第八十話 できるなら自分でやってみたい
「お前さん達、魔力があるなら自分達で加工すればいいじゃないか」
「そんなことができるのか?」
俺達がダンジョングレイトスパイダーの糸で服を作って貰おうと、商業ギルドに持ち込むとそう言われた。今までにそんなことを言われたことはない、防具とは人から作って貰うものだった。
「ああ、魔法具の本にそうしっかりと書いてあるよ」
「それは面白いそうだ、どうやって加工すればいい?」
自分達で加工ができるのなら、それは是非ともやってみたい。加工にかかるお金が必要なくなるし、自分達の好きな物を作れるようになるかもしれない。
「ただで教えるわけにはいかねぇ『魔法具の加工と精製の仕方』金貨50枚だ」
「…………そうか、街の本屋で相場をみてから、その本を買うことにする」
どうにも話を持ち掛けて商業ギルドの人間が怪しかったので、まずは街の本屋でその本を探してみることにした。金は充分にあるが、ぼったくられるのは嫌だ。
「ああー、待て待て。金貨35枚でいいぞ、なんなら20枚でも!!」
「どうも怪しい、……心音等が異常に速い」
「それでは本屋に行ってから、改めて戻ってきましょう」
「はい、本屋になかったら、こちらで購入すれば良いですね」
「本屋に行くの、なら早く行こう」
その後、街の本屋にいったが『魔法具の加工と精製の仕方』は金貨10枚で売っていたので即購入したのだ。ちょっとした出費だが、以前のワイバーン退治や迷宮で稼いでいたので問題はなかった。
「よし、さっそく作ってみるか」
なにはともあれ魔法具の加工の仕方は分かった、そうきちんと手順を踏めば俺達でもできるとわかったのだが、あのおっさんはなかなかの食わせ者だった。
「これは上級魔法じゃないか、普通は使えないぞ。あの商業ギルドめ!!」
「書店の方も注意されませんでしたね、そういったところ皆さん逞しいですね」
「まぁ、そこはそれ。加工はできなかったと表向きは言っておき、お二人の上級魔法でこっそりと加工をしてしまいましょう」
「ディーレとレクス、何をこっそり話している」
魔法具の加工はほとんどが中級魔法から上級魔法に関する魔法だった、使い手が少なく危険性が低いからこの本は街の本屋でも取り扱っているのだろう。
ディーレの魔法銃の本体となると難しいがそこに嵌め込む魔石の加工や、ダンジョングレイトスパイダーの糸から服を作るくらいは俺達ならできそうだった。
普通の人間にはまず無理だ、この本を持っていたとしても魔力が足りないか、魔力操作に失敗して悲惨な結果になるだろう。
しかし、俺達が上級魔法が使えることが知られるとまずい、俺達がファイスに真実を告げずに自分達でアイテムを作ることにした。
「いいか、今日ここで起こったことは絶対に他の奴には言うなよ」
「うかつに誰かに話すと、私とレクスさんは誘拐されてしまうかもしれません」
「ここだけの話です、秘密にしておいてください」
「う、うん。わ、分かった」
俺達はファイスに向かってそれはもうしつこく、この事については黙っておくように言い含めた。最後に、どこか迫力負けをしたファイスがこくこくと頷いた。
「それじゃ、最初は商業ギルドで買った普通の糸で試してみるとしよう。えーと、『望みの姿に変化し創造されよ』」
要するに必要なのは材料となるものと加工する為の魔力、それに理想の姿を思い浮かべてから魔力操作で形を整えてやればいいのだ。
完成品の理想の姿を思い描きながら俺が上級魔法を唱えた瞬間、糸束はその姿を普通の衣服へと変えた。元になった材料はただの綿の糸なのでごく普通の服なのだが、俺の体にぴったりのサイズでとても動きやすい服ができあがった。
「おっ、できた。できた、さっそく着替えてみるか。…………動きやすい」
「見た目は今までとは変わりませんが、自分で作った為に性能が増しているのでしょうか」
「レクス様、専用の装備というわけですね」
「以前の服では分からなかった、今は分かる防御服は大切」
俺の上下の服を綿の糸で何回か練習して作ってみたが、練習を重ねるごとに動きやすい良い服が作れるようになった。続いてディーレも同じように練習してみた。
「それでは『望みの姿に変化し創造されよ』」
「…………おーい、ディーレ」
「あっ、これは間違えられましたか?」
「これディーレがいつも着ている服だよ、あれ少し服が長いね」
ディーレが作り出したのは以前は着ていた法衣だった、しかしこの法衣はだぶつく布が多いぶん戦闘に向かないのだ。過去にはゴブリンに服を引っ張られて転ばされた、という苦い経験がディーレにはある。
「つ、次こそは『望みの姿に変化し創造されよ』」
さすがは天才のディーレである、二度も同じ間違いはしなかった。今度は彼にぴったりの動きやすい法衣を作り出すことができた。
「私、私もやってみたい『望みの姿に変化し創造されよ』」
「あ!?」
「ええ!?」
「嘘でしょ!!」
俺達が自分の服を作っているのを見て、ファイスが真似をして服を作り出してしまった。そう、上級魔法を使って自分の服を作り出してしまったのだ。
「凄い、私にも出来た。……レクス、ディーレ、どうしたの?」
「……ファイス」
「……ファイスさん」
「……イケメンの潜在能力ってすごい、なにこれ有能」
それから数時間、俺とディーレはファイスに上級魔法がいかに珍しく、国や他の人に狙われやすい恐ろしい魔法なのかを言い聞かせた。
「わ、分かった。人前では使わない、使えることを教えてもいけない。それを守らないと怖い人達に利用されてしまう。こ、これでいい?」
俺とディーレが以前の体験談まで上げて説得したので、ファイスはちょっと涙目になりながら、決して誰にも上級魔法が使えることを言わないと約束させた。
上級魔法は本当に恐ろしい力だ、簡単に人前で使うわけにはいかない。その場で善意から誰かを救えても、今度はこちらが恐ろしい悪意に狙われることになる。
「…………上級魔法ってそんなに怖いんだ」
「こういう非戦闘魔法ならそうでもないが、それでも上級魔法が使えるという時点で周囲の人間に警戒されるようになる」
「戦闘に上手く使ってしまうと簡単に何百という命を奪ってしまう、使い方を間違えると恐ろしい魔法なのですよ」
「ファイスさんには後ろ盾もありませんし、平民ですから国か貴族に捕まっていいように使われる、そんな可能性は否定できません」
その後、ファイスがしばらく上級魔法の怖さに震えてはいたが次が本番だ。俺達はまず手に入れたダンジョングレイトスパイダーの糸を、一旦ほどいて綺麗に洗って乾かして加工しやすくしておいた。
「よぉし、『望みの姿に変化し創造されよ』」
「では、『望みの姿に変化し創造されよ』」
「わ、私も『望みの姿に変化し創造されよ』」
いろいろとあったが、俺達は新しく軽くて丈夫な防御服を手に入れた。俺はいつもどおりの黒が基本の防御服だ、ディーレは防御服でもある白い法衣をまとっていた。
ファイスも体にぴったりの防御服と糸に余裕があったので、ワンダリング独特の意匠の入ったマントも制作していた。緑を基本とした防御服で本人も着てみて大喜びしていた、やはり故郷の服が一番に心が落ち着くんだろう。
「予備も含めて何着が作れたし、元の服は別の街で売却するとしよう。ファイスの新しい服は見た目だけなら、他の布と変わらないから大丈夫だろう」
「この街でこの防御服を売ると私達が上級魔法の使い手だとバレてしまいますからね。ファイスさんは布地のことは聞かれても分からないと言うんですよ」
「新しい服、嬉しい!!大丈夫、私は何も言わないし知らない!!」
「ふっ、皆様にはこの全裸待機という、己の心を鍛える苦行がわからないのです」
ミゼだけが服が着れないためか、妙なことを言っていた。かといってミゼ用の服を作ってやろうかと言うと、あれは動物への拷問です、私はペットではありませんと反論するのだ。ミゼの考えていることは、俺にはやはり時々分からない。
「あっ、この本。魔石の加工についても載っている、次に良質な魔石が手に入ったら試してみよう」
「あっ、本当ですね。迷宮に潜ったときに拾う価値の低い魔石で練習をしておきましょうか」
「上級魔法って面白い、まるで世界が変わったみたいだ」
「ファイスさん、くれぐれもお外ではその事を言ってはいけませんよ。誘拐されて……誰かに殺されるかもしれません」
ミゼの言葉にファイスはまた顔をこわばらせていたが、実際に上級魔法を使えて良かったこともあるが、公の場では使いたくない魔法である。
王族だの貴族だの、人の皮をかぶったハイエナが寄ってくることには間違いない。
「サクルトには教えてもいい、私のことを知ったら褒めてくれると思う」
「…………ファイスは偉い、凄い才能を持っている。だから、代わりに俺が褒めてやろう」
「…………私もです、決して人に軽々しく見せる魔法ではありませんが、貴方はとても頑張っています。その素直な心を忘れないでください」
「…………ファイスさんは頑張り屋さんです、少しは私のように気をぬくことも覚えましょう」
ファイスが本当に褒めて貰いたい相手はもうこの世にいない、このことを彼に伝えるべきなのか否か、俺とディーレはずっと迷っている。ミゼは俺の使い魔だから、俺にその決定を任せている。
仲がよかった自分の部族を全て失ってしまった、ファイスがその現実を突きつけられた時、果たして彼はそれを受け入れられるだろうか。
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