第八十六話 いつもと違って面白い
半月ほどの船旅が続く間、草食系ヴァンパイアである俺は消耗していた。だが、その日は眠りから目覚めてみると何故か体力も魔力も回復していた。
「レクスさん、体調が良くなったみたいで良かったです」
「うーん、確かに体の調子はよくなった」
「不思議です、船上で何も食べるものが無かったはずですのに」
ミゼの言う通り不思議だ、草食系ヴァンパイアの俺に食べれるものなど、船上では限られているのに魔力と体力が回復した。
眠っている間に何かコツをつかんだ、霧になるのと同じように何か特別な感覚を掴んだ、という覚えはあるのにそれが思い出せない。
まぁ、いい。船旅はもうしばらく続くんだ、大事なことならまた思い出せるだろうし、思い出せなければそれはそれまでということだ。俺たちの乗っている船は燃料補給の為に、久しぶりに陸地に立ち寄ることになった。
「あんたらこのニーズの村は初めてだろう、ここは面白いところだゆっくりと見てくるといい」
「出発は明日の朝だったな、それなら観光でもしてくるか」
「どんな場所なんでしょうか?」
「あえて聞かないのも面白いかもしてません、何が待っているのでしょうか」
燃料補給や船の修理それに新しい魔法使いの雇用する為に、俺達が乗った船はニーズの村がある島に立ち寄ることになった。
すると、驚く事ばかりがあった。女、女、女、女、村のどこをみても女性しか働いていないのだ。新しい果物を買おうと村の女性に話しかけてみれば、豪快に笑ってそこそこの値段で大量の果物を売ってくれた。
「あんたらよそ者だね、いや見ればわかるよ。うちの男連中とは明らかに様子が違うからね」
「そうか、ここは女ばかりが働いているようだが、男は何をしているんだ?」
「男性の姿が見えません、女性しかいらっしゃらないのですか」
「ま、まさか!!ここは夢のリアルハーレム!?ついに来た我がエデンに――!!」
「なぁ~んにもしてないよ、この村では仕事は全部女がするのさ。男共がするのは精々が化粧かお喋りくらいだね」
「――――!? それで村が成り立っているのか」
「け、化粧。女性ではなくて男性が化粧するのですか!?」
「おっとリアルハーレムかと思ったら、まさかの逆ハーレムだったでござる」
「よそ者がくるといっつもそうやって驚かれる、でもうちの村じゃ常識だよ。仕事は女が全部やって、男達は何にもしないのさ」
「……よく嫌にならないなそんな習慣、男も働かせたほうがいいんじゃないか」
「力仕事とか男性の方が得意でしょうに」
「何もしなくていいとか夢のニート生活、はう。ここの男性が羨ま……けしからん」
村で働いているのは全員が例外なく女性ばかりだった、時折男性の姿を見かけたが彼らはこっちが見えているとわかると、さっと即座に姿を隠してしまった。
「深窓の令嬢の逆パターンだな、女が働いて男は化粧くらいしかしない。世界は広いな、こんな場所もあるわけだ」
「男性の方が力仕事などには向いているはずなのに、なんだか勿体ないような気がしますね」
「それを言ったらディーレさん。今までの国の貴族だって、女性も働かせたほうが国力が上がるのに何もさせてません。まるで鏡のように反対の世界でございます」
俺達がそんな感想を口々に話しながら村を歩いていたら、働いていた女の子の一人がディーレの方をじっと見ていた。
「――はい!!これを今晩だけね。意味はわかるでしょ!!」
「えっ、何ですか?」
女の子はディーレに何かを渡すとすぐにその姿をくらませてしまった、あまりに自然になされた早業に、俺達は意味がわからなくてただ呆然としていた。
「何を貰ったんだ、いや貸してもらったのか。今晩だけねと言っていたな」
「鍵のようです、何の鍵なのかは分かりませんが」
「立派な鍵ですね、何の鍵なのでしょう。どうやって返却しましょうか?」
一通り村を見てまわって充分に俺達は驚いた、本当に女性しか働いている者がいない。男性の姿もちらほら見たが、彼らは総じて見られていると分かるとその姿を隠してしまった。
「なぁ、仲間がこんな鍵をもらったんだが、返すにはどうすればいいんだ?そもそもこれは何の鍵なんだ?」
「こちらの習慣に詳しくないので分からないんです、この鍵はどうすればいいんでしょうか?」
「もう旅の記念に貰っていきますか、とても綺麗な装飾の鍵ですね」
村を一周しても戻ってきた俺達が船長にディーレが貰った鍵の話をしたら、船長はディーレだけを呼び出してなにかを話していた。だが、草食系とはいえヴァンパイアは聴力も優れているので、俺には全部聞こえていた。
「その鍵は女にあんたが気に入られたっていうことだ、つまりは今夜待っているから夜這いに来いっていう申込だよ」
「ええええええ!? 無理、無理です!! わ、私は信仰上の理由でそういった行為は軽々しく行えません」
「ぶくくっくくく、あっははははっ!!」
ディーレがあんまり慌てているので思わず俺は口元に手を当てて笑ってしまった、そうかあの鍵にはそういう意味があったのか。これはディーレにはとんだ災難だ。
ここでは女性の立場が強い分、婚姻相手も女性側から選ぶことになっているのだろう。ああ、だから男性の方が化粧とかをして、選ばれるように見栄えを良くしていたんだな。
俺達が今まで住んでいた地域とはまったく反対の考え方だ、ディーレには悪いが思わず笑いが漏れた。
「いいじゃないか、旅の思い出ってやつだ。既に受け取った鍵をこっちから返すっていうのは、その女に恥をかかせるということになる。今夜、一晩だ。頑張って楽しんでこい!!」
「ええええええ!?」
「………………うーん」
船長に完全に退路を封じられて悲鳴をあげる友人を見ていると気の毒になった、ディーレはただでさえ真面目だからな。そう一晩だけのお相手なんて、そんな器用な真似ができるわけがない。
俺達のところに戻ってきて。ディーレは自分が置かれている状況を説明すると、俺達に助けを求めてきた。
「れ、レクスさん。笑ってないで助けてください、僕はもうどうしたらいいか」
「うーん、助けてやりたいが、どうやって助ければいいのかが分からん」
「ふふふふふっ、これが本当のリア充爆発しろでございます」
ディーレがこまり果てていると船長がとある提案をしてきた、それはそれで厄介なことだったんだ。だが、もはや涙を流しながら必死というディーレを見ていると、友人として俺も手を貸さないわけにはいかなかった。
「…………こんなものか、まさかこんな理由で俺が役に立つ日がくるとはな」
「うわぁ、レクスさん。お綺麗ですよ、女性に生まれていたらきっと今頃、どこかの貴族に嫁いでいたかもしれませんね」
「レクス様、しばらくはその姿にチェンジしたままで、ミゼは目の保養をしたいと強く職場環境の改善を訴えます!!」
パチンッ
「あああああ、目が――!!我が額に封印されし第三の目が――!!」
俺がわざわざ女性になってこれからディーレに鍵をくれた子を説得しにいくのに、ミゼのやつが面白がっているからいつもどおり額を指で弾いておいた。そうか、お前にはよく分からんが封印された第三の目があるのか。
俺は『幻』で俺自身を女性に見せているのだ、17歳になった俺は女に間違われることはかなり減った、だから幻の姿でディーレとは夫婦を演じることになった。
「それじゃ、村長のところに行くぞ。ディーレ、きっちりとお断りの言葉をかけてやれ!!」
「はい!!…………すみません、お手数をおかけします」
「レクス様、もう少しおしとやかに。今はレクス様は女性なのですよ。しかし、幻とはいえ目の保養、TSものをもっと読んでおくんだったと後悔!!」
俺は全身が隠れるフード付きのマントを着て、船長に案内されて村長のところまで連れていかれた。
「――というわけで僕には大事な人、彼女がおりますのでこの鍵は返却したいと思います。どうか、ご無礼をお許しください」
村長のところにはディーレに鍵を渡した子もいて、俺の方をギッと睨みつけていた。そして、つかつかと俺のところにやってくると、顔を隠している俺のフードをいきなり剥がしやがった。
それから胸部である女性特有の膨らみに手をかけられそうになったので、その前に素早くその両手を握って止めさせた。『幻』には欠点がある、触れば幻はでしかない部分が分かってしまう点だ。だから、その前に止めさせてなるべく女性らしく、にっこりと優しく鍵を渡した子に微笑みかけた。
「ねぇ、止めてくれる?」
「――――――――!?」
よくわからないが何かの衝撃を受けた彼女は、ディーレが差し出している鍵を奪うとその場から立ち去ってしまった。何だったんだあれは、あーでもどうにかなって本当に良かった。
『幻』の魔法では、あの胸部への攻撃に耐えられなかっただろう、魔法で幻を見せてるだけだと実際の触感までは変えられない。
「あー、なんか異様に疲れたが、とりあえず貞操は守れて良かったな。ディーレ」
「はい、おかげで助かりました。レクスさん」
「最後の胸部への攻撃なんてよく防げましたね、あの攻撃を受けていたら『幻』では誤魔化せなかったでしょう。でも、幻のレクス様。なかなかの美女でございます、いっそしばらくその姿にチェンジで!!」
「ミゼ、そんな馬鹿なことを言うな。本当は男なのに女の真似なんかしていて何になる」
「この私の精神衛生上の安らぎになります、綺麗系のお姉さんがご主人様だなんて従魔としてやる気がでます!!キリッ!!」
「……あのミゼさん、レクスさんは嫌がっていますし、無理強いをしてはいけませんよ」
「やめとけ、ディーレ。言うだけ無駄だ、とにかく俺はもう男の格好に戻るぞ」
「はい、僕の為にありがとうございました」
「ちっ、綺麗系のお姉さんに可愛がられる、って妄想くらいお許し願えませんか」
ぺちん!!
「ああああ、目が――!?邪神に封じられし私の第三の目が――!?」
いつまでもしつこくミゼが言うので、俺はミゼの額を指ではじいた。そうかお前の第三の目は邪神が封じているのか、それって本当に邪神なのだろうか。まったくもっていつも何を考えているのか分からんやつだ。
ああ、俺は別に女性全体を蔑視しているわけではない。ただ、パーティはなるべく同性同士で組んでるほうが楽だ。それに十七年以上も男性でいるんだから、そのままの姿でいたいと思うのが普通ではなかろうか。
思わぬ一騒動があった後、船長は無事に新しい魔法使いを見つけてきて朝になったら出発することができた。そう一応出発はできたんだが、またも船を襲う衝撃。
「またか!?今度の魔法使いも役立たずなのか」
「とりあえず、甲板に行ってみましょう」
「私は触手の餌食になるのは嫌です!! でも、触手の餌食になっている女の子を見るのは夢です――!!」
ツクヨミ国まで結局は俺達は船長に頼まれて、そのまま船の護衛をすることになった。
海の旅がこんなに危険だとは思わなかった、早くしっかりとした陸地に足をつけたいもんだ。
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