第八十九話 ほとんど変わったところはない
俺達は初めて迷宮で国境を越えてしまった、かと言ってもう一度迷宮に潜るには時間が遅過ぎたので、このツキシロ国で改めて宿屋をとった。その宿屋の近くにある飯屋で、俺たちはこの国について話をしていた。
「細かなことを除けば、どちらも似たような国だ」
「物価もそう変わりせんし、こちらの宿でもお風呂が利用できるのがいいです」
「もう、いっそ一国に統一すればいいのにと思います」
「そりゃ、簡単にはいかないねぇ。そうなってくれればあたしらは便利だけどね」
俺達が宿屋の近くにある飯屋で食事をしていると、酒を運んでいた店の従業員らしき者がそう声をかけてきた。
「こことツクヨミ国が分かれてまだ百年も経っていないのさ、何でもお偉いさんの兄妹喧嘩が原因らしいけど、簡単に元の名前のツクヨミ国には戻れないだろうね」
そう俺達に一声かけると店の従業員は給仕に戻ってしまった、賑やかな飯屋でありなかなかに忙しそうだ。
「兄妹喧嘩で国が二つに割れるわけだ、よくある話だな」
「歴史書でも王族に子孫が多いと王の死後、悲しいことですが争いごとがよく起こります」
「なんにせよ、巻き込まれないといいですねー」
そうそう、俺達は気ままな旅をしながら働く観光客のようなものだ。今日だって迷宮で一仕事して、しっかりと働いて稼いできた。少し予想外のことがあって、ツクヨミからツキシロ国へ来てしまったが、国境を越えた通行料は冒険者ギルドで支払った。
「こっちの料理は出汁が出ていてうまいな、昨日のものとはまた変わった味だ」
「食べ物が変わっています、このタレをつけて焼いた鳥も美味しいです」
「ビール、いえ冷たい麦酒が一杯飲みたくなりますね」
「せっかくだから飲むか。おい、麦酒を三つ頼む」
「……えっと、一杯だけにしておきましょうね。あれを飲むと記憶がなくなって、頭が痛くなります」
「ディーレさんは一杯だけで、残ったら私が飲みますので!!」
俺は何杯酒を飲もうと酔わない、これはヴァンパイアになってからの体質だと思う。成人の儀で少し飲んでみた酒では酔ったような気がした、ほんの少ししか飲めなかった。だから、最初から酔わない体質なのかもしれないが。
「………………すー、すー」
「もう少し、あと一杯だけ……」
「はいはい、宿屋に帰るぞ」
案の定、麦酒一杯で酔っぱらったディーレとミゼ、仲間を抱えて宿屋に帰ることになった。このくらい重くもなんともないが、一人だけ酔っぱらえないというのも空しいものがある。
翌日に宿屋で目覚めた仲間は、それぞれ麦酒についての見解を体で述べていた。ディーレはしばらく机につっぷして動かず、ミゼは布団の中でゴロゴロと転がり頭を押さえていた。
ツクヨミ国とツキシロ国は不思議な場所で、寝るときにベッドではなく、布団という敷きおろしできるものを使う。これも珍しい習慣だ、初めての体験だったが、なかなか快適に眠れた。
また部屋の中が土足禁止で畳という独特な敷物が敷いてある、ミゼが畳や柱に爪とぎしたくなる気持ち、それがよく分かったと最初のうちはうるさかった。
「あの麦酒というのは危険です、宿屋に帰った記憶がありません」
「あともう少しで嫁に触れたんです、あと麦酒が一杯あればきっと!!」
「ディーレは麦酒はコップに半分くらいまでにしておこうな、ミゼも同じくらいにしておけ。毎回、お前達を担いで帰るのは大変だ」
念の為に仲間に『活性』の魔法を腹を中心にかけておいた。こうしておくと内臓の機能が向上して、早めに酒が分解される。
これは食べ過ぎた時にも使える、村の生活じゃ何かを食べ過ぎるなんて贅沢なことが無かったから、あまり使わない魔法だな。
「ここがこの国の独自の教会か、教会も木造なんだな」
「細かな彫刻が施されています、教会ではなく社と呼ぶみたいです」
「おみくじとか無いと残念です、こういうところに来たら引きたくなります」
「水が本当に豊富なんだな、島国とはいえ山があり木々が生い茂っているから」
「……水が元で争う国もあるんですから、こちらの国は幸せですね」
「滝の近くはひんやりとしていてとても癒されます、まいなすいおんですか?」
せっかくツキシロ国に来たのだから、今度はこちらの観光を始める。木で作られた贅沢で由緒のある神殿や、水が豊富なだけに見事な滝など見るものは沢山あった。
「今日は迷宮は止めておくか、今からだと中途半端な時間になるからな」
「偶にはこうしてのんびりするのもいいですね、神に感謝を」
「私は偶にではなく、毎日でも構いません。働きたくないでござる!!」
こっちのツキシロ国でも迷宮に潜るものが少なく、オーガやミノタウロスの皮と角は高値で引き取って貰えた。
「やっぱりあの水没した箇所を通るのが大変でして、新人冒険者達は魔の森の方に行ってしまうんです。だから迷宮のものほど良い魔石は滅多に手に入りません」
ギルド職員の女性はそう言って買い取りの時に嘆いていた、こちらにいる間は是非買い取りだけでも、ツキシロ国の冒険者ギルドでお願いしますとも言っていた。
「まだ国が分かれて100年も経っていないんですけど、分かれたからにはあまり仲が良くなくて、お互いに張り合ってしまうところがあるんです」
冒険者ギルドもそこは同じらしい、元々一つの国でも別れれば自然と競争心が湧いてくるわけだ。
「個人的にはそんなに拘らなくていいような気がするんだけどな、どちらの国もよく似ているんだし」
「兄妹喧嘩みたいなものでしょうか、あれはどちらでも良いから早めに謝らないと、妙にこじれてしまうんですよね」
「ディーレさんの方が血は繋がらなくても、施設にいた分そういう兄妹とか経験は多そうですね。はっ、血のつながらない妹がいっぱい!!そんな妹からお兄ちゃんとか呼ばれていたらっ!!ずるい、ずるいです!!ディーレさん!!」
俺達は国の中を目的も決めずにのんびりと散歩をしていた、いつのまにか俺達は王城の近くまで来てしまっていた。ディーレにミゼがなぜか絡んでいたが、ディーレ相手では喧嘩が成立しない。気が優しくて喧嘩に向かないからだ、ミゼが一方的に騒いでいただけでしばらくすると落ち着いた。
「城まで木のつくりなんだな、火責めされたらどうするんだろうか」
「レクスさん、そういった考えはおいておいて素直に建物をみてみては?」
「木造の方が水が多い、雨が多い気候にあっているのでしょう」
ヴァンパイアは視力もいい、俺はツクヨミ国でみかけた少女に似た人物を見つけた。髪が白から黒に変わっていることを除けば、二人の人間はそっくりだ。
「双子かな?昨日、ツクヨミ国でみかけた子どもが中にいる」
「王城の中にですか、それは身分の高い方かもしれませんね」
「…………面倒なことに巻き込まれないうちに逃げましょう」
王城も外から見学できたことだし、俺達は昼食や夕食の合い間に観光しながら宿屋に戻った。
食事もなかなか美味しかった、まぁ、俺は飲むだけなんだが緑茶というお茶が気に入っていた。茶葉によって味が変わるのが面白い、これは紅茶にもいえることなんだけどな。
明日からはまた迷宮を潜ってみたいと思う、稼げる時に稼いでおくのは冒険者のとして当たり前だ。
今日は沢山観光をしたし、ゆっくりと休んで明日からまた働こう。冒険者稼業もこういうところは面白いな。
命の危険はあるが、他の人間が行かないような遠くまで出かけることができる。俺が想像できないような、そんな場所を見ることができる。
宿屋に戻って風呂に入ると俺は珍しくぐっすりと眠ってしまった。翌日に迷惑な奴がくるまでは俺は実に気持ち良く眠っていたんだ。
「金の冒険者がここに泊まっていると聞いた、会わせてもらいたい」
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