第七十七話 もうしばらく居てもいい
マアレ国にきてしばらくが経った、海という広い湖があるこの国はなかなか面白い。俺たちはファイスの故郷に近いこの国を気に入っていた。
「この国はなかなか良いところだな、海と繋がっていて交易都市だからいろんな物が手にはいる。それに税金も安めで暮らしやすい、首都にしては珍しいな」
「おそらくは商人達の力が交易都市であるぶん強いのでしょう、金銭にあまり拘りたくはありませんが権力の集中は好ましくないことです」
「貴族と商人で権力をめぐって、結果的にバランスがよくとれているようですね」
「私にはよくわからない、だが森も大好きだったが、私は海もとても好きになった」
ファイスは今も俺達と一緒に行動していることが多いが、その財産などは俺達とはもう完全に別に管理している。
「レクス、レクス、今日の海上護衛の依頼で魚を獲って皆で食べよう!!」
「そうだな、俺は出汁の出たスープで頼む」
「魚の捌きかたは獣とはまた違いますね、焼き魚にその身と野菜を入れたスープを作りましょうか」
「ファイスさんがどんどんイケメンになっている、でもお魚は美味しそう猫としてはその魅力に逆らえない!!ビクン、ビクンッ」
最近ではファイスは漁業の手伝いによく行っている、元々の得意な武器が槍だったし、銛を投げさせたら大物の魚をよく獲ってくる。
ファイスの顔や体にある入れ墨も、漁師達の間では珍しいことでもないので誰も気にしなかった。ファイスは仮面で顔を隠す必要がなくていいと、よく海に関した依頼を受けていた。
またファイスは中級魔法までなら使えるので、クラーケンなど海上で遭遇する魔物に対しても有能さを発揮していた。
ファイスが時々無意識に『身体強化』の魔法を使っていることは話さなかった、無意識での発動ができなくなるかもしれない。また今までその魔法で消費していた魔力を考えると、……上級魔法までファイスは使えるようになるかもしれない、それはとても危険なことだから止めておいた。
ファイスは風属性が得意で中級魔法まで『風刃』、『風斬撃』を見事に使いこなす。治癒魔法の方も『治癒』と『大治癒』に『解毒』まで習得してしまった。
ファイスの魔法の習得順位はとてもわかりやすい、完全に実用重視だ。生まれてから森の中での戦士だったのだろうが、今の彼を見ていると海の上での戦士になってしまいそうだ。
「ファイスは海が気に入ったみたいだな」
「森が私の故郷だけど海も面白いと思う、一日も同じ日がなく大きな獲物との戦いも楽しい」
そういう彼につきあって俺達も今日は海上護衛という依頼をしているところだ、海の底の方にはクラーケンが時々現れる。だから漁に行く者達は必ず、そこそこの腕を持った魔法使いを一人は連れていって、皆だが単独では絶対に漁に出ない。
クラーケンという魔物の姿は蛸や烏賊が混じったような化け物だがその触手の怪力が恐ろしい、人ぐらいなら平気で海へと引きずり込む、普段はもっと沖の方にいる怪物だが今回いる奴は人の味を覚えたか港の近くをうろうろとしていた。
「相手が出てこない、私の銛もあそこまでは届かない」
「こういう時に何か良い魔法は…………、あることはあるな」
「この場合は火や風では無理ですね、海の底にいる敵には届きません」
「大量にある目の前のものを利用するのです」
中級魔法まで自分の好きな魔法だけを習得しているファイスでは、このクラーケンの相手は難しい。魔法とは応用が利くから広く様々なものを学んだ方がいい。
「どんな魔法?教えて、ディーレ、レクス」
「自分で気がつくのが一番いいんだが、水属性の魔法だ」
「ええ、水中にいる相手を追って水の槍で敵を攻撃する魔法が良いと思います」
「うむむ、ノージョブが素晴らしいと思っていましたが、私が全く頼りにされないのも寂しゅうございますね」
この辺りは標的の姿が見えるほど水深が浅い、このくらいならばとある魔法で怪物の本体を引きずるだすくらいはできるはずだ。
「水の深さにもよるが、全力でこの魔法を使う『追水槍!!』」
俺が海に浸した右手から魔力が敵を追っていき、その途中の水中で水が渦を巻いた鋭い複数の槍へと変化して、その何本かがクラーケンを直撃した。
ぶおおおぉぉおおおおぉぉぉ!!
「くるぞ、水の上まで上がってくれば『火炎嵐!!』」
「そうですね『聖なる矢!!』」
「私だって『風斬撃!!』でございます」
「はっ、私も『風斬撃!!』」
水の槍の直撃と受けて頭にきたのかクラーケンは海上まで上がってきた、こうなればもう魔法の打ち放題である。
俺が魔法で生み出した火炎の嵐がその身を焼き、ディーレの聖なる矢がクラーケンの心臓といわれている中心を直撃した。
ファイスとミゼがそれぞれ、暴れまわるクラーケンの触手を風の刃で断ち切っていた。ファイスは風属性の魔法のコントロールがとても上手くなった、仲間や船は傷つけずに魔法を行使していた。
ぶぎゃあああぁぁぁぁあぁぁ!!
「あとはこんがり焼いておくか、『熱界雷!!』」
最後にダメ押しで放った俺の一撃に、クラーケンは全身を高い熱をもった雷で焼かれて力尽きたようだ。焼きあがった奴から意外と香ばしい言い匂いがした。
完全に死んだようだ、俺が念の為に調べてみた『広範囲探知』にも生き物の反応はなかった。
ぷかりと焼きあがって浮いたクラーケンに数隻の船から銛が撃たれ、その体を港まで引っ張っていった。嫌な予感がする、どうしてわざわざこの魔物を港まで運ぶのだろうか?
「え? 食べるのか、これを?」
「た、食べても平気なのでしょうか?」
「蛸味か、烏賊のようなものなのでしょうか?」
「うん、狩った獲物を食べるのは自然なことだね」
クラーケンを食べるという漁師達の言葉に俺達は首を傾げていたが、ここでは仕留めたクラーケンは食材としては珍しいご馳走らしい。ファイスだけが全く抵抗がないらしく、仕留めたクラーケンを珍しそうな食材として見ていた。
ファイスが珍しがるのも無理はない、普段クラーケンはもっと沖にいるものだ。それに、運良く仕留めたとしても、その巨体を港までもって帰るのは大変な労力が必要だ。
「こりこりした食感が美味えぞ、そこに醤油を垂らすともう堪らん」
俺達の疑問に漁師の一人がそう答えた。そしては解体され『解毒』がかけられたクラーケンから魔石とその切り分けられた身を分けて貰った、俺達の仲で一番最初に抵抗なく食べたのはやっぱりファイスだった。
「うん、本当にコリコリした独特の食感で美味しい!!」
確かに焼けた香ばしい匂いだけならばいい、でも俺は固形物が食べられない。次に恐る恐るミゼとディーレがそれぞれ食べてみていた。
「ああ、これは烏賊に似た食感ですね。甘味が烏賊より強くて、醤油の辛さとよく合います」
「本当に烏賊と同じですね、私は魔物でよかった!!魚介類でも何でも食べ放題」
「…………そんなに美味しいのなら、俺の分も片付けてくれ」
皆がご馳走を美味しく頂いている中で俺一人だけが食べられない、クラーケンを倒すのに力を尽くしてのにお預けとは…………草食系ヴァンパイアって悲しい。
「ってあるのかよ、クラーケンのスープ料理!?」
後日、クラーケンのスープ料理もあると知って更に落ち込む俺だった。そうだと知っておけば干物にするとかいろいろ方法はあったのに珍味を食べ損ねてしまった。
「私はもっと沢山の魔法を勉強する、使えないと思った魔法が使い方次第で使えるものになる。……レクス、この文字が読めない」
「まずは文字を完全に覚えることから始めような、」
ファイスは今回のことで魔法の応用の仕方を学んだようで、買いなおした『初級魔法について』『魔法とは何か』と『中級魔法書』を真剣に勉強し始めた。
そう、まずは文字が完全に読めるようにならないといけない、簡単な絵本を何度も読み返して勉強するファイスの姿は微笑ましいものだった。
「こんなイケメンが絵本、ぶっふぉ!?」
パチンッ
「腹筋が痛いって!! 目が――、目が――!?」
せっかくファイスがやる気を出しているのに邪魔をしようとするダメな従魔がいるので、ミゼにしか見えない額にある第三の目を指ではじいておいた。
このダメな従魔もこりないものである、ファイスを預かってからもう三月ほどが経っていた。俺もこの国で年が17になった、成人してからのんびりとしていた村人の生活が嘘のような激動の二年間だった。
もう少しでファイスも一人立ちするだろう、この街が居心地が良いからそれができても、もうしばらく居てもいいかもしれない。ただし、気になることが一つあったから、ディーレとミゼに言ってみた。
「ファイスもこの街に慣れてきたし、もうしばらくここにいてもいいと思うんだが。ただ、ワンダリングの一族の方も気になる。そこで、様子を見に行きたいと思うんだがいいか?」
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