第八話 勘違いさせるほど甘くない
「ねぇ、ねぇ、そこの君!! 私達と一緒に仕事してくれない?」
「ああ、そうか」
さぁ、そうと決まれば宿探しである。従魔のミゼがいるから、俺達が泊まれる宿は普通の人よりも少なめらしいのだ。ミゼは意外と綺麗過ぎだし、獣の臭気はほぼ無いがやっぱり動物ということで、宿の部屋に入れると嫌がられることもあるらしい。
これも銀の冒険者だったおっちゃんから貰った、冒険者として暮らす上での豆知識だ。まぁ、最悪はミゼだけ野宿させれば済む話だけどな。
「ええ!? ねぇ、ちょっと、聞いてるの?」
「はいはい、ちゃんと聞いてる」
ミゼがいるおかげで宿探しが難航するとは、もう暫く様子を見て役に立たなかったら、従魔契約打ち切ってやろうかこのダメ使い魔。おおっとさっきから何か雑音がうるさいが、俺はきちんとその雑音を聞いている。ただ、聞き流しているだけだ。
「聞いてるなら考えてみて、私達も新人になったばかりなの、ねぇ良い話でしょ?」
「はいはい、とっても良いお話だな」
さてと、受付からくるりと身を翻して俺はギルドの入り口へと戻る。とその前に、一応どんな依頼があるのか掲示板を見ておくか。ははははっ、速読には自信がある方だ。趣味が読書っていうのは伊達じゃない、俺の本を読む速度にはかなりのものだ。
「本当に聞いてるの? ほら、新人ばかりだったらお互いに気も楽でしょう?」
「はいはい、そのとおり」
ふむふむ、えーと何々『ポー草を10本採取、ランク銅以上、常時依頼』『マジク草を10本採取、ランク鉄以上、常時依頼』『リモト村でゴブリン退治、ランク銅以上』『ラビリス西の街道に出るエビルウルフ退治、ランク鉄以上』『スマル村までの護衛依頼、ランク鉄以上』『ラビリスの迷宮、パーティ募集、ランク鉄以上』『食肉用の動物買い取り、ランク銅以上』今は、もう昼なので紙が剥がされた跡が沢山残っている。
それでも結構な数の依頼があるが、思ったよりもランク鉄以上という依頼が多い。別にお金には困っていないが消費していくだけだといずれは困窮する。あの銀の先輩の言う通り、地道にいくつか依頼を受けていくか。
「だから、聞いてるのってば!?」
「落ち着いてくれ、リリア。僕から話をさせて貰うよ、ねぇそこのお嬢さん……」
「あ゛?」
昔っから迷惑女マリアナに付きまとわれていた俺は、女の言う所謂どうでもいい話を聞き流して作業を進めるのが得意だ。もちろん、大切なことがあったらきちんと俺だって話を聞くが、俺にさっき話しかけてきた女の声にはそんな様子がちっとも無かった。どこか声が浮ついてるというか、まるで真剣みがない話し方だった。
そんな特技をもつ俺だったが、今一つ聞き流せない単語があったぞ。それに話しかけてきた奴も何だかうさんくさい男だ、少しばかり顔は良いが体の線が細い。
俺はフード付きのマントを着ているから分かりにくいが少なくともこいつよりは筋肉がついているし、俺の身長は成人男性として低いほうじゃない。
10歳を超えるくらいから急激に伸びたんだ、亡くなった父さんよりも俺の背の方が高かった。
「依頼を探しているんでしょう、僕のパーティに入りませんか?僕以外は女性ばかりですので、貴女も過ごしやすい環境だと思います。それに……」
「その前に一つ訂正しろ、俺は男だ。お嬢さんじゃない!!」
「「「「「えええええ!?」」」」」
って何で俺の周囲全員が驚くんだ、あっ、受付のおねえさんまでが驚いて改めて、さっき記入した冒険者登録書と俺を交互に見比べている。
俺はわざわざマントを脱いで、そこそこ鍛えている体を晒し、自分が男だと分かりやすいようにしてみた。周囲は俺の行動によって、また驚きの声を上げ始めた。
しまった、愛想がいいように少し高めの声で、また目立たないように小声で話をしたのが悪かったか。俺だってもう声変わりは済んでいる、出そうと思えば男らしい低めの声が普通に出せるさ。
「う、嘘。そんなに綺麗な黒髪が艶々で、白いお肌が滑らかそうなのに……」
「た、確かに男って聞けばそう見えてきた、よく見れば結構な凛々しい美形……」
「男なのか!?俺、この後さりげなくナンパしようと思ってたのに……」
「いやだ、あたしより美人じゃない!?神様って、世の中って。不公平だわ……」
「あんな美形って初めて見た、いるところにはいるんだなぁ……」
おいおいおい、ギルトのおねぇさんから、そこらへんにいる有象無象まで俺の事をお前ら褒めてんの?それとも、貶してんのか!?
俺をパーティに誘った男に至っては言語中枢が麻痺したらしい、それにと言った後から張り付けたような笑顔でそのまま固まってしまった。
「それじゃ、そういうことで。皆さん、一旦さようなら」
俺はさっさと一度冒険者ギルドを後にする、俺の世界においての法則としてはまずは宿屋を確保するのだ、それからギルドにこっそりと戻って夢の図書室を満喫するんだ。ははははっ、待っていろまだ見ぬ書物達よ!!
「あらあら、これが従魔の猫ちゃんですか。トイレのしつけは大丈夫、でしたら構いません。ただ、個室をとって頂くことになりますね、料金は素泊まりで銅貨7枚です」
「それじゃ、とりあえずは十日ほど頼みたい」
俺はわりと治安が良さそうな区画で、いくつかの宿を見てまわって、その宿の掃除の具合や出入りしている客層。もちろん、従業員の態度を観察してその中の一つの宿に泊まることにしてその料金を前払いしておいた。
もしも、ここが過ごしにくい宿だったら、十日だけ我慢してまた新たな宿を探せばいいだけの話だ。
「うーん、本が沢山あるのは良いことだが、あんまり整理整頓はされてないような。ただかなり読み込まれてはいるな、それだけ役に立つ情報があるってことか」
「こちらの本などいかがです?『ラビリス近くの薬草大全』5冊も同じ本がありますし、それだけ需要が高い本なのではないでしょうか」
俺は宿屋が決まるとこっそりまた冒険者ギルドに戻ってきたが、さっきの騒動が尾をひいていたのか。受付のおねえさんたちがフードを被っている俺をカッと目を見開いて観察していた。
そんなに俺って美形なのか、この顔のせいで俺の人生はいろいろと迷惑したので、もう少し普通の顔の方が俺としては良かった。だが、両親から貰った大切な体だ。もしこの広い世界に、顔を変える魔法があったとしても俺は使わないだろうな。
それに、あの騒ぎは断じて俺は悪くない、悪いのはあの新人の男か、女かの区別もつかない馬鹿冒険者だ。そして、賢い俺は思うのだが、あのパーティ構成は今から考えてみるとどうにもおかしい。
「あのリーダーらしき奴だけが男で、他の仲間は全員が女性とか、あのパーティは明らかにおかしかったよな。あまりにも不自然なんだが、これは俺の考え過ぎか?」
「まるであのややイケメンのハーレムパーティみたいでしたね、くそっ、やっぱりイケメンは爆発しろ。タンスの角で小指をぶつけて、迷宮の奥で汚い花火になるがいい……」
なんかまたミゼがわけのわからないことを言いだした、ほんっと時々こうなるんだよな。口調も妙に荒くなるし、イケメンって何だ?文脈から察するに顔の良い男ってことか?汚い花火って、果たしてそれは人間がなれるものなのだろうか。
「いや、結構多いんですよ、そういう最終的にはダメになる新人パーティ」
んん?俺が大人しく『ラビリス近くの薬草大全』を読みながら、ミゼと話していたら第三者から声がかかった。眼鏡をして髪を三つ編みにしている黒髪の女性、着ている制服からして冒険者ギルドの職員さんだ。
図書室の入り口近くの椅子に座って、なにかの資料をいじっている。彼女は淡々と俺達が疑問に思っていた事について、少し苛立たし気に話してくれた。
「本来、パーティは同性だけのものが多いです、その方が圧倒的に仲間関係のトラブルが減ります。でも、新人には男がリーダーで、他は全て女性という組み合わせが結構います。女性が新人のうちは自分に自信がなくて、ついどこか魅かれるところのある男性のリーダーについていくというタイプですね」
「へぇー、なるほど。結構、多いんだ」
「私も少し憧れます、えっ、いえ、メス猫を引き連れて歩きたくはないんですが」
彼女は俺達の方に視線は向けないで、黙々と手は書類を片付けていく。俺達も本を読みながら、世間話程度の好奇心で彼女の話を聞いている。今、この図書室には他に人間は誰もいない、だからこそ職員である彼女が話しかけてきたのだろう。
「ああいうパーティはその内に女性同士の間で、血で血を洗うような陰湿な水面下での争いが起きます。お仕事を続けるうちに吊り橋効果ってやつですね、恋情を抱いて女性メンバーが全員でリーダーの取り合いをするんです」
「……それは怖い」
「前言を撤回致します、女性同士の争いは下手をすれば男のものより怖いです」
彼女は今度は立ち上がって、ドカッ、ドガガガッと本の整理をし始めた。いや、音が本の整理の音じゃないって、本当にこんな音なんだよ。貴重な本を傷めない程度の絶妙な力加減で、適切な位置に素早く正確に戻していく。
「そして、最終的にどなたかがお亡くなりになる場合もあります。まぁ、大体はそこまではいかず、リーダーと仲間の一人が結ばれて解散。それか、誰とも結ばれることなく、全員が何だかきまずくなって解散。まぁ、1年持てば良い方でしょう。そのくらいまで生き残っているパーティならばそれを人生経験の糧として、次はわりと堅実に実力のある別の仲間と仕事をしていってくれるものです」
「……決めた、俺は当分一人で行くぞ。誰と組んでも、何か人間関係で苦労する気がする」
「正確に申し上げるならば、一人と私の一匹でございます。それをお忘れなく。」
図書室を片付け続けるおねえさんが、一瞬だけ俺達の方を向いた。彼女の視線の先にいたのは俺……ではなく、ミゼだ。ちょっと目が嬉しそうで、頬と耳が少し赤くなっている。さっきから、何かと話しかけてくると思ったら、このお姉さん猫好きなのか。それは喋るミゼに興味津々だろうな、だから俺達に話しかけてきたのか。
「……今、図書室に誰もいませんし、この猫。ちょっと抱っこしてみますか?」
「えっ、はい!? あっ、でも駄目なんです。今は仕事中ですし、上に見つかったら怒られてしまいます」
「それは私も残念でございます、このような可愛らしいお嬢様にぜひ抱っこして頂きとうございました。申し遅れましたが、私はミゼラーレです。通称はミゼです、今後ともよろしくお願いいたします」
相変わらず本の片づけで手元だけは止まらないお姉さんだったが、ミゼの自己紹介と褒め言葉に嬉しそうな顔をしていた。さっきまでは淡々と話す、どこかツーンとした仕事に生きる女性という感じだったが今はにこっと笑っていて十七歳くらいかな、女性の年齢は分かりにくいがそのくらいのお嬢さんらしく可愛く嬉しそうに微笑んでいる。
「私の名前はシアです、この図書室の管理をしております。まだ二十歳になったばかりで、ここでのお喋りは内緒にしてください。それと、あと少しでギルトは閉まります。その後ちょっとだけ、ミゼ君に触っても良いですか?」
「はい、いいですよ。このミゼでよかったら、いくらでも」
「私もシアさんのような、可愛らしいお嬢さんに触られるなら嬉しいです」
俺達の返答にシアさんは本当に嬉しそうに頷いた、そしてその手はその間も止まることなく、ガガガガッと丁寧ながら素早く図書室の蔵書を適切な位置に戻していた。
「きゃあ――!! やっぱり可愛いです、ふわふわです。丁寧にお手入れされてるんですねぇ、毛皮もとっても綺麗です」
「まぁ、一応はこのミゼ、ただの猫に見えて従魔ですから。これでも魔法が使えるので、なるべく清潔にさせてます」
「私も猫につくダニやノミなどはごめんこうむりたいのです、毎日の身づくろいは欠かせません」
俺達は冒険者ギルドが閉まった後に、ちょっとした外で軽食を食べれる店で食事をしていた。俺は胃が弱くてと言い訳をしてから、シチューを具は除いて貰えるように頼んで注文した。
シアさんはギルドにある図書室の職員だ、恩を売っておいたら良いことがあるかもしれない。そう打算も働いて俺は彼女の分まで前払いで食事をおごった。彼女はお礼を言ってくれたし、膝にのせたミゼに手で分けれるパンなど、ミゼ用の食事をあげたりして上機嫌だ。
「ふふふふふっ、こんなに綺麗な猫ちゃんに触れたのは初めてです。街で猫は時々みかけますが、大体は痩せていて毛並みもよくありません。スラムの辺りでは、姿すら見かけることがないと言います。ああー、ふわふわの魅惑の感触です!!」
「可愛がって貰って良かったな、ミゼ」
「はい、私は幸せ者。レクス様の従魔で良かったと思います、ゴロゴロゴロ」
夜でも街は賑やかだ、あちこちに街灯が灯されていって、昼間ほどではないが充分に明るい。シアさんはミゼを散々撫でまわした後に満足したのか、俺に向かって思いがけないことを言ってきた。
「えっと、レクスさんでしたね。首から下げている銅のプレートからして新人さんでしょうか、だったら私がある事を提案します」
彼女は少し悪戯っ子になったような、面白そうなものを見る目をして、にっこりと微笑みながらこう言った。
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