第七十五話 指名依頼は好きじゃない
「私はこれでいいけど、サクルトは無事だろうか」
ファイスの顔は落ち着いていて、自分の立場を既に理解しているようだった。ただサクルトのことを、自分を助けてくれた者のことを心配していた。
「お前、部族に戻れないと分かっていたのか?」
「サクルトが説得すると言っていたけど、私はとても難しいと思っていた」
「……やはり神に対する信仰が強いのか」
「レクスが前の族長を叩きのめしてくれたから、私は殺されずに済んだ。でも、その日から私は一族の中で幽霊になった」
「……幽霊?」
「私がいても誰も私を見ない、話しかけない、存在しないように扱った。サクルトがその様子に心を痛めて、レクスのところへ連れてきてくれた。新しい族長はサクルトより弱い戦士だから、大丈夫だとは思うけど」
ファイスは不安そうにサクルトの手紙を見ていた、俺もその手紙を読み返してみたが内容のわりには文字は落ち着いて書かれている。
「多分、大丈夫だろう。サクルトに何かが遭ったなら、こうして手紙をだせないからな」
「………………うん、そうだね」
それからもファイスは迷宮での戦闘や、街に馴染めるように雑用依頼なども手伝っていた。文字も頑張って覚えていった、依頼に関係するものから具体的に少しずつ覚えていった。それまでは俺達が依頼内容を読み上げてやってたからな。
他にはディーレの趣味である薬草探しという名目の、『貧民街』の子どもたちへの慈善活動には感心していた。人間にはいろいろいるんだ、権力に溺れて暴力を振るう者もいれば、逆にほぼ無償で助けを与える者もいる。
そういろんな者がいるんだが、俺がとうとう目を逸らし続けてきた問題がやってきた。いつものように冒険者ギルドに行ったら、ギルド職員が走ってきて俺に指名依頼の束を押し付けてきた。
「金の冒険者を必要としている依頼です、責任もって少しは依頼を受けてください。冒険者証を銀に戻しちゃいますよ。……冗談ですけど」
「冗談なのか、銀にしてくれるんなら俺はその方がずっと有難いんだがな」
「はぁ~、いいですかもう冗談は抜きです。ふざけないでください、レクスさん。これ以上指名依頼を断るなら、銅の冒険者からやり直してもらいます」
「それはいくらなんでも横暴じゃないのか!?」
「金の冒険者らしくしてくれないからです。どれでもいいから、依頼を受けてください!!」
「………………はい」
冒険者ギルドがとうとう俺を銅の冒険者に戻すなどと言ってきたので、その殆どが貴族や商人からのもので見たくもなかったのだが、とりあえずは俺にできそうな依頼を探してみた。なるべく短時間でできて、貴族と深く関わりあいにはならずに済むものだ。
「ギルドとしてはこちらの公爵様の依頼をお薦めします、決闘の身代わりです。これなら簡単でしょう」
「それのどこが簡単なんだ!?」
「公爵様の代わりに試合にでて、勝てばいいだけです。ミリタリス国で金の冒険者になったのですから、これくらいは簡単でしょう」
「――!! どこまでも俺に祟るのか、あの国は!?」
結局、俺はその決闘の相手を引き受けた。俺に依頼をしてきたのはノーティ・イヌマニタスというこの都の公爵様で、対するのはマガロ・キクヘムという成り上がった男爵家の者だった。それぞれの言い分はこうである。
「ノーティ・イヌマニタスは、ルネ・ウクフラペ侯爵令嬢が幼い頃から婚約をしていた。ルネ侯爵令嬢が成人したので第四夫人として妻に迎えたい」
「ルネ・ウクフラはウクフラ家で唯一の実子である、このままだと継承権を持つ者がいなくなるのでマガロ・キクヘムという婿を貰って家を継がせたい」
要するにルネとかいう侯爵令嬢一人をめぐっての決闘だった、公爵家の代表は俺が出る。ウクフラ家の方ではマガロとかいう騎士本人が出るそうだ、依頼人である公爵様にも俺は会った。
「ああ、ルネ嬢の件か。私としてはそれほど執着していないのだが、貴族としては無様な姿は見せられなくてね。勝てば報酬として金貨10枚、負けた場合には何も無しだ。……ただ、金の冒険者としては名前に傷がつくだろう」
金髪に白いものが混じりはじめている初老の男性はどうでもよさげにそう言った、俺は目前にいる公爵本人を見て驚いた。魔力の量が人間にしては強すぎる、この公爵様も実は上級魔法の使い手か。こうして指名依頼を受けた俺は決闘をすることになった。
「ではこれよりルネ・ウクフラとの婚姻の権利をかけて、ノーティ・イヌマニタスとマガロ・キクヘムの決闘を開始する、両者共に本人もしくは代理人は前へ進み出ること」
その言葉に向こうの方からは全身鎧を着たマガロとかいう騎士が出てきた、何故かミリタリス国の悪夢が蘇ってきたぞ。今回も俺は破壊力を増す為に手袋を変えた以外は防御服にオーガの皮の部分鎧という軽装だ。
「今日は勝つつもりでやるから、早めに降参してくれると助かる」
「ほざけっ、平民風情が!?」
決闘場は場所が制限してあるから楽だった、まずは、相手が俺めがけて振り下ろした剣を両手で、俺の体を切られる前に刃の部分を挟むように受け止めて、俺はそのまま力を込めて相手の剣を根元からバキリッと圧し折らせて貰った。
相手に武器が無くなればもうこちらの勝ちも同然だ、フルプレートで暴れる相手を足をすくって転がした。そのままズルズルと引きずって決闘場の外に放り出したら終わりだ、とても簡単で見せ場も何もないが俺の勝利である。
「ノ、ノーティ・イヌマニタスとマガロ・キクヘムの決闘は終了。勝者はノーティ・イヌマニタスとする、ルネ侯爵令嬢は取り決めどおりに公爵家へ嫁ぐものとする」
決闘を見にきていた観衆からは剣を圧し折った時には歓声が上がったが、その後に決闘相手を場外に放り投げたのはお気に召さなかったらしい。不満そうな声がかなり上がっていた。決闘の後に報酬とお言葉を公爵様じきじきに貰うことになった。
「若さとは羨ましい、その強さでまだ冒険者になって2年も経っていないとはな。見るものも、聞くものも、何もかもが面白くて魅力的な時期だろう。私からすればその感情の揺れ自体が羨ましいものだ。私はもう随分とそうした心を動かす感情から遠ざかってしまった」
「………………」
確かにこの公爵様はあまり覇気のない人物だった、公爵家といえば王族に次ぐ貴族の筆頭と言ってもいい。しかし、公爵本人はそれすらどうでもいいようだった。俺は何も答えられず、報酬を静かに受け取った。
新しく貰うことになった花嫁も、公爵にとってはかなり昔に約束したことであった。その女性が悲しいのだろうか決闘場で静かに泣いていても、その姿にも興味がないようで声すらかけることはなかった。
「どうにも、勝って依頼を果たしたのはいいが、気分がすっきりとしないな」
「レクスは強い、私もいつかあのくらい強くなる」
「ファイスさんは地道に頑張りましょう、レクスさんの強さは特別ですから」
「はうぅぅ、初老の紳士が十五歳の花嫁を貰うとは羨ま……けしからん!!」
こうして俺は初めて指名依頼を終わらせたのだが、その後にギルド職員がどっさりと俺に決闘の代理依頼をもってきた。
俺はしばらく迷宮に引き籠りたいと珍しく我がままを言ったが、そんな俺を無視して冒険者ギルドの職員は容赦がなかった。ギルドにとっても指名依頼は儲かる仕事なのだ、その仲介手数料だけでも笑いがとまらないのだろう。
その後の決闘でもあまり派手なことをせず、大体は相手を場外に落とすという面白くない方法をとった。すると決闘依頼がぐんっと減ったので良かった。
勝ちを譲った貴族からは感謝されるが、俺に負けた貴族からは恨まれる。指名依頼というのはやはり難しい、かといって俺は剣術など使えないからこういう手段しかない。俺が全力を出したら、相手を殺してしまうだろうしな。
「やっぱりもっと下のランクの冒険者に戻りたい、うーん。でもそうすると各国で図書館の利用ができなくなる可能性があるし、ううーん」
「レクスはそんなに、本が面白い?」
「この世界の蔵書を全て集めた図書館があったら、レクスさんはきっと入ってそのまま一生出てきてくれなくなりそうです」
「図書館に籠るニートとは、また新しい職種ですねぇ」
仲間が何かごちゃごちゃ言っているが、俺にとって冒険者証とはただの身分証明証以外の何物でもない。金までランクを上げるつもりもなかったし、更に上の白金とか本当にどうでもいい。
決闘依頼でいろんな貴族から恨みを買ったことだけが恐ろしい、もうギルドが何と言っても次こそは断りたい。そんな俺に奇妙な指名依頼がきた。
『冒険者レクス、指名依頼。チェスの相手。勝ち負けにかかわらず、報酬は金貨1枚』
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