第七十九話 備えておくのは悪くない
ワンダリングという一族の失踪事件が起こってから、今度は密やかに別の失踪事件が起こるようになった。
「レクスさん『貧民街』の方から人が消えているようです、数人いなくなるのはそう珍しくありません。ですが、それ以上の数の人が姿を消しているようです」
「…………あの時みたいだな」
「以前にデレクの街でヴァンパイアによって、人々が姿を消した事件でしょうか」
以前に俺達はデレクタニトゥム、通称デレクの街でヴァンパイアが街を襲うという事件に遭遇した。今回の状況はそれに少し似ている、だが。
「ワンダリングの一族を除いて、アンデッド化したという話を聞いたか?」
「いいえ、街にとって……言い方が悪いですが、必要ないと他人から思われがちな『貧民街』の住人が姿を消しているだけです。そう、普通の住民の方にはほとんど影響はありません」
「流れ者や新人の冒険者さんも何組か消えているようです、特に実績と素行が悪い人が消えることが多いのだそうです」
何かが起きている、今は水面下でその原因はわからないが、何かが確実に起きているようだがそれが何かが分からない。
「また、ヴァンパイアの仕業だと思うか?」
「……デレクに街の状況に似てはいますが、あの時は無差別でした。今回いなくなった人達には何らかの意図があるように思えます」
「……すごく言い方が悪いですが、都にとっての不要な人。あまり居て欲しくない人が消えているような気がします」
そうだ、今回消えているのはこのマアレ国にとって都合の悪い者ばかりが消えている。だとすると権力者がこっそりとその人達を処分しているのか。
いや、それにしてはやり方があからさま過ぎる。邪魔な人間だから排除しようなんて、子どもが要らない玩具を捨てるような短絡的な考えだ。
「とにかく誰かが街にとって不必要だと思う人間を勝手に始末している、俺達だって特別に街に必要だというわけじゃない、最低でも二組に分かれて行動しよう」
「はい、用心しましょう。できるだけ、戦力を分散させてしまわないようにしていきましょう」
「私はファイスさんにくっついておきますね、よく漁に行っておられますが猫としての私なら、さほど皆さまのお邪魔になりません」
そういう理由で俺達は単独行動を避けるようになった、必ず誰かと一緒に行動する。俺とミゼは別れて行動し、なにか遭ったら真っ先に『従う魔への供する感覚』で連絡を取り合うことにした。
「よぉし、今日は四人揃っていることだし、この間見つけておいたダンジョングレイトスパイダーに挑戦することにしよう」
「ダンジョングレイトスパイダー?それはどんな魔物?」
「僕達が来ている防御服よりも質の良い糸がとれる魔物です、今回倒すことができたら今よりも強い服ができあがります」
「ふっ、まぁ一年中が全裸待機の状態、この私には関係のない話なんですが……」
前に迷宮に来た時30階層の入り口からさほど離れていないと場所で、俺達はダンジョングレイトスパイダーの巣を見つけていた。何かと物騒な事件が起きているのだ、それに備えて装備を強化しておくのも大切だ。
ファイスがいると『魔法の鞄』の使用ができないので、その時は荷物が多すぎてそいつを狩るのを諦めたのだ。『魔法の鞄』はかなりのレアな魔法具である。
『魔法の鞄』に入れておけば、その中では時間の流れがもかなり遅い、ほとんど止まっているんじゃないかと思っている。以前に熊を仕留めて入れておいた後、ずいぶん経ってから取り出したがそんなに品質が落ちている様子も無かった。
まぁ、きょうの獲物はダンジョングレイトスパイダーだ。こいつの吐きだす糸を集めて新しい防御服を作り出すとしよう。大きさは宿屋くらいはあるデカい蜘蛛だ、その粘着性のある糸が厄介だが、それが良い素材になる魔物だ。
どうやら他の冒険者に先を越されずには済んだようだ、ダンジョングレイトスパイダーは迷宮の中で大きな巣を作り続けていた。
「糸は燃やしてしまうなよ、一度『乾燥』の魔法をかけて粘着性を消すまでは、火炎系の術は禁止だ。せっかくの素材が燃えて無くなるからな」
「はい、分かりました。しかし、以前の蜘蛛も大きな獲物でしたが、今回はそれ以上ですね。あまり、無理はしないようにしましょう」
「あれと戦うのか、レクス達は凄い。私も精一杯、頑張る」
「ファイスさんと私は相手の注意を引くことを考えましょうか、あの糸に捕まったらまず脱出することができませんよ」
ファイスとミゼはかなり後方から、前衛は言うまでもなく俺、後ろからディーレが援護をしてくれることになっている。
「それじゃ、いってみるか。『追氷岩!!』」
「いつものどおりに閃光弾と、『追氷岩!!』」
ディーレがダンジョングレイトスパイダーに閃光弾と糸の粘着性を無効化する魔法を行使した、俺も同じ魔法を使ってまずは自分の足場を作っておく。
シャアアアアアアァァァァァァ!!
ダンジョングレイトスパイダーが攻撃されたことで怒り狂ってこちらにやってくる、ディーレの閃光弾がいくつかの目玉を潰してくれている。だが蜘蛛は多くは八個の目をもつ、まだ完全に目が潰れてしまったわけじゃない。
「よっと、足場だ『重なりし小盾!!』それから、『重力!!』」
「はい、残りの目を潰してしまいますね」
俺はディーレが目潰しをしてくれている間に地面を蹴って、吐きだされる蜘蛛の糸を魔法で出現させた小楯を足場に使いながら避けて、『重力』を二度に分けて行使する。
一つ目の『重力』は蜘蛛の本体に向かって、二つ目の『重力』は俺のメイスにかけた。そして攻撃をよけながら空中を移動して、一瞬の隙をみて蜘蛛の足をぐぎゃりと二本叩き潰した。
キシャアアアアアアアァァァァ!!
「ディーレ、口の中が狙えるようなら頼む」
「無理をしない程度に頑張ります」
視界をつぶされた獲物は他の五感がするどくなったようで、足が二本潰されても暴れるのをやめなかった。しかし、蜘蛛の張る糸は凍らせて無効化しているので、俺達の正確な位置はわからないようだ。
「もう一度だ、『重力!!』」
俺は今度はさっきとは反対側の足を『重力』を使用して二本グシャりと潰した後、反撃を許さずに更にもう二本とも同じように叩き潰した。
キシャ、シャ、シャアアアァァァァ!?
残る蜘蛛の足は二本だけ、ディーレが風撃弾を蜘蛛の口の中に撃ちこんでいたが、その弾はそのまま蜘蛛の口から入って中で風の爆発を起こしその頭を粉砕した。
「念には念をいれて、くらえぇ!!」
「退避します、レクスさんも避けてくださいね」
俺は残った蜘蛛の足二本をメイスで叩き折る、バキャリという音と振動が伝わってダンジョングレイトスパイダーは全ての足を失った。
油断せずに一旦、その場を離れる。魔物って本当に妙に生命力が高いからな、油断をしていると思わぬ反撃で死ぬことがある。
「……って、マジかよ」
「……孵化した直後でしょうか、少し骨が折れますね」
ダンジョングレイトスパイダーを倒した直後、その腹の下から子グモ達がわらわらと湧いてでてきた。あまり気持ちの良いものじゃない。
「レクス、私も頑張る」
「うわわわわっわ、私は足の多い生き物はあまり好きではない。というか全く好きではございません――!!」
子グモ一匹、一匹の攻撃力は大したことが無かった。俺とディーレはファイスとミゼに合流して背中をお互いに守るように、メイスで子グモ粉砕したり、ディーレが魔法銃で撃ち殺したり、ファイスが槍で刺し殺したりして、数は多かったがほとんどを片付けだ。ミゼはファイスの肩の上に避難していた、脚が多い虫はどうやら苦手らしい。
「『大治癒』それに『解毒』」
「おっ、助かる。ありがとな」
「ディーレ、ありがとう」
「ありがとうございました、私は剥ぎ取りでお役にたってみせます」
さて蜘蛛達を片付けてしまったあとは恒例の剥ぎ取りタイムである、糸が凍っていないところから『乾燥』の魔法をかけながら、糸を適当な岩にでも巻き付けて巻き取っていった。もちろん、魔石を回収することも忘れない。
「以前にも思ったが、この作業って大事なんだが。結構、大変だよなぁ」
「僕はこういう単純な作業も結構好きです、糸玉が大きくなっていくのが面白いと思います」
「あれ、メス蜘蛛だった。子グモの親、オス蜘蛛が襲ってこないかな」
「待って、待て、糸玉~~!!」
「気配は無いし、大丈夫だろう。そもそも、蜘蛛は生まれた時を除いて、集団行動をあまりしないしな」
ファイスの言葉に周囲の気配を探ったが、特に大きな気配は感じられなかった。おそらくメス蜘蛛との交尾を終えると、オス蜘蛛は食べられてしまったのだろう。確か蜘蛛にはそういう習性があったはずだ、蜘蛛の種類によるのかもしれないがそこまで詳しくは知らない。
子どもを作ったらその栄養源になるとはなかなかに悲惨な生き方である、他の虫などでもこういった生殖の方法をしているものは結構多い。
「地道な作業だが、結構な糸玉がとれた。これでファイスの服も新品が作ってやれるぞ」
「私こんなに大きな蜘蛛はまだ倒せない、それはちょっと貰い過ぎかと思う」
「いいんですよ、ファイスさん。ここは出世払いということで、良い装備を持って強くなってください」
「糸玉、糸玉、糸玉が私は忘れられない。くっそ、本能には逆らえない。ビクン、ビクンッ」
こうして俺達は大量のダンジョングレイトスパイダーの糸を手にいれたのだが、街で聞いてみるとそれを加工できる腕のある者がいなかった。
マアレ国は交易都市で商品とは入ってくるものであり、自分達ではあまり作ることがないのだそうだ。
「お前さん達、魔力があるなら自分達で加工すればいいじゃないか」
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