオティエン選手、まるで蛇のような……」

 シャオティエンはまったく瞬きしないようになり、ときおり舌先をチラチラと出したりしている。

「そうです! これはまごうことなき蛇です! 達人は猿に続いて蛇を憑依させ、蛇拳を繰り出しましたーッ!」

 脱出した蛇シャオティエンは、マットの上でとぐろを巻いたりのたくったりしている。

「さすが達人です! しかし関節などはいったいどうなっているのでしょうか?」

 称賛の歓声が上がっているが、あまりに蛇人間が不気味なためにドン引きしている観客も少なからずいる。

「一進一退の攻防! まったく目が離せません。さて柔道王山藤選手は次にどんな攻撃を見せるか──」

「うぉっ!」

 山藤は野太い悲鳴をあげ、一目散に逃げ出してしまう。

 セコンドがあわててアリーナの外まで追いかけるも、まもなく一人でもどってきて、審判に気まずそうに何かを伝える。

                                      

 カン!カン!カン!

                                      

「試合終了! 山藤選手は棄権の意思を示したとのことです」

 観客は事情がよくわからずざわつく。

 リングアナは届けられたメモを一瞥し、

「関係者の話によりますと、柔道王は子供のころから蛇が大の苦手だそうです」

 観客席からの声は、ブーイングよりも嘲笑のほうが勝っている。

「なんだそりゃ、不甲斐のない」

 文彦も呆れている。

 蛇の憑依が抜けて人間にもどり、達人は観客席にむかって丁寧にお辞儀をしている。

「シャオティエン選手、これはラッキーな勝利と言っていいかもしれません」

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