第九十話 二度あることは三度はない
「金の冒険者がここに泊まっていると聞いた、会わせてもらいたい」
久しぶりに充分な睡眠をとった後、俺達が泊まった店の従業員からお客様がきていると言われ、とりあえず顔を洗い服を着替えて会ってみたのだが。
数日前にツクヨミ国であった、迷子のそっくりさんだった。ただし、こちらは肩までの短い黒髪に黒い瞳の少女だった。
「貴方金の冒険者レクスだったか、私はツキシロ国の魔導士長ソウミ。いざ尋常に勝負申し上げたい」
「そうか、断る。以上」
まだ朝食も食べてない時間からぎゃあぎゃあ喚いて宿屋に迷惑をかけて、いきなり勝負しろなどと言い出す、そんな非常識なお偉いさんなど相手にしていられない。
「ふぁ~あ、とりあえず朝食は何にしようか」
「近くのご飯屋さんが朝だけの特別なご飯を出しているそうです」
「それは美味しいそうですね、ツクヨミ国もツキシロ国もご飯が美味しゅうございます」
よくわからない、お偉いさんを放っておいて俺達は朝食を食べに向かおうとした。そこでハッと我にかえったのか、またその少女が高らかに宣言した。
「それは勝負を放棄したとみなしていいな、つまりは私の勝ちということだな」
俺の耳は雑音を音として拾うことがないので、仲間を一緒にさっさと宿屋を出ていった。なんかぎゃあぎゃあと喚いていた少女?そんなものは放置である。
「俺は豚汁がいい、具はなしで。果物のジュースを2杯つけてくれ」
「僕は焼き魚定食をお願いします、ごはんは大盛りで」
「私もディーレさんと同じものでお願いします」
とりあえず宿の近くにあった飯屋で朝食をとる、俺は飲むだけだが食の楽しみを忘れてはいけない。食事というのは生涯における楽しみの一つである、……たとえ固形物は食べれなくとも飲み物は楽しめる!!
「うん、美味い。肉の旨みが出ていて味噌汁より美味い」
「こちらの焼き魚も美味しいです、海が近い分海産物が豊富なのですね」
「レクス様、次は私にも焼き魚をください!!」
それにミゼに店の食器を使わせるわけにもいかないので、ミゼ用の食器に移し替えるという仕事もある。完全に主従が逆転しているような気がしてならない、主が従魔の食事の世話をしているのはおかしいだろう。
「昨日は休んだから今日は迷宮に行くか、水没した場所は気をつけて進もう」
「水の中で視界が少々悪かったから、おそらくあそこで道を間違えたはずです」
「もぐもぐ、お二人とも働き過ぎて。はぐはぐ、過労死したりしないでくださいよ」
ディーレもミゼも結構な量の飯を食う、冒険者として迷宮なんて危ないところに潜ってるんだ。食べれる時に食べておくのは戦う者として基本だ、だから遠慮なくこの一人と一匹は飯を食う。
固形物が食べられなくなった俺から見ても良い食いっぷりである。今から危険な迷宮に潜るのだから、このぐらいはしっかりと食べておかなくてはなるまい。
「ちょっと人の話は聞くものではないのか、私の勝利でいいんだなと聞いている」
人間の三大欲求の一つである食欲を満たしていたら、なんだかぎゃあぎゃあとうるさい少女が一人いた。さっきから何か視界の端に余計なものがうつるなと、そう思っていたらそれは一人の少女だった。
「ん? お前、誰?」
「わ・た・し・はツキシロ国の魔導士長のソウミだと言っている。金の冒険者であるレクス、いざ尋常に勝負して貰いたい」
「嫌だ、断る」
「なっ、またそれか。私に勝つ自信がないのだな、つまりは私の不戦勝……ってそれではダメだ。しっかりと勝負して貰いたい」
とりあえず朝ご飯で込みだした飯屋の迷惑にならないように、俺達はソウミとかいう少女をくっつけたまま近くの広場へと移動した。
「んじゃ、俺がお前と勝負したとして、報酬は?」
「ツキシロ国の魔導士長との勝負だぞ、普通ならばそちらからお願いしてくるほどのことなのだぞ」
「いや、俺はただの冒険者だからな。それで、報酬は? 無ければ受けん」
「ううぅ、金に汚いとは所詮は冒険者だな。……もしも私に勝ったなら、金貨10枚を褒美として授けよう」
「やっぱり、断る。そのくらいの金銭でこの国と敵対しろというのは安い、俺はまだこのツキシロ国をこっそり観光してみたい」
「は!?ど、どうして私との勝負がツキシロ国を敵対することになるのだ。私はたとえ負けてもお前達に何もするつもりはないぞ」
朝から頭の悪そうな子どもの相手をさせられて疲れる、ディーレやミゼも欠伸まじりで話を聞いてた。俺が子ども相手に、分かりやすく説明してやる。
「お前が自称じゃなかったら、この国の魔法使いの長なんだろう。そんな奴を負かしたら、当然だが俺達に対する国の扱いが厳しくなる。だから、嫌だ、面倒だ」
「え!?そ、そういうったことは起こさせないようにする!!私が魔導士長として責任をもってそうすると約束しよう、さぁ勝負を!!」
ディーレとミゼはもう迷宮に行く為の荷物の確認作業に入っていた、俺も手伝いたいが目の前の面倒そうな問題を先に片付けておく。
「具体的にはどうする?国に言うのか、自分が負けるかもしれませんがその相手には何もしないでください。仲間である魔法使いはどうする、私は負けたがその相手に手をだすことを禁じる?」
「え!? ええとぉ!?」
混乱して言葉が出て来なくなった少女を置き去りにして、俺達はさっさと迷宮の方は歩いていく。少女は俺達を引き留めようと声を上げかけるが、何を言っていいのかわからないようだ。
あの少女が本当にこの国の魔導士長だったとして、俺は絶対に関わるつもりはない。魔導士長といえば魔法使い、魔道具作成をするもの達の頂点にいる存在だ。それをあんな幼い少女がしているとは、本人から聞いただけでは信用できない。
それに権力者うんぬんではなく高圧的な少女の言い方が気に入らない、だからこの依頼を受ける気は俺にはない。
「できればツクヨミ国の方に帰ったほうがいいな、こっちの国にいると面倒に巻き込まれそうだ、観光がしたかったのに残念だ」
「レクスさん、権力者とか嫌いですからね。そのわりに巻き込まれることは多いですけど、できればツクヨミ国の方に帰りましょうか」
「面倒事の気配が致します、さっさと無視して参りましょう」
俺達がさっさと迷宮に入ろうとすると、後ろから追ってきた少女は迷宮の見張りに引き留められていた。
「私はあの金の冒険者と勝負をするのだ!! ええい、そこを通せえぇぇ!!」
「い、いけません。ソウミ様がお一人で迷宮に入るなど危険です」
「そうです、迷宮を侮ってはなりません」
迷宮の入口で少女が足止めされている間に俺達は迷宮をどんどん進んでいった、昨日と同じようの水没している部分は『大水泡』の魔法で渡る。どうやら『永き灯』の明かりでよくしらべれば、水中でも道は分岐しているようだった。
「これに気がつかなかったから昨日は道に迷ったんだな」
「方角さえ気をつけていけば、地図を作ってツクヨミ国に帰れそうです」
「ディーレさんの記憶力は凄いです、私にもそのくらいの記憶力があればお役にたてるのですが……、画面の向こうにいる嫁の笑顔を脳内に焼きつけておけたのに」
自称魔導士長とか言っているおかしな少女のことは放っておき、俺達はいつもよりも慎重に地図を作りながら迷宮を探索した。
ディーレの報告感覚が優れているので、無事にツクヨミ国に帰れそうだ。途中でいつものようにオーガさんと会ったが、たった一匹しかいなかったので苦戦することもなく、夕方には昨日入ったはずの入口に帰ってくることができた。
「二日かけてオーガを狩って来られたとは凄いですね、さすがは金の冒険者がいるパーティです」
「いやそれが大変だった、ツキシロ国にいくはめになったんだ。仲間の協力があるから何事もなく済んだ、俺の一人だったらまだ迷宮の中で迷っているだろう」
昨日の記憶どおりにツクヨミ国の冒険者ギルドがあったので、そこでオーガの皮などを買い取って貰えた。道を間違えてツキシロ国に行ったことは聞かれなかったが、ツキシロ国のギルドには記録が残っているはずなので、また国境通行料を支払っておいた。
「ツクヨミ国にツキシロ国、どっちも似たようなものだがこっちのツクヨミ国で過ごそう。あっちに帰ると面倒ごとに巻き込まれる気がする」
「どうして魔導士長が勝負になんてきたんですかね、自国の金の冒険者と戦えば良いでしょうに?」
「既に戦った後とかでは、金の冒険者狩りでもしているのでしょうか」
なんだその恐ろしい狩りは、金の冒険者って恩恵もあるけど面倒事にも巻き込まれるんだよなぁ。出世がしたいとか、貴族になりたいとか、白金を目指している、とかいう奴には必要なものだろうけど。……俺にはあまり関係ないなぁ。
そうしてツクヨミ国に帰ってきた俺達は昨日は止まり損ねた宿屋に戻って、ゆっくりと風呂を楽しんで夕食を食べた後は速やかに就寝した。そうして、体を休めたらまた新しい朝がやってくる
「金の冒険者がここに泊まっていると聞きました、どうか会わせて頂けますか」
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