第七十四話 帰れなくてもこれでいい
せっかく迷宮のあるマアレ国に来たのだ泳ぎを教えた後は、ファイスの腕を見る為にゴブリンやコボルトとの集団戦への対処の仕方や、オークなどとの戦い方を教えていった。
「槍を振るいながらも魔法を練り上げろ、そして隙をみて相手にぶっ放せ。そうすれば魔法は強い力になる」
「戦いながらも客観的に自分を見るんです、どの場所に敵と味方がいるか、次の攻撃は受けるのか避けるのか、それと魔法を使う時は味方に当てないように」
「あのディーレさんがこんなに立派になって、最初に行き倒れていたとはもう思えません。ふふふっ、立派な先生が二人おりますので、私はノージョブで楽なものです」
「うん、気を付ける。仲間との位置は分かる、あとは魔法だね」
ファイスの武器は槍だ、どちらかという個人戦に向いている。そこを魔法で補うべくファイスは勉強を始めた、風の属性の魔法と相性が良くてそれらをよく覚えた。
「いくよ、『風斬撃!!』」
「おお、仲間に当てずによく敵だけ倒せたな。やればできるじゃないか」
「回復魔法も頑張って覚えてますから、ファイスさんは努力家です」
「私が楽をできるのはいいのですが、影がだんだん薄くなっているような……」
ファイスはゴブリンやコボルト程度なら魔法で倒せるようになった、それに仲間との距離のとりかたが上手かった、これはワンダリングという部族でも戦闘していたからだろう。
戦闘と合わせて冒険者として当然のこと、既に戦っている別のパーティには声かけしないで手をださない、悪い冒険者もいるので仲間以外は信用しない、など常識的なことから教えていった。
実戦的な依頼の受け方もだ、ファイスの顔は入れ墨が左半分に綺麗に入っている。植物を模したようなもので綺麗なのだが、直接依頼人と会う時には隠すように左側だけ仮面を買ってやった。
「レクス、これ邪魔。何故、顔を隠す」
「刺青を嫌がる奴もいるんだ、……こんなに綺麗なのに勿体ない話だよな」
ファイスは不満気だったが、まだこのマアレ国は入れ墨に対して偏見がない方だ。国が海に面している為に船乗り達、つまり冒険者に負けず劣らず荒っぽい連中が多く、度胸試しとかで入れ墨も普及しているのだ。
まぁ、ファイスの入れ墨の問題はともかく、実地で依頼を受ける訓練も行っていく。そうして、自分で自分の飯代くらいは稼げるようになって貰う。
「それじゃ、ファイス依頼表が貼ってある掲示板から、自分に出来そうな依頼を探して言ってみろ」
『ポー草を10本採取、ランク銅以上、常時依頼』『マジク草を10本採取、ランク鉄以上、常時依頼』『ケラテ村でゴブリン退治、ランク銅以上』『ミリタリス国までの護衛依頼、ランク鉄以上』『迷宮、パーティ募集、ランク銅以上』『食肉用の動物買い取り、ランク銅以上』『航海護衛、魔法必須、ランク鉄以上』『ケルピー退治、ランク鉄以上』
「うんっとポー草とマジク草の採取ができると思う、森に入って食肉用の獲物を狩ってもいいと思う」
「よし、どれでも好きなものを選べ、ただし今回はお前が一人でやるんだ。そのことをよーく考えてから選ぶんだ」
ファイスはよく考えてからポー草の採取依頼を選んだ、ポー草を探しながら運がよければマジク草や食肉用の獲物を狩るつもりのようだった。
新人冒険者の判断としては賢明だ、無理をして自分では難しい依頼を選ぶよりも、こうして確実に実績を稼いでいく方がいい。
「すぐに採れると思ったのになかなか見つからない、もう少し森に入ってみる。森は私の故郷だから、そちらの方が動きやすい」
「そうか、気をつけろよ」
始めは街の近くの草原で薬草を探していたファイスだったが、それで見つかりにくいと分かると場所を森の中に移した。
そこからは水を得た魚のようなものだった、ファイスは薬草に関する知識を部族にいたころから教わっている。森の中ならばどこにその草が生えるか、決して採り尽してはいけないなど、常識的な判断でファイスは動くことができた。
「見て、レクス!! ポー草がこんなに集まった、あとは鳥を数羽狩っていこうと思っている」
「よし、最後まで気を抜くなよ」
ファイスの依頼はほぼ達成されたようなものだった、俺たちはきちんとファイスの依頼終了までを見届けた。
「ええと銀貨が一枚あれば、一日は楽に過ごせる。宿代がここでは銅貨5枚くらいで大部屋ならもっと安いけど、荷物を盗まれたりするから危険。美味しいご飯は銅貨1枚くらい、屋台だともっと安い……」
自分だけの力でファイスが依頼を受けれるようになると、部屋は同じだが三分の一の宿代を俺たちは貰うようになった。
ファイスにも自分用の財布を渡してある、スリとか悪い奴がいることも教えてある、ファイスは最初の頃は自分で稼いだお金を貰ってビクビク生活していた。
「ファイス、これから迷宮に行くが。一緒に来るか?」
「もちろん、行く!! 準備するから待っていて欲しい」
「はい、慌てずに忘れ物をしないでくださいね」
「おやつは青銅貨2枚まででございますよ――あいてっ!?」
ミゼがまた変な知識を与えようとするので俺は容赦なくその頭を軽く叩いた、おやつって何だ?それは貴族がお茶会をするときにつまむものではなかったか?
「今日はどこ行く?」
「お前も一人でオークくらい倒せるだろうから、その辺りに行ってみるか」
「オークの皮もオーガ程ではありませんが、防具に加工するのは便利ですよ」
「既にその防御服が凄いんですけどね、ファイスさんはしっかり回避されるから偉いですね」
ファイスにはディーレの予備である防御服を貸し出しているが、ファイスは魔物と取っ組み合いをしたりはしない。一撃をいれたら距離を必ずとる、そんな慎重な戦士になっていった。
以前にしたような無謀な突撃などもうしない、それよりも相手の急所はどこか、攻撃をした後にすぐ回避できるか、それとも一撃でしとめられるか。そんなふうに的確な判断力が身についてきている。
冷静で大人になりつつある戦士の卵がそこにいた、十五でこれなら十年たつ頃には立派な戦士になっているだろう。ディーレといい、ファイスといい、俺という凡人では十年後にいったいどうなっていることやら。
ぐるるるるるるっるる!!
「――えいっ!!」
ファイスは今もしっかりと自分の槍を握って、オークの攻撃をかわしその心臓に真っすぐ槍を突き立ててみせた。そこで油断せずに槍を引き、引き抜けないと判断して敵から距離をとった。手には別のナイフを取り出して握っている、槍術以外に剣術も幾つか教えてもらっているからだ。
オークは魔物特有のしつこさでしばらくは立っていたが、やがて力尽きて倒れ込んだ。ファイスの勝利である、俺達はファイスが剥ぎ取りをしている間の見張りをしてやった。
「やった、初めて一人で助けを借りずにオークを倒した。私は嬉しい!!」
ファイスは丁寧にオークの皮と魔石を剥ぎとってきた、ここに來るまでにもゴブリンやコボルト、スケルトンなどへの対処も出来ている。
それとこれは俺が気づいて本人には言っていないのだが、ファイスは無意識に魔法を『身体強化』を使っている。
本人は分かっていないが、それがまだ成長しきっていない体を助けている。無意識での魔法の発動、これは珍しい現象だ。そろそろこれも教えておくべきか、かえって無意識での発動ができなくなるかもしれない。教えるかどうか、悩むところだ。
その日はギルドにサクルトから俺当てに手紙が届いていた、ファイスが早く、早くと急かすので封を切るのも大変だった。だが、読み始めて俺は戸惑った。
『ファイスは追放刑にされた、何度も皆を説得しようとしたがこちらの話を聞いてくれない。神をファイスが怒らせたとばかり言う、神のせいではない自分達の慣習がおかしいと認めてくれないんだ。こちらに戻ってくればファイスは殺される。俺のことは心配ない。レクス、あんたに優しさと慈悲の心をあることを願っている。サクルト』
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
ファイスはサクルトからの手紙を読んだとたんに表情が無くなってしまった、泣き喚くのかとも思ったがそんなこともなかった。
ただ、大事そうに手紙を握りしめてポツリとファイスは言った。
「私はこれでいいけど、サクルトは無事だろうか」
広告の下にある☆☆☆☆☆から、そっと評価してもらえると嬉しいです。
また、『ブックマーク追加』と『レビュー』も一緒にして頂けると、更に作者は喜んで書き続けます。




