開会式
島の中央部にある、御湯ヶ島市民体育館。
正面入り口には、〝天下一闘技会場〟と書かれた大きな看板が出ている。
その1Fメインアリーナ。
普段は室内球技などに使用されているフロアにマットを敷いて、臨時の〈闘技場〉としている。
〈闘技場〉を急傾斜の観客席が取り囲んでいる構造は、古代ローマのコロッセウムをイメージさせる。
収用人数はおよそ二千。ほぼ満員の入りで、期待と興奮ですでに熱気ムンムンである。
20代から50代の格闘技オタクまるだしのむさくるしい男たちがおもな観客層だが、若い女性や子供の姿も目につく。
「けっこう客いるな」
文彦はキョロキョロと自分の席をさがしながら通路を歩いていた。
売店で買った大会パンフレットとポップコーンとコーヒーを手にし、首から選手用のパスカードを下げている。
「B5の14。ここか」
席に腰をおろすと、のんびりとポップコーンをパクつきはじめる。
「アーアー、テスト中……テスト中……」
会場のスピーカーから、滑舌のいい男性の声が響きわたる。
観客席の最前列には実況席があり、リングアナがマイクにむかっている。
「お待たせしました! これより、〈天下一闘技会〉を開催いたします!」
ウオオーーーッッ!
観客は沸きあがり、大歓声を上げる。いい年した男たちが、少年のように目を輝かせている。
「それでははじめに、本大会の最高責任者である実相寺総帥から開会のご挨拶をいただきます」
実況席のとなりが関係者席になっており、そこにどっしりと腰かけていた実相寺巖三郎が立ち上がる。
深く刻み込まれた顔面の皺。老齢に似合わぬ鋭い眼光。胸まで垂らした半白のアゴひげ。
まるで神通力を持った高僧のようだ。
実相寺はリングアナからマイクを受けとると、大仰なほど厳かな態度で、
「レディース&ジェントルメン! 今宵この場所にて、ワールドナンバーワンストロングファイターが決定する! グレートでエキサイティングなファイトを期待したい。サンキュー、メニーメニーピーポー!」
「………」
「………」
「………」
観客たちは判断に困る寒いノリにちょっと戸惑うも、
パチパチパチ!
ヒューヒュー!
とノリで拍手喝采する。
「なお、優勝者には賞金五百万円が贈呈されます」
「よし!」
文彦は軽くガッツポーズをとる。
「本大会は、株式会社ガオダッシュ様の協賛により実現が叶いました。社長の堀田義和さまです」
実相寺とおなじく関係者席に座っていた堀田が、立ち上がって他の観客たちに嬉しそうに手を振る。40代の中年男だが、学生のようにも見える大人になりきれてない容貌である。
天井中央には4面の大型スクリーンが設置されており、株式会社ガオダッシュのイメージCMが流されている。
文彦はパンフレットを裏返し、
「これの社長か」
裏表紙には、ガオダッシュのスマホアプリである格闘ゲーム『異世界ファイティング・レジェンド』の広告が大きく出ている。カラフルでゴテゴテした派手なデザインのキャラクターたち(人間のファイターの他、獣人やゴーレムやラミア等)がにぎやかに描かれている。
「そうだ、そんなことより」
文彦はパンフレットのページをパラパラとめくっていく。
「あった。おれだ」
〈青馬文彦選手〉の紹介ページを見つける。
ホテルのロビーで受けたインタビューの記事と、そのとき撮られた写真が大きく掲載されている。
選手紹介文も書いてある。
文彦は目を通していくが、
「〝専門家さえ耳にしたことがない破邪神拳なる無名流派〟だとぉ……!」
たちまち怒り心頭してしまう。
「〝本大会のダークホース、いや大穴的選手か?〟だぁ? 舐めやがってぇ!」
ちなみにパンフレットの一ページ目には、本大会のトーナメント表が大きく掲載されている。
出場選手は全部で16名。決勝まで勝ち進むと計4試合を行うことになる。