第七十一話 受からないのも無理はない
「それならば、陛下の領域へ持ち帰りますか?今の私なら持って帰ることが容易くできるでしょう」
キリルという女ヴァンパイアの言葉にフェリシアは少し考えるそぶりをした、だがすぐにその首を振って残念そうに俺の方を見て言った。
「無理だよ、今のレクスじゃ誰かが彼を殺してしまうかもしれない。皆で仲良くすることはできないのかな、またね。レクス、力の使い方をもっと大きく考えるんだ。そうして、私に近くなっていってね」
俺にそう言うとのんびりとしたフェリシアと、キリルという殺気だらけの女ヴァンパイアの姿が一瞬にして消えた。
「…………ディーレとミゼが言っていたとおりか、あんな魔法もあるんだな」
二人が消えた瞬間に空間が魔力でまた歪むのが分かった、俺もあの魔法を今度作っておくとしよう。使えるようになれば、かなり便利な魔法になるだろう。
「俺は力の使い方を間違っている?ふわわ~なんかじゃ意味が分からん、俺はどこで力の使い方を間違っているんだろうか?」
フェリシアが最初に怒りながら言っていたことを思い出して、俺は自分の力について考えていた。あんなに曖昧な説明ではわからない、だが自分を草食系ヴァンパイアと思い込み過ぎて、俺は力の使い方を間違っているのかもしれない。俺は考え込みながら本を拾い、都へと戻ることにした。
「レクスさん、良かった。僕もランク鉄の冒険者になれました!! ああ、神のお導きに感謝致します!! ………………レクスさんも何かありましたか、様子が少し変ですよ」
「おお、ディーレもようやく一人前だな。……いいや、別に俺の方は何も無かった。うん、無かった。それよりも、おめでとう、どうだ試験が難しくはなかったか?」
冒険者ギルドへそろそろ昇格試験も終っているだろうと、俺が行くとそこでちょうどディーレが新しい冒険者証を発行して貰うところだった。
ディーレに何かあったのか心配されたが、俺は今回フェリシア達に会ったことは、特に性別うんぬんのことは仲間にはまだ黙っておくことにした。
話をそらすように、改めて試験の内容を聞くとディーレは少しだけ顔を曇らせて、おずおずと困ったような口調でこう話し始めた。
「筆記試験の方は何も問題はなく全問解答できました。ただ、その実技の方が普段レクスさんと組み手をするような感覚でいたら、試験官の方を傷つけてしまいました。『大治癒』ですぐに治療して、僕はもう必死に謝りました」
「ああ、俺相手だと手加減なんていらないからな。まぁ、合格したんだし、かえってすぐに『大治癒』を使用して治療した点が評価されたのかもしれない」
試験は合格できたが試験官を傷つけてしまったと落ち込むディーレに、俺はなるべく明るく励ましの言葉をかけておいた。
実際に実技試験の間に高い攻撃力と的確な判断で治療を行ったから、ディーレは合格することができたんじゃないかと思う。それに、『大治癒』は中級魔法だしな、新人冒険者であれを使いこなせる者は珍しい。
「ちっ、最近の昇格試験は顔で受かるのかよ。あんなの試験官が油断しただけだ」
「はぁ~、俺だって順番が最後の方だったら、試験官も疲れていて合格できたのに」
「あ~あ、まだ俺は新人なのか。良いよなあ、顔が良い奴はそれだけで受かるんだもんな」
「ふん、きっと試験官に何かしたんでしょ、私が受からないなんておかしいわ」
「ここの昇格試験がおかしいんだ、俺はもう冒険者になって三年だぞ」
「試験官を殺しかけて、脅したから合格できたんだろ。ちっ、卑怯者が」
合格する者もいれば不合格になる者も確実にいる、ディーレの実技試験は随分と目だってしまったようだ。
ギルドの部屋の隅に不合格になった者達がこそこそと集まって、ディーレのことを色々と悪く言っていた。自分の実力が足りないから落ちたのに、それを他人のせいにするんじゃない。
冒険者になるには運だって重要な要素だ、試験官が疲労してくる後半にディーレが当たったのも少し運が良かっただけのことだ。
「お前ら、そんなにギルドが出した不合格という評価が不満なら、堂々とギルドの職員に向かって文句を言ってこい。自分の鍛錬不足で負けたくせに、他の者の努力を馬鹿にするとは腹立たしい」
「れ、レクスさん、僕は何も気にしていませんから」
ディーレの発言に嘘が混じっているのが俺には分かった、普段とは少しだけ心音や発汗に呼吸の様子が異なっていた。
十数人いた不合格者は不満気にこちらを睨みつけてきた、これはちょうどいいかもしれない。俺も人間相手の鍛錬をしておくか、ディーレがいるから少々手傷を負わせても大丈夫だろう。
「ディーレ、ちょっと鍛錬場でこの新人達に俺は稽古をしてやりたいな。まぁ、落ちた者どおしで文句を言うしかできないような奴らだ。先輩からの有難い鍛錬など、怖くて受けれもしないか?」
「新人さんへの鍛錬、それは良いですね。僕も少し心配していたんです、あんなに弱くて冒険者を続けるなんて大丈夫かなって」
「「「「「ああ゛!?」」」」」
俺達の言葉に試験に落ちた新人冒険者達が一気に怒った、思わずだろう自分の剣など武器に手をかけた者もいる。
普段の俺なら面倒くさくてこんなことはしないのだが、今日はディーレがランク鉄の冒険者になった喜ばしい日だ。その喜びをほんの少しだけ、この場にいる新人冒険者達にも分けてやろう。
「来い、鍛錬場で全員をまとめて相手にしてやる」
「くそがっ、なめてんのかよ。俺の実力を見せてやる!!」
「俺は運が悪かったから、試験に落ちただけなんだ」
「お前も顔が良いから試験に受かったのか、どうせランクは鉄なんだろう」
「試験官と違って私達には、買収はきかないわよ」
「三年も冒険者をやっている、俺の実力を見せてやる」
「はっ、痛い目にあわせてやるぜ!!」
それから鍛錬場に移動して広くなっている場所を借りた、先にそこで鍛錬していた冒険者達は俺と新人冒険者達とで模擬戦をやると聞くと、皆で面白がって見物する姿勢に入った。
新人達は俺を鉄の冒険者だと思い込んでいる、余計なことに巻き込まれないように依頼を受ける時以外、俺の冒険者証は服の中に隠してあるんだ。
こうして、俺の新人冒険者達への有難い無料講習が始まったのだった。
「体のバランスが悪い、剣を持つ方の腕ばかり鍛えているからだ」
「まず、動き自体が遅過ぎる。基礎訓練からもっとしっかりとやるといい」
「ほらっ、俺はお前の背後にいるぞ。首筋に当てたのが指ではなくナイフならば、もう死んでいるところだ」
「何も武術を習っていないな、金が無いのなら鍛錬場で先輩を見て技を盗め」
「三年も冒険者を続けられるほどの体力はある、ならあとはもっと技術を磨け」
「お前は足元がお留守だ、ゴブリンなどの小物に狙われたらどうする」
俺は新人冒険者達、彼らの得意としている武器を持ち襲ってくる十数人の攻撃をかわしながら、俺から見て彼らの悪いと思ったところを一人ずつ指摘してみせた。
もちろん、俺は素手で攻撃は寸止めを繰り返すか、もしくは額などを時々指ではじいてやった。新人達からは誰一人として、俺の体に触れることさえできなかった。
戦闘が始まってずっと俺は回避と寸止めか軽めの攻撃だけを繰り返していたが、俺にヴァンパイアという身体能力の強さがあることを考えても、この新人達のほとんどは体力が低かった。これでは、昇格試験に受からないのも無理はない。
「「「「「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、」」」」」
新人冒険者の全員が力尽きて肩で息をして床に座りこむまで、そんなに多くの時間はかからなかった。
「レクスさん、お疲れさまです。きっと、これで彼らは良き学びの時間を得られたでしょう」
「ん、俺も攻撃を回避する良い運動になった、それに弱い奴への手加減の仕方も何となく分かった気がする」
俺が新人冒険者達を這いつくばらせたことを、鍛錬場にいた先輩冒険者達は微笑ましそうにそれを見ていた。中には新人時代の自分を思い出したのだろうか、少し苦笑いをしているものまでいた。
「……ス様、金の冒険者であるレクス様。ああ、来られていると聞いて参りました。ギルドからの指名依頼がきております、どうぞギルド長のお部屋にいらしてください」
「ギルドからの指名依頼、一体何だろうな?」
「よく分かりませんが、断るにしてもお話だけは伺いましょう」
俺を金の冒険者だと呼ぶ冒険者ギルドの職員を見て、試験に受からなかった者たちはまたざわめいた。口々にまさか信じられないとばかりに騒ぎ立てる。
「嘘!?金の冒険者だったの!?」
「そんな、かなうわけねぇよ!!」
「……どおりであんなに強いわけだ」
「あいつ、息一つ乱してなかった」
「俺、今度は何か武術を習おうかな」
「ううぅ、なんでこんなところに金の冒険者がいるんだよ!!」
そうしてギルドの職員に連れられて、俺達は鍛錬場を後にすることにした。俺達の後ろの方ではまた何か雑音がしたようだが、もう特に気にするようなことでは無かった。
金だとか、鉄だとか関係ないんだ。俺は俺で実力次第で稼げるのが冒険者だ。ランクは仕事の幅が広がるだけだ、……俺は銀の冒険者くらいに留まっておきたかった。
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