第九十六話 旗など立てた覚えはない
俺は最近しみじみと思うんだ、だから仲間にもこの気持ちを分かって欲しくて、望みを言葉にして表してみた。
「普通の平民として、堅実に生きていきたいと思うんだ」
「……堅実には充分生きていらっしゃると思いますよ」
「……迷宮に行くたびにオーガの皮を剥いでくるから、いつも黒字です」
そう俺はわりと平民らしく堅実に生きていると思う、最初に襲われた吸血鬼から頂いた慰謝料も、今となってはそれ以上に増えている。
「だが、何故か国王の推薦状なんて俺にはいらな……勿体ないものをもらってしまったんだ」
「……しかも二通も貰いました、レクスさんここの王様には気に入られています」
「……白金になるのも夢ではないかと、最近ちょっと思ってどきわくです」
白金の冒険者、それは一定以上の功績をあげた者だけに与えられる冒険者の憧れ。つまり、平民として埋没して生きていきたい、そんな俺にとっては無用の長物。
「他の金の冒険者って何をしているんだろう、最近は平凡って言葉の意味が分からなくなってきた」
「そういえばあまりお見かけしませんね、金の冒険者ってどういう方々なのでしょうか」
「金の冒険者だけに人格が良いが、権力欲も高く、また人脈作りとかで忙しいんじゃありませんか」
どこかにいい金の冒険者の見本はいないだろうか、いやこの際だ。銀の冒険者でもいい、普通というものを参考にして自分の生活を見直したい。
出掛ける前にソウヤにはムラクモ国に観光に行くと伝えてある、ソウヤはツクヨミ国にもまだ良いところは沢山あると言ってくれたが、今はどこかに行きたいからムラクモ国に行きたい気分なんだ。
「というわけでちょっと国を移らないか、隣にムラクモ国という小国があるんだ」
「環境を変えて自分の行動を見直したいというわけですね、……苦しむ時に励ましを与え、憂いの時の慰めをもたらす。恵み溢れる光の御方、信じる者の心を満たす神よ、どうか僕らをお導きください。」
「そのぐらいでレクス様が普通でいられるでしょうか、でも他の国に行くのはちょっと楽しそうなのです」
ムラクモ国はツクヨミ国とツキシロ国に山々で挟まれた形をした国だ、ツクヨミ国とツキシロ国が同じ国だった時もとにかく山々に隔てられているので、お互いにほとんど不干渉を貫いている国だった。さっそく仲間の同意を得て、俺はその山道に挑戦していた。
「山道を登るのも久し振りだな、迷宮とかとは違う筋力を使う気がする」
「険しい山道ですね、だからこそ国境線を越えてお互いに攻め合ったりしないのでしょうが」
「レクス様の荷物の上で楽ちんです、眠くなってきました。ふぁ~あ」
俺達はのんびりと山道を登っていた、ムラクモ国にはこの山道の為に歩いて七日ほどかかるらしい。ミゼの奴がここぞとばかりに荷物の上でサボっている、あんまりサボり過ぎるようなら落っことして自分で歩かせる予定だ。
「おお、久しぶりの野営だ。この前までは海で、次が宿屋で、最後が王宮だったからな」
「獣をさばくのも久し振りですね、旅の仕方を思い出すようです」
「ささっとデビルボアを狩ってしまって、血抜きしているあたりで金の冒険者なのかなぁと、疑問が一杯でございます」
仕方がないだろう、長持ちする携帯食糧は沢山用意してきた。でも、偶々デビルボアに出くわしたんだ、そうなったらもうメイスの一撃で倒すしかないだろう。ああ、そうだ。こうしよう。
「まぁ、文句があるならミゼはご飯を食べなければいい。ああ、美味い」
「串焼きとスープ、それにこれは携帯用のパンです。神よ、今日の糧に感謝を」
「文句なんてあるわけがございません、串焼き!!私にデビルボアの串焼きを!!」
文句を言いつつミゼはデビルボアの肉にかじりついていた、うん。こういうのが普通の冒険者というものだ、自分で狩った獲物を食べたりとか、山道を飛べば一日でつくのにわざわざ歩いたりとか、きっと普通の冒険者はこうに違いない。
「なんで私ばっかり!!」
「うるせぇ、大人しくしやがれ!!」
「いいから黙らせろ!!」
人の食事の邪魔をされてたりとか、……は予定に入ってないな。なんだろうか盗賊とかだったら遠慮なくぶん殴ってやるんだが。
女の人が必死に街道を走って逃げてきて、それをむさいおっさん二人が追いかけてきている。ここで問題、どちらに味方するべきだろうか?
「なぁ、あんたら盗賊か?それともただの痴話喧嘩か?」
俺が街道の上少し山に入ったところで食事をしていたら、せっかくの夕食の邪魔をされたのでやや苛立ちながら問いかける。
「ああ、この男達が盗賊よ」
「ああ、この女が盗賊なんだ」
うーん、つまりお互いに盗賊だと、この場合俺のするべき行動とは何だろう。まずはディーレが作ってくれたスープを食べきってしまう。それから、両方に向かってこう言った。
「つまりは全員が盗賊なんだな、捕まえるから逃げても無駄だぞ」
まだお食事中のディーレとミゼにはそのまま食事を続けるように合図して、俺は三人の前に降り立った。すかさず殴りにきた男を逆に顎を殴って倒し、逃げようとした女性の両肺を後ろから掌で打った。最後の男は蹴り技で足を狙って動けないようにしてみた。
あっさりと三人を戦闘不能に追い込んでから、俺はそこらへんにある植物の蔓で三人を縛り上げた。
「変なものを拾った、どうしよう?」
「そうですね、起きてから詳しく事情を聞いて、その内容次第ですね」
「あー、これが普通の冒険者でしょうか?」
普通の冒険者だって盗賊くらい捕まえるさ、つまりはまだ俺の行動は普通と言えるんだ。大丈夫、大丈夫だ。
その日は結局そこで野営をした、捕まえた盗賊が無実だと冤罪だのうるさかったから一応は話を聞いたけれど、心音や発汗から嘘だと思えたので放っておいた。
その次の日から盗賊が捕まること、捕まること、ここは一体どこなのだろうと思うくらいに捕まえた。捕まえたからには最低限の世話はしなきゃいけないわけで大変だった。
「…………もう、盗賊捕まえるの止めたい」
「レクスさん、彼らは犯罪者ですよ。見つけたからには放っておけません!!」
「プークスクスクス、普通の冒険者の常識ですからね」
そして最後には五十人を超えたあたりでムラクモ国についた、大量の盗賊をどうやって運んだかって?全員に『浮遊』をかけて風船みたいに引っ張っていったよ。
もちろんムラクモ国の門番に止められて、自称盗賊さんたちは本物の盗賊だって認められた。どうもムラクモ国を中心に動いてた盗賊団だったらしい。
「ありがとうございました、おかげで助かります。……残党狩りもしてくれると良いかなとかちょっと考えています!!」
「いや、なるべく普通の冒険者として……」
「残党狩りに行きましょう、レクスさん!! まだ助けを待ってる人がいるかもしれません」
「まだ見ぬ女の子が助けを求めて、泣いているかもしれません。キリッ!!」
お人好しのディーレとお祭り騒ぎが好きなミゼの二人には逆らえなかった、俺は『広範囲探知』を使って、山で人が集まっているところへと二人を案内した。
「ひゃっほう聞きます、汝盗賊なりや?」
「なんだこのくそ猫」
「ふざけんなよ」
「おい、蹴とばされたいか」
とりあえず格好をつけて飛び出したミゼは俺の従魔なので、一応は俺は庇ってメイスを持って盗賊たちの前に出た。あれっ、これ主従が逆転してないか!?……なんて考えたりしたら負けである。
「あの方と、あの方と、それからあちらの方を除けば、全員が賞金首です」
「そうか、そっかー……、それじゃ捕まえないわけにもいかないよな」
ディーレがこの盗賊の砦にくるまでに賞金首のリストを集めて見ていたので、情け無用で盗賊達を無力化していった。これまでにも沢山捕まえていたから三十人くらいしかいなかった。無力化して捕まえるのは難しくなかった、それより捕まえてからの方が大変だった。
「うわー、待った、待つんだ、こいつらはもう盗賊として裁きを受けるから、その手に持った岩は振り下ろさないでくれ」
「うぅ――、ううぅぅ」
「…………殺したい」
「…………死ねばいいのに」
盗賊以外に綺麗な普通の女の人が何人か捕まっていて、彼女たちのおかげで盗賊を守るのが大変だった。自分達が助かったことがわかると、彼女たちは隙あらば盗賊達を殺してやろうと殺気が全開だった。彼女たちが盗賊を殺したがるのも無理もない、悪い奴が綺麗な女の人がいたらどうするか、どんなに想像力が低くても分かるだろう。
盗賊達はまた縄で縛って『浮遊』の魔法で軽くしてムラクモ国まで連れていった、門番の人達にはまた驚かれたが二度目だったので事情聴取とかは軽くで済んだ。冒険者ギルドの職員にまた褒められて、賞金首の分も合わせて盗賊退治の賞金を貰った。
「我が国の盗賊団を壊滅させてくれて、ありがとうございました」
「彼らにかけられていた賞金をお支払いしますね、国を守る警備隊の方でも大変に感謝しております」
盗賊を捕まえた額はそこそこ良いお値段だった、捕まっていた女性達が困らないようにディーレやミゼと相談して、こっそりと全額を彼女達に分け与えた。
「なぁ、これって普通の冒険者の範囲なのかな?」
「盗賊討伐も依頼表では見かけますから、大体は普通の冒険者の範囲ですよ。良きことをしました、神よ。今後に困難が僕らを襲いし時も、どうかその御光でお導きください」
「まぁ、普通の範囲ですよ。冒険者としては普通、普通」
そうか、普通かな。ムラクモの国に他国から集まっていた大きな盗賊団で、数が多いこともありなかなか手がつけられない集団だったそうだ。
「まぁ、良いことをしたらならいいか」
その後はムラクモ国の観光をしたりした、ツクヨミ国とツキシロ国とはまた違って地味な国だが、こちらにも庭園や見て面白い名所が幾つかあった。鍾乳洞とか初めて入った、そこだけ別世界みたいで驚いた。
「すごい、どうやったらこんな奇妙な空間ができあがるんだ」
「上は白いつららみたいですけど、下からも同じように石が伸びているのですね」
「石灰石が地下水などで侵食されてできるのです、ですから地下にできるのです」
ミゼの説明でなんとなく分かったような気がした、要するに石灰石という溶けやすい石があり、それが地下水で何十年もかけて少しずつ溶けだしたのか。
観光の後は宿屋で充分に休息をとった後に、いつものオーガ狩りである。俺の日課の中にオーガさんはしっかりと組み込まれている。
「強さが適度で、収入にも良いんだよな」
「あっ、ここも多分。ツクヨミ国とツキシロ国に繋がってます。先日つくった地図によるとそうなります、多分」
「では帰りは迷宮の中を通って帰られますか、山道とどちらがいいですか」
「迷宮だ」
「迷宮です」
「私は荷物の上にいられるなら、歩かなくて良いのでどちらでもよいです」
ミゼの問いに俺とディーレがはもって答える、もう迷宮のほうが歩き慣れているから山道よりも楽に感じてしまう。そして、ミゼは帰り道も歩く気が無いらしい。
この日も迷宮でオーガ三体、ミノタウロス二体をしとめた。うむ、戦闘意欲として少々物足りないが、今日も一日よく働いたと思う。
「すいません、買い取りをしてください」
「はい、あっ金の冒険者のレクスさんですよね!?」
「はい、そうですが」
「王宮からこの前の山賊退治は助かったと、白金への推薦状が届きましたよ」
その無邪気そうなギルド職員の言葉に俺は膝から崩れ落ちそうになった、買い取りしてくださいの笑顔のままで固まっている自信がある。
「ただ二国からの推薦だけでは白金にはなれませんので、これからも頑張ってくださいね」
「――――頑張ります!! すっごく頑張りますから!!」
おう、頑張ってお偉いさんには近づかないようにしてやる。だから、俺をこれ以上過大評価しないでくれ。銀の冒険者に戻りたい、この際だ金の冒険者でもいい、今の身分に留まっておきたい。
「白金の冒険者になんかならないぞ、俺は!!」
「…………頑張ってください、レクスさん」
「…………それをフラグというのです、レクス様。プスークスクス」
フラグ?それは古い言葉で旗という意味だったはずだ、ミゼの奴が訳の分からんことを言うが俺には旗など立てた覚えはない。
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