第七十八話 そうしてもう誰もいない
「ファイスもこの街に慣れてきたし、もうしばらくここにいてもいいと思うんだが。ただ、ワンダリングの一族の方も気になる。そこで、様子を見に行きたいと思うんだがいいか?」
「その口調だとレクスさんだけでこっそり行くんですね、ファイスさん自身を連れていくと彼が傷つく何かがあるかもしれない。……今までの仲間から拒絶されるのは辛いものです、僕はいいですよ」
「私はあくまでも様子をみるだけで下手に騒がれない方がよいかと、ワンダリングでは恐らくサクルトさんがご苦労されているでしょうから」
俺は仲間達から了承を貰うともうすぐ夕暮れ時という街に出た、今日も一日迷宮に行ったり、ファイスの様子をみたりしていた。
本来ならば少し仮眠をとるところだが、それは明日取ることにして夕暮れが終わり夜がやってきそうな街を、『隠蔽』で姿を隠蔽し外壁を飛び越えて外に向かった。
ワンダリングの一族を探して森を駆け抜けていく、草食系ヴァンパイアの本領発揮といったところだ。森の木々にもそれらしい連中は見なかったか、少し森の中を進んだところで聞いてみる。
”顔や肌に入れ墨をいれた、こういう文様の服を着た連中を見なかったか?”
俺がファイスの特徴を思い浮かべながら森の木々に問いかけると、いつになく彼らはざわついて戸惑うような冷たい恐ろしい感覚が伝わってきた。
”ちょ……っと……前……”
”……誰か……がき……た……”
”……この子……じゃない……”
”……あれ……は……”
”……悲し……い子……”
”……聞こ……え……な……い……”
”私……達……の……”
”……声……も……届か……ない……”
”……あっち……だよ……”
”……あっち、……あっちだ……よ……”
”……向こうに……も……”
”……で……も……”
”……も…………う……”
”……誰も……いない……けど……”
草食系ヴァンパイアの俺は森の木々から情報を聞いて、冷や汗が背中をつたって落ちるのがわかった。
森の木々同士の繋がりでワンダリングの部族達がどうなったのか、ぼんやりとした感覚で何となくだが伝わってきたからだ。
俺は急いで森の中を風のように駆け抜けて、森の木々達から聞きだした情報から一族がいたであろう場所に向かった、
うおおぉぉおおおぉぉおぉぉぉ……
そこはファイスが元いた一族ではなかった、だが遺体に残った入れ墨や独特の民族衣装から、ここがワンダリングの一族の一つだとわかった。そして、そこにいたのはうめき声をあげ、共食いを続けるゾンビが数体いただけだった。
「誰もいないのか、生きているものはいないのか――?」
無事な者がいないか探してみたが、一族の者は全て死に絶えていた。俺もゾンビ達に襲われたので、化け物になって彷徨い続ける者たちを眠らせるべく動きだした。
「……ッ『浄化の光』『追氷岩』畜生!!」
中級魔法の浄化を行い、ゾンビ達の体を凍らせてから拳で粉砕する。本当なら遺体は全て燃やしたほうがいいのだが、それで山火事が起きて貰っても困る。
「…………まず、帰ろう。俺よりもここにはディーレの助けがいる」
俺は夜中に宿屋まで引き返して、既に眠ってしまっていたディーレに助けを頼んだ。彼はすぐに起き出してきて、準備を整えてついてきてくれた。ミゼも起こしたが今回は荷物番として宿屋に残してきた。
「ディーレ、お前の広範囲浄化魔法はどの程度の距離まで有効だ?」
「僕の魔力も成長していますから、今は街一つ分くらいならなんとか、ただし魔力枯渇寸前になってしまいます」
俺はディーレを背負って『隠蔽』の魔法を使いながら翼を広げて空へと舞いあがった、そして森の端から少しずつ日をあけて浄化魔法をかけていくことにした。
「神よ、お力をお貸しください『大いなる浄化の光』」
その異変が起こったことが分かった夜から、俺とディーレはワンダリングが住む森の気配を探ってアンデッドの集まる主な場所に、少しずつ広範囲浄化魔法をかけて大量のアンデットを眠らせていった。
そして、その途中で見つけてしまった。
「くそっ、どこのどいつがこんなことを!?」
「ああ、神よ。…………あなたの光の輝きで僕たちを照らしお導きください。『大いなる浄化の光』」
以前に見た部族が、親しくしてくれた人達が、無邪気だった子ども達が、ファイスを殺そうとした族長が、サクルトと呼ばれていた実は人の良い男が、その仲間達が無残な姿に変わっていた。動く死人、ゾンビとなって森を彷徨い歩いていた。
ディーレの上級魔法、『大いなる浄化の光』はそんな彼らを遺体ごと全て世界に還元してしまった。
十日ほどディーレを背負い浄化魔法をかけていき、俺は草食系とはいえヴァンパイアの力で森の上から『広範囲探知』を使用してワンダリングの一族を探してまわった。
だが、時々旅人か商隊を見つけるくらいで、ワンダリングの一族の無事な姿を見つけることはできなかった。
「何故だ、どうして少数とはいえワンダリングの一族が全て殺されたんだ?」
「遺体には僅かな傷しかありませんでしたが、自殺ではあり得ないでしょう。また、魔の森があるとはいえアンデッド化するのが早過ぎます」
「…………ファイスさんにお話されますか?」
俺達は悩んだ元々ファイスはワンダリングから追い出されたのだ、故郷を恋しく思っているだろうが、もう既にこの街に馴染んでいるように見えた。
そこで一族は全滅したかもしれない、少なくともサクルトを始めてとしてファイスがいた集落は、誰かに滅ぼされてしまったのだと伝えるべきだろうか。
「誰が何の目的でワンダリングを滅ぼしたのか分からん、今このことを伝えてしまうと、ファイスが誰かも分からない相手に復讐に行くかもしれない」
「ワンダリングの一族を滅ぼすのが目的なら、ファイスさんは森の中よりはこちらの街にいるほうが良いと思います。全てを伝えるとファイスさんは、……今の彼には受け入れられるかどうか分かりません」
「…………では私は黙秘権を行使致します、それとさり気なくファイスさんにくっついて護衛しておきます」
俺達は昼は自身の体の回復に勤めて、夜は巨大な森の浄化に行っていた。特にディーレの負担が激しかった、彼の魔法の効果範囲は以前より増していった。
同時に消費する魔力の量も増えていたので、ディーレは魔力枯渇寸前になりながら、毎日頑張ってくれたのだ。昼間はなるべく起こさないようにして、ゆっくりと寝かせて魔力の回復に勤めてもらった。
「ディーレはどうしたの、最近顔をみないね?」
「……新しい魔法の習得で頑張っているからな、魔力枯渇ぎみなんだ寝かせてやれ」
「……努力家でございますから、ディーレさんは頑張っているのです」
ファイスがミゼと時々俺達に会いにきたが、俺は精々ディーレを抱えて空を飛び回っていたり、『広範囲探知』で人を探していただけだ。
疲労していたディーレに代わってファイスの相手は俺が事実を誤魔化しながらしていた、ミゼの奴もファイスが狙われているかもしれないので彼に常にくっついてくれていた。
ミゼがファイスの傍にいれば何か遭った時に『従う魔への供する感覚』で俺に連絡をとることができる。
ただし、この魔法を妨害するものもある。以前は難しい文様魔法がディーレとミゼに組みこまれて、俺の魔法が届かなかったこともある。
「……とりあえず、敵の目的がさっぱり分からん」
「ワンダリングの一族に恨みでもあったのでしょうか?」
「宗教上、いくつか問題はありましたが、外の人間から恨まれるようには思えませんが」
とにかく敵の狙いが分からないのだ、やがて俺達は森の浄化作業を終えた。ディーレも心身ともに回復して、いつもの日常に戻った。ファイスは時々港の手伝いに行き、または俺達と一緒に迷宮に潜ることもある。
「今日、私はまた強くなった。もっと、強くなってサクルトにも見せてやりたい」
「…………そうか」
今はそのファイスの無邪気な笑顔が何よりも胸に痛かった、本当に一体誰があんな種族を滅ぼす必要があったというのだろうか。
俺は日常を過ごしながら、その疑問が胸にしこりのように残って取れなかった。
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