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第七十六話 魔物のしぶとさは侮れない

 このノーティ・イヌマニタスという公爵様は気まぐれで何度か俺に指名依頼をしてきた、その内容も決闘の代理人からチェスの対戦相手とどうでもいいような内容の依頼もあった。そう、今日もチェスをしながら俺は公爵様の話し相手をしている。


「俺はまったくの素人だ、というよりもチェス自体したことがない。だから、依頼は受けられない」

「それでは教えよう、なにこれもなかなか始めれば時間つぶしができるものだ」


 いやまず俺はチェスなんてゲームをしたことがなかった、だから正直にそう話して最初は指名依頼を断ったのだ。だがこの物好きな公爵様は俺にルールから丁寧に教えてくれた、俺は経験したことないゲームだったし、知らないことを知るのは好きなので、一応戦えるくらいにチェスも覚えた。


「今日も、公爵様がこんなことをしていて良いのか?」

「優秀な家臣がいれば、私がすることはほんの僅かなものだ」


「新しい奥方の機嫌を損ねるのでは?」

「あの子が幼い時に取り引きの一環でした婚姻だ、だから夫婦になってもお互いに何も思うことはない」


「なら、決闘などせずに解放してやれば良かったのに」

「貴族のくだらない意地だ、私にとって亡くなった第一婦人のリル以外の女性はどうだっていいんだ」


「そんなに良い女性だったのか?」

「私は成り上がり者だ、レクス殿と同じく元は冒険者で偶々知り合ったリルが公爵令嬢だった。その縁で成り上がって公爵様だ、冒険者として夢のような話だろう」


「俺は自由に冒険ができるほうがいい、重い責務や地位に束縛されるのは嫌だ」

「……確かに自由に生きるというのは素晴らしい財産だ、公爵家という荷物は重い、リルがいない今の私には重すぎて時に捨てたくなる」


 公爵としては気まぐれだが嫌な貴族のように威張り散らすこともない、どこか人生を達観してしまったような人間だ。俺に対する態度が気安いのもわかった、彼が元冒険者だったからだ。物語のように貴族まで成り上がった男がここに一人いる。


 最近、第四婦人と婚姻したらしいが新婚時代という甘い時期は貴族に存在しないらしい。そもそも、第四婦人自体への興味関心が薄そうだった。それよりもリルという無くなった奥さんを愛してるようだ、愛情か……いつか俺にもそんなものを感じる存在ができるだろうか。


 俺に対する指名依頼の拒否する理由として、俺はこの公爵様のチェスなどの依頼を先約があるからとよく利用している。公爵という爵位だけあって、それで引き下がる貴族や商人は多かった。


 だが、その日は珍しい依頼をされた、公爵のご子息の警護依頼だ。しかも、ただの警護依頼ではなかった。


「これはなんだ『迷宮見学、警護依頼、指名依頼、金の冒険者レクス、一日に金貨10枚』」

「見た通りの物だよ、私の息子が迷宮に興味を持ってね。行きたいといって聞かないんだ、まだ幼いから見学だけさせて貰いたいという依頼だよ」


「迷宮は何があるか分からない場所だぞ」

「跡取りは他にもいるから、別に何が起こっても君を責めたりはしない」


 俺に対する他の貴族からの不平や不満がこの公爵様に少なからず伝わっているはずだが、さすがに公爵である権力はかなり強く他の貴族は何も言えないらしい。


 つまり俺もこの公爵様には見えない借りがあるようなものだ、それにこの公爵様も何があっても責任は問わないという。だったら俺達のパーティならば子どもを一人抱えても、迷宮の見学だけなら問題なくこなせるだろう。


「ノーティ・イヌマニタス・ジュニアと申します。金の冒険者レクスさん」

「息子を頼む、箱入り息子だ。冒険の役には立たない、何が起きても本人の希望だ、仕方がないことだと思う」

「ああ、分かった。全力で警護する」


 ノーティ・イヌマニタスはさすがに息子を送り出す時には俺に直接頼んできた、何が起きても構わないとは言うが息子のことは心配なのだろう。そのわりに顔色や心音は落ち着いたものだった、貴族になると感情が表にでないようになるのだろうか。そういえばいつもこの公爵様は落ち着いている、そんなことを思いながら俺は依頼を引き受けた。


「というわけで今日の迷宮散歩には、公爵家のご子息ノーティ・ジュニアくんが参加します」

「初めまして、どうかよろしくお願いします。僕のことはノーティかジュニアとお呼びください」


 公爵家から紹介された少年は公爵様にそっくりだった、ここまで似ている親子も珍しい。金髪に碧眼で大人しそうな子どもだった、まだ年が五つということだから、戦力的には完全にお荷物以外の何物でもない。


「はい、わかりました。神の御心が天を守るように、僕たちもお守りください」

「私も頑張る、ジュニアもよろしく」

「それでは今日の私はジュニアさんの護衛になりますね」


 名前にジュニアと付けるのもノーティの子どもですという意味で、現当主が引退したらこの家ではノーティという名前を代々引き継いでいくらしい。


 ノーティ・イヌマニタス何世かになるそうだが、どこかの元侯爵令嬢が聞いたら怒りだしそうな伝統である。沢山の名前を覚えるのも難しいが、同じ名前で何世だけが違うという方が覚えるのは辛いと思う。…………はははっ、ステラは元気でやっているかな。


 ディーレとミゼはもう迷宮のベテランだ、ファイスだって仲間として連携がとれている。だから、お荷物になる少年だが、彼一人くらいなら大丈夫だろう。仲間たちはそれぞれノーティと呼ぶとややこしいな、ジュニアに挨拶した。



 ぎゃぎっぃ!!

 うがあ!?

 きゃうぅ!!

 ぎぎゃあ!?

 ぎゃおおぉぉ!!


 先頭を歩くディーレがいつものように、魔法銃ライト&ダークでゴブリンやコボルトを片付けていく。ファイスがその魔石を回収していく、俺は公爵家の坊ちゃんを抱きかかえて運搬中だ。


「…………あまり、この体で外を歩いたことがなくて」

「わかった、出来るだけ下層に連れていくから大人しくしていてくれ」


 碌に出歩いてもいないのによく迷宮なんて危ないところに来たがったものである、いつもなら後衛のディーレとミゼが前衛になって、ザコらしいモンスターは片付けてしまった。そのまま俺達は順調に迷宮を下りていっている。


 30階層まで下りると今度はオーガなど人食い鬼の出番が増える、ジュニア坊ちゃんをファイスとミゼに渡しディーレは後衛に戻って、俺は依頼主の為に安全を最優先するように言い含める。


 ぐらああああああぁあぁぁっぁあ!!


「さて、いつもどおりにいってみるか」

「援護はお任せください」

「私は周囲の魔物を警戒だね」

「防御魔法の方は私とディーレさんが行います」


「オーガですか、これは!!」


 オーガという大物が出てきても俺達のパーティはそれほど緊張していない、ファイスだけがやや表情が硬いが警戒という役目はしっかりとこなしている。それよりもジュニア坊ちゃんは全く緊張していない、変なところで肝が据わっている


 うぐらああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!


「ますは閃光弾、それに風撃弾」

「…………ディーレが相手をしてくれているうちに、『重力(グラビティ)』付きでまずは左足だな、続いて右だ!!」


 ディーレの目潰しが効いている間に相手の足を潰す、いつもと変わらない戦闘方法だ。誤算は足元に滑りこんで背後から、両足を素早く『重力(グラビティ)』の魔法付きでバキバキッっと潰したのに、そのオーガが背中から俺の方へ倒れこんできたことだ。


「よっと、これでどうかな『重力(グラビティ)!!』」


 思わず全力で地を蹴って壁を走ってそれを避け、倒れ込んできたオーガの頭上の空中へと跳んだ。そして体重と魔法の『重力(グラビティ)』をかけて、オーガの喉もとをグシャりとメイス付きで踏み潰した。


 それから、即座にオーガから距離をとる、喉は完全に潰して呼吸も出来ないはずだが、オーガはまだ動くのを止めない。しつこい奴だ、魔物のしぶとさは侮れない。


「火炎弾です、どうか安らかにお眠りください」

「『追炎(チェイスフレイム)(アビー)!!』内側から焼かれろ」


 うがああぁぁぁ、あぁぁぁぁぁ!?


 俺とディーレがそれぞれオーガが口を開ける度に、そこから魔法の咆哮が起こるよりも早く俺達は火炎の魔法を叩き込んだ。


 暫くしてようやくオーガは動きを止めた、次は恒例の剥ぎ取りタイムである。貴族のお坊ちゃんはオーガの皮の剥ぎ取りなんて見て楽しいのだろうか、少し瞳を輝かせて俺達が剥ぎ取っている様子を見ていた。


「金の冒険者レクス、強いです貴方は」

「どっちかといえば銀の冒険者くらいの強さだ、ランクが金になったのは偶々だ」


「戦いは楽しいでしょう、敵を倒すのが面白いでしょう」

「そりゃ、少しは戦闘時における高揚感というものがあるが、特別に好きではないな。このオーガの皮を剥ぐのだって、金の為にしているだけだ」


「……正直に楽しかったって言えばいい」

「そうだな、もしここにミリタリス人がいたら、きっと楽しかったと言うだろう。でも、俺としては気にいった本と涼しい木陰でのんびりしている方がいいな」


 俺の返答は貴族のお坊ちゃんにはお気に召さなかったようだ、子ども連れで30階層近くまでくればもう迷宮見学としては充分だろう。


 俺達は狩った獲物を分け合って運びながら迷宮を出て、ノーティ・ジュニアを迷宮の入り口にいたイヌマニタス家が用意した馬車で家まで送っていった。


「今日は久し振りに面白いものを見れた、ありがとう。レクスはもっと自分に正直に狩りを楽しむといい。ああ、そうだ狩りとはこんなに面白いものだった。」

「……そうかな」


 ノーティ・ジュニアはそう言って自分の家へと帰っていった、最初は大人しいだけの子どもだったが階層を下るにしたがって、キラキラと瞳を輝かせるようになった。


 あのくらいの子どもならモンスターを怖がりそうなものだが、そんな様子も見られなかった。むしろ、下の階層に降りるごとに喜色を浮かべていた。まだ幼い子どもだ、純粋に力というものへの憧れが強い時期なのだろう。


 さすがはあの変わり者の公爵様の子どもだけはある、気配も親子だからか驚くほどによく似ていた。


 このくらいの話がわかる貴族の指名依頼なら、俺も楽でいいんだけどな。


広告の下にある☆☆☆☆☆から、そっと評価してもらえると嬉しいです。


また、『ブックマーク追加』と『レビュー』も一緒にして頂けると、更に作者は喜んで書き続けます。

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