九十一話 こうして教えてみるのもいい
「金の冒険者がここに泊まっていると聞きました、会わせて貰えますか」
またか、この辺りの国には朝食前から訪問しろという伝統でもあるのか。前回と同じように身なりを整えて声をかけてきた人物に会った。
「悪いがこっちは朝食もまだなんだ、話しは後でいいか」
「あっ、はい。私ソウヤと申します。もちろんお待ちしております、こんな早朝におしかけてすいませんでした」
ツキシロ国の自称魔導士長より、ずっと大人しい対応だ。少し驚いた声をかけてきたのは肩までの短い白い髪に黒い瞳を持った少女だった。そして、昨日の自称魔導士長にそっくりの顔だった。
まぁ、それはともかく今度の朝からの襲撃者は大人しく邪魔をしなかったので、俺達は朝食をのんびりと食べることが出来た。宿屋にほど近い飯屋でそれぞれに好きなものを注文する、その間確か……ソウヤとかいった少女は大人しく宿屋で待つことになった。
「俺は卵スープに、果物のジュース二杯」
「焼き魚定食を昨日のと味を比べてみたいのでお願いします、ご飯は大盛りで」
「私もそれでお願いします、お魚が美味しゅうございます」
今日も何もなければ迷宮に行くか、もしくは観光をする予定の仲間達は朝からよく食べる。うん、元気があっていいことだ。それに食事を邪魔するような奴もいないしな、今日の朝食は平和に美味しく食べることができた。
「あっ、おかえりなさい。お話をしてもいいでしょうか、それとももう少し待ちましょうか?」
「ああ、確かソウヤとか言ったな。そうだな、話があるなら部屋で聞こう」
前回と違って顔はそっくりだがこのソウヤという人間は大人しかった、礼儀正しく接してくるのでこちらもそれ相応に対処した。
「実は私はこの国の魔導士長なのですが、実戦の経験がほとんどありません。そこで金の冒険者の貴方に、戦い方を教えて貰いたいと思って参りました」
「自国の魔法使い達に教えて貰えばいいんじゃないか?その方が部下の模擬戦にもなって良い訓練になるだろう」
「それが、その、我が国の魔法使いは個人戦を好みません。実際に戦争が起こった場合も周囲を兵士でかためて戦うことになります、個人としての強さが身についていないのです」
「……俺は魔法を使うがそれが専門だというわけじゃない、一国の魔導士長に教えられるような魔法もないんだが?」
「私が貴方から教わりたいのは実戦的な魔法です、一対一で戦うような強さが必要なのです。それには冒険者で実戦を多く経験している方が適任だと思います、報酬は一回につき金貨一枚でどうでしょうか?」
そういわれば魔法使い同士で戦った経験は少ない、仲間同士で模擬戦はよくしているが偶には別の相手と戦うのもいいかもしれない。
「うーん、ディーレ、ミゼ。お前らはどう思う、日給としてはそこそこだが魔法戦の経験をつむことができる」
「困っていらっしゃるようですし、正しき人は神によって学び、その聖なる神に感謝せよとも言います。礼儀も正しく学ぶ気があるようですし、僕は受けてもいいですよ」
「賛成です、礼儀正しい可愛い女の子のお願いをお断りするなど、このミゼにはできません」
仲間達の方も乗り気なようだ、ミゼの動機が不純だがまぁいいだろう。ただ、依頼として正式にギルドを通して申し込んで貰う必要がある。
「まず、ギルドを通して正式な依頼として申し込むこと。お互いに傷を負った場合に相手を責めないこと、後は動きやすい服装と鍛錬できる場所が欲しい」
「はい、わかりました。ギルドにはもうお話は通してあります、ギルドの鍛錬場の一つを貸して貰えるそうです。どうかよろしくお願いします!!」
そう言ってソウヤという少女はぺこりと頭を下げた、俺達は戦闘用の服に着替えてから依頼書を再度確認して、ギルドの鍛錬場に出かけた。
『金の冒険者レクス、魔法戦の教授、日給金貨1枚』
ギルドの鍛錬場ではソウヤという少女が大人しく待っていた、着物とかいうこちらの伝統的な服ではない。いや上は着物で変わらないのだが、下がズボンのようになっている、動きやすい服装をしていた。
「それじゃ、まず俺からいくか」
「はい、よろしくお願いします!!」
メイスは持ってきたが本気で相手をするわけでは無いので、俺は戦闘用の手袋にあとはいつもの戦闘服である。
「『標的……』
「『身体強化』、はい、お前の負けだ」
俺は相手が魔法を唱えるより早く、その懐に飛び込んで喉を握った。力は全然こめていないが、これが実戦だったらソウヤはもう死んでいるだろう。
「は、速い!?」
「魔法戦だからといって相手に魔法を当てる必要はない、身体強化して近づけば充分に魔法使いは倒せるからな。身を守るにはその杖だけだと、……心もとないな」
ソウヤは魔法使いらしく魔石がついた魔法の杖を持っているが、単純に肉弾戦になるとこの武器で身を守るのは難しいだろう。
「では、次は僕がお相手しますね」
「は、はい、お願いします!!」
俺との勝負で呆然としているソウヤにディーレはにっこり笑って、両手に魔法銃を持って距離をとる。
「今度こそ『標的撃!!』――いや、眩しい!!」
「閃光弾に『浮遊』で回避、衝撃弾で無力化、続いて風撃弾」
ソウヤは今度は魔法を唱えることができたが、同時にディーレから閃光弾を瞳に撃ちこまれて視界を失った、ディーレは自分に向けられた魔法の衝撃を風の動きからかわして、同属性の衝撃弾を魔法銃ライト&ダーク撃ち込みその威力を無力化した。最後に弱めの風撃弾を撃って、ソウヤに当てた時点でディーレの勝ちだ。
「最初の魔法を当てることができれば勝つ、というころに拘り過ぎているような気がします。魔法戦はその応用と実現できる技術が必要です」
「は、はい!!ありがとうございます!!」
ソウヤは閃光弾で見えなくなった視界が戻っていなくて、ディーレが『治癒』の魔法で治療していた。
「それでは次は私ですね、私はレクス様たちの中で一番弱いですからご安心を」
「はい、お願いします」
俺の従魔である猫のミゼはするりとソウヤの前に立ち、大人しい猫のようなふりをしていた。ソウヤは今度こそはと勢い込んで魔法を放った。
「次こそは当ててみせます『標的撃!!』」
「『風硬殻!!』」
ソウヤの追尾効果のある魔法はミゼの作りだした風の壁に阻まれた、相手の魔法の消失と共に既にミゼは動いていた、ソウヤだってもちろん続けて魔法を唱えている。
「『標的撃!!』『標的撃!!』」
「標的撃は追尾効果があり手加減をしやすい魔法です、ですがこのようなこともできるわけです」
「え!?」
ソウヤの敵であるミゼはもう既に彼女の背後に走り寄っていた、彼女はミゼを杖で打ち払おうをしたけれどミゼはそれを綺麗にかわした。
「きゃああ!?」
そして、魔法が近づくギリギリまで彼女に近づいてから、彼女を楯にして相手の魔法を避けてみせた。標的撃は見えづらい攻撃だが、ミゼは見事に軌道をよんでかわした。
ディーレが彼女に近づいて、すかさず『治癒』で治療をした。ソウヤはほんの3回模擬戦をしただけなのに、荒い息を吐いてその場に蹲っていた。
「模擬戦で相手に怪我をさせないように、『標的撃』を使用しているようだが、それだと実戦で役に立たないぞ。俺の仲間は優秀だから切り落とされた手足くらいなら接合できる、もう少し遠慮なく魔法を使ってもいいぞ」」
「『切り裂け広がりし風の……』」
「それ、一番の悪手だぞ。ほらっ、魔法を唱えきる前に終わっている」
俺はソウヤが上級魔法を使おうとしたことに驚いたが、詠唱に時間のかかる上級魔法は誰かに守って貰わないと使いにくい魔法だ。もしくは魔法を行使する人間自体が相手の攻撃をかわせるだけの腕がいる。
ペチンッ
「あいた!?うううぅぅぅ……」
「いくら遠慮なく使えと言っても上級魔法を使うとは、あれは詠唱が長い分効果は凄いが、それを唱えている魔法使いは隙だらけだぞ」
ソウヤが俺に指ではじかれた額を押さえて蹲る、可哀想に涙目になっているが自分のミスだから仕方がない。
「ど、どうやったら強くなれますか?」
「魔法戦に限らず、相手がどう動くのかを考える。速さを生かして襲ってくるのか、視界を奪われた時はどうするのか。実戦では体術と魔法の両方が必要だ、魔法をただ唱えるだけでは相手によってはすぐに負けてしまう」
「……先をよんで動く、相手のことをよく知る」
ソウヤは額を押さえて考え込んでいたが、すぐに模擬戦の続きをお願いしてきた。やる気だけは充分にあるらしい、俺達も臨時の教師のような気分でソウヤの相手をしていた。
それから何度もソウヤと俺達が魔力枯渇になるまで、模擬戦を続けてソウヤの動きは随分と良くなった。まだ、成人もしていない子どもにしては充分だと思った。
ソウヤという少女は初日から驚くほど頑張った、これは彼女の気質なのだろう。何だろう、いろいろと教えて成長させたくなる、そんな少女に俺たちは出会った。
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