第八十七話 良い国に来たかもしれない
海に出て約半月が経った、ようやく大きな陸地が見えてきた。あれが目的地であるツクヨミ国か、もうしばらく海の上はこりごりだ。地に足をつけて歩きたい。
「やっと見えてきたか、あれがツクヨミ国か」
「半月の船の旅でしたが、やっと終わりますね」
「クラーケンさんの食感とも、しばらくお別れでございます」
この島国であるツクヨミ国までの船に乗ったのだが、旅の間中にクラーケンが山ほど出て襲われた。おかげでクラーケンの触手が潤沢に手に入った、念願のクラーケンのスープも飲んでみたが、不思議な味だった。ディーレとミゼは身の方を食べていた、特にミゼはいったん塩水につけて乾燥させた身を好んだ。
「レクス様とはいえ、このするめ? あたりめ? はお譲りできません。ああ、従魔として何と辛いことか!!ああ、もうこれお酒が無いのがなお辛い!!」
「この嘘つきめ、俺が固形物を食べられないのをいいことに、好き勝手にしやがってダメ使い魔」
「ミゼさんはお酒が飲めるようになったのですか、……また倒れてレクスさんが困りますよ」
「ふふふ、ディーレさん。素面じゃいられない時もあるのです、ディーレさんもお酒の楽しみを知るべきです」
「飲みたきゃ飲んでもいいが、ミゼはいちいち倒れるなよ」
「……僕は遠慮しておきます、お酒を飲むと翌日頭が痛くなりますから」
その後、ミゼはクラーケンの干物を肴に酒を飲んだりしていた。だが、酒には強くないのは変わらなくて、麦酒一杯で大体はぐてーんと横に伸びていた。そんなミゼを回収して、船室に放り込んだのはもちろん俺だ。俺は酒に酔ったことがない、酔っぱらって楽しそうなミゼが、少し羨ましかったのは内緒のことだ。
俺たちの船だけそんなにクラーケンに襲われたのには理由があった。その理由はクラーケンを避ける為、必須である特殊な魔物避けの効き目が弱くなっていたこと、それに加えてクラーケン対策に乗せる魔法使いが弱かったからだ。船長である男はそのことを俺たちにも愚痴っていた、あまつさえ勧誘までしてきた。
「なかなか、中級魔法まで使える魔法使いは見つからない。いや、いるにはいるんだが、船旅を嫌がって腕の良い奴を捕まえるのも一苦労さ。あんたたちも良かったら、うちの専属の魔法使いにならないか?」
「いや、止めておく。毎日、毎日、クラーケン退治なんて飽きそうだ」
「やっぱりか、はぁ~。皆がそう言うから、なかなか良い魔法使いが確保できないんだ、今回の旅では助かった。報酬は増やせないが礼は言っておくぜ、ありがとな」
「いや、そこは報酬を増やせよ!?」
別にお金に困っているわけではないのだが、この船の船長も良い根性をしている。本来、商船の護衛につくはずだった、亡くなった魔法使いの分しか報酬は払わなかった。
船長としてはしっかりしていると褒めるべきだろうか、帰りもこの船を利用するかもしれないのであまり抗議するのは止めておこう。
「しかし、ここは珍しい国だな。まず木造の家が多い、木が燃えたり腐ったりしないんだろうか」
「着ている服も皆さん変わっていますね、前合わせの服に太いベルトあれらも全て布でできているようです」
「懐かしきわが心の故郷――!! …………ちょっとなんか混じっているけど」
「ミゼが生まれたのはデレクの街なんだろ、心の故郷ってなんだ?」
「何かが似ているのですか、ミゼさんの故郷に?」
「似ているような、何かが違うような。まぁ、お気になさらず」
ツクヨミの国でもやることは基本的に変わりない、まずは宿屋を確保してから冒険者ギルドへ行くことになった。
「不思議な建物だな、あまりにも色彩が鮮やかだ」
「真っ赤な壁紙に金で絵が描かれている部屋とか初めて見ました、目がちかちかします」
「懐かしの心の故郷と思ったら、いろいろと混じってます」
物価の方はそう高くも無かった、一人銅貨5枚で宿屋に泊まれることになった。だが、じろじろと何故だが、ひどく不躾な視線を貰うことになった。
半月の船旅で疲れているから、今日は冒険者ギルドへは顔を出すだけにしておいた。掲示板の依頼を見て、またいろんな依頼があるのだと感心する。
『ポー草を10本採取、ランク銅以上、常時依頼』『マジク草を10本採取、ランク鉄以上、常時依頼』『トメヤ村でゴブリン退治、ランク銅以上』『迷宮、パーティ募集、ランク銅以上』『ツクヨミの西の港に出るクラーケン退治、ランク鉄以上』『マアレ国までの護衛依頼、中級魔法が使える者、ランク鉄以上』『迷宮、パーティ募集、ランク鉄以上』『食肉用の動物買い取り、ランク銅以上』
とりあえずクラーケン退治は止めておこう、もう船にいる間に何度も戦った。そして、その時に魔法で千切れた足を使って、クラーケンのスープ料理も堪能した。
確かに良い出汁が出てあれはあれで不思議な美味だったが、さすがに今はもうしばらく食べたいとは思えない。
街を見てまわると面白いものが沢山あった、人々の着物からして違うので別の国に来たんだなぁといつもよりしみじみと思った。
「こんなところに来るなんて、子どもの時は思いもしなかった」
「僕だってそうですよ、都で神官になって一生が終わると思ってましたから」
「この世に偶然はない!!……あるのは必然だけでございます」
ただの村人であったら、こんなことは一生に一度もなく生涯を終えただろう。目の前の珍しい異国を眺めながら俺はそう思った。
ミゼの言うこともわからなくはないが、俺達の必然でという言葉で片付けるには難しいだろう。いろんな偶然が重なりあって、今の俺達がいるわけだ。
ツクヨミ国は島国とはいえ、その大きさは小さいとは言えない。この都の外壁の向こうには広々とした魔の森が広がっているそうだ。
「それじゃ、俺は食事をしにちょっと外まで行ってきたい」
「僕は一旦、宿屋で休憩したいと思います。面白いですね、揺れない地面に違和感を感じます」
「私はディーレさんの護衛をします、当然ながら働きたくないでござる!!」
俺は数ある門の一つから出て、草食系ヴァンパイアをして食事をする為に魔の森に向かった。適当にある大樹に持たれて、のんびりと木の生気を分けて貰って食事をしつつ、手持ちの本を読んでゆっくりと過ごした。
思ったよりも船旅で疲れていたようで、うっかりと本を落として眠りそうになった。読書は諦めてしばらく食事に集中していた、すると木々の方から珍しく呼びかけられた。
”……いらっ……しゃい……、……可愛い子……”
”……森の……奥に……”
”……迷ってい……る……子が……”
”……いる、……いる……よ……”
”……どう……する……”
”…………可愛い……子……”
”どう……しよ……う……”
”……あっち……だよ……”
”……あっち、…………あっち……だよ……”
彼らの話を聞くにどうやら迷子がいるらしい、食事も終ったことだしついでだから助けてくるか。
森の木々の声を聴きながら『広範囲探知』を使用し、その迷子を見つけ出すのはそう難しくなかった。
「…………あんた何をしてるんだ。もしかして道に迷ってたりしないか?」
「えっ、ええと私は大丈夫です。ツクヨミ国の都はこっちです、道に迷ってなんかいません」
そう言って彼女が指し示した方向は、ツクヨミ国の都からは正反対だった。俺はため息をついて、その迷子に向かって話しかけた。
「俺は今からツクヨミ国の都に帰るんだが、道が分からないならついてこい」
「うぅ!? …………すみません、お世話になります」
俺が歩き出すとその迷子だった女もついてきた、迷子だと聞いていたから子どもを想像していたが、実際には女性と言っていいくらいの年だった。
肩までの短い白い髪に黒い瞳を持った彼女は、恐る恐るというふうに俺に話しかけてきた。その言葉使いは丁寧で、腰が低い人物だった。
「あの、私を食べたりする魔物さんじゃ無いですよね」
「……人間なんて食ったこともないし、食べるような予定もない」
「そ、そうですか、良かった。ああ、私はソウヤという者です。よろしければお名前を教えて貰えますか?」
「レクスだ、ツクヨミ国には初めて来た、よろしく頼む」
それからツクヨミ国の都の門までは、特に会話が弾むことも無かった。お互いに無言で、森の中では俺達の歩く音がするだけだった。やがて都の門が見える場所までくると、ソウヤは慌てて俺にお礼を言って門へと走っていった。
「き、今日はありがとうございました!! それでは、これで!!」
「…………変わった迷子だったな」
俺も通行料を払って門を通り、宿屋に戻ってディーレ達と話をした。この宿屋はそんなに高くもないのに良いおまけがついていた。
「こんな安い宿屋にも風呂がついているとは贅沢だな」
「疲れた体によく効きますね、とっても体が温まります」
「お風呂は立派な文化です、もっと多くの国で広めてもらいたいです。……混浴とか、どこかにありませんかね」
ディーレと二人で宿屋の風呂を堪能した、ツクヨミ国では水が豊富でおかげで風呂という習慣が浸透しているらしい。
いい習慣だと思う、水を浴びたり体を拭いたりするよりも、ずっと体が綺麗になって心地良い。ミゼが混浴をしたがっていたが、女が一緒だったらこんなにのんびり風呂には入れないと思う。
良い国に来たかもしれないと仲間達と話し合ってから、宿屋で俺は短い眠りについた。船旅で随分と体力と魔力を消耗している、充分木々から食事をしたがしばらくは休んで回復に専念したかった。
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